影の航空機━ノベライズ━   作:紫 和春

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第27話 ちょっとした芝居

「それって……」

「浜口は怪我や死を恐れていない。それが訓練や実戦、あらゆる生活の中で見えているんだろう」

 

 爆撃機に単機で突っ込んでいったこと。シミュレーターで被弾やデス数が多かったこと。明らかに怪我するであろうシチュエーションで自制出来ていないこと。

 これらを総合的に判断すれば、中里の結論に行きつくだろう。

 

「このままでは、おそらく最初の戦死者は浜口になるだろうな」

「それは……、マズいことになりませんか?」

「十中八九マズいことになる」

「どうにかして浜口さんに自分の認識を変えてもらうように説得するしか……」

「説得するのはそうだが、普通のやり方では効果は薄いだろう」

「どうすれば……」

 

 神崎は万策尽きたようにうなだれる。それでも中里は考える。

 

「俺たちが望む浜口の最終目標は、被ダメージを抑制して死に対する恐怖を植えつけることだ。そうすれば、将来的な浜口の生存確率を上げることができる……」

 

 そんなことをグルグルと考える中里。神崎も何か方法はないか考えるが、頭が回っておらず何も思いつかない。

 すると中里は、ふとあることを思い出す。

 

「神崎、この間加藤の相談に乗ったんだっけか?」

「え? えぇ、まぁ……」

「その時に何を話した?」

「……それは本人のプライバシーを侵害する行為に相当するのでは……?」

「簡単に話せば問題ない」

「……人殺しをしたのではないか、という悩みでした」

「一応解決した悩みだな?」

「おそらくですが……」

 

 そこまで聞いた中里は、何かを思いついたようだ。

 

「加藤を呼んできてくれ。一芝居打つぞ」

「はぁ……」

 

 中里の狙いが何なのか神崎には分からなかったが、とにかく指示が出されたので動くしかない。

 しばらくして、加藤が庶務室にやってくる。

 

「中里中尉、お呼びですか?」

「あぁ。加藤に手伝ってほしいことがあるんだ」

 

 そういって秘密の話が行われ、それは翌日に決行されることになった。

 翌日も雨が降りしきる。廊下や階段には小さな水たまりが大量にあり、気を抜けば滑ってしまうだろう。

 そんな中、この日の訓練は休みとなっていた。加藤は自主訓練をするという名目で浜口を呼び出していた。

 

「ミズキちゃんのほうから誘ってくるなんて、珍しーね!」

「そういう時もありますよ、浜口先輩」

 

 浜口はルンルン気分で廊下を小走りする。

 

「浜口先輩。そんな急いで歩いていると滑って転びますよ?」

「大丈夫、大丈夫!」

 

 そういって階段を飛ぶように下りていく。

 

「浜口先輩、危ないですよ!」

 

 それを追いかけて加藤が階段を下る。浜口が下の階に到着した時だった。

 

━━ゴンッ!

 

 まるでボーリング球を床に落としたような鈍い音が響く。

 その音を聞いた浜口は、不思議そうに踊り場の方を見る。

 

「ん? ミズキちゃん?」

 

 浜口は姿の見えない加藤を探しに、階段を登る。そしてその姿を見つけた。

 階段から踊り場にかけて染まった鮮血。向いてはいけない方向を向いている頭部。

 そこには、一つの死体が転がっていたのだ。

 

「ミズキ……ちゃん?」

 

 浜口はその場で固まってしまった。目の前の事実を飲み込めずに、呆然としてしまった。

 彼女の中に、なかったはずの感情が芽生えてくる。

 恐怖。そう形容するほかないものだった。

 呼吸が細く、短くなる。さっきまで話していた、生きていた人間が、もぬけの殻になっている。

 その衝撃の体験は、彼女に死の概念と恐ろしさを魂に刻み込むものだった。

 

「ミ、ミズキちゃん? ミズキちゃん!」

 

 生まれた小鹿のような震える足で、浜口は加藤に駆け寄る。

 そして加藤の体に触ろうとした。しかし、記憶の中にあった「頭を負傷した者には不用意に触らない」というのを思い出す。

 浜口は震える声で、加藤に呼びかける。

 

「ミズキちゃん……! ミズキちゃんっ……!」

 

 しかし加藤は一切反応しない。本当に死んでしまった。

 

「ミズキちゃんが……、死んじゃった……!」

 

 浜口の目から涙が零れ落ちる。

 その時だった。階段の上から何か物音が聞こえる。

 浜口が上を見上げると、そこには物陰に隠れていたのに浜口の前に出てきた神崎の姿があった。

 

「おい、神崎。何バレてるんだよ。ここで終わりじゃねぇか」

「う、うす……」

 

 神崎はひょこひょこと物陰から出てくる。その手には筋トレで使う鉄球があった。その後中里も出てくる。

 

「加藤、もう起きて大丈夫だぞ」

 

 中里は踊り場にいる加藤に声をかける。すると加藤は、顔につけていたカツラを取りながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「冷たー……。しかも血のりってこんなにベトベトするのね」

「ミ、ミズキちゃん……?」

 

 不安そうに浜口が話しかける。

 

「浜口先輩、これで分かりましたか?」

「え?」

「浜口特専少尉。君は死に対する感情が薄すぎる」

 

 中里が階段を下りながら浜口に話しかける。

 

「死というものは誰しもが恐れる存在だ。動物も植物も、我々人間も例外ではない。とは言っても、人間の中には死に対する感情が希薄なヤツもいる。浜口が悪いわけではないが、軍人にとってはそれは大きな弱点だ。今日はそれを理解してもらうために、こうして加藤にも協力してもらった」

 

 やがて浜口の前に跪く中里。

 

「大切な仲間の加藤が死んだと思っただろう。そしてその時、とても深い悲しみに包まれた。その悲しみを大切に持っておくんだ」

 

 そういって中里は浜口の肩に手を置く。

 

「だが、今回はちょっとやりすぎたな。すまない」

 

 中里は素直に謝る。そしてそのまま階段を登ってきた。

 

「中尉、謝るってことできたんですね……」

「あ? なんだテメェ。上官に向かってどういう口の聞き方してるんだ?」

 

 神崎は中里からローキックを食らう。

 その後ろでは、泣きじゃくってる浜口とそれを慰めている加藤の姿があった。

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