影の航空機━ノベライズ━   作:紫 和春

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第21話 カウンセラーみたいな

 十数分もすれば、梅香隊とT-2は百里基地へと帰還する。先に梅香隊の3人が先に降り立ち、その後T-2が滑走路に降りる。

 そのまま第7格納庫の前のエプロンに移動し、そこで駐機し、エンジンを止めた。

 

「おう、お疲れさん」

 

 T-2から降りてきた中里に、第7格納庫に常駐している整備長のおやっさんが声をかける。

 

「お出迎え感謝するぜ、おやっさん」

「お前さんのことなんかどうでもいいんじゃ。機体に損傷なんかさせてねぇよな?」

「そんなことしてねぇって」

「いーや、お前さんの言うことは信じられん。いつぞやの戦闘訓練でエンジンを焼き付かせたことのあるお前さんのことだ。見えないところに傷をつけている可能性は排除できん」

「おいおい、いつの話をしてるんだよ」

 

 そんな話を聞きながら、神崎もコックピットから降りてくる。

 

(この二人、一体いつどこで知り合ったんだろう……?)

 

 しかし疑問を解消しようと、ただ単純に聞いただけでは簡単には話してくれないだろう。

 そんな中、梅香隊の3人も各々の機体から降りてくる。

 

「うひゃー! 本当に戦っちゃったよー!」

「そうですね。半分ゲームみたいに感じましたけど」

「みんな無事に帰ってきただけで満点だよ~」

 

 3人とも少々興奮しているが、感情の乱高下が小さい。初めての出動に初めての戦闘。感情的に色々と来るものがあるだろうが、それを抑え込めている点は評価に値する。

 そんな3人のもとに、中里が歩み寄る。

 

「3人とも、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「中尉もお疲れ様!」

「うちら頑張りました~」

 

 3人が返事をする。

 

「元気があってよろしい。しかし、今回は緊急事態ということで許可したが、本来ならもっと訓練をした状態で戦闘に望んでほしかった。まぁ、俺が最終的に許したことだから、責任は俺にある。すまない、怖かっただろう?」

「うーん。ちょっと怖かったけど、でも楽しかった部分もある!」

「浜口先輩、楽しいは少し言いすぎでは?」

「でも、ちゃんと訓練通りの動きができました~」

「そうだな。危機的状況の中、よく戦った。そこで、俺の権限で君たちに特別休暇をやろう。明日は一日休みだ」

「えー! マジ!? 中尉ありがとー!」

「それではゆっくり休ませてもらいます」

「おふとんでゆっくりしよ~」

 

 3人は興奮した様子で格納庫へと入っていく。それを中里は、姿が見えなくなるまでジッと見ていた。

 庶務室に戻り、神崎は予備自の1士と共に撮影データの整理をする。そしてSNSに投稿するための稟議を作り、それを回す。

 

「中尉、起案しましたので確認お願いします」

「おう」

 

 神崎の今日の仕事は、この稟議の決裁が下りて投稿することだ。そのために待機するのも時間がもったいないような感じもするが。

 

「なぁ、神崎」

 

 ふいに中里から声をかけられる。

 

「はい」

「梅香隊の3人から何か相談されたら、聞いてやってくれ」

「相談、ですか?」

「あぁ」

「……いや、自分に何を相談するんですか?」

「何かしらだよ。お前彼女らと年齢が近いだろ?」

「いやいやいやいや……。自分もうアラサーですよ?」

「そんなこと言ったら俺はもうアラフォーだよ。とにかく、相談を聞いてやれ」

「……はい」

 

 神崎はしぶしぶ命令を受ける。

 結局決裁が下りたのは20時を過ぎた頃だった。

 翌日。梅香隊の3人は中里の権限で特別休暇を得ているが、神崎には関係なかった。庶務室に出向き、飛んできたメールをチェックする。

 

「防対本の報告書……、防衛省からの機密メール……、国交省からの通達……」

 

 それらを確認していると、あっという間に11時を回る。そろそろ腹が減ってくる時間だ。

 

「さて、最後のメールだ」

 

 送信元は中里だ。

 

「……怪しいな」

 

 そう思いながらも、神崎はメールを開ける。そこには一言。

 

『昨日帰投したとき、加藤だけが震えていた』

「……なんだこれ」

 

 そんな時、庶務室の扉がノックされる。

 

「梅香隊の加藤です。入ってもいいですか?」

「どうぞ」

 

 扉が開き、加藤が入ってくる。

 

「その……、少し相談に乗ってもらっていいですか?」

「……いいですよ」

 

 中里の言った通りになった。梅香隊の真面目枠である加藤が相談しに来たのだ。

 神崎は余っていた事務椅子に加藤を座らせ、庶務室の小さい冷蔵庫に入っていた缶コーヒーを加藤に渡す。

 

「このくらいしかありませんけど、どうぞ」

「ありがとうございます……」

 

 しばしの無言タイム。加藤は缶コーヒーを手にして、顔を俯かせていた。

 

(こういう時、なんて言えばいいんだ……?)

 

 神崎が逡巡していると、加藤のほうから話を始める。

 

「……昨日、初めて戦闘機で出撃した時、ようやく自分の手で自由に飛べると思っていました」

「はい」

「その後、敵と邂逅した時に、今の自分ならなんでも出来るんじゃないかって万能感に包まれていて、気づけば中里中尉に進言していました」

「なるほど」

「それから敵に攻撃して、撃墜して、それでここに帰ってくるまではなんともなかったんです。でも……、戦闘機から降りた時に、私はとんでもないことをしてしまったのではないかって思うようになったんです」

「とんでもないこと?」

 

 神崎が尋ねる。加藤の缶コーヒーを握る手が強くなった。

 

「敵って、本当は人間で……、私は誰かを殺してしまったのではないかって……! それを考えると恐怖で眠ることも出来ませんでした……」

(なるほどなぁ……。中里中尉のメールはこのことを言っていたのか)

 

 影━━国籍不明勢力の正体については、分かっていることが少ない。だが、それでも分かっていることはある。

 だがその前に、神崎は少し整理しておきたいことがあった。

 

「加藤さん。その話、誰かにしましたか?」

「はい……。この基地にいる心理カウンセラーの方に話したのですが、自衛隊ならよくある話だって言って、あまり取り繕ってくれなくて……」

「そうですか」

 

 この話を聞く限りでは、加藤はまだ自衛隊に慣れてないことが大きな原因であると推察される。語られる理想と実体の解離による違和感みたいなものだ。

 

(だが、ここで正論を並べても、おそらく彼女は理解しても納得はしないだろう。こういう時は……)

 

 神崎は言葉を選んで話す。

 

「加藤さん、それは確かに辛いですね。人間、慣れないことをすれば、感情が高ぶったり不安が募ったりするものです。自分もかつてパイロットを目指そうとしていましたが、色々あってパイロットにはなれませんでした」

「そう……だったんですか」

「はい。当時は自分を強く責めました。しかし、しばらく時間が経って振り返った時、どうしてこんな無駄なあがきをしていたのだろう、って心の片隅で思うようになったんです。自分の過去をあーだこーだ悔やんでも、いい未来は訪れません。なので加藤さんは、今はその感情を小さくすることを考えるのがいいんじゃないでしょうか?」

 

 神崎の言葉に、加藤は少し暗い顔を見せる。

 

「でも……、本質は変わらないような気がします」

「本質は変わらなくても、それを見えなくすることは可能です。感情を小さくして、不安に慣れるのを待つんです」

「慣れるのを、待つ?」

「克服する必要はありません。ただ、不安を感じなくなるまで、ゆっくりと別のことをしていれば大丈夫です」

「……」

 

 その言葉に、加藤は何か思う所があったようだ。

 

「……ありがとうございます。なんか、すっきりしたような気がします」

「それなら良かった」

 

 だが、根本的なことは解決していないような気がする。

 しかし、彼女が問題ないと言うのなら、それ以上ズケズケと他人の領域に入らないほうがいい。神崎はそう思った。

 

「すみません、お手数おかけしました」

「いえいえ、自分に出来ることはこのくらいなので」

 

 加藤は立ち上がり、扉のほうへ歩く。

 

「コーヒー、貰っていきますね」

「どうぞ」

 

 そして加藤は一言挨拶して庶務室を去った。

 どうにか一仕事を終える。少々難しい問題だったが、彼女が満足していたので、これ以上は何も言うことはない。

 

「さて、飯でも食うか……」

 

 時刻は正午を指していた。

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