それから梅香隊は段階をいくつか飛ばしながら、訓練を積んでいく。それはそれは平和を享受する、かつての自衛隊のように。
影による強襲がパタリと止んだのである。百里基地では、すでに1週間もホットスクランブルがない。
その理由について、防衛省や有志のOSINT活動家、民間シンクタンクによれば、千葉沖にある影の人工島が漂流状態に入っているとしている。人工衛星からの監視では、特定の海域に留まったままで、活動らしい活動は行っていないとのこと。
しかし、脅威であることには間違いないため、政府や自衛隊、民間シンクタンクは今後も動向を注視するとしている。
5月24日。このような理由もあって、梅香隊の3人は自分の機体を使った模擬戦闘を行う段階まで来ていた。
「今日は模擬戦闘訓練の二日目だ。目標は昨日と同じT-7。先に飛び立ったT-7を見つけ、撃墜させ、帰ってくる。昨日の撃墜者は岡井だったな?」
「はぁい、そうで~す」
「離陸1点、撃墜3点、着陸1点で合計5点だ。加藤と浜口は離陸と着陸で2点ずつ。今日は撃墜を出さないと、ご褒美のメロンパフェが遠のくぞ」
「パフェ食べたーい!」
「パフェはいいのですが、ナーちゃん先輩に負けっぱなしなのは嫌です……!」
岡井の余裕に、浜口の食欲、加藤の負けず嫌いが重なって、非常に好戦的な状態になっている。
「君たち。テンション上げるのはいいが、事故だけは絶対にするなよ? フリでもなんでもないからな?」
「分かっています」
「気を付けまーす!」
「うふふ~」
「分かっているならいい。ブリーフィング終わり。あとは教官よろしく」
中里の説明が終わり、梅香隊の3人は訓練教官と共に第7格納庫へと向かう。
若い3人が庶務室から去ると、部屋の中はシンと静まり返る。
「そんじゃ、俺たちは俺たちの業務でもするか」
そう言いながら中里はひっくり返るように椅子に座る。
すると、中里の私用スマホに通知が飛んできた。
「あ?」
懐からスマホを取り出し、タタタと画面をタップする。すると中里が思わず椅子からひっくり返った。
「嘘だろ!」
「え? どうかしました?」
普段の中里ならしないであろう動作に、神崎がビックリしている。
「クソが! あの大統領マジでやりやがったのか」
「いや、何の話です?」
「あぁ!? アメリカが影の人工島に爆撃を敢行しやがったんだよ!」
そういってスマホの画面を見せてくる。それは世界最大の動画投稿サイトの
アメリカ軍の公式アカウントでライブ配信が行われているようで、どうやらサンフランシスコの沖合100キロメートルの所にいる影の人工島に爆撃を行っている様子が映されていた。
画面に流れている文字情報によれば、アメリカ特殊作戦軍によって陸軍と空軍、さらに海兵隊まで動員した大規模な作戦であることが伺えるだろう。
今回の人工島は「バーナード」と名付けられており、今回の軍事作戦の名前も「バーナードへの長途作戦」と命名されている。
「すでにB-52とB-21が第4波までの爆撃を行っている。徹底した爆撃の後、空挺師団による空挺作戦と、海兵隊による上陸作戦が同時進行する……。アメリカの軍事的な影響力が低下した今だからこそ、あのクソッたれ大統領は偉大なアメリカを取り戻すための作戦に出やがったのか……!」
中里が悪態を吐きながら、庶務室の中をグルグルと歩き回る。
ライブ配信は、夕陽の光に照らされた爆撃機、輸送機、揚陸艦を順番に映していく。海軍の原子力空母もわずかに見える。
これだけの大規模な作戦を実施している意味について、神崎は考えることもしなかった。ただ流れゆく映像を眺めているだけである。
ライブ配信は、上空にいるであろう空挺師団のヘッドカメラに切り替わる。輸送機から飛び降りて、空を落下していく空挺兵。落下傘が開き、数分ほどで荒々しく人工島「バーナード」に上陸した。
島の端のほうを見れば、海兵隊員が載っているであろう大型の揚陸挺が接岸している様子が分かる。そのまま大隊規模の海兵隊員が島に押し寄せてきた。
島のあちこちを占領していくアメリカ軍。しかしどこにも人の気配はなく、滑走路があるなら置いてあると思われる航空機の姿もない。
島の地面も建物も何かの擬装なのか、どこもかしこも真っ黒な見た目をしている。
滑走路脇にあるハンガーを、空挺兵が調べようとした時だった。
突如として、人工島「バーナード」から地鳴りが響き渡る。揺れも起こり始め、やがて島のあちこちから土砂が噴き出す。
状況が分からない空挺兵と海兵隊員だが、上空から見れば、島が崩壊を始めているのが分かる。そのことが島に上陸していた兵士たちに伝えられたのか、皆一目散に島から脱出しようと走る。
その映像は、まるでこの世の終わりのようだった。沈みゆく黄昏時の夕陽に照らされ、噴き上がる土砂、割れては沈んでいく島の断片、それから逃げようとする兵士の姿。まるでノーカットのドキュメンタリー映画を見ているような錯覚に陥るだろう。
ものの1時間で、人工島「バーナード」は海面から消え去った。残ったのは海兵隊の揚陸艇と、海に浮かんでいる空挺兵だけであった。
「どういうことだ……?」
中里は事態の把握に時間を取られ、神崎はとんでもない存在が世の中に解き放たれたことを痛感した。
なおこのライブ配信は、同時視聴者数が4億人を超えるというとんでもない記録を作ったそうな。