庶務室の隣にある小さなロッカー室に岡井を幽閉し、中里は加藤と浜口に事情を聞く。
「んで、岡井は一体どういう状態なんだ?」
「そ、それは……」
「私たちは断片的にしか聞いてないので、詳細は言えないのですが……」
前置きをして、加藤と浜口は話し始める。
「ナーちゃん先輩は、中学校に入学したあたりから環境の変化になじめずに、メンタルに異常をきたし始めたそうです。最初は体の不調が小さく続いたらしく、早退も多く続いたとのことです。それから2年生になった時、いじめが始まったそうです。それで人間不信になったナーちゃん先輩は、登校を拒否していくようになりました」
「ふむ……」
「決定打となったのは2年生の夏休み前で、久々に学校へ登校したら自分のものが一切なく、机には花がお供えしてあったそうです」
「つまり、死んだ人間になった、ということか」
「それから卒業するまで、ナーちゃん先輩は不登校になり、引きこもるようになりました。その時に発症したのが、双極性障害と聞いています」
「そんなことが……」
神崎が衝撃を受けた顔をする。一方で、中里はいつものように仏頂面を続けていた。
「なるほどな。まぁ紆余曲折あったようだが、結果的に躁鬱を発症したと。それが普段のほわほわとしたあの岡井ってことか」
「そうなります」
「躁鬱……、双極性障害って病名がついているということは、精神科の病院にはかかったのか?」
「そこまでは分かりません……」
そこに浜口が手をソローと挙げる。
「そー言えばなんですけどー……。ナーちゃん先輩がごはんの時だけ小さいポーチを持ち歩いてるのって、もしかして……?」
「服薬の可能性があるな」
中里が断言する。
そして中里が何かに気が付いた。
「君たちがここに来てから、どのくらい経った?」
「えーと、3ヶ月くらいでしょうか」
加藤が答える。
「精神疾患に対して処方される薬は、通常では医師の診断を受けなければ処方されないように法的に決められている。その薬の中には、最長でも1ヶ月しか処方できない物もあると聞いたことがある。そして岡井はここに3ヶ月以上幽閉された状態にある。そこから導き出される結論は一つ」
ここまで聞いて、神崎は感づいた。
「まさか、精神科の医師に受診できずに、服薬を切らした……!?」
「そういうことだ。くそ、腕の立つカウンセラーを呼んだんだが、本当に必要だったのは精神科の医者だ」
そういってこぶしを額に当てる中里。彼のような出来る人間であっても、間違えることはあるらしい。
「総合すれば、今の岡井の状態は、双極性障害の中でも鬱状態であると言えるわけだな」
「そうなると、今後の作戦行動に支障をきたす可能性が出てきましたね……」
神崎が見解を示す。
そして、あることに気が付いた。
「そういえば、明日は実機を用いた空戦訓練が入っているはずですが……?」
「……あっ」
中里も今気が付いたようで、素っ頓狂な声を出す。
「今からここに来てくれる精神科医を探して、交渉して、ここに来てもらうのに、軽く一週間か……」
中里が簡単に考える。
そして決めた。
「明日の空戦訓練は中止だ。別メニューの訓練を行う。岡井のメンタルが回復するまで、彼女をゼロ戦に近づけるな」
「ですが中里中尉。ナーちゃん先輩の意思を無視して幽閉することは、果たして先輩のためになるんでしょうか?」
「そーだよ! そんなことをしたら、ナーちゃん先輩はまた引きこもりになっちゃうよ!」
加藤が意見具申し、浜口がそれに同調する。
「今の岡井は誰が見ても危険な状態だ。とにかく療養させるのを最優先とする。風邪をひいている人間に無茶なんてさせられるわけないだろうよ」
中里は、加藤の意見を一蹴する。そしてもっともらしい理由を述べた。
「とにかくこれは決定事項だ。覆すことは許さないからな」
そういって中里はどこかに電話をかける。
「ぶー。中里さんのケチー」
浜口は口をすぼめて文句を言う。
「確かに、今のナーちゃん先輩は病人であるとも言えるのね……。それなら療養するのは普通だ……」
加藤は納得していた。
とにもかくにも、今後の梅香隊の動向が危ぶまれる一件であった。