そろそろ梅雨が明けそうな気配がする6月下旬。
以前よりも国籍不明勢力の行動は、かなり沈静化しているようにも見えた。
というのも、ここ10日くらいは国籍不明勢力の軍事行動による強襲が一切なくなったのだ。
少なくとも日本においては、だが。アメリカや南米大陸では現在も定期的に小規模の攻撃を受けているらしい。
中里の指示により、防衛省や防対本に人工島「ルーマン」の至近距離映像が送られたことによって、海外に存在する人工島との情報を照合することができるようになった。
それによると、どうやら人工島には地下が存在するらしく、そこに大量の機体が収容されているのではないか、との仮説が立てられ始めたのだ。
「ということで、今後は人工島の地下にフォーカスを当てていく必要がある」
「面倒なことになりましたねぇ……」
「あぁ、非常にメンドーだ」
庶務室の中で、神崎と中里がタブレットに表示された報告書を見て悩んでいた。
人工島の調査となると、大規模な上陸作戦を決行する必要がある。しかし、以前アメリカ軍がそれを行った結果、人工島が丸ごと沈没するという悲惨な結果を出している。
「その辺の作戦立案は、防対本か防衛省の仕事だな。我々の仕事ではないから無視だ」
中里はそのようにきっぱり切り捨てる。
「ですが、我々も出動しない可能性はなきにしもあらず、ではないですか?」
「そうだなぁ……。我々でなくても、梅香隊が呼ばれる可能性は十分にある。となると、必然的に我々にも声がかかる、か」
結局は出動する可能性があるという結論になった。
そんな時、出勤しているもののソファでくつろいでいた1士が驚きの声を出す。
「ぅえっ!?」
「どうした?」
「あ、いや……。今流れてきたニュースなんですが……」
そういってニュースアプリの画面を見せてくる。
そこには、『米国とイスラエルがイランに陸上侵攻を開始』という見出しがあった。
「えぇ……?」
「あー、やらかしてやがる……」
神崎は困惑し、中里は手で視界を覆って天を仰いでいた。
さらにニュース速報が立て続けに入ってくる。
『ロシア、休戦状態だったウクライナ侵攻を再開。ドネツク州が戦火に見舞われる』
『NATO加盟国も戦時下体制に移行。フランスに駐留している即応部隊が移動を開始』
こんな見出しだった。
この期に及んで、太平洋の反対側では戦争が勃発し出した。人類は共通の敵を前にしても、単純な結束すらできないのだろう。
「このままじゃ、第三次世界大戦を迎える前に人類滅亡だな」
「いや、楽観視すれば、国籍不明勢力はまだ全力を出していない可能性がありますよ」
「それはよぉ、逆にいえば全力出されたら人類文明はおしまいだって言ってるようなもんだろ」
「それは……。いや、こういう時こそ、希望を捨てないほうがいいんですよ」
そんな押し問答が続いていると、庶務室の扉が勝手に開く。
そこには岡井が立っていた。
「岡井特専少尉、ドアをノックして入室するのが常識だぞ。忘れたのか?」
中里がそのように言うものの、岡井は何も反応しない。それどころか、何かブツブツと呟いているようである。
「うちが……。それで……」
「岡井さん?」
神崎は何か様子が変だと思い、ゆっくりと岡井に接近する。
手を伸ばし、彼女の肩に触れようとする。そこで神崎は初めて、彼女が呟いている言葉を聞く。
「うちが行って止めなきゃ……。それで早く死んで天使にならなきゃ……」
神崎は思わず背筋が寒くなる。自分とは関係ないことに対して自分事のように振る舞う様子は、まるで精神異常者が見せる症状の鱗片のようだった。
「岡井さん……。それはどういう意味ですか……?」
「うちが……、うちが全部悪いんです……。うちがいるから悪いことが起きるんです……。だから、うちは早く死なないといけないんです……」
いつものようなふわふわな口調ではなく、何か思い詰めているような発言を繰り返す岡井。
それを見た中里は、神崎の肩に手を置いて岡井から離そうとする。
その通りに離れた神崎を見て、中里はすぐにスマホで電話をかけた。
「もしもし、中里だ。すまないが、腕の立つ精神科医かカウンセラーを知らないか? ……すぐに手配してくれ」
そういって電話を切る。
「彼女も何かしらのトラウマを抱えているのかもしれないな」
「大丈夫ですか、梅香隊は……」
「分からん。しかし、彼女らには乗り越えてもらわないといけない」
そこに加藤と浜口がやってくる。
「ナーちゃん先輩! ここにいたんですか」
「もー! 心配させないでくださいねー?」
二人は岡井のことについて、何か知っているようだった。
「加藤特専少尉、浜口特専少尉、彼女の今の状態について何か知っているのか?」
「あっ……、それは……」
加藤がは口ごもり、浜口は何も知らないようなフリをする。
おそらく面倒事が増えるのだろう、と神崎は肩を落としながら思った。