### 第二十六章:秘密を知る者たち(通称:観測者協議会)
ホロライブの全体ミーティングが行われる日の午後。
広大な控え室の最も奥にある、L字型の大きなソファ席。そこには、ある「共通の秘密」を共有する6人のメンバーが、息を潜めるようにして身を寄せ合っていた。
白上フブキ、さくらみこ、兎田ぺこら、白銀ノエル、不知火フレア、そして星街すいせいの6人である。
彼女たちの視線の先——控え室の中央にある円テーブルでは、宝鐘マリンが冷や汗をダラダラと流しながら、大空スバルと天音かなたの二人を相手に必死のトークを繰り広げている。そしてマリンのすぐ隣には、優雅に紅茶を飲みながら、マリンの太ももにピタリと自分の太ももを密着させているときのそらの姿があった。
「……ねえ、フブキ。あれ、もう完全に入り込んでるにぇ」
みこが、手元のスマートフォンで顔を隠しながら小声で囁く。
「入ってますねぇ。そら先輩、マリンちゃんのパーソナルスペースを完全に我が物顔で占拠してます。あれはもう『私のテリトリー』宣言ですよ」
フブキは、ポップコーンを口に放り込みながら、オタク特有の早口で解説した。
「というか、なんでマリンはあんなに必死に隠そうとしてるぺこか? リスナーにはとっくにバレてるし、私たちにもバレてるのに、スバルやかなたに隠す意味あるぺこ?」
ぺこらが、呆れたような、しかしどこか楽しそうな顔で言う。あの日、防音室で二人の決定的な瞬間(キスシーン)を目撃してしまったぺこらは、今やこの「そらマリ観測委員会」の特攻隊長的な立ち位置になっていた。
「マリンはね、自分が『完璧に隠し通せている』って本気で信じてるのよ。……滑稽よねぇ。そこが可愛いんだけど」
すいせいが、氷の入ったグラスをカラカラと鳴らしながら、サディスティックな笑みを浮かべる。
「でも、そら先輩もすごいよね。スバルちゃんたちが全く気づいてないのをいいことに、ギリギリのラインでマリンちゃんをイジって楽しんでる気がする……」
ノエルが少しだけ同情するような声を出すと、隣のフレアが肩をすくめた。
「団長、そら先輩はイジってるんじゃないよ。純粋に『マリンが可愛くて仕方ないから触りたい』って欲求を、隠す気がないだけ。……ほら、また始まったよ」
フレアの言葉に、6人の視線が再び中央のテーブルへと注がれた。
そこでは、海賊の孤独で無謀な防衛戦が、今まさに臨界点を迎えようとしていた。
### 第二十七章:無自覚な純粋暴力(スバかな)と、限界海賊
「でさー! この前マリンちゃんとそら先輩が水族館に行ったって配信で言ってたじゃん? うちも今度ホロメンで水族館行きたいんすよ!」
スバルが、持ち前の大きな声と底抜けの明るさでテーブルに身を乗り出した。
その瞬間、マリンの肩がビクッと跳ね上がる。
「えっ!? あ、あああ、水族館!? 行った! 行ったけど! あれはただの先輩後輩の親睦会というか、ホロライブの絆を深めるための、いわゆる業務の一環であって!!」
「えっ、業務なんすか!? 休みの日に行ったんじゃないんすか?」
「や、休みの日だけど! 心は常にホロライブだから!」
意味不明な供述を始めるマリン。その顔はすでに茹でダコのように赤い。
一方のかなたは、真面目な顔でうんうんと頷いている。
「なるほど……! 休日も先輩との親睦を深めるために費やす。マリン先輩のホロライブへの情熱、勉強になります!」
「そ、そう! そういうこと! だからスバルたちも、そういう……清らかな関係で水族館行くといいよ!」
「清らかな関係ってなんすかwww 当たり前じゃないっすかwww」
スバルがガハハと笑う。彼女たちの中には、先輩と後輩が休日を共にすることに「恋愛感情」が絡むなどという発想は1ミリも存在しない。完全な無自覚である。
その時、ずっと黙ってニコニコと二人のやり取りを聞いていたそらが、口を開いた。
「でもね、スバルちゃん。マリンちゃんったら、水族館の暗いところで『はぐれちゃいそうだから』って、ずっと私の手をギュッて握って離さなかったんだよ? すっごく可愛かったなぁ」
「「——ッ!!?!?!」」
中央テーブルのマリンと、部屋の隅の観測者6人が、同時に息を呑んだ。
「そそそそそそそら先輩!?!? ななな何を言ってるんですか!? それは!! 違うんです!!」
マリンが椅子から立ち上がりそうになるのを、そらは机の下でそっとマリンの服の裾を引いて座らせる。
「えーっ! マリンちゃん、意外と怖がりなんすね! 暗いところダメなんすか?」
「あー、クラゲのエリアとか暗いですもんね。先輩の手を握って安心したかったんですね。わかります、マリン先輩って意外と甘えん坊なところありますからね!」
スバルとかなたの、ピュアすぎる解釈。
マリンの必死の隠蔽工作(という名のパニック)を、二人は「先輩を慕う後輩の微笑ましいエピソード」として見事に浄化してしまったのだ。
「……っはぁ、はぁ……そ、そうですぅー! 船長、暗いところ怖いからぁー! そら大先輩の神々しいオーラにすがりついてただけですぅー!!」
マリンはぜえぜえと息を切らしながら、無理やりその解釈に飛び乗った。
### 第二十八章:観測者たちの副音声
「……あははっ! マリン、今絶対『寿命が3年縮んだ』って顔したにぇ!」
部屋の隅で、みこが腹を抱えて笑いを噛み殺している。
「そら先輩のあの絶妙な爆弾投下、プロの業ですね。スバルちゃんとかなたちゃんが絶対に『そっち(恋愛)』に思考が行かないってわかってて、わざとギリギリの惚気(のろけ)をぶっ込んでますよ」
フブキが、名探偵のような顔でメガネ(かけてない)をくいっと押し上げる。
「マリンのやつ、テーブルの下でそら先輩に服引っ張られて、大人しく座り直したぺこ。完全に手懐けられてる犬ぺこよ、あれ」
ぺこらが、呆れ半分、哀れみ半分の視線を送る。
「でも、マリンちゃんも大変だね。リスナーさんには『バレてない』と思ってて、ホロメンにも『隠し通さなきゃ』って気を張ってて。……自分で自分の首を絞めてるというか」
ノエルの優しい言葉に、すいせいが冷酷な事実を突きつける。
「自業自得でしょ。最初から『付き合ってます!』って言えばいいのに、変なプライド張るからああいうおもちゃにされるのよ。……ほら、次の一手が来るわよ」
すいせいの視線の先。
そらが、自分の前に置かれていたショートケーキの乗ったお皿を、スッとマリンの方へ押しやった。
「マリンちゃん、このケーキすっごく美味しいよ。一口食べる?」
「えっ!? あ、いや、船長は今ダイエット中で……」
「そう? でも、さっき『甘いもの食べたいな』って言ってたじゃない。はい、あーん」
そらはフォークでケーキの先端を切り取り、マリンの口元へと運んだ。
「!!?!?!?」
マリンの目が、これ以上ないほど見開かれる。
スバルとかなたの目の前で、「あーん」である。
これはもう、どう言い逃れしても「ただの先輩後輩」の域を超えている。普通なら。
「そ、そそそそら先輩!? じ、自分で食べます! 自分で!!」
「ダメ。私が食べさせてあげたいの。ほら、口開けて?」
そらの、一切の妥協を許さない、聖母のような圧。
マリンはガチガチと歯を鳴らしながら、スバルとかなたの顔を見た。
「おおー! そら先輩、優しいっすね! マリンちゃん、先輩の好意を無下にしちゃダメっすよ!」
「はい! 食べ物を分け合うのは、同じ群れの仲間としての強い絆の証明です! マリン先輩、遠慮せずに!」
スバルとかなたは、瞳をキラキラさせて二人の「友情」を応援している。
(この子たち、ピュアすぎるだろォォォォォ!!)
心の中で血の涙を流しながら、マリンは震える口を開き、そらのフォークからケーキをパクリと食べた。
「……んっ、おいひぃ、れす……」
「ふふっ、よかった。口の端、クリームついてるよ」
そらはそう言うと、親指でマリンの口元のクリームを拭い、それをそのまま自分の口へと運んでペロリと舐めた。
「〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
マリンの顔面が、ついに限界を突破して爆発した。耳からプシューッという幻聴すら聞こえてきそうだ。
### 第二十九章:限界突破と、女神の微笑み
「……ねえ。あれ、私たちはどういう顔して見守ればいいぺこか?」
部屋の隅のぺこらが、顔を引きつらせながら呟いた。
「とりあえず、尊さで拝んでおけばいいんじゃないかな……。そら先輩のスパダリ力がカンストしてるよぉ……」
ノエルが両手を合わせて合掌している。
「スバルちゃんとかなたちゃん、あのクリーム舐めるの見て『おおー、姉妹みたい!』って言ってるよ。あの子たちのフィルター、どうなってるの?」
フレアが頭を抱えた。
「無敵なのよ。純粋無垢っていうのは、時に最高の防壁になるわ。だからこそ、そら先輩も心置きなくイチャイチャできてるのよ」
すいせいが、くすくすと笑う。
中央テーブルでは、限界を迎えたマリンが立ち上がっていた。
「ふ、船長! ちょっとお手洗い行ってきます!! 腹痛が! 腹痛が急に!!」
「えっ? 大丈夫っすかマリンちゃん!?」
「保健室行きますか!?」
心配するスバルとかなたを振り切り、マリンは逃げるようにテーブルから離れた。
そして、なぜか部屋の隅で固まっている6人の観測者たちの元へ、フラフラと幽鬼のような足取りで近づいてきた。
「はぁ……はぁ……お前らぁ……」
マリンは、6人の前に来ると、ドサリとソファに崩れ落ちた。
「お疲れ様、マリン。最高のコメディだったにぇ」
みこが、ポンポンとマリンの肩を叩く。
「……見てたんなら! 助け舟の一つでも出しなさいよぉぉぉ!! 船長、あと少しで心肺停止するところだったんだからね!?」
涙目で抗議するマリンに、フブキが冷酷な事実を告げる。
「無理ですよ。そら先輩のあの『私のマリンちゃんアピール』の結界に、私たちが割って入れるわけないじゃないですか」
「フブキの言う通りぺこ。ぺこらたちが出たら、余計に話がややこしくなるぺこよ。……それに、マリンも嫌がってなかったくせに」
ぺこらの鋭い指摘に、マリンはウッと言葉を詰まらせた。
「そ、それは……! そら先輩があんまりにも強引だから……! 逆らえないだけで……!」
「はいはい、ごちそうさま。でもマリン、一つだけ教えてあげるわ」
すいせいが、氷の溶けたグラスを置き、マリンの耳元に顔を近づけた。
「あんた、リスナーにも、私たち以外のホロメンにも『隠し通せてる』って思ってるかもしれないけど……。そら先輩、あんたがトイレ行ってる間、スバルちゃんとかなたちゃんに何て言ったと思う?」
「えっ……?」
マリンが顔を上げる。
すいせいは、にっこりと悪魔のような笑みを浮かべた。
「『マリンちゃんは私の特別だから、他の誰にも渡しちゃダメだよ』って、ニコニコしながら言ってたわよ」
「——ッッッ!?!?!」
マリンは弾かれたように中央テーブルを振り返った。
そこには、スバルとかなたに向かって何事か楽しそうに話し、二人に「もちろんです! マリン先輩はそら先輩の右腕っすからね!」と言わせているそらの姿があった。
そらは、こちらを見ているマリンの視線に気づくと、スバルたちの死角になるように、ほんの少しだけ首を傾げ、小悪魔のような……否、すべてを支配する女神のようなウインクを飛ばしてきた。
『私のものだって、わかってるよね?』
口パクでそう言われた気がして、マリンはソファに顔を埋めた。
「もうやだぁぁぁ……! 船長の尊厳がぁ……! 完璧な隠蔽工作がぁ……!」
「最初から1ミリも隠蔽できてないぺこよ……」
泣きじゃくる海賊の背中を、6人の仲間たちはゲラゲラと笑いながら優しく撫で回した。
ホロライブの裏側で繰り広げられる、誰にも(?)バレていないはずの秘密の恋愛劇。
それは、当の本人である宝鐘マリンの胃を削りながらも、周囲の仲間たちに極上のエンターテインメントとてぇてぇを供給し続け、今日も騒がしく、そして甘く続いていくのだった。