### 第十六章:兎の違和感と、海賊の異変
ホロライブ3期生、兎田ぺこらは、ここ最近の同期である宝鐘マリンの様子に、決定的な「違和感」を抱いていた。
「……なぁ、マリン。お前最近、なんかおかしくないぺこか?」
ある日の夕方。ホロライブのスタジオに併設された休憩スペースで、ぺこらはジト目でマリンを見つめていた。向かいの席でスマートフォンを弄っていたマリンは、ビクッと肩を揺らして顔を上げる。
「えっ!? お、おかしいって何が!? 船長はいつでも通常営業、セクシーでキュートなピチピチの17歳(おいおい)ですけど!?」
「いや、自分でツッコミ入れてる時点で動揺しまくりぺこじゃん」
ぺこらは呆れたようにため息をついた。
確かに、配信上のマリンはいつも通りだ。センシティブなジョークを飛ばし、リスナーとプロレスを繰り広げている。しかし、カメラが回っていない裏の顔——いわゆる「オフのマリン」が、どうも様子がおかしいのだ。
まず、やたらとスマートフォンを見る回数が増えた。そして、画面を見ては、これまで見たこともないような**「純度100%の乙女の顔」**で、ふにゃあとだらしなく微笑むのだ。
さらに、以前ならぺこらや他のメンバーにベタベタと絡んできてはセクハラまがいのスキンシップを図っていたのに、最近はそれがパッタリとなくなった。まるで「誰かに対して操を立てている」かのように。
「……お前、さては好きな奴でもできたぺこか?」
「っっっっ!?」
ぺこらの何気ないカマかけに、マリンが飲んでいたスポーツドリンクを盛大に吹き出しそうになった。顔は一瞬にして彼女の髪色と同じ真紅に染まり、目は泳ぎまくっている。
「なななな何を言ってるんですかぺこら先輩!? 船長はみんなのアイドルですよ!? そんな特定の誰かにうつつを抜かすなんて……」
「いや、隠し事ヘタクソすぎぺこでしょ。図星じゃん」
「ち、違いますぅー! 今日はもう帰ります! お疲れ様でしたぁっ!」
ボロが出るのを恐れたのか、マリンは荷物をひったくると、逃げるように休憩スペースから走り去っていった。
残されたぺこらは、顎に手を当ててニヤリと笑う。
(ヒヒッ……あのポンコツ海賊め、絶対に何か隠してるぺこね。相手が誰かは知らないけど、この兎田ぺこらの目は誤魔化せないぺこよ。……ちょっと、探ってみるぺこか!)
生来の悪戯心に火がついたぺこらは、マリンの「秘密」を暴くべく、こっそりと後を追うことにした。これが、彼女自身のキャパシティを大きく超える「超特大の秘密」に触れることになるとは、この時のぺこらは知る由もなかった。
### 第十七章:静寂の廊下と、開かれたパンドラの扉
マリンが向かったのは、帰路ではなく、スタジオのさらに奥——普段はあまり使われない、機材置き場に隣接した第一防音室だった。
(こんなところで、誰と密会してるぺこ……?)
足音を忍ばせ、壁伝いに進むぺこら。
防音室のドアは、マリンが慌てていたせいか、わずかに数センチだけ隙間が開いていた。そこから、微かに声が漏れ聞こえてくる。
ぺこらは息を殺し、そっとその隙間から中を覗き込んだ。
『……っ、そら、先輩……ごめんなさい、遅くなっちゃって……』
聞こえてきたマリンの声に、ぺこらの耳がピクリと動く。
(そら先輩!? ときのそら大先輩ぺこ!?)
予想外のビッグネームに、ぺこらの心臓が跳ねる。しかし、驚くのはまだ早かった。
『ううん、大丈夫だよ。お疲れ様、マリンちゃん。……こっち、おいで?』
隙間から見える光景。
そこには、パイプ椅子に腰掛けるときのそらと、その前に立つマリンの姿があった。
そらが両手を広げると、あろうことかマリンは、吸い込まれるようにそらの腕の中へと飛び込んでいったのだ。
(…………は?)
ぺこらの思考が停止した。
そらは、すっぽりと腕の中に収まったマリンの背中を、愛おしそうに優しくポンポンと叩いている。マリンはそらの肩に顔を埋め、まるで甘える子猫のように身体の力を抜いていた。
『……ぺこらに、怪しまれちゃいました。最近様子がおかしいって』
『ふふっ、ぺこらちゃん鋭いね。マリンちゃん、嘘つくの苦手だから』
『うぅ……だって、そら先輩のこと考えると、ニヤニヤしちゃうんだもん。早く会いたくて、仕事中も上の空になっちゃうし……』
『私もだよ。ずっと、マリンちゃんに触れたかった』
その会話の糖度の高さに、ぺこらは目眩を覚えた。
あの、セクハラおじさんムーブで名を馳せる宝鐘マリンが。
あの、ホロライブの清純派の象徴であるときのそらが。
ただの「仲の良い先輩後輩」の距離感じゃない。
これは、完全に、疑いようのない——
(こ、恋人同士の空気ぺこォォォ!?)
### 第十八章:交わる視線と、世界で一番甘い毒
ぺこらはパニックに陥っていた。
見なかったことにして逃げ帰るべきだ。これは、触れてはいけないホロライブの最高機密だ。
しかし、足が床に縫い付けられたように動かない。驚愕のあまり、目が離せないのだ。
防音室の中では、さらに決定的な瞬間が訪れようとしていた。
そらが、マリンの肩をそっと押し返し、至近距離で見つめ合う。
マリンの瞳は潤み、完全に「恋する乙女」のそれだった。
『……ねえ、マリンちゃん。キス、してもいい?』
そらの甘く、けれど少しだけ熱を帯びた声が響く。
『……っ、はい。そら、先輩……』
マリンが目を閉じ、そっと顎を上げる。
そらは、マリンの真紅の髪に優しく指を絡ませながら、ゆっくりと顔を近づけ——そして、二人の唇が重なった。
チュッ、という小さな、けれど生々しい水音が、静かな防音室に響く。
一度だけではない。角度を変え、何度も、何度も。マリンの口から、甘い吐息のような声が漏れる。そらはマリンの腰を抱き寄せ、より深くその温もりを貪るように、甘く長い口付けを交わし続けていた。
(〜〜〜〜〜っっっ!!!)
ぺこらの顔面が、爆発したかのように沸騰した。
刺激が強すぎる。てぇてぇを通り越して、もはや純愛の暴力だ。
しかも、あのいつも主導権を握りたがるマリンが、そらの前では完全に「受け身」で、トロトロに甘やかされているのだ。
限界だった。
これ以上見ていたら、自分の頭がおかしくなってしまう。
ぺこらは慌ててその場を離れようと、一歩後ろに下がった。
——その瞬間。
**『ガコンッ!』**
足元に置かれていた予備のマイクスタンドに足を引っ掛け、ぺこらは派手に転倒してしまった。その音は、静かな廊下から防音室の隙間を抜け、確実に中の二人に届いていた。
「……えっ!?」
「……誰?」
防音室の中から、マリンの悲鳴のような声と、そらの冷静な声が聞こえる。
ぺこらは床に這いつくばったまま、顔面を蒼白にした。
(終わったぺこ。完全に終わったぺこ。兎田ぺこらのアイドル人生、ここで終了ぺこ……!)
バタン、と勢いよく防音室のドアが開かれた。
そこには、唇を赤く腫らし、涙目でパニックを起こしているマリンと、マリンを背中に庇うようにして立つ、底知れぬ静かな威圧感を放つそらの姿があった。
「……あ。ぺ、ぺこーら……?」
「……ぺこらちゃん」
そらの目が、スッと細められる。
ぺこらはビクッと体を震わせ、土下座の姿勢のまま叫んだ。
「み、見見見見てないぺこ! ぺこらは何も見てないぺこよ!? そら先輩とマリンが、その、めちゃくちゃ熱烈なキスをしてたことなんて、これっぽっちも見てないぺこォォォ!!」
「……全部見てるじゃないですかぁぁぁ!!」
マリンが両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
### 第十九章:同期の涙と、交わされる秘密の盟約
第一防音室。
先ほどまでの甘い空気は完全に消え去り、そこには重苦しい沈黙が降りていた。
パイプ椅子にちょこんと座らされたぺこらは、まるで説教を待つ生徒のように縮こまっていた。その向かいには、顔を真っ赤にして俯くマリンと、相変わらず穏やかな笑みを浮かべているそらが並んで座っている。
「……えっと。その、ぺこらちゃん」
「は、はいっ! 何でも言うこと聞くぺこ! 記憶を消す装置があるなら被るぺこ!」
怯えるぺこらを見て、そらはクスッと吹き出した。
「そんな物騒なことしないよ。……ただ、少し驚かせちゃったね。ごめんなさい」
「い、いや! 覗き見したぺこらが100パー悪いぺこ! ……でも、あの、本当に……付き合ってる、ぺこ……?」
恐る恐る尋ねるぺこらに、そらは迷うことなく頷いた。そして、隣で小さくなっているマリンの手を、自分の手でしっかりと握りしめた。
「うん。私とマリンちゃんは、そういう関係。……私にとって、マリンちゃんは誰よりも大切な人なんだ」
そらの淀みない、真っ直ぐな言葉。
それに呼応するように、マリンも顔を上げ、潤んだ瞳でぺこらを見た。
「ぺこら……ごめん。隠してて。でも、遊びとかじゃなくて、本当に……本気で、そら先輩のことが好きなんだ」
マリンの声は震えていた。
ホロライブという看板を背負いながら、同僚であり、大先輩であるそらと恋人関係になること。それがどれだけリスキーで、どれだけ勇気のいることか、同じ舞台に立つぺこらには痛いほど理解できた。
マリンの真剣な表情と、そらの揺るぎない覚悟を見たぺこらは、先ほどまでのパニックが嘘のようにスッと冷静さを取り戻した。
「……ばかマリン」
ぺこらは小さく息を吐き、いつもの少し生意気で、けれど仲間思いな声を出した。
「隠し事なんて、水臭いぺこよ。私たち、3期生の絆をなんだと思ってるぺこか」
「ぺこら……」
「まぁ、相手がそら大先輩だって知った時は心臓止まるかと思ったけど……。マリンがそんな顔するくらい本気なら、この兎田ぺこら、墓場まで秘密を持って行ってやるぺこよ!」
ぺこらは胸をドンと叩き、ニカッと笑って見せた。
その言葉に、マリンの目からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「うぇぇぇぇんっ! ぺこらぁぁぁ! ありがとぉぉぉっ!!」
「わっ!? ちょ、くっつくなぺこ! 鼻水つくぺこ!」
泣きじゃくりながら抱きついてくるマリンを、ぺこらは嫌そうな顔をしながらも、決して振り払うことはしなかった。
### 第二十章:新たな共犯者と、深まる絆
「ぺこらちゃん、本当にありがとう。マリンちゃんのこと、これからもよろしくね」
泣き疲れてそらの肩に寄りかかっているマリンの頭を撫でながら、そらが優しく微笑みかけた。
「……そら先輩。一つだけ、言っておくぺこ」
ぺこらは、真剣な眼差しでそらを見つめ返した。
「マリンはああ見えて、すごく繊細で、気遣い屋で、不器用ぺこ。もし……もし、マリンを泣かせるようなことがあったら、相手がそら先輩だろうと、ぺこら、容赦しないぺこからね」
それは、後輩から大先輩へ向けるにはあまりにも不遜な言葉だった。
しかし、そらは不快になるどころか、たまらなく嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ……うん。約束する。マリンちゃんは、私が絶対に幸せにするから。ぺこらちゃんみたいな素敵な同期がいてくれて、マリンちゃんは本当に幸せ者だね」
「っ〜〜! そら先輩、そういうところぺこよ! 人をたらしこむオーラがすごすぎるぺこ!」
ぺこらは照れ隠しに顔を赤くして叫んだ。この包容力とスマートさ。なるほど、あの海賊がメロメロになるわけだと、ぺこらは深く納得した。
「……んぅ……ぺこら……そら先輩に、変なこと言ってない……?」
目を覚ましたマリンが、ぼんやりとした声で尋ねる。
「言ってないぺこよ! あと、お前はもうちょっと周りを警戒するべきぺこ! あんな隙間開けっぱなしの防音室でイチャイチャするなんて、脇が甘すぎるぺこ!」
「うぅっ……ごめんなさい……」
「まぁ、これからはこの兎田ぺこらが見張りに立ってやるぺこから、安心するぺこ!」
呆れながらも世話を焼いてしまうぺこらの優しさに、マリンとそらは顔を見合わせて笑い合った。
かくして、二人の秘密の恋愛に、最強で最もうるさい「共犯者」が誕生した。
周囲にバレるという最大の危機は、結果として、彼女たちの絆をより深く、強固なものへと変えたのだ。
「あ、でも一つだけ条件があるぺこ!」
帰り際、ぺこらが思い出したように人差し指を立てた。
「……ん? 何かな?」
「ぺこらの前で、あんまりイチャイチャしないことぺこ! さっきのキスの光景、刺激が強すぎて夢に出そうぺこからね!?」
ぺこらの悲痛な叫びに、スタジオの廊下には、そらの上品な笑い声と、マリンの照れ隠しの声がいつまでも響き渡っていた。
秘密の航海は、心強い味方を得て、さらに甘く、穏やかに続いていく。