サ終のネトゲキャラで異世界転移した光の暗殺者さん(ガチ勢) 作:春海TMT
ハティに情報端末を手渡す。
「う、うん。分かった。よろしくね、マリリン」
「はい。よろしくお願いします、ハティ様。なにか質問はありますか?」
おっかなびっくり挨拶をするハティに、平然と受け答えするマリリン。
こちらは大丈夫そうだな。
トラムの外に出て、指揮官の死体に近づき、状態を観察する。
死後硬直が始まっているし、血も変色している。
……俺がこれまで見てきた死体と同じだ。
感触も、臭いも。
これがフルダイブ型のVRネトゲでも、表現できるとは思えない。
腰に付けていた懐中時計――終末時計と言ってたか。
もう一度、開けてみると確かに、狂ったように針が回転し続けている。
念のために回収しておこう。
何の気なしに使っていたが、インベントリは機能し、装備を出し入れできる。
こんな状況に陥るのなら、バグナニウムも残しておきたかったが、装備強化の必要素材として全て使ってしまった。
過ぎてしまったことはしょうがない、観察を進めよう。
魔導書は焼け落ち、跡形もなく消えていた。
次に
「【スクラップアンドビルド】」
残骸を即席のスコップに変化させ、死体を埋める穴を掘り始める。
結末は事情を知ろうが知らなかろうが、変わらなかった。
それでも勘違いで殺した分、
本来なら一人分の穴を掘るのも数十分かかるのが、ものの数分で十人分できてしまった。
埋葬も手際よく済ませ、疲労も一切感じない。
それを可能としたのはリアルの俺とは比較にならない、身体能力だ。
さすが光の暗殺者、アサヒ・P・テラクロスと言ったところだな。
次に綺麗な場所に移動し、手で地面を軽く掘って、口に運ぶ。
……土の味だ。
まずいが、土の味がする。
VRネトゲで味覚の再現はまだされていない。
土を吐き出し、トラムの死角に移動し――服を脱いで、素っ裸になれた。
別に俺は露出狂の
これも検証の一つ。
本来なら素っ裸は制限されて不可能だが、問題なくなれたし……ちゃんとついてる。
「運営のバカアホマヌケ調整下手無能一部ジョブ優遇やめろゴミク◯――――――――――――――!」
さらに考えうる運営への不平不満を、暴言で吐き捨ててみたが、反応なし。
仮に【バグナイ】、何かしらのゲーム内ならハラスメントコードに引っかかり、声を発することもできない。
それにネットに意識だけ閉じ込められたデスゲーム系なら、運営側の怒りを買って抹消されてもおかしくない。
一通り検証を済ませ、トラムに戻る。
ハティが心配そうな眼差しで出迎えた。
「驚かせたかもしれないが、あれは言うなれば天の声に対する、反逆の叫びだ。決して錯乱したわけじゃないから、心配しないでくれ」
「そっか。やっぱりなにも分からない、知らない世界は怖い?」
ハティは素直に受け止め切れず聞いてきた。
「状況が状況ならそれも楽しめたんだがな。今は戸惑いが強いかな」
「そうだよね。分からないのは色々考えちゃうよね」
ハティも俺達とは別の厄介な問題に巻き込まれている。
むしろ彼女の方が不安で押し潰されてもおかしくない状況だ。
だから、今の彼女に大変心苦しいのだが。
「すまない、ハティ。分からないことで……一つ検証に付き合って欲しいんだが」
「うん。なに?」
「思いっ切り俺を張り倒してくれないか?」
「え? ど、どうして?」
「痛み、というのが存在するのか確認したいんだ」
ネトゲで痛覚は完全に排除されている。
もしも適応されたらよほどのマゾでもない限りやりたくないし、下手した死に至る可能性だってある。
逆に言えば、痛みこそが現実であるか否かの証明になる。
「でも、助けてもらった恩を仇で返すのは……」
「仇じゃないさ。人によってはご褒美みたいなものだ。だから、一思いに張り倒してくれ。こんなことを頼めるのは君しかいない」
「……分かったよ」
ハティは覚悟を決め、情報端末をソファーに置いて、立ち上がる。
「力の限り、思いっ切り、全力で張り倒してくれ」
彼女に気を使わせないように両手を広げ、脱力し、笑顔で備える。
「じゃあ、いくよ」
ハティが右手を振り上げる。
張り倒しやすいように頬を見せ――。
「ありがとうございます!」
痛みが走り、衝撃に身体が吹き飛ばされ、トラムの壁にぶつかった。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄るハティを手で制する。
「大丈夫さ。今のは紳士のマナーというやつだ。それに言っただろう? 仇じゃなく、ご褒美みたいなものだと。いいビンタだったよ」
ふぅ、と息を吐き、熱を帯びる左頬をさする。
確かな痛みが、この世界が現実だと教えてくれる。
本当に未知の異世界なのか。
俺が知らないゲーム世界もあるが、どちらにせよ、異世界。
原理は一切分からないが、今の俺が現実に存在しているのだ。
「アサヒって見た目に反して、変わった人みたいだね」
「ええ。少々風変わりなところもマスターの良さの一つです」
ハティとマリリンは今のでさらに仲良くなったようで、怪我の功名かな。
とはいえ、口の中が切れててもおかしくない威力だと思ったが、ノーダメだ。
防御力カンストの頑丈な俺で良かった。
「光の暗殺者として、光栄の極みだな。ハティ、改めて礼を言うよ。ありがとう」
「どういたしまして。殴ってお礼を言われるのは変な感じだね」
俺と違ってハティはまだ納得しきれていない様子だ。
狼耳も尻尾もしゅんと垂れて、落ち込んでいる。
まあ、好き好んで殴って喜ぶ奴もいないか。
壁から背を離し、腰を落とす。
「ハティ、右も左も分からない、勝手も知らない異国で生き抜くにはどうすればいいと思う?」
「それは……状況把握?」
「正解。情報だ。異国で仕事を完遂するには信頼できる現地の案内人が必要不可欠だ。今のでまた一つ情報が手に入った。だから――」
子供に言い聞かせるように話しかけ、痛みを吹き飛ばすように笑いかける。
「俺達は君に出会えて助かったよ」
「はい。私もハティ様と有意義なお話しができて、楽しかったです」
ハティが目を見開いた。
表情は複雑な感情を見せた後、穏やかに動く尻尾に釣られるように落ち着いた。
「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいな」
「本当に助かった。さて、ハティのお婆ちゃんを助けにいこう」
気を引き締め、 ヘッドマウントディスプレイを外して立ち上がる。
検証にそれなりに時間を使ってしまったし、急ごう。
「え? でも、アサヒ達にはそこまでしてもらうわけには……」
「情報提供分の仕事は果たさないとな」
「アサヒ達が一緒に来てくれるのならとても心強いけど、本当にいいのかな?」
「聞く限り悪い奴らだろうからな。光の暗殺者として見過ごせない。いい人ぶっているように見えるかもしれないが、俺は単純に悪い奴をぶちのめすのが気持ちがいい人間だからな」
今の発言がよほど刺さったのか、ハティはポカンと口開けた後、
「そうだねっ。恩人を張り倒すのは気が引けるけど、悪い奴らをぶちのめすと気持ちがいいよね」
彼女本来と思える勝ち気な笑みを浮かべてくれた。
「ハティの話じゃしばらくモンスターは湧かないようだし、トラムは一端、置いていくしかないが」
「そうですね。【キャラメッテ】は大事なマイホームですが、一番はマスターです」
予備のパーカーを呼び出し、袖を通す。
情報端末を手に取る。
「ハティ、入り口まで案内してくれるか?」
「分かったよ」
ハティの案内でダンジョンの出入り口を目指す。
道中、モンスターに出会うこともなく、出入り口に到達し――猛吹雪に歓迎された。
「おお……一面銀世界だな」
RPG終盤で訪れる雪山ステージじゃん。