5月18日。この日はシミュレーター━━という名のゲーム━━で身につけた技術を、現実の世界で試す時が来た。
「というわけで、第2回中間評価試験を行う。実際の戦闘を想定した機動を行ってもらうぞ」
「中尉ー、最近スケジュールがハードじゃないですかー?」
浜口が疲れたように中里に言う。
「まぁ、だいぶ巻きで訓練しているからな。本当だったら、ここからさらに50時間以上実機での基礎訓練を行いたいところだが、戦時下であるのも相まってこうなっている」
「そうかもしれませんが、それでもかなり早いですよね?」
加藤が真っ当な意見を言う。
「そう言われると、何も反論できねぇんだよな……」
(言い負かされるのか……)
中里が言い淀んでいるのを見て、神崎は心の中でそう思った。口に出さなかっただけ温情と言えるだろう。
「んんっ。とにかく、梅香隊には一刻も早く戦力となってほしい。今は血で書かれたマニュアルを無視してでも推し進めるしかないんだ」
それは中里の本心でもあったのだろう。その目はどこか哀愁が漂っていた。
「それでは、指導教官の指示の元、空中機動を行ってくれ」
そのように言われ、まずは岡井からT-7に乗り込んでいく。
「今回の試験というのは、どんな感じなんですか?」
「そうだな。同乗している指導教官が、敵のいる方向と攻撃化回避の命令をする。例えば『5時下方、回避』と指示した場合、その方向から逃げる機動を取る。その先で今度は別の指示を受ける。そうして連続して戦闘機動を取り続けることで、どれだけ機体の性能を維持出来るかを確認するんだ」
「なるほど……」
神崎は適当に相槌を打ったが、正直何を言っているのか分からなかった。
しかし、上空にいる彼女たちが教えてくれる。簡単に言えば、意図的に機体をグルグル回し、失速寸前まで追い込む。その時の対処をするのが目的らしい。
(そうだとしても、やり方が昭和のスポ根っていうか……)
死ぬ寸前まで追い込むやり方は、少し信条に反する神崎であった。
しかし、そんな神崎の心配をよそに、梅香隊の3人は無事にやってのける。
「ご苦労。実力のほうだが、3人とも及第点を超えている。点数だけ言えば岡井が85点、浜口が75点、加藤が80点だな」
「えー! アタシが一番低いのー!?」
そういって浜口がブーブーと抗議する。
「そう言うな。3人とも技術レベルはほぼ同じだ。この短期間で航空機をここまで上手く操縦できるのも、君たちのポテンシャルの高さを物語っている」
「むぅー……」
「アンリちゃん~。だぁいじょうぶ、ちゃんとできてるよ~」
岡井が浜口の頭をなでなでする。まるで小さい子をあやすようだ。
「とりあえず、今日のやることは終わりだ。解散」
そういって試験と一日の課業が終わった。
翌日の5月19日。庶務室でブリーフィングのようなことを行う。
「おはよう。今日は、君たちに割り当てられた戦闘機を使って基礎的な格闘操縦をしてもらう」
中里から今日の訓練内容を伝えられる、その時だった。
基地内部で警報が鳴り響く。ホットスクランブルだ。
「おっと。影の連中が来やがったか。今日の訓練はお預けだな。神崎、今日も上がるぞ。準備しろ」
「はい」
中里がロッカーから自分の耐Gスーツを取り出す。
「あれ? これもしかして、アタシたちの出番ない感じ……?」
「そうね~。うちら、何もできないし~」
浜口と岡井が確認するように言う。しかし、加藤だけは何か思ったようで、中里を呼び止める。
「中里中尉!」
「おん?」
「私たちも連れて行ってください!」
突然の発言に、中里を除いた部屋の中にいる誰もが驚く。
「お願いします!」
そう言って加藤は頭を下げる。
「……加藤特専少尉、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「はい」
「俺は十分な飛行経験を持っているから、不測の事態に陥っても何とかなると自負している。それに対して梅香隊の君たちはどうだ。本来の育成課程では不十分な訓練時間。飛行時間も初等訓練機での経験だけ。まだ癖も把握していない機体を乗りこなすには、いくらなんでも経験が浅すぎる。巻きで教育するとは言ったが、ここまで巻く必要はない」
そういって中里は加藤の方を見る。
「君たちはまだ学生のままでいい。戦争の、争いの残酷さを知るにはまだ若すぎる」
「それでもっ!」
加藤は大声で中里の説得を遮る。
「父が最後まで諦めなかったのと同じように、私も中途半端で終わりたくないんです!」
「加藤特専少尉のお父さん……」
神崎は中里から聞いた話を思い出す。
『加藤の父親は空自のパイロットだった。しかし、4年前にF-15での戦闘訓練中に墜落した。原因はバードストライクと推定される。彼はすぐに脱出せず、市街地から離れた山間に墜落した。おそらく、すぐに脱出してしまえば市街地に機体が墜落するのを恐れての行動だろう。結果、彼は帰らぬ人となった。ある意味美談と言えるが、家族から見ればただの無茶をした父親の自己満足に近いだろうな』
加藤本人は、父親のことをよく思っていなかったのだろう。しかしそれと同時に、父親はまさに国民を守るべく死んでいった、理想の自衛官でもある。
そんなせめぎ合いが彼女の中にあり、今こうして発露しているのだろう。
「……」
中里は閉口する。何かを考えているようだった。
なかなか結論を出さない中里を見て、浜口と岡井も動いた。
「アタシからも、お願いします!」
「うちからも~」
二人は加藤同様、頭を下げて中里に頼み込む。
「……はぁ」
中里はため息を吐いて、彼女たちに向き合う。
「敵機に近づきすぎないこと。もし敵機が近づいて来たら即座に逃げること。この2点を守れるなら、前線に近づいてもいい。そうじゃなきゃ、君たちのことを守れない」
「……っ!」
加藤は顔を上げて、目を丸くする。
「ほら、早くフライトスーツに着替える! 時間と敵は待ってくれないぞ!」
「はいっ!」
「よかったね~、ミズキちゃん」
「それじゃあ、張り切っていこー!」
そういって3人は着替えるために庶務室を出る。
梅香隊の初飛行が迫っていた。