不穏な書き置きを残した少女が、4日ぶりに見つかった夜。
夢主宅のリビングに入ってきた甲斐巡査は床に手をつき夢主の両親に対して頭を下げた。
「大変申し訳ありませんでした。」
部屋の隅に控えて、俺はそれを力なく眺めていた。この4日間寝る間も惜しんで捜査に協力してきた。講義を休んで東都からやってきた兄さんも、腕を組み目を瞑ったまま動かない。
「………俺が好きにやれなんて言ったばかりに、お嬢さんを危険にさらしました」
「そんなっ甲斐さんやめてください!幸いうちの娘は無事だったんですから」
「曲解して一人で乗り込んだうちの娘が悪いんです」
慌てて駆け寄る夢主の両親は表情こそ穏やかだが心なしやつれていた。
4日ぶりに発見された夢主は奇跡的に軽い脱水症状のみであったので今は二階の自室で眠っている。
甲斐巡査はなおも深く頭を下げる。
「犯罪の疑いについて相談してもらえなかった、警察官として信頼関係を築けていなかった私の責任です」
その言葉に肩がピクリと反応する。…相談。……信頼関係。
側に居たのは俺なのに……俺が一番近くで見ていた筈なのに……
横で兄さんが動いた。
「普段の彼女は無鉄砲に見えて慎重です。危険なこと、やってはいけないことは対策をとるか避けるべきであると「社会常識」として理解している節はあります。ただ……」
そこで言葉を止めた兄さんの方に目を向ける。
「夢主さんはいささか[怖い]という感情が欠けています」
俺は頭の中で夢主の日頃の言動を振り返る。心当たりがあったのか全員が黙っていた。
「この件、私に任せていただけないでしょうか……猪突猛進、暴虎馮河…身を滅ぼす前に、景光と私で説得します。少なくとも今後はもっと周りを頼るようにと」
「すまないがお願いして良いかな……。親として情けないがあの子は一度走り始めたら私達の言うことが耳に入らない節がある。今回の件もそうだ、甘やかしたツケかもしれないな…」
「いつも気に掛けてもらって…二人の言うことなら多少は響いてくれるかもしれないので助かります…すみません」
夢主の両親は揃って俺と兄さんに頭を下げた。
ーーー
「⋯景光」
階段を登りながら高明は弟に声をかけた
「なに?」
「今回の件お前はどう思う?」
「⋯夢主は嘘をついている」
「⋯同意見だ」
「なんで一人で危ないことっ」
「彼女にはいろいろと知っていただかねばならないことがありますね」
2人が夢主の部屋に入っていった。
ーーー
何度でも言おう。
ど修羅場である。
ありのままに起こったことを話すと、やりたいことをやりとげて4日ぶりの自分の部屋で泥のように寝ていたら急にたたき起こされ全てネタばらしをされた上、ど修羅場に突入した。私だけ寝間着なので気まずい。
「まぁここで話すことはあくまで内々の物としましょう。場合によってはあなたが警察官になれなくなってしまいますから」
「ねぇ?黙ってないでちゃんと話して?」
カーペットを敷いてないので足が痛いが
この部屋唯一の椅子は高明くんが使っている。
真顔の景光くんが床にじかに座った私に顔を寄せる。
腰を低く曲げ、のぞき込むようにして私から目を離さない
さっきから瞬きすらしていない。
「銃で脅されたのは本当です」
割と短気な人だったのでちょっと煽ったら猟銃が出てきた。
「で?怖くなって逃げちゃったんだ?4日も山の中で?」
「…………はい、そうなります」
「嘘だよね?」
景光くんが近い。
「4日も熊のいる山にこもれる魔法少女は脅しの銃くらい怖くないよね?」
「……虎田邸は広いから時間がかかると思いまして……」
「家宅捜索がですか?あぁ、やはりわざと出てこなかったんですねぇ」
疲れたのか目元を揉みながら聞いたことない低い声で高明さんが呟いた。
「自白できて偉いね?もっといろいろ話そっか?じゃあさ今、俺がどんな気持ちか分かる?」
「………すみません」
「謝ってほしいわけじゃないんだけど?」
真顔の圧がすごい。
「俺を書き置き1枚残した部屋に呼び出しといて、その隙に犯罪の疑いがある場所に単身乗り込むような魔法少女には分からないかもしれないけど……俺は……本当に…」
猫のような目からハタハタと涙が床に落ちる
「怖い…怖かった…」
景光くんが静かに泣いていた
私は突然のことにあっけにとられてしまった。
「この4日間俺はずっと怖かった。夢主は分かってない。賭博に気付いた時点で何で相談しないんだよ……誰にも…俺にも相談しないで、危ない事も全部勝手に決めて。やりたいようにやるって夢主のやりたい事ってなんなの?脅しじゃ無くほんとに撃たれてたら?……山で死んでたらとか考えなかったのか?」
綺麗な目元からぼろぼろ涙があふれてくるのを見てわたわたしてしまう。
慌てて言葉を重ねる。なんとか、なんとかなって欲しい。コレを止めないと
「虎田家に何かあることは確信があったのですが。……なんと説明した物か分からなくて。ちょっと脅して山ごもりするだけで証拠がつかめるなら良いかなって……」
「ずいぶん余裕がありますね」
上から低く聞き心地の良い声がかかる
いつの間にか近くにいた高明くんが自然な動作で私の襟首をつかんで床から一気に持ち上げた
首が絞まる
「兄さんっ……ちょっとっ」
景光がしゃがんでいた腰を浮かす
「景光止めるな、彼女は理解していない」
景光くんは一瞬迷うように視線を揺らしたが結局手を出してこなかった。
「……この状態であなた抜けられますか?どうぞ、好きに動いていただいてかまいません」
胸がしまって苦しい
突然の展開についていけない。私をつかむ高明くんの手はびくともしない
体を揺すろうにもつま先しか床についていないせいで踏ん張れない
「魔法少女の道具を使っていただいてかまいませんよ?ケルベロスシリーズはあちらに揃っています」
視線で棚を示されるもここからでは届かない。
なんで?状況の意味が分からない。こんなの原作になかった。どう突破するのか思いつかない。仕込みも準備も足りない。じっとのぞき込む高明くんの目に焦点が合わせられない。
「瞳が揺れていますね……」
「……も…ぉ無……理…」
酸欠で涙がじんわりにじんでくる。
「どうやって虎田家の賭博問題に気がついたのか興味がありますが、あなたが誰にも相談していないことから推察するに、おそらく言語化できない勘のような物だったのかと考えています。確証の無いことは誰にも相談する事が出来なかった……だから一人で強硬手段による賭けに出た。そして賭けに勝った。勘と行動力が優れているのは素晴らしいことです。しかし魔法少女だろうがなんだろうが所詮一人の人間であるかぎり突発的な事故でその命をはかなく散らす事も当然にある。もう少しご自分の「生存本能」にも敏感になっていただきたい」
高明くんが小さな子に言い含めるよう囁く
「「怖い」です……分かりましたか?」
「怖…い……」
「そうです」
不意に手を離されて床に足がつく。少し咳き込んでふらつくも、まっすぐ立った私の襟を高明くんが整えてくれる
「何か言うことはありますか?」
「……うぬぼれていました」
「はい、そうですね」
「狐掌鳴らし難し、何をするにもあなたに相談いただければ証拠については私が探します」
「もう魔法少女の勘で良いから……一人で動かれるよりよっぽどマシだから、次からは頼って」
咳き込む背中を景光くんがさする。泣かせてしまった罪悪感が今更ながら私の胸をきしませる。
「今後のあなたの行動に期待しています」
高明くんが優しく肩をなでた
――――――
諸伏兄弟に連れられてリビングに向かうと、両親だけでなく甲斐巡査が待っていた。
「こんな夜中にどうされたんですか?」
「………夢主さん、甲斐さんは心配してるんですよ。あなたを」
「それは……はい………ご心配おかけしました」
高明くんに促され、私は深々と頭を下げる。
私はうぬぼれていた。自分ではかなり鍛えた気でいたが私は推理だけでなくフィジカル面のポテンシャルも低いようだ。皆はそれが分かっていたから心配だったんだ。
まるでシリアスに勝てなかった。
しかしフィジカルは鍛えても限界がある。今更キャラ変更も効かないだろう。
そもそも今回の作戦自体が魔法少女として面白くなかった気がする。もっともっと自称魔法少女としてコメディで場を支配できるように強くならなければ……今後のためにも
まずは早急な道具の改良が必要だ。暫くは大きな事件もないはず、その間に地盤づくりとケルベロスシリーズの開発に専念しよう。
もっとコメディを頑張ろう。
このやり方でしか
私はこの世界に対抗する手段を持たないのだから