### 第四十章:双犬の猛烈な愛情表現と、すれ違うタイミング
ホロライブの全体ミーティングや収録が行われる、都内某所の大型スタジオ。
その日、宝鐘マリンは自身の収録を終え、ロビーの自動販売機前で一息ついていた。スポーツドリンクのキャップを開けようとしたその時、背後から元気すぎる二つの声が飛び込んできた。
「あっ! マリン先輩だ!! ばうばう!!」
「マリン先輩〜〜っ! お疲れ様です、ばうばう!」
振り返ると、そこにはホロライブEnglish -Advent-の双子、フワワ・アビスガードとモココ・アビスガード(通称:フワモコ)の二人が、尻尾を千切れんばかりに振りながら(※幻覚)駆け寄ってくるところだった。
「おおっ! フワワちゃん、モココちゃん! お疲れ様〜、二人とも今日も元気いっぱいだねぇ!」
マリンは先輩風を吹かせながら、いつものように明るく手を振り返した。
その瞬間。
「マリン先輩〜〜っ!! 会いたかったですぅぅぅ!!」
ドンッ! という勢いで、姉のフワワがマリンの胸元に思い切りダイブしてきた。
「ひゃうっ!? ふ、フワワちゃん!?」
「あ〜ん、マリン先輩いい匂いしますぅ〜! ずっとマリン先輩の配信見てました! 今日こうしてスタジオで会えるなんて、フワワ、運命感じちゃいますっ!!」
フワワは、宝鐘マリンのガチ推し(熱狂的ファン)であることを公言している。推しを目の前にした彼女のテンションは完全に限界突破しており、マリンの首に両腕を回し、自分の頬をマリンの頬にすりすりと擦り付け始めた。
「ちょ、フワワちゃん!? ス、スキンシップ激しい! 船長、押し倒されちゃう!」
「フワワ、ダメだよ! マリン先輩困ってるじゃん! ……あっ、でもモココもマリン先輩にぎゅーってしたい! えいっ!」
妹のモココまでが、マリンの背中側から抱きついてきた。
前からは金髪の姉犬に、後ろからはピンク髪の妹犬に挟まれ、マリンは完全に「フワモコサンド」状態になってしまった。
「あわわわ! 二人とも、ストップストップ! 船長のライフはゼロよ!」
口ではそう言いながらも、可愛い後輩二人に懐かれるのはマリンにとっても満更ではない。
(いや〜、海外の後輩ちゃんは愛情表現がストレートで可愛いなぁ〜。最近はそら先輩の圧……じゃなくて、愛が重すぎてちょっと緊張の連続だったから、こういう純粋な後輩とのふれあいは心が癒やされるわぁ〜)
マリンは、デレデレとだらしない顔を浮かべながら、フワワの頭を撫でていた。
「マリン先輩の髪、すっごくサラサラですぅ……手、繋いでもいいですか?」
「えっ、手? うん、いいよぉ〜。ほら」
「わぁい! マリン先輩の手、小さくて可愛いですっ! ずっと離したくない〜!」
フワワはマリンの手を両手で包み込み、自分の胸元にギュッと引き寄せた。完全に「推しを独占する限界オタク」の動きである。
しかし、この平和で微笑ましい(?)ロビーでの一幕を、少し離れた廊下の角から、ジッと見つめている【 一対の瞳 】があることに、三人は全く気づいていなかった。
### 第四十一章:光を失う女神の瞳
「……」
廊下の影に立ち尽くしていたのは、打ち合わせの資料を胸に抱えたときのそらだった。
彼女は次の予定であるスタッフとのミーティングに向かう途中、偶然にもロビーで楽しそうにしているマリンたちの姿を見つけたのだ。
(あ、マリンちゃんだ。フワモコちゃんと一緒なんだね。……声、かけようかな)
そらは一瞬、花が咲くような笑顔を浮かべて一歩を踏み出そうとした。
しかし、手元のスマートフォンの時計を見ると、ミーティングの開始時刻まであと2分しかなかった。ここで声をかけて会話を始めれば、確実に遅刻してしまう。
プロ意識の高いそらは、小さくため息をつき、マリンへの挨拶を諦めた。
(仕方ない、後でLINEしよう。マリンちゃん、後輩の子たちと楽しそうにしてるし、邪魔しちゃ悪いもんね)
そう思い、踵を返そうとした、まさにその時だった。
そらの視界の端で、フワワがマリンの首に抱きつき、頬をすりすりと擦り付ける光景が飛び込んできた。
さらに、フワワはマリンの右手——そらがお揃いで買った、あの「シルバーのピンキーリング」がはめられている右手——を両手で包み込み、自分の胸元にギュッと引き寄せたのだ。
「ずっと離したくない〜!」というフワワの無邪気な声と、「えへへ、しょうがないなぁ〜」とデレデレ笑うマリンの声が、静かな廊下に響き渡る。
「…………」
その瞬間、ときのそらの瞳から、一切のハイライト(光)が消え失せた。
先ほどまでの慈愛に満ちた女神の微笑みは、まるで氷点下まで凍りついたかのように冷たく、無表情なものへと変貌していた。
彼女が胸に抱えていた資料を握る指先に、ギリッ、と強い力が込められ、紙が少しだけくしゃりと歪む。
(……私の、マリンちゃんなのに)
そらの脳内に、ドス黒い、どろりとした感情が渦巻いた。
相手が自分の大切な後輩であり、マリンの熱狂的なファンであることは百も承知だ。フワワに悪意がないことも、マリンがただ先輩として優しく接しているだけであることも、頭では理解している。
しかし、「理解できる」ことと「許容できる」ことは、全く別次元の話だった。
(あんなにべったりくっついて。……私のマリンちゃんに。私だけしか知らないマリンちゃんの匂いを嗅いで。私があげた指輪がはまってる手を、握って)
そらの胸の奥底で、何かがプツンと音を立てて切れた。
しかし、彼女は決してその場で怒鳴り散らしたりはしない。そんな無粋なことは、ホロライブの象徴たる彼女の美学に反する。
そらは、一切の感情を排した冷たい視線で、最後に一度だけマリンの姿を脳裏に焼き付けると、足音一つ立てずにその場から静かに立ち去った。
向かう先は、ミーティングルーム。
そして、その後の予定は【 全て白紙 】。
(……マリンちゃん。今日、早くお家に帰るって言ってたよね)
廊下を歩くそらの唇に、先ほどよりもずっと深く、暗く、恐ろしい微笑みが浮かび上がった。
### 第四十二章:侵入者の足音
その日の夜。
宝鐘マリンは、すっかり疲労困憊で自宅の自室に帰り着いていた。
「はぁ〜〜〜っ、疲れたぁ……。でも今日もフワモコちゃんたち可愛かったなぁ。特にフワワちゃん、船長のこと大好きすぎでしょ。あんなに抱きつかれちゃって、服にフワワちゃんの香水の匂い移っちゃったかも」
マリンは、部屋着のオーバーサイズのTシャツとショートパンツに着替えながら、鼻歌交じりに呟いた。
今日は配信の予定もないオフの夜だ。お風呂に入って、ゆっくり映画でも見ながらお酒を飲もう。そう考えていた矢先だった。
『ガチャリ』
——玄関の方から、鍵が開く音がした。
「……え?」
マリンは着替えの手を止めた。
マネージャーが来る予定はない。もちろん、他のホロメンを呼んだ覚えもない。
『カチャ、バタン』
静かにドアが閉まり、コッコッと、静かな足音が廊下を歩いて自室の方へと近づいてくる。
「え、なに? 泥棒!? 嘘でしょ!?」
マリンが近くにあったクッションを武器代わりに構え、パニックになりかけたその時。
「マリンちゃん。ただいま」
自室のドアがゆっくりと開き、そこに立っていたのは、見慣れた清楚なワンピース姿の——ときのそらだった。
「そ、そら先輩!?!? なんで!? 今日はお互いオフで会わない予定じゃ……ってか、合鍵使って入ってきたんですか!?」
「うん。前にマリンちゃんが『いつでも来ていいですよ』って渡してくれた合鍵、初めて使っちゃった。ダメだった?」
そらは、ふわりと小首を傾げて微笑んだ。
その笑顔は、いつもの優しい女神のそれと同じはずなのに、なぜかマリンの背筋にゾクゾクッとした悪寒が走った。
そらの瞳が、全く笑っていないのだ。
「ダ、ダメじゃないですけど……! 連絡くらいしてくれれば……。あ、でも、そら先輩が来てくれて嬉しいです! 疲れてたから、そら先輩の顔見れて元気出ました!」
マリンは必死に空気を読もうと、明るい声を取り繕ってそらに近づこうとした。
しかし、そらは一歩部屋の中に入ると、後ろ手で自室のドアを『カチャリ』とロックした。
そして、マリンの言葉を完全に無視して、スンスンと鼻を鳴らした。
「……マリンちゃん。何か、違う匂いがする」
「えっ?」
「私以外の、知らない女の子の匂いが、マリンちゃんの服から、髪から……体からする」
そらの声のトーンが、一段階、いや三段階くらい低く落ちた。
その瞬間、マリンの脳裏に、昼間のスタジオでフワワに全力で抱きしめられ、頬擦りされた記憶がフラッシュバックした。
「あ、あ、あああの! これは! 昼間スタジオでフワモコちゃんに会って、フワワちゃんがちょっとハグしてき……」
「へぇ。……ハグ、したんだ」
そらが、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
「ち、違うんです! フワワちゃんは船長のファンだから、ちょっとテンション上がっちゃっただけで! 私はただ先輩として……」
「先輩として? 先輩としてなら、あんなにベタベタ触らせてもいいの? 頬をすりすりされても、嬉しそうに笑ってていいの? 私があげた指輪がついてるその右手を、他の子に握らせていいの?」
「——ッッ!!」
マリンは息を呑んだ。
(み、見られてた……!? いつ!? どこで!?)
「マリンちゃんが誰と仲良くしようと、マリンちゃんの自由だよ。……頭では、わかってるの。でもね」
そらは、マリンの目の前まで来ると、逃げ道を塞ぐようにマリンの両腕を掴み、そのままドンッ!と、マリンを背後のベッドへと押し倒した。
「ひゃうっ!?」
マリンは仰向けにベッドに倒れ込み、その上にそらが馬乗りになるような形で覆い被さってきた。
そらの長い髪がマリンの顔にかかり、甘く、少しだけ危険な香りが鼻腔をくすぐる。
「私のマリンちゃんに、他の子が触れるのを見るのは……すごく、すごく、嫌だった」
### 第四十三章:上書きされる匂いと、女神の罰
「そ、そら先輩……ごめんなさ……」
「謝らないで。マリンちゃんは悪くないもん。悪いのは、マリンちゃんが可愛すぎるから。……それに、私の独占欲が強すぎるだけだから」
そらはそう言うと、マリンの首筋に顔を埋めた。
「ひゃあ……っ、そら、せんぱ……そこ、くすぐった……!」
「ここ、あの子が顔をすりすりしてた場所だよね? ……匂い、消さなきゃ」
そらの柔らかい唇が、マリンの首筋に吸い付いた。
ただのキスではない。皮膚を軽く噛み、強く吸い上げ、確かな「痕(マーキング)」を残そうとする、生々しく熱っぽい口付けだった。
「んっ……ぁ……っ! だめ、そら先輩、明日も、収録が……!」
「コンシーラーで隠せばいいでしょ? それとも、あの子の匂いが残ったままの方がいいの?」
「そ、んなこと……っ、んぁ……っ!」
そらの舌先が、マリンの敏感な肌を這う。
優しくて慈愛に満ちた普段のそらからは想像もつかないような、激しく、所有欲を剥き出しにした行動。マリンの思考は瞬く間にショートし、抵抗する力すら奪われていく。
「マリンちゃんの髪も、頬も、手も……全部、私のものなのに。私だけのものなのに」
そらはマリンの右手を取り、小指にはまったシルバーリングにチュッとキスを落とした。
そして、その右手を自分の頬に擦り付け、恍惚とした表情でマリンを見下ろす。
「ねえ、マリンちゃん」
「は、はい……っ」
「私以外の誰かに触られて、喜んでたマリンちゃんには……お仕置きが、必要だよね?」
そらの瞳は、暗い熱情でドロドロに溶けきっていた。
それは、ホロライブの女神が、一人の女性として見せる「狂気」に近いほどの純愛。
「お、お仕置きって……そら先輩、私、本当に浮気とかそういうのじゃ……」
「わかってるよ。でも、私は嫉妬しちゃったの。私の心がチクチク痛かったの。だから……マリンちゃんには、私のこの痛みを、体でわからせてあげる」
そらの手が、マリンのTシャツの裾をゆっくりとまくり上げ、素肌を直接撫で上げる。
ひんやりとしたそらの指先が、マリンの熱を持った肌を這い、ビクッと体を震わせた。
「ひゃんっ……! そ、そら先輩……っ、待って、ちょっと展開が早……!」
「待たない。……今夜は、マリンちゃんが泣いて謝っても、絶対に離してあげないからね」
そらはそう囁くと、マリンの言葉を塞ぐように、深く、重いキスを落とした。
舌が絡み合い、マリンの口から甘く小さな吐息が漏れる。そらの圧倒的な主導権の前に、海賊の誇りなどチリ芥のごとく吹き飛び、ただただ女神の腕の中で溺れていくしかなかった。
### 第四十四章:敗北の朝と、消えないマーキング
翌朝。
宝鐘マリンは、自分のベッドの上で、全身の気怠さと腰の痛みに顔をしかめながら目を覚ました。
「……んぅ……っ」
重い瞼を開けると、すぐ目の前に、天使のように穏やかな寝顔でスヤスヤと眠るときのそらの顔があった。
そらは、マリンの体を抱き枕のようにガッチリとホールドしており、その腕の力は寝ていても全く緩んでいない。
「……やられた。完全に、食べ尽くされた……」
マリンは、毛布の下の自分の惨状を思い出し、顔から火が出るほど赤くなった。
首筋から鎖骨にかけて、点々と残された無数の赤い痕。
昨夜のそらは、本当に「他の誰の匂いも残さない」と言わんばかりに、マリンの全身をこれでもかと執拗に【 上書き 】し続けたのだ。
「痛い? ごめんね、でもやめられないの」と、泣きそうな顔で、けれど絶対に手を緩めずにマリンを求め続けたそらの姿を思い出し、マリンはブルブルと震えた。
(そら先輩の独占欲、底なし沼すぎる……! フワワちゃんにちょっと抱きつかれただけでこれなら、もし私が他のホロメンとご飯にでも行ったらどうなるの!? 監禁!? 座敷牢!?)
しかし、そんな恐怖を抱きつつも。
「……ん……マリンちゃん……おはよう……」
むにゃむにゃと寝言を言いながら、さらにマリンの胸元に顔をすり寄せてくるそらを見ると、どうしようもなく愛おしさが込み上げてきてしまうのだ。
「……おはようございます、そら先輩。私の重たい女神様」
マリンは観念したように小さく笑い、そらの頭を優しく撫でた。
その右手にはめられたピンキーリングが、朝の光を反射してキラリと光る。
『……コンシーラーで隠せばいいでしょ?』
昨夜のそらの言葉を思い出す。
(……こんなの、どうやって隠すのよ。首元まであるタートルネックでも着ないと無理じゃない)
こうして、宝鐘マリンの「リスナーや他のメンバーには秘密の恋」という設定は、そらの容赦ない【 物理的マーキング 】によって、ますます隠蔽が不可能な状態へと追い込まれていくのだった。
そして後日。
スタジオで再びフワモコと遭遇したマリンが、異常なほどフワワから距離を取り、「ごめんねフワワちゃん! 今、船長に触れると呪い(女神の天罰)が発動するから!!」と叫びながら逃げ回り、フワワを「???」と困惑させたのは、また別のお話である。
誰よりも純粋で、誰よりも独占欲の強い女神と。
それに振り回され、食べ尽くされながらも、結局は絆されてしまうチョロい海賊。
二人の奇妙で甘すぎる関係は、周囲を巻き込みながら、これからも果てしなく続いていく。