8月23日。山部島は南大東島から南に約150kmのところに到着した。山部島の艦橋にGPSを追加で搭載したことにより、大海原で迷うことなく目標のプロキシマ・ケンタウリの近くにやってきたのだ。ここで言う「近い」とはおおよそ100km圏内のことである。
時刻は夕方。西日がきつく、気温もある程度高い時間だ。中里は、梅香隊を含めた民間飛行隊に指示を出す。
「機体の状態を確認しておけ。明日は一大攻勢をかけるからな。丹念に準備して損はない」
民間飛行隊のパイロットたちは、機体の最終確認のために、山部島の地下部にあたる格納庫へと向かった。雨や潮風を逃れるのにはちょうどいい場所だ。
そんな地下格納庫では、多数の整備士が機体のチェックのためにあちこちせわしなく動いていた。
「改めてこうして見てみると、すごい色んな機体がありますね」
加藤が地下格納庫の中を歩きながら、そんなことを呟く。
「そーだねー。普通の旅客用飛行機から、エアレースに出てきそうな機体までいろいろあるよねー」
一見アホそうに見えて、それなりの知識がある浜口が加藤の話に乗ってくる。
「でも、うちらの機体が一番浮いてるような気がするね~」
岡井は相変わらず浮いているような言葉遣いだ。
そして梅香隊の機体が駐機している場所に来ると、そこには先客がいた。
「あれ、神崎曹長」
「あぁ、加藤さん、浜口さん、岡井さん、お疲れ様です」
神崎がカメラを構えて、何かを撮影していた。
「何しているんですか?」
「広報の仕事の一環で、地下格納庫の様子を撮影してたんですよ。作戦前の今だからこそ撮影できることがあるかもしれないと思いましてね」
「へー! それ、SNSに上げるのー?」
「はい。少しでも国民の皆さんに理解と協力を得られればと思いまして」
「あ~、でも~」
「でも?」
「そんな写真、すぐに上げられるわけないだろうが馬鹿野郎」
神崎の後ろに、いつの間にか鬼の形相の中里がいた。
「ちゅ、中尉!」
「敵である影の連中は、我々と外交はおろか物理的にも対話していない状態だが、ネットなどの電波を使って情報収集している可能性もある。それはつまり、敵はこちらのことを見ているのも同義。そんな状態で軍事的な機密情報を垂れ流してみろ、時代が時代なら貴様は真っ先に軍法会議にかけられて死刑だ」
「ひぃ……」
そういって萎縮する神崎。
「だが、それを防対本や防衛省に送るのはなんら問題ではない。のちの時代に資料として残るからな」
「う、うす」
「さて……、こいつの説教も終わりだ。君たちは機体の最終確認でもしてくれ」
「……はい」
梅香隊の3人は、神崎に行われたパワハラまがいを見て、少しだけ引いていた。その後、整備士と共に、己の機体の最終確認を行う。
そして日付は変わり、8月24日。午前6時。
地下格納庫から、地上設備の格納庫へと繋がるエレベータを使って、機体が次々とエプロンへと移動する。まずは空自の第3飛行隊が発進するため、機体の移動が行われていた。
すべての機体の移動が終わり、エンジン始動、滑走路に移動している間に、今度は民間飛行隊の機体が次々と地上に上げられていく。
第3飛行隊が離陸していくのを横目に、民間飛行隊全6部隊計22機がエプロンに並ぶ。そして次々とエンジンを始動させていく。
午前7時。民間飛行隊は、梅香隊を先頭に滑走路を飛び立っていく。
そして最後に神崎と中里が乗ったT-2が離陸した。
民間飛行隊は離陸直後に隊ごとに別方向へと進路を変え、そのまま数十キロ南下する。そしてプロキシ・マケンタウリの北方150km付近の東西200kmをカバーするように散開した。
『……本当に敵機が来るのでしょうか?』
『ミズキちゃんもそう思うー? アタシもちょっと不安というかー、変な感じがするー』
加藤と浜口がそう無線で話す。
『敵が来ても来なくても~、自分の任務を遂行するのは大事なことだよ~?』
岡井がそのように忠告する。
『岡井の言う通りだ。準備し、仕事を全うする。そうすれば、いかなる結果だろうと満足するものになる。そしてそれが社会で必要となる力なのだ』
中里がそのように言う。
そんな中、神崎はカメラで写真を撮影しながら、時計を気にしていた。
「……中尉、マルハチマルマルになりました」
『りょーかい。作戦開始だ』
作戦の始まりは、もがみ型護衛艦から発射されるトマホークにより始まる。すでに無人偵察機であるMQ-9リーパーが目標であるプロキシマ・ケンタウリ付近で情報収集をしており、それに合わせてトマホークによる強襲をかけることが目的だ。
十数分でトマホークは目標に到着した。そしてそのまま目標の滑走路に直撃する。リーパーから映像が届き、滑走路に大きな穴が4つできたのが確認された。これで敵は大型の機体を上げることができなくなった。
そこに、カンバーランドから離陸したF/A-18の飛行部隊がさらに空爆を行う。目標は滑走路のさらなる破壊と、対空兵器の排除である。
これにより、目標は反撃能力のほとんどを失ったことになる。それでも、戦闘機と思われる機体が地上施設から出現し、地上を無理やり走る。なんなら、滑走路ではない不整地からどんどん離陸していく。
それらは低空を飛行しながら、北上を始めた。当然F/A-18のパイロットたちも気が付く。
『おい、敵機が北に向かっていくぞ』
『追いかけるのは後にしろ。今はこの滑走路を使えなくするのが先だ。それに、そっちには日本の民間人から構成された飛行隊がいる。彼らに任せよう』
『少々不安だが、そうするしかないのか。民間人の彼らに幸運があらんことを……』
敵機が北上していることは、民間飛行隊も把握していた。その予想される移動先は、梅香隊とエミュー隊が防空待機している間の空域だった。
『どうするー? 行くー?』
『行かないと無関係の人々が攻撃に曝されます。当然行きますよ』
『おっけ~。じゃあ行こうか~』
梅香隊の意見は一致し、予想会敵地点へと向かう。
そんな時、通信が入ってきた。
『君らの出番はないよ。そんな贅沢な機体を貰っといて、さらに戦果まで欲しいとはな。強欲にも程があるんじゃないか?』
そのように言うのは、先日文句を言ってきたエミュー隊隊長の男性パイロットだ。乗っている機体はエアレースで使用している高馬力機体に機銃を乗せたもので、パイロットはこの機体でレースに入賞するほどの実力を持っている。
そんな彼が、嫌みったらしく文句を言っているのだ。
『エミュー隊の隊長さん、文句を言うのは勝手ですが、協力して事に当たらないと簡単に死にますよ。これはレースのような、自分との戦いじゃないんですから』
『そんなのは分かっているよ。忠告ありがとう。でも俺のほうが飛行機をうまく扱えることを忘れてもらっちゃ困るよっ』
そういって彼は、僚機を置いて一人で突っ込んでいく。
『なんかダメそう。援護に回りましょう』
『分かったー』
『は~い』
加藤の意見に賛同し、梅香隊も敵機に近づいていく。戦闘の渦中へと吸い込まれるように。