8月10日。山部島基地での生活2日目。
島での実戦的な訓練を行うために、梅香隊の飛行機が駐機されているエプロンに集合する。
しかし、梅香隊の3人と神崎はグロッキー状態になっていた。
「どうした? 船酔いしたような顔しているぞ?」
「中尉はなんともないんですか……?」
「中尉さんはなんともないんですか~……」
あの岡井もかなりキツそうな顔をしている。
「何かあったか……?」
中里は周囲を見渡してみる。駐機していた飛行機の下で、整備士たちが気持ち悪そうに座っていた。
「ん? はやり病でも流行ってるのか?」
「馬鹿者。お前さんはこの環境がどういう場所か分かってないようだな」
そのように言うのは、整備長のおやっさんであった。
「この環境?」
「ここは島でも浮島だ。船と同じように、波風によって島は非常に大きな周期で揺れている。いわば長周期地震動が一晩中起きていたのと同じだ。貴様は鈍いから感じなかったようだが、こんな長い揺れで気分を害しない人間などいないわい」
おやっさんはデカい溜息を吐く。
「そういうとこだぞ、お前さん。まったく、昔から変わらないもんだな……」
そういっておやっさんは整備士たちに気合を入れるために去っていった。
「……もしかして君たち、船酔いって状態なのか?」
「そうでーす……」
「今朝のごはん、食べられませんでした……」
「僕は夜に2回吐きました……」
「そうだったか……」
中里は少し考え、胸ポケットから折りたたまれた紙を取り出す。そして何かを探す。
「あー……。そうなると、基地運航室に話を通せばいいのか……?」
どうやら基地の移動に関する部署が存在するらしい。
「うーん。こんな事態は初めてだからなぁ……。とりあえず今日の訓練は休みってことで」
「じゃあ、自分も部屋に戻ってます……」
「神崎は訓練してないから、このまま業務遂行だ」
「うぷっ……」
神崎に釘を刺して、中里は支給されたスマホで電話をかける。
「もしもし、基地運航室か?」
『へい、こちら基地運航室でございやす』
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、時間は大丈夫か?」
『問題ありやせん。何かありやしたか?』
「昨日配属された梅香隊の訓練を行おうとしたのだが、パイロット全員が船酔いのような状態になっていてな。島全体の揺動というのか? それをゼロにするか抑える方法はないのか?」
『それでしたら、今しがた未解読部分の運航方法に関する情報が上がってきやしたところでしてね。どうもその中に、うねりの影響を抑えるシステムがあるようです』
「それはすぐに起動できるものなのか?」
『すいやせん。今は表題のところだけ翻訳された状態でありやして……。今日中には具体的な起動方法を含めた書類が届くはずです』
「分かった。起動できたら、念のためこの電話に折り返しを頼む」
『分かりやした。善処しやす』
そのような話をして電話を切る。
「とにかく、今日の訓練は中止だな」
中里は、再び吐き気を催している神崎の首根っこを掴んで、無理やり事務室に引きずるのであった。
数時間後。山部島に残っていた資料をもとに翻訳版が作られ、次々と運航室に資料が届いていた。
「えーと、
基地運航室は、海上自衛隊の艦艇に置き換えると艦橋の役割を果たしている。そして山部島に存在する艦橋は、操舵、運動出力、監視などの機能を一か所にまとめたような、前時代的な作りをしていた。
その中で、運航室は揺動を抑えるための起動を行う。
「チ三レバーを4に、ヒ一レバーをニュートラルにセットしたのち、発動用のハンドラクランクで規定回転数まで上げてヒ二レバーでクラッチを接続する……」
一見すると、複雑な操作を必要としているように見えるが、実はそんなに難しくない。
運航室の自衛官は、資料の手順通りに抑制装置を起動させる。
起動すると「ゴゥン……」と低い唸り声のようなものが聞こえ、そのあとは静かになった。その直後、島全体を襲っていたゆったりかつ大きな揺れが収まる。
「起動成功」
起動が成功したことを示す緑色のランプが光る。これで揺動ともおさらばだろう。
その旨の連絡が、中里にも入る。
「ふむ。確かに変な感覚は消えた感じがする……」
「いや、明確に消えましたよ……」
机に突っ伏している神崎は、すぐにでも手放したい思いで酔い止めの薬を飲んだ。