最初は幼い景光のお友達という認識であった。
年下のお隣。年上として教え導き、世話をする相手。
しかし魔法少女を自称する夢主は面白い観察対象であった。
その年頃の女児として魔法少女ごっこはよくある話であったが彼女はその年頃らしい遊び方をしなかった。機械いじりや裁縫にも手を出しどれも感心する出来で、やることなすこと凝っていて思い切りが良く、周りの大人を翻弄した。自分もなかなか変わっていると言われる質だが彼女は、私とはまた別の方向に人として変質的であった。わざわざ危険なことに身をさらす姿は危ういが、私とは違う理論展開に基づいた行動理念は興味深く、見ていて飽きなかった。
風変わりで聡明な夢主の日々を観察し楽しみつつ年長者として時に手を差し伸べその動向を見守る。そんな日々を私は好ましく思っていた。
しかしそんな日常を切り裂く事件が起きた。
我が家に暴漢が現れ、家族が危険にさらされたばかりか景光を庇って夢主が刺されたというのだ。
守られるべき存在が傷つけられてしまった。
彼女は常日頃、しきりに自分の容姿を誇るところがある。怪我に強いショックを受ける可能性が高いのではないか。残った傷跡を見ればあの自信に満ちた言動に陰りが差してしまうかもしれないと案じた。刃は肩を貫通するほど深く入ったと大人達が話すのを聞いた。後遺症が残るかもしれない。彼女は文字通り殺されかけたのだ。心底ゾッとした。
危険なことをしていると知りながらも、面白がり諫めなかった自分にも責任がある。何より私の大事な家族を助けてのこと。
彼女の回復のために一生を捧げなければ、そう思っていた。
しかしそれは傲慢な考えだった。
夢主は自らを黄金にたとえ、私を諫めてしまった。
呉下の阿蒙に非ず。私は彼女を侮っていた。彼女をただルッキズムに囚われた幼い人間であると判断し、何より傲慢にも「救おう」などと考えていた自分が露わになり、心から恥じた。
人という深淵を知ったつもりで覗き込んだらそこには恥知らずな自分が写っていた。
慰めようなどとおごった考えであったのだ。
穴があったら入りたいというのはこのような気持ちなのかと実感した。また同時に知的好奇心が刺激された。
もっと彼女を知りたい。もっと多くのことを。
出来ることならその深淵の奥深くをまた覗いてみたい。
きっとそこには私の知らない真理が隠されているに違いない。
恥をかきながらも私は彼女のそばを離れなかった。
断られてはしまったが恩人に対し私の一生を捧げるという気持ちは揺るがなかったため保護者として何食わぬ顔でそばに居続けることにしたのだ。それこそ学校以外の時間のほぼ全てを夢主と過ごす事に使った。
「高明。おまえのその執着も大概にしねぇといつかあいつ、息が詰まって逃げ出すぜ。」
大和敢助が呆れたように忠告したことがあった。
「…敢助くん、彼女は危ういのです。私が守らなければ」
「はぁ?あれで守ってるつもりか?」
「…何が言いたいんですか?」
「お前のそれは檻だ。保護なんかじゃねぇよ。」
「は?」
「誰も寄せ付けねえで保護もなにもあるかよ。それは世間じゃ独占欲っていうんじゃねぇのか?みっともねぇなぁ。」
言葉と表情は軽いが敢助は高明に対して静かに探るような目を向けている。友人の指摘に高明は初めて自らの内に潜む「歪み」を自覚した。
彼女と関わると自覚の無い自分が露わになっていく。
もっと知りたい。もっと見ていたい。でもそうか、私のこの衝動と行動は彼女の自由を奪う物なのか
それによって失う?夢主を?
もう彼女を知ることができなくなる。
それはなによりゾッとする響きだった。
以来高明は自制心という鎖を自分に課した。
あえて距離を置き、衝動を抑え、お行儀良く接するように努めてきた。
縁は切れないように慎重に、景光さえも利用して。
多くは望まず、信頼を得て、ただ夢主の中に自分が長く存在し続けられるように願って。
そこへ起こったのが虎田家での失踪事件であり、また今回の虚偽の人事による失踪未遂事件だ。
長野での事件ではまだ自分を抑えることが出来た。
まさに盲人平坂を駆ける。怖いことを知らぬ無知故の暴走だ。知らないならば丁寧に教え込めば良い。そう思っていた。
少々手荒ではあったが分かってくれたのだと期待した、しかしあれしきの事で変わってもらおうなどと考えたこと自体おこがましかったに違いない。景光の涙も私の怒りも、夢主はその場では戸惑い慌てるがその深淵へは全く響いていないのだ。
誰も居ない資料室、プロジェクターにはケルベロスアイで撮った記録が映し出され、動画からは画面に大写しの前川と会話している夢主の声が聞こえる。
[…新人でいきなりの話、怖いとは思うが頑張ってほしい]
[…大丈夫です。頑張ります]
平素と変わらず戸惑いのないその声に画面を睨みつける
「…学びて思わざれば則ちくらし。少しは考えてくださっていると思っていたのですが…」
命の危険があることをそう易々と受け入れる姿勢には煮え立つような怒りを覚える。
距離を置いて見守った結果、これを繰り返されるのであればこちらも考え方を改めざるをえない。
彼女は私の管理下に置かなければならない。
盗まれないよう損なわれないよう
黄金には適切な管理が必要である。
彼女を自由にさせておくのは死を容認するのと同じ事。あの時の敢助くんの忠告は間違っていたに違いない。
歪んでいようがかまわない
これは「恩人」を助けるために必要なことだ。
「これからは私の管理する「檻」の中に居ていただきましょう。」
もう目の届かないことのないように