芳賀ココノの献身   作:レバニラ炒め

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置いていかないで

翌朝、アビドスの名前はキヴォトス中に流れていた。

 

クロノススクールのニュースは、想定していたよりも早く動いた。

 

『アビドス高等学校を巡る一連の債務問題について、新たな疑惑が浮上しました』

 

アビドスの教室に置かれたテレビから、淡々としたアナウンサーの声が流れる。

 

画面には、砂に覆われたアビドスの校舎。

次に、カイザーローンのロゴ。

そして、アビドス砂漠に設置されたカイザーPMCの基地らしき写真。

アヤネさんが撮影したものだ。

 

もちろん、情報提供元は伏せられている。

 

『カイザーローンによる不透明な債権管理、ヘルメット団への武器供給疑惑、さらにアビドス砂漠内でのカイザーPMCの無許可拠点設置疑惑について、関係各所への取材が進められています』

 

セリカさんは画面を睨みつけていた。

 

「……やっと表に出たってわけね」

 

アヤネさんは端末でニュースの反応を追っている。

 

「拡散速度が速いです。クロノスの報道を受けて、他の情報系チャンネルも追い始めています」

 

ノノミさんは少し安心したように息をついた。

 

「これで、少しは状況が良くなるでしょうか〜」

 

「なるのよ」

 

私は端末を操作しながら答える。

 

「少なくとも、カイザーローンは今までのように堂々と返済を迫れなくなる。連邦生徒会への異議申し立ても受理されたのよ」

 

先生がこちらを見る。

 

「もう受理されたんだ」

「必要書類は昨日のうちに揃えたのよ。証拠資料、契約不当性の指摘、カイザー側の不正関与疑惑。リン先輩にも確認を回してある」

「仕事が早いね」

「遅いと潰されるのよ」

 

それは冗談ではなかった。

大きな組織は、都合の悪い証拠を消すのが早い。

切り捨てるのも早い。

責任をなすりつけるのも早い。

だから、こちらも先に逃げ道を塞ぐ必要がある。

 

テレビの画面が切り替わった。

 

『カイザーグループは本件について、カイザーローンおよび一部PMC部門の独断による不正の可能性があるとして、当該部門の活動停止と内部調査を発表しました』

 

私は小さく息を吐く。

 

「来たのよ」

 

シロコさんがこちらを見る。

 

「ん。来た?」

「尻尾切りなのよ」

 

私は画面を見ながら言う。

 

「カイザー本体は、カイザーローンとPMCの一部部門を切り捨てる判断をした。自分たちは知らなかった。不正は現場の独断だった。そういう筋書きにするつもりなのよ」

 

セリカさんが机を叩いた。

 

「ふざけんじゃないわよ! 全部あいつらの仕業でしょ!」

「そうなのよ。でも、証明できる範囲と、責任を取らせられる範囲は違う」

「そんなの……!」

 

先生が静かに言う。

 

「でも、借金は?」

 

私は端末に表示された通知を見る。

連邦生徒会からの仮処分通知。

 

「返済請求は一時停止。契約は不正疑惑により再審査。カイザーローンの活動停止に伴って、債権管理も凍結」

 

アヤネさんが息を呑む。

 

「それって……」

 

私は頷く。

 

「少なくとも、明日返済を迫ってくる相手はいなくなったのよ」

 

部室が静かになった。

 

セリカさんが、ゆっくりと言う。

 

「じゃあ……借金は?」

「消えた、とまではまだ言えないのよ。手続き上は凍結と再審査。ただ、カイザーローンそのものが切り捨てられた以上、これまで通りの請求は成立しない」

 

私は言葉を選ぶ。

 

「実質的に、アビドスの借金は止まったのよ」

 

アヤネさんの目から、ぽろりと涙が落ちた。

 

「……本当に?」

「ええ」

「本当に、もう……明日返済しろって、言われないんですか?」

「今のところは」

 

アヤネさんは口元を押さえる。

ノノミさんがそっと肩を抱いた。

セリカさんは顔を背ける。

 

「な、泣いてないから」

「誰も言ってない」

 

シロコさんが短く言った。

 

「シロコ先輩!」

 

先生はその様子を見て、少しだけ笑っていた。

私は端末を閉じる。

 

これで終わりなら、どれほど楽だっただろう。

けれど、部室の隅でホシノさんだけは笑っていなかった。

 

いつもの眠たげな表情。

緩い姿勢。

口元には、軽い笑み。

けれど、目が違う。

 

ホシノさんは、テレビの画面ではなく、その先にある何かを見ていた。

 

 

 

 

昼過ぎには、状況が変わった。

 

カイザーグループがカイザーローンとPMCの一部を切り捨てたことで、表向きの責任者はいなくなった。

しかし、切り捨てられた側は消えなかった。

 

むしろ、企業としての顔を失ったカイザーPMCの一部部隊は、急速に統制を崩し始めた。

 

市街地周辺に集結する武装車両。

アビドス砂漠基地から移動する部隊。

通信傍受で確認された攻撃準備。

 

そして、要求。

小鳥遊ホシノの身柄。

 

「どうしてホシノ先輩を……」

 

アヤネさんが青ざめた顔で言う。

先生は険しい顔をしている。

 

なぜホシノさんの身柄が欲しいのだろうか、カイザーは土地が欲しいのだと考えていたがほかに求めるものがある?

 

小鳥遊ホシノ、ここの最年長、対策委員のリーダー的存在、旧生徒会の副会長。

……副会長?

 

ホシノさんは、普段通りの声で言った。

 

「いやぁ、おじさん人気者だねぇ。困っちゃうなぁ」

「ふざけてる場合じゃないでしょ!」

 

セリカさんが怒鳴る。

 

「相手は市街地近くまで来てるのよ! 明日には本格的に攻めてくるって……!」

「うん。そうだねぇ」

 

ホシノさんは笑ったままだった。

それが、逆に危うく見えた。

 

先生は全員を見回した。

 

「今日は避難準備と防衛線の確認をしよう。無理な戦闘はしない。明日に備える」

「はい」

 

アヤネさんがすぐに端末を操作する。

 

「市街地側の避難誘導ルートを確認します。防衛に使えそうな遮蔽物も記録します」

 

「ん。偵察する」

 

シロコさんが立ち上がる。

 

「私も行くわよ!」

 

セリカさんも続く。

ノノミさんは静かに頷いた。

 

「みんなで守りましょう」

 

私は先生を見る。

 

「私たちは市街地側の巡回と、防衛線の確認をするのよ」

「うん」

 

そうして、その日は慌ただしく過ぎていった。

 

 

 

 

夜。

 

カイザーPMCはアビドス市街地の外縁まで迫っていた。

本格的な侵攻は、明日になる。

 

先生と私は、防衛線の確認を兼ねて市街地を歩いていた。

 

閉じた商店。

砂に覆われた道路。

薄い街灯。

遠くに見える、カイザーPMCの照明。

 

その中で、ホシノさんを見つけた。

 

一人で、市街地の外へ向かっている。

 

「ホシノ」

 

先生が声をかける。

ホシノさんは振り返り、いつものように手を振った。

 

「うへぇ、先生にココノちゃん。こんな時間にお散歩?」

 

「ホシノこそ、巡回?」

「まあねぇ。おじさん、寝つきが悪くてさ」

 

その声はいつも通りだった。

 

けれど、防衛線の確認なら市街地の内側を回るはずだ。

外縁部を越えて、一人で砂漠側へ向かう理由はない。

 

カイザーPMCの要求。

アビドス市街地への侵攻予測。

カイザーが執着している土地権利。

そして、小鳥遊ホシノという生徒の経歴。

 

旧アビドス生徒会、副会長。

 

現在のアビドスで、旧生徒会に属していた唯一の生徒。

 

「ホシノさん」

「ん〜?」

「カイザーが欲しがっているのは、土地だけではないのよ」

 

ホシノさんの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 

「どういうことかなぁ」

「本当に土地だけが目的なら、借金が止まった時点で一度引いてもいいはずなのよ。なのに、今はテロ組織と化してまで、あなたの身柄を求めているのよ」

 

私は続ける。

 

「あなたが、旧アビドス生徒会の副会長だからではないのよ?」

 

ホシノさんは黙った。

 

先生が、私とホシノさんを交互に見る。

 

「ホシノ。誰かから、何か言われたの?」

 

ホシノさんは遠くの明かりを見た。

 

「黒服がさ」

 

短い呼び方だった。

 

「私が行けば、カイザーPMCは止まるって。アビドスには手を出さないって」

 

先生は少し眉を寄せる。

 

「黒服……?」

「黒いスーツの男。数年前から私に似たような用件で声をかけてきた」

 

先生はそれ以上、名前には踏み込まなかった。

 

「ホシノは、それを受けるつもりだったの?」

「信じてるわけじゃないよぉ」

 

ホシノさんは笑う。

 

「でもさ、明日正面からぶつかれば、勝てるか分からない。数も装備も向こうが上。後輩たちに、そこまで背負わせるのはさ」

 

「それは、守ることではないのよ」

 

私が言うと、ホシノさんがこちらを見た。

 

「あなたが一人で行けば、後輩たちは一時的に守られるかもしれない。でも、あなたがいなくなれば、あの子たちはアビドスを守るための根拠まで失うかもしれない」

 

「根拠?」

「あなたは旧生徒会の副会長なのよ。あなたを使えば、アビドスの学校としての形を崩せる。対策委員会は連邦生徒会非公認の組織。だから向こうは、あなたの身柄を求めているのかもしれない」

 

ホシノさんは何も言わなかった。

私は、一度言葉を切る。

 

「それに」

 

私は続ける。

 

「あなたは、先輩なのよ」

「うへぇ、急にお説教?」

「ええ。お説教なのよ」

 

私はホシノさんを見る。

 

「先輩なら、後輩のそばに立って、その成長を見守る義務があるんじゃないの」

 

口にしてから、自分でも少し驚いた。

 

それはホシノさんに向けた言葉だったはずなのに、どこか自分の奥を引っかいた。

 

「置いていかれるのは、辛いことなのよ」

 

「残された側は、ずっと考えるのよ。どうして一緒にいてくれなかったのか。どうして何も言ってくれなかったのか。自分がもっと強ければ、何か変わったんじゃないかって」

 

やがてホシノさんは、小さく息を吐く。

 

「おじさんより年上みたいなこと言うよねぇ」

「褒め言葉として受け取るのよ」

「うん。褒めてる褒めてる」

 

ホシノさんは市街地の方へ向き直る。

 

「そうだね。置いていかれるのは、辛いね」

 

先生が静かに言う。

 

「ホシノ。みんな、君と一緒に戦いたいと思ってる」

「無茶言うねぇ」

「うん。でも、みんなもう無茶するつもりだよ」

 

ホシノさんは少しだけ笑った。

 

「まったく、後輩たちは困った子ばかりだねぇ」

「先輩もなのよ」

「うへぇ、手厳しい」

 

ホシノさんは、来た道を戻り始めた。

 

「じゃあ、おじさんも先輩らしく、ひと暴れしちゃおうかな」

 

そう言ったホシノさんの目には、闘志が宿っていた。

 

 

 

 

先生は少しだけ安堵したように見えた。

 

私は端末に目を落とす。

 

防衛線の確認はまだ残っている。

明日には戦闘が始まる。

状況が良くなったわけではない。

 

数も装備も、相手が上。

こちらは少数。

支援がどこまで間に合うかも分からない。

 

それでも。

ホシノさんは、もう一人で歩き出そうとはしない。

 

市街地へ戻る途中、ホシノさんが不意に言った。

 

「ココノちゃん」

「何なのよ」

「ありがとねぇ」

 

私は少しだけ足を止めた。

 

「私は必要なことを言っただけなのよ」

「うん。でもね、そう言いたいなって」

 

ホシノさんは笑った。

 

私は何も返さなかった。

遠くで、カイザーPMCの灯りが揺れている。

明日、アビドスは戦場になる。

 

勝とう、皆で。

 

 

 

 

夜明け前。

 

私は対策委員会の部室で、端末に映る地図を見ていた。

 

アビドス市街地。

校舎。

幹線道路。

廃ビル群。

砂に埋もれた旧道。

そして、カイザーPMCの進軍予測ルート。

 

赤い点が、少しずつこちらへ近づいている。

 

「正面から来るのよ」

 

私は地図に印を付ける。

 

「数で押すつもりなのよ。左右から迂回部隊も出ているけれど、主力はこの大通りを通ってくる」

 

アヤネさんが端末を操作しながら頷いた。

 

「ドローンでも確認できました。装甲車両が複数、歩兵部隊もかなりの数です」

 

セリカさんが歯を食いしばる。

 

「ほんっと、しつこい連中ね……!」

 

ノノミさんはいつもの柔らかい笑みを浮かべている。

けれど、その手はしっかりと銃を握っていた。

 

「でも、ここで止めないといけませんね〜」

 

シロコさんは静かに銃を確認する。

 

「ん。勝つ」

 

ホシノさんは、窓の外を見ていた。

 

いつもの姿とは違う。

髪を一括りにし、保管していたのであろう装備を身にまとっている。

 

「ホシノ先輩」

 

アヤネさんが声をかける。

ホシノさんは振り返る。

 

「ん〜?」

「その……無理は、しないでください」

「うへぇ、アヤネちゃんにまで心配されちゃったかぁ」

 

セリカさんが腕を組む。

 

「当たり前でしょ。勝手にいなくなったら承知しないから」

「はいはい。おじさん、今日はちゃんとみんなと一緒にいるよぉ」

 

その言葉に、アヤネさんは少しだけ安心したように息をついた。

 

先生が全員を見渡す。

 

「みんな、確認するよ。目的は敵の殲滅じゃない。アビドスを守ること。無理に前へ出ない。孤立しない。危ないと思ったらすぐ下がる」

 

全員が頷く。

 

これから戦闘が始まる。

相手はカイザーPMC。

数も装備もこちらより上。

 

それでも、どこか彼女たちは普段の調子を残しているように見える。

 

少し不思議だった。

怖くないわけではない、不安がないわけでもない。

役目だから、というのも違う。

 

「ココノ」

 

先生が私を見る。

 

「通信と敵配置の確認、お願いできる?」

「もちろんのよ」

 

私は端末を持ち直す。

 

「アヤネさんと連携するのよ。敵の進軍方向、増援、通信妨害をこちらで管理する」

「頼りにしてる」

 

その時、アヤネさんの端末が警告音を鳴らした。

 

「来ます!」

 

地図上の赤い点が、一気に動き出す。

 

遠くで、低いエンジン音が響いた。

 

砂煙が上がる。

市街地の外れ、廃ビルの向こうに装甲車両の影が見えた。

 

カイザーPMC。

切り捨てられたはずの部隊。

企業の看板を失い、正当性を失い、それでもアビドスへ向かってくる武装集団。

彼らの要求は単純だった。

 

ホシノさんの身柄。

そして、アビドスの制圧。

 

先生が声を上げる。

 

「配置について!」

 

全員が動いた。

 

シロコさんが前方左側へ。

セリカさんが右側の遮蔽物へ。

ノノミさんは中央後方から火力支援。

ホシノさんは最前線。

アヤネさんはドローンと通信支援。

私は先生の近くで端末を開き、全体状況を確認する。

 

最初の衝突は、激しかった。

カイザーPMCの先頭部隊が大通りへ入った瞬間、シロコさんが横から射撃を加える。

動きが鈍ったところへ、セリカさんが反対側から撃ち込む。

 

ノノミさんの火力が中央を押さえ、装甲車両の進行を止める。

 

「右側、敵三名抜けるのよ!」

「私が行く!」

 

セリカさんが飛び出そうとする。

 

先生がすぐに言う。

 

「セリカ、前に出すぎない! シロコ、援護!」

「ん」

 

シロコさんが即座に角度を変え、セリカさんの前に出た敵を牽制する。

 

「ありがとう、シロコ先輩!」

「ん。あとでラーメン」

「なんでよ!」

 

この状況で、そんな会話をする余裕があるのか。

そう思う一方で、そのやり取りが彼女たちをいつも通りに保っているのだとも分かった。

 

中央では、ホシノさんが前へ出ていた。

 

「うへぇ、重装備だねぇ」

 

そう言いながら、ホシノさんは盾を構え敵の集中砲火を引き受ける。

 

圧倒的な数を前にしながら、一人で前線の猛攻を受けきり、反撃を与える。

相手の射線を潰し、進路を塞ぎ、隙を作る。

 

その隙にシロコさんとセリカさんが動き、ノノミさんが火力を集中する。

 

「左側、迂回部隊なのよ!」

 

私は地図に警告を出す。

 

アヤネさんがすぐにドローン映像を切り替えた。

 

「廃ビルの裏から来ています。数は十二、いえ十五!」

 

先生が指示を出す。

 

「ノノミ、中央を少しだけ抑えて。シロコは左へ。セリカは右を維持!」

 

「了解です〜」

「ん」

「分かったわよ!」

 

戦線は維持できている。

 

だが、押し返せない。

ひとえに数が多すぎる。

装備の質も高い。

こちらが一つ対応すれば、別の場所から押し込んでくる。

 

カイザーPMCは、損害を気にしていないように見えた。

 

企業としての信用を失い、テロ組織にまで堕ちた部隊。

だからこそ、強引だった。

 

「弾薬消費が早いな」

 

先生が端末に表示される残弾予測を見る。

 

「このままだと、十分後には前線維持が厳しくなる」

 

表情が険しくなる。

 

「増援は?」

「クロノス報道で各所が動いているようだけど、到着時刻は不明なのよ」

「それまで持たせるしかないね」

「ええ」

 

その時、敵の装甲車両が一台、強引に前へ出た。

ホシノさんがそれを止めに入る。

だが、左右から別部隊が同時に動いた。

 

先生が叫ぶ。

 

「ホシノ、下がって!」

「大丈夫大丈夫〜」

 

ホシノさんは軽く言う。

 

けれど、状況は大丈夫ではなかった。

 

敵の火線が集中する。

ホシノさんは耐える。

だが、その分だけ動きが鈍る。

 

セリカさんが叫ぶ。

 

「ホシノ先輩!」

 

シロコさんが左から援護に入るが、敵の数が多い。

 

ノノミさんが中央へ火力を集中する。

 

「みなさん、少し下がってください〜!」

 

それでも押し切られる。

 

アヤネさんの声が震えた。

 

「防衛線、維持が難しいです……!」

 

端末を握りしめる。

このままでは押し込まれる。

 

数と装備の差。

それは、分かっていた。

 

分かっていたけど、実際に目の前でじわじわと削られていくと、別の重みがあった。

 

書類では止められない。

報道でも止めきれない。

証拠を集めても、目の前の銃口は消えない。

銃では撃てない敵を暴いた後に、銃で押し寄せてくる敵が残った。

 

「ココノ」

 

先生が言う。

 

「他に使える経路は?」

 

私は地図を見る。

 

廃ビル群。

旧道。

使われていない地下通路。

砂に埋もれた側道。

 

「右後方に旧搬入路があるのよ。今は砂で半分埋まっているけど、小規模部隊なら通れる」

「敵は?」

「まだ気づいていない」

「そこから回り込める?」

「できる。でも、人数が足りないのよ」

 

その時だった。

 

通信が入った。

 

知らない周波数。

しかし、認証コードはトリニティ系。

 

『こちら、トリニティ総合学園所属、阿慈谷ヒフミです。先生、聞こえますか?』

 

私は一瞬、言葉を失った。

 

ヒフミさん。

 

先生がすぐに応答する。

 

「聞こえるよ、ヒフミ。今どこ?」

『アビドス市街地の外縁部です。クロノスのニュースを見て、どうしても放っておけなくて……応援を連れてきました』

 

画面に新しい反応が現れる。

トリニティの小規模部隊。

数は多くない。

だが、こちらの右後方から入れる位置にいる。

 

ヒフミさんの声が続く。

 

『以前、助けていただきましたから』

 

一拍置いて、彼女は言った。

 

『今度は、私たちが助ける番です』

 

胸の奥が、妙に揺れる。

 

「ヒフミ、右後方の旧搬入路から入って。ココノが誘導する」

「……分かったのよ」

 

私はすぐに地図を送る。

 

「ヒフミさん、送ったルートを進むのよ。途中、砂で視界が悪い場所がある。左側の崩れた標識を目印にして」

『はい!』

 

トリニティ部隊が動く。

 

右側の敵部隊が側面から撃たれ、動揺する。

その隙にセリカさんが前へ出る。

 

「今よ!」

 

シロコさんも合わせる。

 

「ん。押し返す」

 

戦況がわずかに傾く。

 

だが、それでもまだ足りない。

カイザーPMCは部隊を再編し、さらに装甲車両を前へ出す。

 

アヤネさんが叫ぶ。

 

「追加部隊です! 南側から!」

 

ゲヘナの識別コード?

通信が入る。

 

『こちら、ゲヘナ風紀委員会。現時刻をもって、アビドス自治区におけるカイザーPMCの武装行動を、治安攪乱行為と認定します』

 

冷静で、鋭い声だった。

 

先生が通信に応じる。

 

「こちらシャーレ。支援、感謝します」

 

ゲヘナが何故支援を寄越したのかが気になるが、何にせよ今はとにかく数が足りない。

 

『ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナです。クロノスの報道は確認しました』

『これはもう、企業活動ではなく治安問題です。我々も介入します』

 

その背後で、別の声が小さく混じった。

 

『本来なら、こちらには別件の任務が――』

『アコ』

『……はい。失礼しました』

 

ヒナさんは短く続ける。

 

『送れる部隊は限られています。でも、南側の敵は止められます』

 

先生が答える。

 

「助かるよ。生徒たちを守るために力を貸してほしい」

『そのつもりです』

 

通信が切れる。

 

ゲヘナ風紀委員会の部隊が、南側からカイザーPMCへ攻撃を仕掛ける。

その動きは速かった。

 

もともと別の目的で近辺に展開していた部隊なのだろう。

だが、今はヒナさんの命令で、カイザーPMCの制圧へと目的を変えている。

私は、通信記録を見ながら少しだけ眉を寄せた。

 

別件の任務。

今の時期のアビドス、おそらく先生に関わる何か。

けれど今は、それを問いただしている余裕はない。

 

「風紀委員会、南側の装甲車両を抑えているのよ!」

 

ゲヘナ風紀委員会の部隊が、南側からカイザーPMCへ攻撃を仕掛ける。

 

戦況が一気に変わった。

トリニティが右側を崩し、ゲヘナが南側を抑える。

アビドス対策委員会が中央を押し返す。

先生の指示が飛ぶ。

 

私は各部隊の位置を整理し、誤射と衝突を避けるために通信をつなぐ。

 

「ヒフミさん、そこから前に出すぎないのよ! 右の建物裏に敵が残ってる」

『は、はい!』

「風紀委員会、南側の装甲車両はノノミさんの射線に誘導するのよ」

『了解』

「アヤネさん、ドローンを中央上空へ。ホシノさんの周辺を見たいのよ」

「分かりました!」

 

混乱していた戦場が、少しずつ形を取り戻す。

 

ホシノさんが笑った。

 

「いやぁ、賑やかになってきたねぇ」

 

シロコさんと並び、セリカさんの援護を受け、ノノミさんの火力を背にして戦う。

 

先輩として。

後輩たちの前に立ちながら、後輩たちと共に。

 

カイザーPMCの前線が崩れ始めた。

装甲車両が一台、動きを止める。

別の部隊が撤退を始める。

通信傍受に、混乱した声が混じる。

 

『撤退だ! 維持できない!』

『トリニティとゲヘナまで来ている! 話が違う!』

『本部からの指示は!?』

 

切り捨てられた部隊。

社会的信用を失った武装勢力。

そこにトリニティとゲヘナの介入まで加わった。

戦闘継続は不可能。

 

先生が言う。

 

「みんな、追いすぎない! 撤退させることを優先!」

「了解!」

 

セリカさんが返事をする。

 

「ん。追わない」

 

シロコさんも銃を下ろさないまま答える。

 

「撤退確認。北西方向へ下がっていくのよ」

 

私は端末に表示される敵反応を見ながら言う。

 

「まだ警戒は必要だけど、本格侵攻は止まった」

 

アヤネさんが小さく息を吐いた。

 

「勝った……んですか?」

 

ノノミさんが微笑む。

 

「はい。みんなで、守れましたね〜」

 

セリカさんは、その場に座り込む。

 

「つ、疲れた……」

 

シロコさんが隣に立つ。

 

「ん。よく頑張った」

「シロコ先輩も、お疲れ様です」

 

ホシノさんは、少し離れた場所で空を見上げていた。

その背中に、先生が近づく。

 

「ホシノ」

「うへぇ、先生。おじさん、疲れちゃったよぉ」

「頑張ったね」

「これはあとで、ノノミちゃんに膝枕してもらおうかなぁ」

 

ホシノさんは少しだけ笑った。

 

私はその様子を見ていた。

 

置いていく側になることをやめた人。

置いていかれずに済んだ後輩たち。

 

それは、私には眩しい光景だ。

 

 

 

 

戦闘後の処理は、夕方近くまで続いた。

 

トリニティの部隊は、負傷者の搬送と避難誘導を手伝った。

ヒフミさんは、こちらを見つけると駆け寄ってきた。

 

「ココノさん!」

「ヒフミさん。無事だったのよ?」

「はい。あの、少しでもお役に立てたでしょうか」

 

私は少しだけ黙る。

 

ブラックマーケットに向かう彼女を護衛した。

それだけだ。

私は自分の役目を果たしただけだ。

それでも彼女は、自分の意思で助けに来た。

 

「十分なのよ」

「助かったのよ、ヒフミさん」

 

ヒフミさんは、ぱっと表情を明るくした。

 

「よかったです!」

 

ゲヘナ風紀委員会の部隊も、必要な手続きを済ませると撤収準備に入った。

ヒナさん本人は前線に長くは出なかったらしい。

 

けれど、彼女が部隊を動かしただけで、戦況は十分に変わった。

先生は各方面へ礼を伝えていた。

 

私はその横で、戦闘記録と証拠資料を整理する。

カイザーPMCのテロ組織化。

アビドス市街地への侵攻。

トリニティ、ゲヘナの介入。

撤退確認。

 

これらは今後、連邦生徒会へ報告されることになる。

 

アビドス高等学校の校舎には、夕方の光が差していた。

 

砂に覆われた古い校舎。

ひびの入った壁。

ところどころ壊れた窓。

 

彼女たちが、守った居場所。

 

セリカさんが、校舎を見上げながら言った。

 

「……まだ、ここにいられるのよね」

 

アヤネさんが頷く。

 

「はい。少なくとも、今すぐ奪われることはありません」

 

ノノミさんが二人を抱きしめる。

 

「よかったです〜」

「ちょ、ノノミ先輩、苦しい!」

 

シロコさんがさらに三人を抱きしめる。

 

「ん。アビドスは守った」

 

ひと固まりになる彼女たちを、ホシノさんは感慨深く見ている。

 

アヤネさんが私の方へ来た。

 

「ココノさん」

「何なのよ」

「本当に、ありがとうございました」

「……私は先生の補佐として動いただけなのよ」

 

「それでもです」

 

アヤネさんは真っ直ぐに私を見る。

 

「ココノさんも、アビドスを守ってくれたんです」

 

守った。

その言葉を、少し重く感じる。

 

否定しようとした。

私は任務として動いただけ。

先生の補佐として、必要な処理をしただけ。

 

それでも。

ヒフミさんに、生徒に、ゲーム開発部に感謝されたとき。

ホシノさんが戻ることを選んだ夜。

アビドスの校舎を見上げるセリカさんたち。

 

それらが、頭に残っていた。

 

「……どういたしまして、なのよ」

 

私はまだ、この感情に名前を付けたくない。

 

 

 

 

夕日が砂の校庭を赤く染めている。

 

アビドスは守られた。

借金は止まり、カイザーPMCは退いた。

 

それで全てが終わったわけではない。

失われた土地がすぐに戻るわけでも、砂漠化が止まるわけでもない。

 

けれど、彼女たちはまだここにいる。

この砂の学校に。

自分たちの居場所に。

 

対策委員会から見送りを受けながら、私と先生はアビドスを去っていく。

 

守った。

 

私が?

 

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