### 第三十章:海賊に狂わされた者たちの集い
ホロライブのスタジオの片隅にある、自動販売機が並ぶ小さな休憩スペース。
その日は珍しく、ホロライブの中でもとりわけ「宝鐘マリンに対する愛(クソデカ感情)」を抱える三人のメンバーが、偶然にも同じテーブルに集まっていた。
「秘密結社holoX」の女幹部であり、自他共に認める宝鐘マリンの熱狂的信奉者(ガチ恋勢)、鷹嶺ルイ。
マリンのデビュー初期から配信に通い詰め、今でも隙あらば「あの頃の船長」を語りたがる古参厄介(?)ガチファン、雪花ラミィ。
そして、マリンから勝手に娘扱いされつつも、なんだかんだで「マリンママ」としてその愛情を独占することに満更でもない湊あくあである。
普段なら、それぞれの距離感でマリンを巡って小競り合いを起こしかねない三人だが、今日の彼女たちの表情は一様に暗く、そして底知れぬ「疑念」に満ちていた。
「……ねえ、二人とも。最近の船長、絶対におかしいと思わない?」
口火を切ったのは、ルイだった。
彼女は腕を組み、眉間にシワを寄せながら、買ってきたブラックコーヒーを睨みつけている。
「私、この前収録が一緒だった時に『船長〜、今日も可愛いですね! ギュッてしていいですか?』っていつものようにアプローチしたの。そしたら……」
「そしたら?」
ラミィが身を乗り出す。
「いつもなら『え〜? ルイ姉しょうがないなぁ〜、セクハラはやめてくださいよぉ〜?(デレデレ)』って返してくるはずなのに、あの時の船長、すっごく気まずそうな顔をして、サッと距離を置いたのよ! 『あ、ごめん! 今日はそういうの、ちょっと……その、怒られちゃうから!』って!」
「怒られちゃう……?」
あくあが、不思議そうに首を傾げた。
「マリンちゃん、誰に怒られるの? 運営さん? それともYouTubeくん?」
「そこよ!」
ダンッ! とルイがテーブルを叩く。
「あの自由奔放でセクハラが服を着て歩いているような宝鐘マリンが、誰かの目を気にしてスキンシップを避けるなんてあり得ない! これは絶対に……【 特定の誰か 】に対して操を立てている証拠よ!!」
ルイの悲痛な叫びに、ラミィが深く、深く頷いた。
「ルイちゃんの言う通り。私も、最近の船長の配信を見ててずっと違和感があったの。……っていうか、古参のリスナーとしての私の勘が警鐘を鳴らしてる」
ラミィは、まるで熟練の探偵のような鋭い目つきで語り始めた。
「最近の船長、配信中の無意識な仕草が完全に『恋する乙女』なのよ。ふとした瞬間に遠くを見てニヤニヤしてるし、話の節々に『誰かと出かけた』『誰かに何かをもらった』っていう匂わせが溢れてる。極めつけは、右手の小指にはめられたあのピンキーリング! あれはどう見てもペアリングの類よ!!」
「ペ、ペアリングぅ!?」
あくあが目を丸くして叫んだ。
「ま、待ってよ! じゃあ、あてぃしのマリンママに……彼氏ができたってこと!? あてぃしのお父さんが急に生えてきたってこと!?」
「彼氏とは限らないわ。でも、船長の心を完全に奪った【 誰か 】が存在するのは間違いない」
ルイがギリッと歯を食いしばる。
「許せない……! 私の船長を、あんな乙女みたいな顔にさせるなんて……! どこの馬の骨かわからないヤツに、船長は絶対に渡さない!」
「私もよ。デビュー当時から船長を見守ってきたこの雪花ラミィの目を盗んで、船長をたぶらかすなんて……絶対に暴いてやるんだから」
ラミィの背後に、ゴゴゴゴと吹雪のような冷たいオーラが立ち昇る。
「あ、あてぃしも……! あてぃしのママを取るヤツは、許さないんだからね!」
あくあも、よくわからない使命感に燃えて拳を握りしめた。
かくして、宝鐘マリンをこよなく愛する(拗らせている)三人による、「宝鐘マリン強火担・秘密調査隊」がここに結成されたのである。
### 第三十一章:同期という名の鉄壁
調査隊が最初に目をつけたのは、もちろんマリンと最も距離が近く、常日頃から行動を共にしている「ホロライブ3期生」のメンバーたちだった。
彼女たちなら、マリンの交友関係やプライベートの異変について何か知っているはずだ。
三人は手分けして、スタジオにいた3期生たちへの聞き込みを開始した。
まずは、ルイが白銀ノエルと不知火フレアの二人をターゲットにした。
「ノエル先輩、フレア先輩。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……最近の船長、何か変わった様子とか、特定の誰かと仲良くしてるとか……心当たりありませんか?」
ルイの直球の質問に、ノエルとフレアは一瞬だけ顔を見合わせた。
そして、実に「わざとらしい」笑顔を浮かべた。
「えっ? ま、マリンちゃん? さあ……最近も元気いっぱいだよねぇ、フレア?」
「う、うん! 相変わらずポンコツでうるさい海賊だよ! 何も変わってないと思うな〜!」
「……お二人とも、目が泳ぎまくってますが」
ルイの鋭いツッコミに、ノエルは慌てて持っていた牛丼を掻き込み、フレアは空を見つめて口笛を吹き始めた。
(怪しい。怪しすぎる……! この二人、絶対に何か知っている!)
ルイがさらに追及しようとしたその時、フレアがぼそっと呟いた。
「ルイ……悪いことは言わないから、これ以上は探らない方がいいよ。マリンは今、とんでもなく巨大で、神聖で、逆らっちゃいけない『大いなる力』に守られてるから……」
「お、大いなる力……?」
「そう。私たちはただ、その『大いなる力』の掌の上で、マリンが転がされているのを拝むことしかできないの……アーメン」
ノエルが十字を切り始めた。
ルイは全く意味がわからず、混乱したままその場を引き下がるしかなかった。
一方、ラミィとあくあは、休憩室でゲームをしていた兎田ぺこらに接触していた。
「ぺこら先輩! 単刀直入に聞きます! 最近、船長に恋人ができましたよね!?」
ラミィがバンッとテーブルを叩いて詰め寄る。
「っ!? ゲホッ、ゴホッ!!」
飲んでいたジュースを盛大に吹き出すぺこら。
「ななな何を言ってるぺこかラミィ!? マリンに恋人!? そんなのいるわけないぺこじゃん! あいつは一生独り身の海賊ぺこよ!」
「嘘つかないでよぺこらちゃん! マリンママ、最近あてぃしにかまってくれないし、ずっとスマホ見てニヤニヤしてるんだよ! 絶対誰かと付き合ってる!」
あくあが涙目で訴える。
ぺこらは二人の気迫にタジタジになりながらも、決して口を割ろうとはしなかった。
なぜなら、ぺこらの脳裏には、あの防音室でマリンを組み敷き(?)、冷たい微笑みでこちらを睨んできた「女神」の顔が焼き付いているからだ。ここでうっかり口を滑らせれば、自分がどんな報いを受けるかわからない。
「し、知らないぺこ! ぺこらは何も見てないし、誰も防音室でイチャイチャしてるのなんて見てないぺこ!!」
「……防音室?」
ラミィの目がキラリと光った。
「あ、いや! 今のは言葉のあやぺこ! とにかく、ぺこらは何も知らないぺこ! 探りを入れるのはやめるぺこよ! 命が惜しければな!!」
ぺこらはゲーム機を放り出し、脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
### 第三十二章:点と点が繋がる恐怖
三人は再び自販機前に集合し、得られた情報をすり合わせた。
「なるほど……3期生は全員、完全に『グル』ですね。しかも、何かとてつもなく恐ろしい存在に怯えているように見えました」
ルイが腕を組んで分析する。
「ぺこら先輩、『防音室でイチャイチャ』って口走ってたわ。つまり、相手はホロライブのスタジオに出入りできる人物。スタッフさんか、あるいは……ホロメンの誰かってことよ!」
ラミィが興奮気味に身を乗り出す。
「ええっ!? ホロメン同士!? じゃあ、あてぃしの新しいパパは、実はホロメンの中にいるってこと!?」
あくあがパニックになりながら頭を抱える。
「相手の条件を整理しましょう」
ルイがスマホのメモ帳を開く。
「・船長が逆らえない、あるいは完全に主導権を握られている相手。
・3期生が『大いなる力』と呼び、畏怖するほどの権力やオーラを持つ人物。
・防音室でイチャイチャできる(スタジオ内で密会している)。
・右手の小指にペアのピンキーリングをしている」
三人は顔を見合わせた。
ホロライブの中で、これほどまでに圧倒的な支配力を持ち、あの我の強い宝鐘マリンを「借りてきた猫」のように大人しくさせられる人物。
そんな存在が、果たしているのだろうか?
「……まさか、YAGOO……?」
あくあがポツリと呟いた。
「違うわよ!! さすがにそれは解釈違いすぎるでしょ!!」
ラミィが全力でツッコミを入れる。
「でも、ホロメンの中で船長をそこまで押さえつけられる人なんて……みこ先輩? いや、あの二人はプロレスだし。フブキ先輩? すいせい先輩? 誰もしっくりこないわ……」
ルイが頭を抱えた、その時だった。
『あーっ、そら先輩! お疲れ様です!』
『ふふっ、お疲れ様。みんな、今日も頑張ってるね』
廊下の奥から、スタッフたちと談笑しながら歩いてくる、ホロライブの象徴・ときのそらの姿が見えた。
その神々しい笑顔と、周囲を包み込む圧倒的な「清楚」のオーラ。誰もが彼女の前では背筋を伸ばし、敬意を払わずにはいられない、絶対的な大先輩。
三人は、そらの姿をぼんやりと眺めていた。
そして、そらがスタッフに手を振った瞬間。
彼女の【 右手の小指 】に、キラリと光るシルバーのピンキーリングがあるのを、ラミィの古参リスナーとしての超絶視力が捉えた。
「…………え?」
ラミィの口から、間の抜けた声が漏れた。
「どうしたの、ラミィ先輩?」
「る、ルイちゃん……あくたん……。そら先輩の、右手の小指……」
ラミィの震える指先に釣られて、ルイとあくあも目を凝らした。
間違いない。あのシンプルなデザイン。シルバーの輝き。
宝鐘マリンが最近、配信でもプライベートでも絶対に外そうとしないあのリングと、全く同じものだった。
「……嘘、でしょ?」
ルイの顔から、サーッと血の気が引いていく。
「そら大先輩? あの、ときのそら大先輩が? 船長の、相手……?」
「待って待って待って! 思考が追いつかない! マリンママの彼氏(パパ)が、そら大先輩!? そら大先輩があてぃしのパパになるの!?」
あくあがキャパオーバーで目を回し始める。
「……でも、そうだとしたら、すべて辻褄が合うわ」
ラミィが、カタカタと震えながら言った。
「3期生が『大いなる力』と呼んで恐れていた理由。船長が誰にも言えずに必死に隠蔽しようとしている理由。そして……あの宝鐘マリンを、あそこまでメロメロの乙女にできる存在……」
点と点が、最悪(にして最高)の形で線に繋がった瞬間だった。
### 第三十三章:パンドラの箱の底(密室の目撃者)
「確かめに行きましょう」
ルイの瞳に、謎の決意の炎が宿っていた。
「もし本当にそら先輩が船長の相手だとしたら……私、直接この目で見るまでは絶対に信じられません。私の船長が、本当に幸せにされているのかどうか……このルイの目で査定してやります!」
「ル、ルイちゃん、正気!? 相手はあのそら先輩だよ!? もし邪魔でもしたら、私たちホロライブから消されるかもしれないよ!?」
「あてぃし帰りたい! おうち帰ってAPEXしたい!」
怯えるラミィとあくあを引きずり、ルイは「名探偵」の顔になってスタジオの奥へと進んでいった。
目星はついている。ぺこらが口を滑らせた「普段使わない防音室」。
今日のスケジュール表には、マリンもそらも、今は「休憩時間」となっている。
音を立てずに、三人は第一防音室の前にたどり着いた。
ドアには『使用中』の札が掛かっている。
ルイがゴクリと唾を飲み込み、ドアに耳を当てた。ラミィとあくあも、恐る恐るそれに倣う。
分厚い防音扉越しなので、声は微かにしか聞こえない。しかし、確かに二人の話し声が聞こえた。
『……んっ……そら、せんぱ……だめ、こんなとこで……』
『どうして? ここなら誰も来ないよ。……それにマリンちゃん、さっきの収録中、ずっと私のこと見てたでしょ?』
『それは……そら先輩が、可愛かったから……っ』
『ふふっ。マリンちゃんの方がずっと可愛いよ。……ねえ、もう一回、キスして?』
『……んぅ……っ』
「「「!!!!!!!????」」」
三人の脳天に、雷が直撃した。
聞こえてきたのは、普段の配信では絶対に聞けない、マリンの甘ったるく溶けたような声。そして、あの清楚の具現化であるはずのときのそらの、低く、支配的で、色気に満ちた声だった。
(キ、キキキキキスしてる!?!? 今、防音室の中で、あの二人が!?!?)
ルイは口をパクパクさせ、ラミィは顔を真っ赤にして鼻血を出しそうになり、あくあに至ってはショートして立ったまま気絶しかけている。
「……ルイちゃん。これ、アカンやつ。私たちが見ちゃいけない、ホロライブの神話の裏側……」
ラミィが涙目で囁く。
「……っ、でも! 私の、私の船長が、あんなに……あんなにトロトロにされちゃって……!」
ルイは嫉妬と、それ以上の「てぇてぇ」の過剰摂取で感情がめちゃくちゃになっていた。
その時だった。
「あれ? ルイちゃんたち、こんなところで何してるの?」
背後から、不意に声がかけられた。
ビクッと振り返ると、そこにはフブキ、みこ、すいせいの「観測者」トリオが立っていた。彼女たちは、三人が防音室のドアに張り付いているのを見て、すべてを察したようにニヤニヤと笑っている。
「あ、あなたたちは……!」
「シーッ。声が大きいわよ、ルイ。中の二人の邪魔をしたら、そら先輩に殺されるわよ」
すいせいが、人差し指を唇に当てて冷たく微笑んだ。
「もしかして……フブキ先輩たちは、知ってたんですか!?」
「もちろんですよぉ。私たちは『そらマリ観測委員会』の初期メンバーですからね」
フブキがドヤ顔でメガネ(ない)を押し上げる。
「マリンのやつ、完全にそら先輩の手のひらの上っしょ? 見てて面白いから泳がせてるにぇ」
みこがケラケラと笑う。
その時、ガチャリと防音室のドアが開いた。
「……ん? みんな、どうしたの?」
そこから顔を出したのは、唇を少しだけ赤く腫らし、けれどこの上なく満足げな、慈愛に満ちた笑顔を浮かべる【 女神 】だった。
その後ろには、顔を真っ赤にしてそらの背中に隠れるように縮こまっている、すっかり骨抜きにされた【 海賊 】の姿がある。
「そ、そら……先輩……!」
ルイたちは、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
そらは、ドアの前に集まった6人のメンバーを見渡し、状況を瞬時に理解した。
そして、フブキたち「古参の観測者」に軽く目配せをした後、ルイたち「新参の目撃者」に向かって、最高に美しく、そして背筋が凍るほど圧倒的な微笑みを向けた。
「ふふっ。……みんな、マリンちゃんのこと心配して見に来てくれたの? 大丈夫だよ。マリンちゃんは、私がちゃーんと【 可愛がって 】あげてるから」
そらはそう言うと、背後に隠れているマリンの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。
「ひゃっ!? そ、そら先輩、みんな見てます……!」
「いいの。……ね? 私のマリンちゃん、可愛いでしょ?」
それは、有無を言わさぬ「所有権の主張」だった。
宝鐘マリンは、もう誰のものでもない。このホロライブの頂点に君臨する女神の、唯一無二の恋人なのだと。
### 第三十四章:新たなる観測者たちの誕生
その圧倒的な光景を前に、鷹嶺ルイの心の中で張り詰めていた「強火担としての意地」は、音を立てて崩れ去った。
……勝てない。こんなの、絶対に勝てるわけがない。
それに、そらの腕の中にいるマリンは、恥ずかしがりながらも、今まで見たことがないくらい幸せそうな、心からの安心しきった顔をしていたのだ。
「……負けました」
ルイは、その場に膝をついた。
「そら先輩……どうか、船長のこと、よろしくお願いします。船長を泣かせたら、私、許しませんからね……!」
それは、敗北宣言であると同時に、愛する推しを送り出すファンの最後の強がりだった。
「うん。約束するよ、ルイちゃん。……ありがとう」
そらは優しく微笑み、ルイの頭をポンと撫でた。
「……あてぃしの、あてぃしのパパが、そら大先輩……。神様がパパになった……アーメン」
あくあは完全に思考を放棄し、虚空を見つめて祈り始めていた。
「……これで、観測委員会のメンバーがまた増えましたね」
ラミィは、ハンカチで目元(と鼻血)を押さえながら、どこか清々しい顔で言った。
古参リスナーとして、推しがこんなにも愛されている姿を見届けられたのだ。これ以上の幸せはない。
こうして、宝鐘マリンをこよなく愛する三人の調査隊は、女神の圧倒的な力の前にひれ伏し、ホロライブの裏で暗躍する「そらマリ観測委員会」の新たな一員として迎え入れられたのである。
「もうやだぁ……船長の尊厳がどんどんなくなっていくぅ……」
「大丈夫だよマリンちゃん。みんな、私たちのこと祝福してくれてるんだから」
「祝福っていうか、完全に面白がってるだけじゃないですかぁ!」
防音室の前で繰り広げられる、賑やかで平和なやり取り。
関係を隠したい海賊の努力は虚しく、秘密を知る者の輪は着実に広がっていく。
しかし、その中心にある二人の繋いだ手の温もりだけは、誰にも邪魔されることなく、永遠に甘く続いていくのだった。