転生夢主は救済もコメディ路線で生きたい【完結済み】   作:yako

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理解者

 

 

「……中身といわれても ……口の中なんて、歯医者さんでしか見せませんけど」

 

鈍くしびれる感覚の残る舌を動かしながら、私はなんとかそれだけを返した。高明くんが、机に預けていた体をゆっくりと起こす。

 

「………そうですね。さぁ、あなた。この後の業務は?」

 

「ありません。黒田理事官は私にお仕事を回してくださらないんですよ」

 

私は椅子に座り直して、指を2本順番に曲げながら話す。

 

「宮野姉妹の家に行くか、成宮くんに会いに行くか。今許されているお仕事は、それだけです。公安の資料に触れることは基本的に禁止されています。資料整理もお手伝いも出来なくて……。他の職員の方々が忙しそうにされている手前、私だけお仕事を免除されているのは、なんだか気まずいですね。やりにくいです」

 

なんというか。みんな必死に現場に出たり書類を作ったりしているのに、私だけ自由時間が多すぎて、悪いことをしているような気分になる。

 

私の言葉を聞いた高明くんは、瞳をわずかに細めた。

 

「そうですか……成程。あなたは、今の状況をそう捉えてらっしゃる……」

 

彼は何かを咀嚼するように一度言葉を区切ると、促すように首を少し傾けてチラリと扉に目線をやる。

「帰るのでしたら車で送ります。付いてきなさい」

 

拒否する理由もないので、私は大人しく従った。庁舎の駐車場に停められた、彼の車の助手席に乗り込む。

ドアが閉まった直後、運転席から高明くんの体が不意にこちらへ伸びてきた。至近距離に整った顔が迫り、思わず瞬きを繰り返す。

 

カチリ

 

ベルトロックが音を鳴らす。彼が私を覆うように横切り、シートベルトを締めてくれたのだ。

 

いつもなら自分でやるし、彼もそんな過保護なことをするタイプではなかったはずなのに。不思議に思って高明くんの顔を覗き込むと、一瞬だけ、何かを観察するような鋭い視線とかち合った。けれど、それは本当に一瞬のことで、彼はすぐにニコッと目を細めて、私に微笑みかける。

 

「……ありがとうございます?」

 

なんだかよく分からないけれど、とりあえず丁寧にお礼を言ってみる。

 

「……いいえ。出発しますね」

 

滑るように車が走り出す。窓の外、警察庁の建物が遠ざかっていくのを眺め、ガラスの反射越しに高明くんの横顔を見る。車内には先ほどの部屋とは違う、どこか穏やかな空気が流れていた。

 

「……なんだか、機嫌がいいですねぇ。どうしたんですか?」

「えぇ、実に清々しい気分です」

 

ハンドルを握る彼の横顔は、言葉通りどこか晴れやかだ。

 

「結局、さっき口の中を探られたのって何だったんですか?」

「いえ。あれは少し私の方に誤解があったようです。……申し訳ありません」

「そうなんですか? ……誤解が解けたなら良かったです」

 

気が済んだのなら良かった。高明くんは、たまによく分からない苛烈な所を出してくる時がある。暴走癖のようなものだろうか?

 

「あなた、先ほど行間が読めないと仰っていましたが、それはどの程度の話ですか?」

「どの程度、と言われましても……。苦手っていうだけで、普通ですよ? 何か抽象表現が重なると混乱するので、お仕事では止めてほしいなって思っています」

 

「そうですか……」

 

高明くんは前を見つめたまま、低く、噛みしめるように呟いた。

 

「………………普通ですか…………」

 

その言葉の響きが、なぜか少しだけ、いつもより深く耳に残った。

 

 

ーーーー

 

 

 

警視庁庁舎前。都会の喧噪を遠くに聞きながら、私は成宮くんと街路樹の柔らかな木漏れ日の下にいた。植え込みのふちに並んで腰を下ろし、穏やかな春の陽だまりを眺める。

 

「…で、伊達さんと最近どう?」

 

私が手元の飲み物を揺らしながら尋ねる。パックの野菜ジュースを持った成宮くんは、空になったサンドイッチの包みを畳みながら答える。

 

「どう?って言われても…伊達さん、めちゃくちゃ良い人ですよ。本当に」

 

どこか遠くを見るような目で続ける。

 

「こないだも『お前、飯食えてるか?』って、いきなり山盛りのカツ丼奢ってくれて……僕、もう大食いはやめるつもりだったんですけど、あの笑顔で言われると、断れなくて、結局全部食べちゃいましたよ」

「へぇ~」

「……でも」

 

成宮くんが、空になったパックをぐしゃりと握り潰す

 

「あの真っ直ぐな人が……。仲良くなればなるほど、救わなきゃいけないって使命感よりも、失うことへの恐怖の方が勝って……正直、しんどいです」

 

絞り出すような声だった。

私はその細い背中に寄り添ってポンポンと叩いてみた。握りつぶしたパックをその手からそっと外す。

 

なんだかすごく繊細だ、成宮くんは。

 

大きくため息をついた成宮くんから、強張っていた肩の力が少しだけ抜けたのが、触れていた手の感触で、分かった。

 

「…何してるの?」

 

不意に頭上から聞き慣れた声が降ってくる。

見上げると、眉間に微かなしわを寄せた松田さんと困ったように笑う萩原さんが立っていた。

 

「最近よく見かけるね。君たち。こんなとこで2人何してるの?」

 

萩原さんが視線を私と成宮くんの間で往復させる。

「お昼食べてます。ピクニックみたいで楽しいですよ?」

「………わざわざ警視庁の入り口真ん前でか?」

 

松田さんが探るような声音で眉をしかめるのに、繊細な表情を跡形もなく消し去った成宮くんが探偵の顔で向き合い、淡々と答えた。

 

「…できるだけ監視カメラに映るようにしてるんです。ここならあるでしょう?」

「監視カメラ?」

「あんまり隠れて人と会うと疑われるので。最も監視の厳しい場所で堂々と過ごすのが、僕なりの『身の守り方』です」

「………そーかよ、可愛げのねぇ言い草だな」

 

松田さんは苛立たしげに髪を掻くとため息をついた。

 

「成宮、おまえも色々あんだろうけどなぁ。あんま斜に構えんなよ?あと魔女っ子を面倒に巻き込むんじゃねぇ…じゃぁな」

そう言うと背を向け、ひらひらと手を振って歩き出す。

萩原さんも「なんかあったらメールね」とウィンクを残すと相棒の後を追っていった。澄んだ風がさらさらと通り抜け、髪を混ぜるのを感じながらその背中を見送る。

 

「………いい人ですね」

「そうだねぇ、いい人だよねぇ」

 

成宮くんの呟きにうんうんと頷くと、呆れたような視線が返ってきた。

 

「……で、結局の所、毎日僕を呼び出してここで何を待ってるんですか?」

 

私は成宮くんに身を寄せて小声で話す。

「ワタルブラザーズとお近づきになりたいんだよね」

「あぁ…高木さん……」

「ミーハーな気持ちもある」

「…元太くん探しましょうか?」

成宮くんの軽口にクスクスと笑って返しながら、お互いに更に身を寄せた。

 

「事が起きるまでワタルブラザーズに付き纏おうかなと思って」

「……脳筋ですか?」

「私が渡したお守り型エアバッグは正面からしか対処できないんだよ。物理的に阻止するのが一番確実。付き纏うことでメリットもある」

「メリット?」

 

成宮くんが訝しげな顔をする。

 

「公安の監視が付いてる私たち2人が急に誰かに付き纏いだしたら?」

「怪しまれて……そっちにも監視付きますねぇ…伊達さんじゃない理由は?」

「元々交友関係なかった、ポッと出の人に付き纏う方が怪しいでしょ?どうせ、事は二人が一緒の時に起こるのは分かってる。高木くんに付き纏えば伊達さんの生存率を上げられる」

 

「付き纏って、その後具体的にどうするんです?そこを考えないと……」

「とりあえずの話だよ。今できること他にある?ないでしょ?」

「……はぁ…少し…考えます…」

成宮くんが腕を組んで目をつぶる。思考の海に潜ったらしい。

 

空は美しいコントラストを見せている。彼の整った横顔を撫でる風は涼しく、日は暖かい、心地良い午後だ。

 

数分の沈黙の後、成宮くんが瞼を持ち上げた。

悔しそうな顔をする

 

「……駄目ですね…何もない…付き纏いましょう」

「ほら!やっぱりぃ」

 

私は勝利の笑みを浮かべた。

 

―――

「お?なんだお前ら、また一緒に居るのか?」

 

聞き慣れた快活な声が響き、振り返るとそこには大きな体で太陽のような笑顔を浮かべた伊達さんが立っていた。そしてその隣には、少し気圧されたような様子の若い男が一人付き従っている。

「はい、伊達さん!お疲れ様です。……そちらの方は?」

 

白々しく尋ねる私に、伊達さんが「おう、紹介するぜ」とその背中を叩く。

 

「俺が教育係を任されてる高木だ。高木、こいつらは最近よくここでたむろしてる、あー…………まぁ、ちょっとした知り合いだ」

「あ、高木渉です。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる高木くんは肩に力が入って緊張気味だ。成宮くんと無言で目を合わせる。先に動いたのは成宮くんだった。

 

「成宮夢斗と言います。探偵をしていて…新人さんですか。良かったら連絡先交換しませんか?お困りの際は呼んでいただけたら……」

「夢主です。警察官してます。成宮くんは優秀だから頼りになりますよ。あ、私も連絡先交換いいですか?」

「え……え…あぁ…は……はい……」

 

戸惑いながらも携帯を出してくれる。流されやすい人だ。

 

「高木くん、今からお昼ですか?」

「高木さん、よかったらご一緒させてください」

「えっ?あ、いや、僕まだ書類が残ってるので、軽く済ませるつもりで……」

 

戸惑いを超えて困惑する高木くんにスッと近寄り、左右を固めると更に畳み掛ける。

 

「高木くん、これ。美味しい飴あげます。糖分補給大事ですよ」

「あ、ありがとうございます……?」

「高木さん、食後にガムはどうですか? 眠気覚ましにどうぞ。はい、これ」

「あぁ……すみません、あとで頂きますね。……あの、えっと、伊達さん?」

 

助けを求めるような視線を送る高木くんを見て、伊達さんが豪快に笑い声を上げた。

 

「なんだぁお前ら…いやに積極的だな?高木が気に入ったのか?」

 

「はい!気に入りました」

「ぜひ、仲良くさせていただきたいですね」

私と成宮くんの迷いのない即答に、高木くんの視線が一瞬だけ泳いだ。真っ赤な顔をした彼が「こ、光栄ですけど、なんだか気恥ずかしいな……はははっ…」と頭を掻く。

 

きっとこの様子もどこかから誰かが見ていることだろう。

 

とりあえず私と成宮くんによる「ワタルブラザーズ包囲網作戦」が今、始動した。

 

 

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