芳賀ココノの献身 作:レバニラ炒め
シャーレが本格的に動き始めて、最初に分かったことがある。
それは、この組織が何をする場所なのか、誰もよく分かっていないということだった。
連邦生徒会長と同等の権限を持つ、連邦捜査部シャーレ。
字面だけを見れば、随分と仰々しい。
キヴォトス全域に関わる重大事件。
学園間の紛争。
治安維持。
非常事態への対応。
そういうものを扱う組織だと、少なくとも私は考えていた。
「先生」
「うん?」
「これは何なのよ」
私は端末に表示された依頼一覧を先生へ見せた。
シャーレのオフィス。
着任直後の混乱がひとまず落ち着き、最低限の業務環境が整い始めた頃だった。
先生は画面を覗き込む。
「依頼だね」
「それは分かるのよ」
「じゃあ、何が問題?」
「内容なのよ」
私は上から順に読み上げた。
「迷い猫の捜索。部活動の備品相談。道案内。ゲームの試遊依頼。限定グッズ購入の護衛。皆、シャーレを便利屋か何かと勘違いしてるのよ」
「便利屋……」
先生は少し考えるように首を傾げた。
「シャーレは連邦生徒会長と同等の権限を持つ組織なのよ。本来なら、もっと重大な案件を扱うべきなのよ」
「でも、困っている子たちから来た依頼なんだよね」
「それはそうだけど」
「なら、話を聞いてもいいと思う」
先生は当たり前のように言う。
「全部拾っていたら、きりがないのよ」
「全部は無理かもしれないね」
「なら」
「でも、目の前まで来てくれた子の話は聞きたい」
私は端末を見る。
迷い猫の捜索依頼。
重要度も緊急性も低い。
シャーレが扱う領分では無いだろう。
そう判断するのが普通だ。
「……しょうがないのよ」
「ありがとう、ココノ」
「受けるとは言ってないのよ。現地確認をするだけなのよ」
「うん。行こうか」
先生はすぐに立ち上がった。
私はもう一度ため息をつき、必要な情報を端末へ送る。
シャーレ初めての依頼、迷い猫探し。
依頼主は、近隣の学園に通う生徒だった。
小さな公園の前で、彼女は不安そうに立っていた。
手には、猫の写真が表示された端末を握っている。
「この子なんです。昨日の夕方から帰ってこなくて……」
先生はしゃがんで、依頼主と目線を合わせる。
「そっか。心配だったね」
「はい……」
「最後に見た場所はここ?」
「この公園の近くです。いつもなら、呼べば戻ってくるんですけど」
先生が周辺地図を開く。
公園。
商店街。
細い路地。
空き地。
排水路。
日当たりの良い塀。
猫が隠れそうな場所はいくつかある。
「聞き込みの順番を決めるのよ。まずは公園の管理者、それから商店街。最後に路地と空き地を確認するのよ」
「頼りになるね」
「どんどん頼ってくれていいのよ」
依頼主の生徒が少しだけ顔を上げる。
「見つかりますか……?」
「絶対とは言えないけど、精一杯努力するよ」
私たちは聞き込みを始めた。
公園の管理者は見ていない。
商店街の店主は、似た猫を朝方に見たと言った。
路地裏に入ると、足跡らしきものが見つかった。
先生は端末に位置を記録し、移動経路を推測する。
「この先の空き地か、排水路の近く」
「……あの辺りはヘルメット団がたむろしてる噂があるのよ」
先生の顔が少し真剣になる。
「急ごう」
「先生が走ってどうするのよ」
「いや、つい」
「先生は後ろ。私が先に確認するのよ」
「分かった」
空き地の奥、古い資材の隙間から小さな鳴き声が聞こえた。
依頼主の生徒が息を呑む。
「今の……!」
「静かに」
私はしゃがみ、隙間を確認する。
中に猫がいた。
足を少し挟んでいるようだったが、命に別状はなさそうだ。
先生が依頼主を落ち着かせ、私は周囲の資材を慎重にずらす。
しばらくして、猫は無事に引き出された。
依頼主の生徒は、猫を抱きしめて泣き出した。
「よかった……!」
先生は少し離れたところで、それを見ている。
私は、その様子を見ながら端末に記録を入れた。
依頼達成。
所要時間、約二時間。
負傷者なし。
猫の足に軽い怪我。依頼主へ動物病院の受診を推奨。
それだけの案件だった。
たかが猫。
そう思いかけて、やめた。
依頼主の生徒はまだ泣いている。
猫はその腕の中で、少し不満そうに鳴いていた。
彼女にとっては、たかがではなかったのだろう。
「見つかってよかったね」
「はい……! 本当に、ありがとうございました!」
生徒は何度も頭を下げる。
シャーレに戻って、次の依頼だ。
先生は端末を見る。
「ゲームの試遊依頼だって」
「却下なのよ」
「まだ内容読んでないよ」
「読まなくても分かるのよ。シャーレの業務ではないのよ」
「でも、もう約束しちゃった」
「先生」
私は先生を見る。
先生は少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「来る途中で連絡があって」
「……」
「すごく困っている感じだったから」
「……」
「……ごめん」
結局、私たちはミレニアムへ向かうことになった。
ゲーム開発部の部室は、資料とゲームソフトとモニターで埋まっている。
「先生! 来てくれてありがとう!」
勢いよく出迎えたのは、才羽モモイさんだった。
その横で、才羽ミドリさんが少し控えめに頭を下げる。
「すみません、急なお願いで……」
部長の花岡ユズさんは、ロッカーの中にいた。
「……花岡ユズです。ゲーム開発部の、部長です……」
「……?」
「こ、ここが一番落ち着くので……」
この部活は大丈夫なのだろうか。
心の中で留めておく。
先生がゲームを始めると、モモイさんは横から勢いよく説明し、ミドリさんはその説明を訂正しながらメモを取り、ユズさんはロッカーの中から小さく補足した。
ゲームは未完成だった。
文字が重なる。
敵は壁に埋まる。
主人公は会話中に画面外へ滑っていく。
「またそのバグ出た!」
モモイさんが頭を抱える。
「昨日も出てたよ、お姉ちゃん」
ミドリさんがメモを取る。
「さっきは動いたのに!」
「開発中のゲームで一番信用できない言葉なのよ」
「ココノさん、厳しい!」
けれど、画面の向こうにあるものは悪くなかった。
キャラクターの会話。
やりたい演出。
自分たちの持つ理想のゲーム像というものが伝わってくる。
先生も同じように感じたのか、笑いながら言った。
「問題はまだまだあるけど、面白くなりそうだね。キャラクターの会話も楽しいよ」
モモイさんの顔が明るくなる。
「本当!?」
ミドリさんもほっとしたように息を吐く。
ロッカーの中から、ユズさんが小さく尋ねた。
「……ココノさんは、どうでしたか」
私は少しだけ画面を見る。
粗い。
けれど、作った人間がそのキャラクターを好きなのは分かった。
「悪くなかったのよ」
「やった! 褒められた!」
「悪くなかったと言っただけなのよ」
「どう受け取るかは私次第なんだからね!」
部室に笑い声が広がる。
未完成で、不完全で、未成熟。
でも、楽しそうだなぁ。
夕方近く、三つ目の依頼主がシャーレを訪れた。
トリニティ総合学園の制服。
柔らかい雰囲気。
少しおどおどした表情。
その生徒は、胸元にペロロの小さなグッズを付けていた。
「阿慈谷ヒフミと申します。あの、依頼というか、相談なのですが……」
先生は椅子を勧める。
「大丈夫。話してみて」
ヒフミさんは恐縮しながら座った。
「実は、ブラックマーケットにペロロ様の限定グッズが流れているという話を聞きまして……」
私は端末を操作する手を止めた。
「ブラックマーケット?」
「はい……」
「限定グッズを確認するために?」
「はい……」
「危険区域に、限定グッズ目当てで行くのは推奨できないのよ」
「そ、そうですよね……」
ヒフミさんは肩を落とす。
大人しそうな雰囲気をしているが、中々曲者だ。
「でも、その、本当に貴重なもので……それに、偽物かもしれないので、確認だけでもしたくて……」
先生は少し考える。
「一人では危ないね」
「はい。なので、もし可能なら、護衛をお願いできないかと……」
私は先生を見る。
きっとこの人はこの依頼も受けるのだろう。
「先生」
先生は私を見る。
「危ない場所だし、護衛は必要だと思う」
「そこではないのよ」
「でも、依頼としては成立してる」
「ペロロの限定グッズなのよ」
そのために先生を危険の多いブラックマーケットに連れてはいけない。
「ヒフミにとっては大事なんだと思う」
ヒフミさんは小さく頷く。
……行くしかないか。
今日だけで、迷い猫、ゲーム試遊、ペロロの限定グッズ。
シャーレとは。
そう思いながらも、私は必要な準備を始めていた。
ブラックマーケットは、先も触れたが治安が良くない。
雑多な店。
怪しい取引。
武器を持つ生徒。
路地裏から向けられる視線。
ヒフミさんは緊張した様子で、ペロロのグッズを大事そうに抱えている。
「本当にすみません、こんなところまで……」
「謝る必要はないよ」
先生はそう言う。
私は周囲を確認する。
「謝るなら、次からは一人で来ようとしないことなのよ」
「はい……」
とは言うが、この子の目には全然諦めきれない色が浮かんでる。
しばらく進んだところで、数人のチンピラに絡まれた。
「おいおい、トリニティのお嬢様がこんなところに何の用だ?」
「持ってるもの置いていけば、見逃してやるよ」
ヒフミさんが一歩下がる。
先生が前に出ようとしたので、私は先に腕を掴んだ。
「先生は後ろ」
「うん」
志は認めるが、すぐ前に出ようとするのをやめてほしい。
心臓に悪い。
……このぐらいの数ならいけるか。
「こちらはシャーレの業務中なのよ。退くなら今のうちなのよ」
「はあ? シャーレ?」
相手の気が緩んだ瞬間、突貫する。
その後の小競り合いは長くなかった。
この手の輩の場合、リーダー格を真っ先に潰すのがセオリーだ。
そうするだけで相手は簡単に統制を失い、散り散りになる。
ヒフミさんのペロロ様デコイ――様を抜くと訂正された―― の活躍もあり、簡単に対処できた。
先生は戦闘後、すぐにヒフミさんの様子を確認する。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
「よかった」
ヒフミさんは胸元のペロログッズを握りしめる。
「先生、ココノさん、本当にありがとうございました。すごく心強かったです」
当たり前のことをしただけだ。
「私は護衛として当然のことをしただけなのよ」
ヒフミさんは、少しだけ笑った。
「それでも、です」
……何でかヒフミさんの目を見れなかった。
「……次からは、事前にもう少し安全な方法を考えるのよ」
「はい」
ヒフミさんは素直に頷いた。
シャーレに戻った頃には、すっかり夜になっていた。
先生は少し疲れた様子で椅子に座り、私は今日の報告書をまとめる。
迷い猫捜索。
ゲーム開発部の試遊依頼。
ブラックマーケット護衛。
私は画面を見ながら言う。
「先生、やっぱり今日の依頼はシャーレが扱うには小さすぎるものばかりだったのよ」
「そうかもね」
「そうなのよ」
先生は机に肘をつく。
「でも、みんな困ってた」
「だから、全部拾っていたら、きりがないのよ」
「それでも」
「それでも、目の前に来てくれた子の話は聞きたい」
昼にも聞いたような言葉だ。
「……先生は」
「?」
「……何でもないのよ」
『先生』だから、人を助けるのだろうか。
私は報告書を保存する。
夜も随分更けてきた。
先生の方を見ると、欠伸を噛み殺しているのがみえた。
「先生、今日はもう休むべきなのよ」
「ココノは?」
「私は記録を整理してから休むのよ」
「君一人を置いて私だけ帰れないよ」
「キヴォトスの人間は頑丈なのよ。あと少しで終わるし、先生は帰るのよ」
「……休憩室の方にいるよ。一人で夜道は帰らせれない」
先生はそういって席を立った。
……夜道なんて、先生の方が危ないというのに。
オフィスに一人残り、私は端末の画面を見る。
今日会った生徒たちの名前と、依頼内容。
ただの記録。
ただの業務。
彼女たちは、私とは違う。
役目がなくても、楽しそうにしている。
必要とされるためでなく、好きなものを好きだと言える。
私は違う。
私には、マダムから与えられた役目がある。
そのために先生の隣にいる。
そのためにシャーレを監視している。
もし、いつかマダムの計画が動けば。
今日笑っていた生徒たちを、傷つけることになるのかもしれない。
猫を抱きしめて泣いていた子。
ゲームの感想に目を輝かせていた子たち。
ペロロを大事そうに抱えていたヒフミさん。
その顔が、ふと浮かぶ。
私は端末を閉じた。
まだ先の話だ。
今、考える必要はない。
私は補佐だ。
先生の隣に立つのは、そういう役目だから。
それだけでいい。