いよいよ警察学校卒業を控えた週末、私は景光くんから話があると呼び出されカラオケ店で待ち合わせていた。2人とも寮に入るので家は解約してしまっている。
景光くんとは警視庁と警察庁で目指す場所が違ったので学校も分かれてしまい久々の顔合わせだ。結局零くん以外の警察学校組と私は面識が無い状態でここまできた。
零くん、警視庁の方に行ったけど警察庁に引き抜きされるんだろうか。このあたり原作の知識があやふやだ。
久々に出してきたイヤリング型携帯で連絡を取ると、少し遅れるというので先にカラオケルームに入って部屋番号を伝えた。程なくして景光くんがノックして入ってくる。
「おかえり~」
つい一緒に暮らしていた時の癖で出迎えると、景光くんがぎゅっと抱きしめてきたので抱きしめ返す。少し体が大きくなったように思う。というか荷物が多い。部活みたいなボストンバッグにキャリーケースまで持っていて首をかしげる。
「景光くんお久しぶりです。荷物多くないですか」
「俺、警察辞めることになった。」
前置き無く本題に入ったので私は一瞬体を堅くした。ついに来たか。
景光くんは警察を辞めたといって公安に所属、黒の組織に潜入捜査する。
「実は卒配で交番勤務免除でいきなり公安に配属って打診が来てて…」
「え?」
これ今聞いてもいい話だろうか?
「ずっと断ってたんだ。」
「え?え?断ったんですか?」
驚いてしまった。まじまじと目の前の景光くんを見る。カラオケ店での暗い照明ではいまいち分かりづらいが顔色が悪い。
「そう、でもずっと断ってるのに何度も呼び出されて、ある組織に潜入捜査しろ、身内とも連絡を絶って痕跡を消せって勝手に話が進んでて……性急すぎてなんか変だと思ったんだ。あまりにも胡散臭くて」
「え?」
「潜入に関して専門的訓練も受けてない俺をいきなり現場投入するつもりらしいのがまずあり得ない。しかも打診の段階から何度もきっぱり断ってるのに、俺の事情や意思を一切汲む気のない奴らに命預けて犯罪組織に潜入なんて考えられない。でも辞令を受けないなら他に配属はない、この場で辞表を書けと言うから辞めるしかなくなった」
「それは…」
「辞めるしか無いだろ?」
ジロリと睨まれる
「そもそも急に失踪して周りがどんな気持ちになるか俺は知ってる」
身に覚えのある私は何も言えなくなった。
景光くんが悔しそうに呻きながら手で顔を覆う。
「それに最初から高圧的に来るやつらを仲間だなんて思えない、潜入捜査なんかしてもいつ切り捨てられるか分かったもんじゃ無い。でもこんな事故みたいなことで交番勤務も出来ずに卒配前に実質クビだなんて俺の今までの…警察学校での努力ってなんだったんだろ…」
「景光くん…」
掛ける言葉が無かった。
だって私は計算違いをしてしまっていた。
背中を冷や汗が流れる
私が聞いていた話も考えてみたらおかしな話だった
「あの…実は私も警察辞めることになっていて…」
「…は?辞める?」
一瞬虚を突かれた顔した景光くんが、私の目を見て何かを察したのかだんだんと顔を歪める。
「まさか…」
「しばらく再就職先を探すのに忙しくなるので連絡も取れなくなる予定で…」
目を見ていられなくて視線を外し、落ち着くため自分の両手を揉んでいるとその手を強い力で捕まれた。
「俺にその胡散臭い話持ってきたは前川って警察庁所属の人間だった」
「それ話して良い内容ですか?」
ギリギリと捕まれた手に力が入る。
「高圧的で本人は隠してはいるつもりみたいだったが人を馬鹿にする話し方をする男だ。夢主もそいつから話があった?」
私のとこに来た人も前川と名乗っていた。今改めてその人の話を整理すると景光くんの指摘したとおりの疑問点が浮かんでくる。胡散臭かった、でも原作知識で無茶な潜入捜査はある物だと思い込んでいて全てスルーしてしまっていた。
え?え?え?ということは?景光くん潜入しないのに私が潜入するの?
救済のために一緒に潜入しようと思って返事したのに?
「夢主、なんて条件出された?喋って」
「守秘義務があります。辞めるとしかいえないです」
景光くんは深く息を吐き出すと打って変わってにっこり笑った。
手は緩められていない。
「俺は長野に帰って長野県警を受け直す。夢主も警察庁辞めるなら一緒に帰って就活しようか」
「いや…私は東都に残らなきゃいけなくてですね」
「兄さんに連絡取るから」
スッと表情を消した景光が携帯をとりだす。
「夢主がまた失踪しようとしてるって言うから」
「まってください。語弊があります」いや、語弊は無い
無情にもコール音が響く一回、二回、三回
「兄さん今警視だから、それなら話せるだろ?言い訳あるなら今のうちに考えときな」
それは死刑宣告に聞こえた。
―――
「ありえません。」
景光くんから話を聞いた高明さんは開口一番そういった。連絡を受けた高明さんは忙しいにもかかわらずすぐに来てくれた。スーツ姿の高明くんとカラオケ店の内装が似合わない。
「そもそも夢主さんが潜入捜査に当たること自体ありえない話です。あなたの配属部署はもう別で決まっています。」
「そうなんですか?」
これも聞いていい話なんだろうか。
「夢主さん、全て話してください」
「はい」
背筋を伸ばして返事をする。高明くんは警視、縦社会の警察で命令には逆らえない。前川氏が警部と名乗っていたからこっちの命令のが優先だろう。私は前川氏から周りには一切話すなといわれてた事を全て話した。
「前川…警察庁所属で階級は警部ですか…偽名の可能性がありますが。話を聞く限り準備期間も短く随分乱暴な話に聞こえます。もしその人物が仮にゼロ所属の隠れ捜査員だったとしても夢主さんが潜入捜査官に選ばれること自体がおかしいですから。」
「そんなに変ですか?」
「前に失踪したときに夢主は顔出しで全国ニュースに載ってるんだ。しかも結構話題になって今もネット上に写真が残ってる。長野の魔法少女はネットミームになってるんだよ」
「…初めて聞きます」
私ネットのおもちゃになってるの?
「話さなかったからな。気付いてないだろうとは思ってた」
「警察庁内でも当然把握されています。呑舟の魚は枝流に泳がずとは言いますが、あなたは周りからの目に疎いですよね。」
「そんな状態で潜入捜査なんてリスクが高すぎる。送り込むにしてももうちょっと人選するだろ。やっぱりこの話は変だ。」
諸伏兄弟がうなずき合った
「そうですね、問題なのはその前川の目的です。何がしたいのか…景光に関しても本来予定されている人事とは違う可能性が高いです。断った結果、辞表を書かされたんですね?」
「ああ、警視庁の人間立ち会いの下、その場で書かされたんだ。警察学校も今日中に退寮するよう言われた。」
「…心当たりのある人物がいます。顔を確認するために景光は明日警察庁の方に……」
「私の会った前川さんの写真と動画ありますよ。見ますか?」
2人が振り返る。
「このボタンの装飾のとこカメラになってるんです。ケルベロスアイ(人載カメラ)です。」
自分の胸元を示してボタンにかぶせた装飾を外す。
「こんな小さいので撮れるのか」
「顔が確認できる程度には撮れます。荒いですが音声もいけます。」
博士との共同開発だ。この時代はまだガラケーが普及を始めたくらいで警察といえど個人のカメラに対する規制も警戒も薄い。スマホが登場するのは体感的にもうちょっと先になりそうだ。
景光くんの持っていたノートパソコンに専用の再生機をつないで日付を遡る。2週間前の時点で前川の写真を発見したので2人に見せた。
「俺の時と同じ人間だ」
「…ほぅ、やはり彼ですか。」
高明くんの顔が険しくなった。
ーーー
写真を確認してからの高明くんの動きは速かった。
結論から言うと景光くんと私は罠にはめられていた。
潜入捜査への勧誘事件の発端は警察庁に勤める高明さんをライバル視する同僚による策略だった。
犯人は高明くんが日頃から気に掛けている私と景光くんが優秀な成績で卒業すると聞いて卑劣な計画を考えた。
私達に潜入捜査と称して犯罪行為をさせ、縁者である高明くんを失脚させようという計画だ。
私はこれにまんまと引っかかるところだった。
しかし景光くんは潜入を拒んだため辞表を書かせ警察になるのを妨害する方向に転換されたらしい。
私たちの証言だけならグループの仲間数人と共謀してアリバイを作ってしらばっくれればいけると思っていたようだが、ケルベロスアイの動画にバッチリ勧誘する姿と音声が映っていた。映像を持って高明くんが信頼できる上司に相談してくれたので話はスムーズだった。立場を利用したあまりに悪質な犯行であったためグループは重い懲戒処分と刑事罰を受けるはこびとなったそうだ。
景光くんの辞表も無かったことになり、私達は後日改めて警視庁と警察庁双方からの正式な謝罪を受けた。
―――
「私のことに巻き込んでしまい、すまない」
「兄さんのせいじゃないよ」
景光くんの言葉に私もうんうんとうなずく。
「彼らには警視になる前から目をつけられていましたが…潜入と称してあなた達にどこで何をさせるつもりだったのか。本当にどうなっていたか分かりません」
個室の飲食店で3人食事を囲みながら高明くんは疲れた顔をしていた。
「夢主さん、あなた今回はお手柄でしたが、毎日録画を撮っているんですか?」
「日記代わりです。物騒な世の中なので」
「なんでそれだけ警戒しててあの怪しい潜入捜査の話を受ける気になったの?」
小鉢をつつきながら景光くんが呆れた顔でこちらを見ている。
「そういうものかなと思ってしまってて」
「へぇ、そういうものかなで失踪しようとしてたんだ?」
不穏な空気になってきた。
「あの……飲み物の追加どうですか?」
話をそらしたくてメニュー表を押しつけるが無言で反対側に置かれてしまった。
「守秘義務を優先したこと怒ってますか?」
「怒ってない…あの時ギリギリ言える範囲で相談してくれたんだと思っておく。でも素直にお互い一人で抱え込んでたらやられてた。ちゃんと話したから今回のことも解決できたんだ。何度も言うけど、事を起こす前に必ず俺か兄さんに相談して。」
「でも守秘義務が…」
「2人とも、もう今後我々の間では守秘義務はないものとして話すことにしよう。景光、そちらの配属先は聞いているか?」
「俺は交番勤務終わったら公安に配属だって。正直迷ってる」
「受けなさい。夢主さんは警備企画課だ。私もそこに所属しているから目が届く」
「家族にも明かしてはいけない機密事項じゃないんですか?あと私の部署が内示と違います。」。
「本来は内示の場所で隠れ公安の予定でしたが警備企画課の人間が多数失職したので変わったんです。今回の件であなたが動画を残していた点が上層部に抜け目ないと好評価された結果でもあります。ちなみに降谷零君も警視庁から引き抜いて警備企画課に所属になります。異例の人事が通る、それぐらい人が足りません。激務は覚悟しておいてください。」
にっこり笑った高明くんがウーロン茶片手に脅してくる。きっとこの後も仕事に戻るのだろう。覚悟はしていたが高明くんが言う激務の響きは重い、想像がつかない。
「今後上役から口止めがあったとしても私たちへの報告は必ずしてください。大きな組織にはどうしても膿が発生してしまうものです。益者三友・損者三友、本当に腹を割って話すべき相手は選ばねばなりません。」
「それは今後潜入捜査の任務があった場合もお互い報告をするという理解で間違ってないですか?」
「はい、そうです。くれぐれも忘れないように」
「夢主はこんど失踪しようとしたら長野に強制送還するから」
「…されないよう気をつけます」
潜入捜査が始まらないことを祈りながら止まっていた箸を動かした。
「一点確認良いですか?」
「どうぞ」 「何?」
「私のネットミームって何なんですか」
2人は答えてくれなかった