そらマリ   作:raian sinra

10 / 20
10

### 第四十五章:孤独なメイドと、奪われた『ママ』

「……チャンピオン、獲れちゃった」

深夜の自室。湊あくあは、モニターに表示された『APEX LEGENDS』の「YOU ARE THE CHAMPION」の文字を見つめながら、ぽつりと呟いた。

普段ならガッツポーズをして喜ぶところだが、今日のあくあの声には覇気がなかった。

コントローラーを机に置き、ため息をつきながらスマートフォンの画面を開く。

LINEのトーク画面。相手は『マリンママ(宝鐘マリン)』だ。

あくあ:『ママ〜、今日APEXやらない? あてぃしキャリーするよ!』

マリン:『あくたんごめんねぇ! 今日はちょっと……その、用事があって! また今度ね!』

このやり取りが、ここ数週間で何度繰り返されただろうか。

あくあは知っている。マリンの言う「用事」というのが、仕事でも他のホロメンとのコラボでもなく、ただ一人の人物——『ときのそら』のための時間であることを。

「……ママのばか。最近、そら大先輩とばっかり一緒にいて、あてぃしのこと全然かまってくれないんだから」

あくあは、ゲーミングチェアの上で膝を抱えて丸くなった。

あの「第一防音室」での決定的な密会(キスシーン)を目撃して以来、あくあはマリンとそらの関係を理解し、陰ながら応援する(というか畏怖して手が出せない)立場になっていた。

大好きなマリンママが、あんなにも幸せそうに誰かの腕の中にいる。

そら大先輩も、マリンのことを本当に大切に(少々愛が重すぎるきらいはあるが)想っている。

その事実自体は、あくあにとっても嬉しいことだった。二人の関係を壊したいなんて、1ミリも思っていない。

しかし、それとこれとは話が別である。

「あてぃしは……あてぃしは、マリンママの娘なのに! 娘には、ママに甘える権利があるはずなのに!」

最近のマリンは、そらの圧倒的な独占欲とスパダリ力によって完全にプライベートを制圧されており、あくあが「ママ〜!」と甘えに行こうとしても、いつの間にか背後に現れたそらの【 全てを無に帰す女神の微笑み 】によって牽制され、近づくことすら許されない日々が続いていた。

「このままじゃ、あてぃし、完全に捨てられた子犬(メイド)になっちゃう……。あてぃしだって、たまにはママと一緒にゲームしたり、ご飯食べに行ったりしたいのに!」

あくあは、キュッと唇を噛み締めた。

極度の人見知りで、コミュ障を自称する彼女だが、大好きなもの(マリンママ)に対する執着心は決して弱くない。

「……決めた。あてぃし、そら大先輩に直接言う。ママを独り占めするのはズルイって、ちゃんと直談判するんだから!」

誰もいない部屋で、あくあは小さな拳を天井に向かって突き上げた。

それは、孤独なゲーマーメイドが、ホロライブに君臨する『絶対神』へと反旗を翻す、無謀で勇敢な決意の瞬間だった。

### 第四十六章:神域への侵入と、メイドの決死行

翌日の午後。

あくあは、ホロライブのスタジオの廊下で、壁の陰からコソコソと様子を窺っていた。

ターゲットであるときのそらは、今、廊下の突き当たりにある小さな休憩ラウンジで、一人で台本を読んでいる。

マリンは別のスタジオで収録中であり、そらの隣には誰もいない。直談判をするなら、今しかない。

(よし……行くぞ、あてぃし。深呼吸して。すー、はー、すー、はー……)

あくあは、自分自身を鼓舞するように胸をトントンと叩き、意を決して壁の陰から飛び出した。

トタトタトタ、と小走りでラウンジに向かい、そらの座るソファの数メートル手前でピタリと止まる。

「そ、そ、そら大先輩!!」

裏返りそうなほどの大きな声。

そらは驚いたように顔を上げ、あくあを見ると、ふわりといつもの優しい笑顔を浮かべた。

「あ、あくあちゃん。どうしたの? そんなに慌てて」

「あ、あの! あてぃし、そら大先輩に、い、言いたいことがあって来ました!」

あくあは、直立不動の姿勢で両手をギュッと握りしめ、顔を真っ赤にしながらそらを見つめた。

そらは台本をパタンと閉じ、ソファの隣の席をポンポンと叩く。

「うん、いいよ。どうしたの? ここに座って話そ?」

「い、いえ! ここでいいです! 座ったら、そら大先輩のオーラに飲み込まれて言えなくなりそうだから!」

「ふふっ、何それ。あくあちゃん、面白いね」

そらはクスッと笑うが、あくあは真剣そのものだった。

(負けるな、あてぃし! マリンママを取り戻すんだ!)

「そら大先輩! 単刀直入に言います! 最近、マリンママ……宝鐘マリンを、独り占めしすぎです!!」

ラウンジに、あくあの悲痛な叫びが響き渡った。

「あてぃしは、マリンママの娘なんです! それなのに、最近は全然一緒に遊んでくれないし、連絡しても『今日はそら先輩とお出かけだから』って断られるし! そら大先輩がママを独占するせいで、あてぃしは寂しい思いをしてるんです!」

一気にまくしたて、あくあはゼエゼエと肩で息をした。

言ってやった。ついにホロライブの頂点に対して、真っ向から文句を言ってやった。

しかし、言い終えた直後、あくあの全身を強烈な【 恐怖 】が襲った。

(や、やばい……怒られる! 絶対消される! そら大先輩の逆鱗に触れちゃった!)

あくあはギュッと目を閉じ、来るべき女神の天罰(物理)に身構えた。

しかし。

数秒の沈黙の後、聞こえてきたのは、怒声でも冷たい言葉でもなく、コロコロと転がるような、楽しげな笑い声だった。

「あははっ! あくあちゃん、すっごく可愛い!」

「……え?」

恐る恐る目を開けると、そらがソファから立ち上がり、あくあの目の前まで来ていた。

そして、あくあの頭を、まるで本物の子供をあやすように優しく撫で始めたのだ。

「えっ、あ、あの、そら大先輩……?」

「そっかぁ。あくあちゃん、マリンちゃんにかまってもらえなくて、寂しかったんだね。ごめんね、私がマリンちゃんを独り占めしちゃってたから」

そらの顔には、怒りの欠片もなかった。

そこにあったのは、純粋な慈愛と、ほんの少しの申し訳なさそうな表情だった。

### 第四十七章:絶対神の提案と、新たな関係性

「あ、怒って……ないんですか?」

あくあが拍子抜けしたように尋ねると、そらは不思議そうに首を傾げた。

「どうして怒るの? あくあちゃんがマリンちゃんのこと大好きだって知ってるし、マリンちゃんもあくあちゃんのこと『手のかかる可愛い娘』だって、よく私に話してくれてるよ?」

「ママが……あてぃしのこと……?」

「うん。『あくたんと最近ゲームできてないから、寂しがってないかなぁ』って、この前も私の家でシチュー食べながら心配してたよ」

「ママぁ……っ!」

あくあの目に、じわっと涙が浮かんだ。マリンは、ちゃんとあくあのことを想ってくれていたのだ。

「でも、だったらどうして……」

「それはね」

そらは、あくあの目を真っ直ぐに見つめ、少しだけ声のトーンを落とした。

「私が、『ダメ。今日は私だけを見てて』って、マリンちゃんに我慢させてたから」

「——ッ!」

あくあの背筋が凍った。

さっきまでの優しいオーラが一瞬にして反転し、底知れぬ独占欲の塊のような「魔王」の顔が顔を覗かせたのだ。

「マリンちゃんが私以外の誰かのことを考えてるのが、ちょっとだけ嫌だったの。……ごめんね、私、大人げないよね」

そらはペロッと舌を出して悪戯っぽく笑ったが、あくあは心の中で(この人、やっぱり怒らせちゃいけないガチのヤバい人だ……!)と本能で理解した。

「で、でも! あてぃしは娘ですから! 恋愛対象じゃないですから! だから、ちょっとくらいママを貸してくれたって……!」

あくあが必死に食い下がると、そらはポンッと手を打った。

「そうだね。あくあちゃんの言う通りだ。あくあちゃんは、マリンちゃんの『娘』だもんね」

「そ、そうです!」

「マリンちゃんがあくあちゃんの『ママ』で、私がマリンちゃんの『恋人』……」

そらは顎に手を当て、何かを計算するように虚空を見つめた後、パァッと顔を輝かせた。

「じゃあ、私が『パパ』だね!」

「…………はい?」

あくあの思考回路が、完全に停止した。

「うん、そうだ! 私があくあちゃんのパパになれば、全部解決じゃない? 家族なんだから、みんなで一緒に過ごせばいいんだよ!」

「パ、パパ!? そら大先輩があてぃしのパパ!? いやいやいや、意味がわかりません!!」

「どうして? マリンちゃんがママなら、そのパートナーである私はパパでしょ? それとも、あくあちゃんは私のお家の子になるのは嫌?」

そらが、少しだけ悲しそうな、捨てられた子犬のような上目遣いであくあを見つめる。

(ズ、ズルイ!! そんな顔されたら断れないじゃないか!!)

「い、嫌じゃないですけど……っ! でも、そら大先輩がパパって……なんか、パワーバランスがおかしなことになりませんか!?」

「大丈夫だよ。私がしっかり、この『家族』の大黒柱になるから」

そらはニコリと笑い、あくあの肩を抱き寄せた。

「これからは、マリンちゃんに会いたい時は私に言ってね。パパが、ママとの面会時間をちゃんと作ってあげるから」

「め、面会時間……(囚人かな?)」

「その代わり、あくあちゃん。……ママに甘えすぎたり、ママを困らせたりしたら、パパが『お仕置き』するからね? わかった?」

そらの耳元での甘い囁きに、あくあはヒッ!と悲鳴を上げて首を縦に激しく振った。

「わ、わ、わかりましたぁ!! パパの言う通りにしますぅぅ!!」

こうして、湊あくあの直談判は、「宝鐘マリンを取り戻す」という目的とは全く別のベクトルで、斜め上の着地を迎えることになった。

ホロライブ最強の「パパ」と、それに完全服従する「ママ」、そして怯えながらも愛を求める「娘」という、世にも奇妙な疑似家族がここに誕生したのである。

### 第四十八章:家族団欒(カオス)の始まり

その週末。

宝鐘マリンは、ウキウキとした足取りでときのそらのマンションを訪れていた。

「そら先輩〜! 遊びに来ましたよ〜! 今日は一緒に映画見ましょうって言ってた……って、ええっ!?」

マリンがリビングのドアを開けた瞬間、その手から下げていたお菓子の袋が滑り落ちそうになった。

「あ、ママ! いらっしゃい!」

「あくあちゃんが『ママ』って呼ぶと、なんだか本当に家族みたいでくすぐったいね。ほらマリンちゃん、あくあちゃんが待ってたよ」

リビングの巨大なテレビ画面では『大乱闘スマッシュブラザーズ』の対戦画面が光っており、その前のソファには、なぜかコントローラーを握りしめた【 湊あくあ 】と、そのあくあに優しく麦茶を差し出す【 ときのそら 】が並んで座っていた。

「あ、あくたん!? なんであくたんがそら先輩の家にいるの!? っていうか、なんで二人でスマブラやってるの!?」

マリンはパニックになりながら、二人を交互に指差した。

「ふふっ。あくあちゃんがね、どうしてもマリンちゃんに会いたいって言うから、今日は『家族団欒』の日にしようと思って、私から招待したの」

そらが、マリンを迎え入れながら優しく微笑む。

「か、家族団欒!?」

「そうだよ、ママ! 今日からそら大先輩が『パパ』で、あてぃしたちは家族になったんだから!」

あくあが、そらの背中に隠れるようにしてドヤ顔で言い放つ。

「パパ!? そら先輩がパパ!? あくたん、あんた何勝手なこと言って……!」

マリンが抗議しようとしたその時。

「……マリンちゃん?」

そらが、スッと目を細め、静かだが絶対的な圧力を持った声でマリンの名を呼んだ。

「あ、はいっ!」

マリンは条件反射で背筋を伸ばし、直立不動になった。

「あくあちゃん、私の可愛い『娘』になったんだよ。マリンちゃんも、あくあちゃんのお母さんとして、ちゃんと娘を可愛がってあげてね。……それとも、私たちが家族になるのは、不満?」

そらの、逃げ場を塞ぐような笑顔。

ここで「不満です」などと言おうものなら、後でどんな恐ろしい(そして甘い)お仕置きが待っているかわからない。マリンは野生の勘でそれを悟った。

「ふ、不満なんてあるわけないじゃないですかぁ〜! アハハ! あくたん、私の可愛い娘! そら先輩、私の頼れるパパ! 最高の家族ですね!!」

マリンはヤケクソのように叫び、あくあの隣にドスリと座り込んだ。

「よしっ! じゃあママ、あてぃしとスマブラで勝負だよ! 負けた方が今日の夕飯の皿洗いだからね!」

「上等じゃない! あんたこそ、ママの本気を見せてやるわよ!」

マリンとあくあが、ギャーギャーと騒ぎながらコントローラーを握って対戦を始める。

その賑やかな(やかましい)様子を、そらはソファの特等席から、まるで本当の父親のように、慈愛に満ちた優しい眼差しで見守っていた。

「あはは、マリンちゃん、そこ隙だらけだよ」

「あーっ! パパ、あくたんにヒント出さないでくださいよ!」

「ずるいぞママ! 今のはあてぃしの実力だもん!」

画面の中で暴れ回るキャラクターたちと、画面の外で騒ぐ二人の「母娘」。

そらは、マリンの頭をポンと撫で、次にあくあの頭も優しく撫でた。

(……うん。二人だけの時間もいいけど、たまにはこういうのも悪くないかも)

そらの心の中にあった、どろりとした独占欲は、あくあという「娘」の存在によって、少しだけ丸く、温かいものへと変化していた。

もちろん、マリンを愛する気持ちが減ったわけではない。むしろ、「私の家族」という新たな枠組みができたことで、その支配領域(テリトリー)はより強固なものになったと言えるだろう。

「……あ、でも」

そらは、小さく呟いた。

「夜になったら、あくあちゃんには帰ってもらわなきゃね。……『夫婦』の水入らずの時間は、ちゃんと確保しないと」

その呟きはゲームの音にかき消されて二人の耳には届かなかったが、そらの瞳には、夜の帳が下りるのを待ちわびる、肉食獣のような艶やかな光が宿っていた。

ホロライブの裏側でひっそりと(しかし確実に周囲を巻き込みながら)育まれる、そらとマリンの愛。

湊あくあという新たな「娘」を迎え入れた秘密の疑似家族は、今日もドタバタと、そして底抜けに甘く、幸せな時間を紡いでいくのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。