影の航空機━ノベライズ━   作:紫 和春

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第26話 咀嚼できない

 翌日。5月26日。晴天が続いていたが、この日は珍しく雨である。さらに前日は戦闘があり、機体の損傷やメンテナンスの関係で実機は使えない。

 その関係で、この日の訓練はシミュレーター━━という名のゲーム━━で行われていた。

 

「いくら現実をシミュレートしているとはいえ、実機との挙動は大違いですね……!」

 

 加藤はグリグリと操縦桿を動かしながら、後ろに張り付いているオンラインの野良ユーザーを引きはがそうとしていた。

 

「息抜きにやるのならちょうどいいよね~」

 

 異様にグルグル回るゼロ戦を駆って、敵機を射撃する岡井。

 二人の様子はごく普通である。戦果も上々で、被弾も少ない。

 その一方で浜口はというと、少々被弾があるものの、撃墜数は3人の中で一番であった。

 数時間の実戦形式の訓練を終え、それぞれ集計がなされる。

 

「総合評価としては、岡井が一番、次に浜口、そして加藤だ」

「また浜口先輩に負けた……」

「ナーちゃん先輩強すぎるー!」

「うふふ~」

「確かに順番としてはこのようになったが、全員安定して5キルは取れるようになって来ている。実力があるということは、それだけ生存確率が上がるということだ」

 

 中里はそのように褒める。

 が、その表情は険しい。

 

「だが、一つだけ残念な点がある」

「残念な点、ですか?」

 

 珍しく神崎が聞く。

 

「あぁ。浜口特専少尉、君のことだ」

「え? アタシ?」

 

 浜口はポカンとした表情をする。

 

「実力が上がってきているのは大変結構なことだ。しかし、浜口の戦闘スタイルは少々……。いや、割と乱暴な部分が多い」

「そうですかー?」

「分かりやすいところで言えば、最後の試合で、敵が3機いる所に突っ込んでいった時があったはずだ。あの時は浜口は高高度を飛行していて、その下に3機いた。加藤。普通ならどの敵機から狙う?」

 

 中里は加藤に問いを投げかける。

 

「え? そ、そうですね……。3機の中で一番高度が高い敵機を狙います」

「そうだ。レシプロ機において高高度にいるというのは、圧倒的な優位性を持っている。君たちも実際の機体でさんざん理解しているだろう。しかし浜口は、3機の中で真ん中の高度にいる敵機を狙いに行った。まぁ、それも間違いではない。そのまま敵機を撃ち墜とし、高度を回復させればいい。一撃離脱戦法というものだ。それでも浜口は、横旋回に入って敵を迎え撃っていた」

「それの何がいけないのー?」

 

 浜口は純粋な疑問として聞く。

 

「いくら格闘戦が得意な日本機だからといって、安易に格闘戦をすれば速度が削られて敵に撃たれる。レシプロ機は速度と高度が大切だ。今回、浜口がそのように行ったことで、2機撃墜も最後の1機に墜とされて死亡判定だ」

「別に良くない?」

「良くない。それで危険に晒されるのは、仲間である加藤と岡井、ひいては第3飛行隊や他の民間パイロット、自衛隊、そして国民だ。浜口の一挙手一投足が、この国の運命を左右するかもしれないんだ」

 

 そのように中里が説明する。浜口はその言葉を吟味するように、右の人差し指を顎に当てて考える。

 だが。

 

「よく分かんないやー。ミズキちゃんやナーちゃん先輩が心配するのは分かるけど、その他の人がアタシのことなんて心配しないでしょ?」

 

 返ってきたのは、咀嚼できなかったという事実だった。

 

「浜口アンリ……。なんか変な雰囲気じゃありませんでした?」

 

 庶務室に戻ってきた神崎は、SNSに載せる写真と文章を考えつつ、中里に聞く。

 

「あー、確かにそんな感じはするが……。ちょっと本腰入れてみるか」

 

 そういって中里は、タブレットを取り出して作業を始める。

 神崎は投稿文書を作成して稟議を回したので、一息入れるために庶務室を出た。

 外は相変わらず雨が降っている。この時期にしては少々強めの雨だ。おかげで廊下のあちこちがビシャビシャである。

 階段下にある自販機の缶コーヒーのボタンを押し、電子決済で購入した。

 ガコンと取り出し口に缶コーヒーが落ちてきて、それを取り出す。

 

(……誰もいないし、ここで飲んだろうかな)

 

 そう思い、プルタブを開けようとした時だった。

 

「とりゃー!」

 

 階段の上から浜口の声が聞こえてきた。直後、濡れて滑りやすくなっている廊下に浜口が飛び降りてきた。

 落ちてきたスピードそのままに、廊下を横方向に思いっきり滑っていく。そして壁に激突した。その衝撃で尻もちをつく。

 

「ちょっ!? えぇ……?」

 

 神崎は困惑しながら、浜口の様子を確認する。

 

「浜口さん、大丈夫ですか……?」

「あ、神崎さん! えへへ、ちょっと滑っちゃった!」

「ちょっとって……。普通に危険ですよ……。危ないと思わないんですか?」

「思わなかったなー」

「えぇ……。一歩間違えれば死んでたんですよ? 怖くないんですか?」

「怖いって……、思ったこともないなー」

 

 そういって浜口は立ち上がる。

 

「それじゃ、失礼しまーす!」

 

 そのまま浜口は廊下を走っていく。

 その様子に、神崎は口をあんぐりと開けるしかなかった。

 缶コーヒーを握りしめたまますぐに庶務室に戻った神崎は、中里に訴える。

 

「浜口さん、死ぬことに対して何も思ってないんですよ! これは明らかにおかしいです!」

「あぁ、こっちでも確認は取れた。浜口は、死に対する恐怖が欠如している。あるいは共感性が低いというべきか」

 

 また一人、問題が沸き上がってきた。

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