芳賀ココノの献身   作:レバニラ炒め

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対策委員会編
アビドス自治区へ


アビドス自治区へ向かう車窓の外は、少しずつ色を失っていく。

 

「ここから先が、アビドス自治区だね」

 

運転席の先生が言った。

私は助手席で端末を確認する。

 

アビドス高等学校。

かつては広大な自治区を持つ大規模校だったが、現在は砂漠化の進行により人口が流出し、生徒数は激減。

廃校の危機にある。

 

加えて、巨額の借金。

債権者はカイザーローン。

表向きは合法的な貸付。

けれど、資料を読む限り、普通の債務契約とは言い難かった。

 

「借金の額、大きいんだよね」

 

先生が言う。

 

「額だけの問題ではないのよ」

 

私は契約資料を先生に向ける。

 

「金利、返済条件、担保設定、更新条項。どれも借り手に不利すぎるのよ。普通に返済させる契約ではないのよ」

「返済させる契約じゃない?」

「返済できない状態を維持するための契約なのよ」

 

私は画面を切り替える。

アビドス自治区の土地権利移動記録。

年度ごとに、少しずつ所有権や管理権が動いている。

 

「しかも、土地の移動が多すぎるのよ」

「土地?」

「市街地だけじゃない。砂漠地帯も含めて、アビドスの土地の多くがカイザー側に渡っているのよ」

 

先生の表情が少し険しくなる。

 

「借金じゃなくて、土地が目的かもしれないってこと?」

「可能性は高いのよ」

 

私は端末を閉じる。

 

「ただ、分からないことがあるのよ」

「何?」

「市街地ならまだ分かるのよ。けれど、広大なだけの砂漠まで押さえる意味が分からない。砂しかない、インフラもまともにない土地に、カイザーが何を求めているのか」

 

 

 

 

やがて、アビドス高等学校の校舎が見えてくる。

 

大きな校舎だ。

古びている。

壁には砂が積もり、校門の文字も少しかすれている。

窓の一部は割れ、敷地の端には使われなくなった施設が見える。

 

手入れはされているようだ。

誰かが掃除した跡、通路の砂は最低限どけられている。

 

 

校門の前で、私たちは彼女たちと出会った。

 

最初にこちらを睨んできたのは、黒見セリカさんだった。

 

「ちょっと、あんたたちがシャーレ?」

 

嫌われてるわけではないけど、警戒されてる感じ。

 

「うん。先生だよ。こっちは補佐のココノ」

 

先生が柔らかく答える。

 

「芳賀ココノなのよ。よろしく」

「ふーん……」

 

セリカさんは、まだ疑わしそうに私たちを見る。

その横で、奥空アヤネさんが慌てて頭を下げた。

 

「す、すみません! セリカちゃん、失礼ですよ。ようこそ、アビドス高等学校へ。私は奥空アヤネです」

「十六夜ノノミです〜。遠いところからありがとうございます〜」

 

ノノミさんは、柔らかく微笑む。

少し離れた場所に、砂狼シロコさんがいた。

 

静かにこちらを見ている。

 

「ん。よろしく」

 

短い。

 

最後に、小鳥遊ホシノさん。

彼女は眠たげな目をして、のんびりと手を振った。

 

「やあやあ、先生にココノちゃん。遠いところお疲れ様ぁ。おじさんたちの学校へようこそ〜」

「おじさん……?」

「ホシノ先輩のことは気にしないでください」

 

アヤネさんが小声で言う。

 

ホシノさんは随分緩い人。

に見えるが、目の奥はそうじゃない。

全部を見透かしているようでも、全部を諦めているような目だ。

 

 

 

 

校舎に移動した私たちは改めて以来の確認を行う。

 

「それで、相談内容を確認したいのよ」

「借金問題、廃校危機、外部勢力の干渉。大まかには把握しているけれど、実際の資料を見たいのよ」

「はい。こちらです」

 

アヤネさんが、準備していた資料を机に並べる。

 

カイザーローンからの借入。

返済計画。

利息。

担保。

過去の土地権利の移動。

私は一つひとつ確認していく。

そして、やはり違和感は確信に変わった。

 

「……やっぱり、これは返済させる契約ではないのよ」

 

私が言うと、アヤネさんが眉を寄せた。

 

「どういうことでしょう?」

「返済させる契約というより、返済できない状態を維持する契約に見えるのよ。 それに」

 

私は土地権利の一覧を表示する。

 

「借金の担保として、アビドスの土地が少しずつカイザー側へ移っているのよ。市街地だけじゃなく、砂漠地帯まで」

「……ちょっと待って、土地が!?」

 

セリカさんが驚く。

他のメンバーも同じようなリアクションだ。

知らなかったとは。

 

「うへ~。そういうことだったんだねぇ」

 

ホシノさんは何か合点がいったという感じだ。

 

「驚いてるところ申し訳ないけれど、話を戻させてもらうのよ」

「ご、ごめんなさい」

セリカさんが謝る。

「いいのよ、ともかく」

 

「市街地ならまだ分かる。開発でも、管理でも、何かしら理由は考えられる。でも、広大なだけの砂漠まで押さえているなら、別の目的があるはずなのよ」

 

シロコさんが地図を見つめる。

 

「ん。怪しい」

 

アヤネさんの表情が青ざめる。

 

「つ、つまり、最初から私たちの学校を潰し、土地を奪うつもりだったということでしょうか」

「可能性は高いのよ。ただ、断定するには証拠が足りない」

 

先生が静かに聞く。

 

「何を調べればいい?」

「二つ」

 

私は指を立てる。

 

「一つ目は、ここを襲撃してくるヘルメット団への武器供給元と資金の流れ。木っ端の組織にしては装備の面で苦労している様子が見受けられない、誰かが金と装備を流しているはずなのよ」

 

アヤネさんが手を上げる。

 

「以前、武器の方を回収したのですが、型番号の方からでは供給元を追うことはできませんでした」

「そうなると、ブラックマーケットでしょうか?」

 

ノノミさんが言う。

 

「そう。そちらを調べる」

 

私は地図の別の場所を示す。

 

「二つ目は、アビドス砂漠。カイザーが砂漠を押さえている理由を確認する必要があるのよ」

 

アヤネさんが端末を操作しながら言う。

 

「アビドス砂漠は広大です。全域の探索は難しいですが、最近不審な車両の目撃情報がいくつかあります」

「それを追うのよ」

 

先生はみんなを見回した。

 

「じゃあ、二手に分かれよう」

 

私は頷く。

 

「ブラックマーケット調査班は、先生、私、シロコさん、ホシノさん」

「ん。了解」

 

シロコさんが頷く。

ホシノさんは少しだけ目を細めた。

 

「おじさんもそっちなんだぁ?」

「ホシノさんは強いって聞いたのよ」

「うへぇ、買いかぶりだねぇ」

 

ホシノさんは肩をすくめた。

 

私は続ける。

 

「砂漠探索班は、セリカさん、ノノミさん、アヤネさん」

「えっ、私たちだけで砂漠?」

 

セリカさんが不満そうに声を上げる。

 

ノノミさんがにこにこと言う。

 

「大丈夫ですよ〜。アヤネちゃんのドローンもありますし、私も一緒ですから〜」

「まあ、ノノミ先輩がいるなら……」

 

アヤネさんは真剣な表情で頷いた。

 

「不審車両の目撃地点を中心に探索します。写真と位置情報を記録しますね」

「お願いするのよ」

 

方針は決まった。

ただし、今からすぐに動くには遅い時間だった。

移動と準備を考えれば、調査は明日に回すのが妥当。

 

「今日はここまでなのよ」

「えっ、もう?」

 

セリカさんが言う。

 

「夜の砂漠探索は危険だしね~。ブラックマーケットは、夜の方が動きはあるだろうけど、わざわざ無理をする必要もないよね」

 

そう言ってホシノさんはあくびをかみ殺す。

 

先生も頷く。

 

「準備して、明日動こう」

 

アヤネさんが立ち上がる。

 

「それでしたら、先生とココノさんにはゲストハウスを使っていただけるようにしてあります」

「助かるよ」

 

先生が笑う。

 

セリカさんが少し気まずそうに視線を逸らす。

 

「文句言わないでよ。これでも一応、使えるようにはしたんだから」

 

 

 

 

案内されたゲストハウスは、古びた建物だった。

 

外壁には砂が積もり、窓枠は少し歪んでいる。

廊下の照明は半分ほどしか点いていない。

けれど、中は最低限掃除されていた。

床の砂は払われ、寝具も干されている。

台所も古いが使えそうだった。

 

周辺の施設などの紹介を終えた対策委員会の面々は、明日の準備のために校舎へ戻っていった。

ゲストハウスに残ったのは、先生と私だけ。

 

机の上には、借金資料と地図。

端末には、明日の調査計画。

私たちはしばらく資料整理を続けた。

外はすっかり暗くなった。

 

お腹すいてきたな。

 

「ココノ」

「空いていないわけではないのよ」

「……お腹、すいたんだね」

 

しまった。

 

「何か作ろうか」

「先生、明日も調査なのよ。無理に動く必要はないのよ」

「簡単なものなら作れるよ」

「先生が?」

「ひどい」

「いつもカップラーメンばかり食べてるのよ」

 

それでも先生は台所へ向かった。

ああは言ったが、先生が何を作るのかは気になる。

私も向かおう。

台所は狭かった。

 

冷蔵庫には、対策委員会が用意してくれたらしい最低限の食材が入っている。

卵。

少しの野菜。

冷やご飯。

調味料。

 

先生はそれを見て言った。

 

「チャーハンならできそう」

「スーパーは……もう閉まってるのよ」

 

明日の分も見ておきたかったが。

 

先生は慣れた様子でチャーハンを作っていく。

 

「一人暮らしの時に身に着けたんだ」

「いつもそうしたらいいのよ」

 

そこまで日は経ってないが、この人はいつも健康に悪そうなものを食べてる。

 

「はい、完成」

 

そういってテーブルに並べられたチャーハンは、湯気が立ち、空きっ腹には罪深い香ばしい匂いを漂わせる。

 

「「いただきます」」

 

私はスプーンを取り、一口食べる。

 

温かい。

思ったより、悪くない。

 

「どう?」

「……普通においしいのよ」

「普通に、なんだ」

「褒めてるのよ」

 

先生は嬉しそうに笑った。

私は目を逸らし、もう一口食べる。

明日からまた頑張ろう。

 

 

 

 

翌朝。

 

アビドスの朝は静かだ。

風が砂を運ぶ音。

古い窓枠が小さく軋む音。

遠くで何かの金属板が揺れる音。

それ以外は、ほとんど何も聞こえない。

 

私はゲストハウスの机で、昨日整理した資料をもう一度確認していた。

 

アビドスの借金。

カイザーローン。

土地権利の移動。

ヘルメット団の襲撃記録。

ブラックマーケットでの武器流通。

砂漠地帯における不審車両の目撃情報。

 

カイザーがアビドスの土地を欲しがっていることは、ほぼ間違いない。

けれど、その目的が分からない。

 

ただの市街地開発なら、砂漠地帯まで押さえる意味が薄い。

債権回収が目的なら、返済不能を維持する契約にする必要はない。

ならば、別の理由があるはず。

 

それを今日、確かめる。

 

「ココノ、準備できた?」

 

先生が声をかけてきた。

 

「できているのよ」

 

私は端末を閉じる。

 

 

 

 

アビドス高校に向かうと、校門前には対策委員会の面々が集まっていた。

 

「おはようございます、先生、ココノさん」

 

アヤネさんが頭を下げる。

 

「おはよう」

 

先生も挨拶を返す。

 

「今日は予定通り、二手に分かれて調査しよう」

 

 

私は地図を表示する。

 

「ブラックマーケット調査班は、先生、私、シロコさん、ホシノさん。目的はヘルメット団への武器供給元と、その資金の流れを追うこと」

 

「ん。任せて」

 

シロコさんが頷く。

ホシノさんは眠そうに手を振る。

 

「おじさんも頑張るよぉ。できれば平和的にねぇ」

「ん、交渉は得意」

「シロコ先輩が言うと、あまり信用できないのよ」

 

セリカさんが言う。

 

私は続ける。

 

「砂漠探索班は、セリカさん、ノノミさん、アヤネさん。不審車両の目撃地点を中心に探索。可能なら写真、位置情報、搬入物資の記録を取ってほしいのよ」

 

アヤネさんが頷く。

 

「了解しました。ドローンで上空から確認します」

 

ノノミさんも笑う。

 

「セリカちゃん、頑張りましょうね〜」

「分かってるわよ。絶対にカイザーの尻尾を掴んでやるんだから」

 

シロコさんが少しだけセリカさんを見る。

 

「ん。気をつけて」

「シロコ先輩こそ、ブラックマーケットで変なことしないでよ?」

「大丈夫。銀行は襲わない」

「なんで銀行が出てくるのよ!?」

 

冗談なのか、本気なのか、判断が難しい。

先生は苦笑していた。

 

「それじゃあ、みんな気をつけて。危険だと思ったらすぐ撤退すること」

「はい!」

 

アヤネさんが返事をする。

 

 

 

 

ブラックマーケットへ向かう道中、ホシノさんは歩く様子を観察する。

 

肩の力が抜けている。

銃の構えも一見雑に見える。

だが、まったくと言っていいほど隙が見当たらない。

不思議な人だ。

 

シロコさんは前方を歩きながら、周囲の気配を拾っている。

先生はその少し後ろ。

私は端末で周辺の取引記録や過去の事件情報を確認しながら歩く。

 

 

 

 

ブラックマーケットに近づくと、空気が変わるのを感じる。

 

露店。

怪しい看板。

武器を持つ生徒。

どこから流れてきたのか分からない機材。

正規の流通に乗っていない品々。

 

以前、ヒフミさんの護衛で来たが、嫌な雰囲気は変わらない。

 

「まずは、ヘルメット団に装備を流していた商人を探すのよ」

 

私は端末にいくつかの候補を表示する。

 

「襲撃記録と武器の型番を照合すると、最近この周辺で同じ型の装備が複数回出回っているのよ。取引場所はこのあたり」

「ん。聞き込み」

 

シロコさんが言う。

 

「荒っぽいのはなしだよ」

 

先生が釘を刺す。

 

「ん。必要最低限」

「最低限の基準が心配だなぁ」

 

ホシノさんが笑う。

 

私たちはいくつかの店を回った。

最初の商人は知らないと言った。

次の商人も、そんなものは扱っていないと答えた。

三人目は、こちらがシャーレだと知ると店を畳もうとした。

 

シロコさんが出口を塞ぐ。

 

「ん。話を聞くだけ」

「そ、そう言って銃を持ってるじゃねぇか!」

「聞くだけ」

「説得力がないのよ」

 

私は横から言った。

 

先生が前に出る。

 

「協力してくれれば、こちらも必要以上のことはしないよ。ヘルメット団に武器を流している商人を探している」

 

商人は視線を泳がせた。

 

「し、知らねぇよ。そんなの……」

「では、最近この型の装備を扱った記録を確認するのよ」

 

私は端末に武器の画像を出す。

商人の顔がわずかに動いた。

 

「知ってるのよ」

「……っ」

 

ホシノさんが、ゆるい声で言う。

 

「おじさんたち、そんなに怖くないよぉ。早く話してくれると助かるんだけどなぁ」

 

怖くないと言いながら、ホシノさんの視線は商人の逃げ道を完全に塞いでいる。

 

商人はしばらく黙っていたが、やがて観念したように息を吐いた。

 

「俺じゃねぇ。俺は仲介しただけだ」

「取引先は?」

「闇銀行だよ。あそこから資金が出てたんだ。こっちは指定された装備を流しただけだ」

 

闇銀行。

シロコさんがそわそわしだす。

 

「銀行」

「シロコさん、落ち着くのよ」

「ん。落ち着いてる」

 

絶対に落ち着いていない。

 

私は商人から取引記録の一部を受け取り、端末に保存する。

資金の流れはまだ断片的だが、確かに闇銀行の口座が関わっている。

 

先生が言う。

 

「次は、その銀行だね」

「シャーレの権限で調査要求を出せるのよ。ただし、相手が素直に応じるとは思えない」

「なら、直接行こう」

 

シロコさんが目を輝かせる。

 

「ん。銀行を襲う」

「調査なのよ」

「ん。調査のために襲う」

「襲うから離れるのよ」

 

ホシノさんが苦笑した。

 

「うへぇ、シロコちゃん、銀行になると元気だねぇ」

 

本当に、この人たちは銀行襲撃に抵抗がなさすぎる。

 

 

 

 

闇銀行は、ブラックマーケットの奥にあった。

 

外見は普通の事務所に近い。

ただし、入口には武装した警備がいる。

内部にも複数の反応。

 

私は端末で構造を確認する。

 

「証拠が保管されているなら、奥のサーバールームか金庫室なのよ。正面から行くと記録を消される可能性がある」

「裏口は?」

 

先生が聞く。

 

「搬入口があるのよ。ただし、警備が二人」

「シロコ、ホシノ、行ける?」

「ん」

「まあ、軽くならねぇ」

 

私は先生を見る。

 

「先生は後ろなのよ」

「うん。分かってる」

 

本当に分かっているのかは怪しいが、少なくとも返事はした。

 

作戦は短時間で決まった。

 

「ちょっと待って」

 

シロコさんが持っていたカバンを漁る。

 

「ん。身元保護」

 

そういった彼女の手には人数分の目出し帽が握られている。

 

確かに身元を隠すのは大事だが、これじゃあ。

 

「うへぇ、完璧に銀行強盗だねぇ」

「……しょうがないのよ。……しょうがないのよ、私」

 

身元保護をすました私たちは、まずシロコさんとホシノさんが搬入口側から警備を制圧。

私は通信妨害と内部端末へのアクセス。

先生は全体指示と、必要に応じてシャーレ権限の提示。

 

侵入は予想以上に速くできた。

普段からシミュレーションしてた、と後に豪語するシロコさんが迅速に銀行を制圧していく。

 

「先生、奥の端末にアクセスできそうなのよ」

「お願い」

「五分ほしいのよ」

「シロコ、ホシノ、五分持たせて」

「ん。余裕」

「おじさん、頑張るよぉ」

 

銃声が響く。

私は端末に集中する。

暗号化は甘くないが、急ごしらえの隠し口座記録までは守りきれていない。

 

取引履歴。

送金元。

送金先。

架空名義の口座。

カイザーローン。

カイザーPMC。

ヘルメット団関連の仲介業者。

 

繋がった。

 

「証拠、取れたのよ」

 

私は保存処理を走らせる。

さらに、土地取引に関する資料も見つかる。

 

アビドス砂漠の区画情報。

調査費。

警備費。

施設建設資材。

 

「……砂漠にも金が流れてるのよ」

「やっぱり何かあるんだね」

 

先生の声が低くなる。

 

「ええ。これはただの借金問題ではないのよ」

 

データのコピーが完了する。

 

「撤退するのよ!」

 

シロコさんとホシノさんが戻ってくる。

 

ホシノさんは肩を回しながら言った。

 

「いやぁ、けっこう派手になっちゃったねぇ」

「随分銃声が多かったのよ」

「向こうが撃ってきたからねぇ」

「ん。正当防衛」

 

シロコさんが言う。

 

私は深く考えるのをやめた。

証拠は手に入った。

それで十分だ。

 

 

 

 

一方その頃、砂漠探索班も動いていた。

 

セリカさん、ノノミさん、アヤネさんは、アビドス砂漠の奥へ向かっていく。

後で聞いた話によれば、最初のうちは何もなかったらしい。

 

砂。

崩れかけた標識。

使われなくなった道路。

放棄された施設。

 

「不審車両の通過記録は、この付近で途切れています。どこかに施設がある可能性があります」

 

しばらく進んだところで、アヤネさんのドローンが人工物を捉えた。

 

砂丘の向こう。

仮設フェンス。

監視塔。

コンテナ。

装甲車両。

通信設備。

 

カイザーPMCの基地らしき施設だった。

 

写真。

位置情報。

施設規模。

搬入物資。

車両の型番。

警備人数。

 

無理な接近はせず、情報を持ち帰った。

 

 

 

 

夕方、私たちはアビドスへ戻った。

 

対策委員会の部室で、二組の情報をすり合わせる。

 

「ヘルメット団への武器供給は、闇銀行を経由して資金提供されていたのよ。その資金の一部はカイザーローン、およびカイザーPMCにつながっている」

 

アヤネさんが目を見開く。

 

「つまり、ヘルメット団の襲撃にもカイザーが関わっていたということですか?」

「直接命令した証拠はまだない。でも、資金と装備が流れている証拠はあるのよ」

 

セリカさんが机を叩く。

 

「やっぱりあいつらじゃない!」

 

ノノミさんが、撮影した写真を表示する。

 

「こちらが、砂漠で見つけた施設です」

 

写真を見て、部屋の空気が変わった。

 

カイザーPMCの基地。

アビドス砂漠内の仮設施設。

車両とコンテナ。

 

カイザーグループの一社だけが動いている規模ではない。

 

ホシノさんが写真を見る。

その表情から、眠たげな緩さが少しだけ消える。

 

「……へぇ」

 

先生が言う。

 

「これで繋がったね」

 

私は頷く。

 

「カイザーは借金を回収したいんじゃないのよ」

 

地図上で、土地権利の移動記録と、PMC基地の位置を重ねる。

 

「借金を理由に、アビドスの土地を支配したい。特に砂漠地帯に何か目的がある。ヘルメット団の襲撃は、アビドスを疲弊させるため。カイザーローンの契約は、土地を奪うため。PMC基地は、その後の実力行使に備えたもの」

 

アヤネさんが小さく震える声で言う。

 

「そんな……」

 

セリカさんは怒りを隠さない。

 

「ふざけんじゃないわよ……!」

 

シロコさんは静かに銃を確認する。

 

「ん。潰す」

 

「待つのよ」

 

私は言った。

 

「今すぐ攻めても、向こうは切り捨てるだけなのよ。必要なのは、社会的に逃げ道を塞ぐこと」

 

先生が顎に手を当て思案する。

 

「……クロノススクールに流す?」

「そうするのよ」

 

私は証拠データを整理する。

 

「闇銀行との資金関係。ヘルメット団への装備供給疑惑。カイザーPMCの砂漠基地。アビドス土地権利の不自然な移動。これを合わせるだけで、カイザーローンとPMCの社会的信用は大きく落ちる」

 

アヤネさんが続ける。

 

「同時に、連邦生徒会を通じて借金への異議申し立てを行いましょう」

「そうなのよ。契約の不当性と、カイザー側の不正関与を示せれば、少なくとも返済請求は止められる」

 

セリカさんが拳を握る。

 

「じゃあ、勝てるの?」

 

私はすぐには答えなかった。

証拠は手に入った。

世論も動かせる。

借金を止めることはできるかもしれない。

 

けれど、カイザーが本当に欲しいのは土地だ。

そして、砂漠の基地を見る限り、向こうは力で押す準備もしている。

 

「借金問題は止められる可能性が高いのよ」

 

私は言った。

 

「でも、それでカイザーが諦めるとは限らない」

 

部屋が静かになる。

先生が、対策委員会の面々を見る。

 

「それでも、やれることをやろう」

 

その言葉に、アヤネさんが頷く。

 

「はい」

 

ノノミさんも微笑む。

 

「みんなで、アビドスを守りましょう〜」

 

セリカさんはまだ怒っている。

 

「当然よ。こんなの、絶対に許せないんだから」

 

シロコさんは短く言う。

 

「ん。守る」

 

ホシノさんは少し遅れて、いつもの調子で笑った。

 

「いやぁ、みんな頼もしいねぇ」

 

私はその顔を見る。

軽い笑み。

いつもの声。

けれど、目の奥は笑っていなかった。

 

 

 

 

その日の夜、私は証拠データをまとめ続けた。

 

クロノススクールへ渡すための資料。

連邦生徒会へ提出する異議申し立て。

時系列。

取引記録。

土地権利の移動。

PMC基地の写真。

 

先生も横で確認をしている。

 

「ココノ、少し休んだら?」

「休んでいる時間はないのよ」

「でも、疲れてる」

「先生に言われたくないのよ」

 

先生は苦笑する。

 

それから、少し真面目な声で言った。

 

「ありがとう」

 

私は手を止める。

 

「何がなのよ」

「ここまで調べてくれて」

「私は補佐として必要なことをしているだけなのよ」

「それでも、ありがとう」

 

私は画面に目を戻す。

 

まただ。

 

役目としてしたことに、感謝を向ける。

そのたびに、少しだけ調子が狂う。

 

「……資料、送るのよ」

 

私はそう言って、クロノスへの匿名情報提供の準備を完了させた。

 

翌朝には、アビドスの名前がキヴォトス中に流れることになる。

カイザーが何をするかは、まだ分からない。

けれど、少なくとも一つだけ確かなことがある。

 

この砂の学校をめぐる戦いは、もう借金だけの話ではなくなっていた。

 

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