☆
アイドルを辞めようと思った日から三年もダラダラとアイドルを続けている。もっとはやく引退ライブなりするのは簡単だったはずなのに、約束を守らない自分にはなりたく無くて、走り続けた。
高等部に上がる前に引退ライブをしようと画策していた私を、十王社長が止めた。挙げ句の果てにはアイドル特待生……アイドルを辞めて、理想なんてない偶像の真似事を続ける日々。
私なんかに期待しても無駄なのに、どうしてか皆、私に光を見る。
「太陽の真似事なんてするもんじゃなかったかしら」
誰に聞かせるでもなく、自分に言い聞かせるのがひどく滑稽で自分らしい。
いい加減辞めなきゃと思っていたところに、終活を手伝うとの申し出があって、今は初星学園を転校し極月学園に通っている。
終活を手伝う代わりに、初星のアイドルを蹴散らせ、なんて言われた時にはどうしようか悩んだけれど、ファンを奪い合うコンテスト『Next Idol Audition』はうってつけだった。
私のファンを勝った誰かに押し付けてしまえばいい。私のファンが皆別の夢を見れればいい。
NIAは思っていたより順調に進んで、私はFinaleを辞退する。ここまでが契約。
結果的に、極月学園は優勝は出来なかったものの2人もアイドルをfinaleまで勝ち上がらせた。十分すぎる出来だと思う。
NIAでの日々は私を大きく変えることはなかったけれど、私のアイドルの終活は順調に進んでいる。
アイドルに未練もないし、約束は全て果たした。もういつだって終われるのに、今だに引退ライブの日取りだけが決まらない。
「退屈ね」
放課後。人気のない空き教室で呟いた独り言。なんのためにここに居るのか、嫌でも考えてしまう。
ガラリ、と教室の扉が開いた。みんな私を腫れ物の様に扱うから、こんなに勢いよく扉を開けるのは珍しい。
「見つけた」
聞きなれない声。一体何事かと、入り口の方を向く間にも、足音はこちらに向かってきている。
「賀陽燐羽さんですね?」
初めて見る人。感情の多くを殺しているような冷たい人に見えた。私が知っている人たちは声に感情が乗っていた。それが見えなかった。
その人は黒く澄んだ瞳の奥、何かを隠したような眼差しで私に視線を合わせる。
「そうだけど、なに?」
「あなたをプロデュースさせてください」
もう二度と聞くことのないはずだった台詞。覗きこんでくる真剣な眼差し。
「嫌よ。私、アイドルやめたいの」
「知っています」
「知っててここまで来たの?無駄足、ご苦労様」
落胆するかと思ったのに、それすらも分かっていると言うように、力強い視線が私を見た。
「一度で受けてもらえるとは思っていません」
呆れた。
「まるで何度も来るって、聞こえるんだけど?」
「賀陽さんがアイドルになるその日まで、何度でも伺います」
苛立ちを込めて、大袈裟にため息をついてみる。
「はぁ〜……いい迷惑よ。帰って」
礼をするなり、すんなりと背を向け出口に向かう様子に呆気に取られてしまう。こんなに簡単に帰るなら、楽なものね。
「賀陽さん、今日はありがとうございました。また来ます」
「なんなのよ」
感情を見せず、機械のように振る舞う。でもその瞳が私を、遠くを見ていて、何かを追う瞳が印象的だった。
私が嫌いな、夢を見ている人の目だった。
☆
天気が良い日は気持ちが上向く。青空を仰ぎ見ると眩しい光景と懐かしい気持ち。帰りに少し遠回りして景色でも見ていこうかしら。NIAも終わったわけだし、食事に気を使う必要もない。たまには甘いものもいいかも。
「賀陽さん。今日はいい天気ですね」
清々しい気持ちがたったの一言で大きな音を立てながら崩れ去った。本当に最悪……
「あなたが来なければ、あぁいい天気!いい一日だったわ。で済んだのに」
眉を吊り上げながら、振り返る。
「それは大変失礼しました。賀陽さんをプロデュースさせていただきたくて、つい」
「そんな調子で来られるといい迷惑なんだけど、帰ってくれない?」
まぁまぁ、落ち着いて。と椅子を促してくる。
「少しお話しさせてください」
立ち話もなんですから、じゃないわよ。
「はぁ……」
わざとらしく、大きなため息をついてみた。
「大体あなた初星のプロデューサーでしょう?どうやって来てるわけ?」
「普通に校門からお邪魔しています。賀陽燐羽さんに用があると言って」
やましいことなどありませんよ、と言うが、ライバル校の生徒が堂々と出入りしてるのが問題だっての。
「極月学園のセキュリティ大問題じゃない。本当にアイドルを守る気あるのかしら」
痛くなったわけでもないのに、思わず目頭をおさえる。まぁ私には関係ないか。
「まぁいいわ。あなたが私に拘るのは手毬や美鈴の差し金かしら?」
「月村さんと秦谷さんですか?」
よく分からなさそうに首を傾げたが、すぐに姿勢を正した。
「違います。確かに賀陽さんのお話を聞きにはいきましたが、お二人は関係ありません」
それは違うと。ピシャリと言い切られる
「なら、教えて。あなたはどうして私に拘るの?賀陽燐羽に何を見ているの?」
この人とは別のプロデューサー達に何回もした問いかけ。今までのプロデューサーはみんな、賀陽継の様に、太陽の様なアイドルに、というのだ。
どうせこの人も私に見ているものは変わらない。
「何も望んでいません」
は?そんな言葉は想定していなかった。何も望んでいないなら、アイドルに戻って欲しいなんて、思わないで欲しい。私にアイドルを見ないで。
「はぁ〜?あなたプロデュースしたいって言ってる癖に、支離滅裂じゃない」
「嘘ではありません。最終的に賀陽燐羽がアイドルになってくれるのであれば、私以外のプロデューサーでもいい。プロデューサーさえ居なくてもいい」
瑣末ごとです。と言い切られてしまうと、何も言えなくなる。この人意味がわからない。
「私は賀陽さんにアイドルになって欲しい。ただそれだけなんです」
その言葉に胸がざわつく。アイドル……ね。
「あっそ。残念ね。私はアイドルに戻る気ないの」
「戻らなくてもいい」
要領の得ない答えにムカついて、つい声を荒げた。
「あなた、さっきから言ってることおかしいわよ?病院にでも行って来たら?」
いつもの私らしく、嫌みたらしく。
「戻る必要はないんです。賀陽さん。アイドルになりましょう」
それすらも気にならないようで、顔を一切背けない。苦手な瞳に見つめられて、顔を背けた。
「意味分かんない。もう話したくもない、帰りなさい」
はやく帰れと手を払ってみるが、一向に動く気配がない。静かな沈黙が続く。はやく帰ってくれないかしら、私が先に帰るのもありかもね。
そんなことを考えている間に、隣の人は立ち上がり私の目の前まで来ていた。
視線がぶつかる。苦しそうに歪んだ顔。どうしてそんな顔をするの?
「あなたはまだアイドルになれていない」
は?
嗚咽さえ聞こえてきそうなほど、顔を歪めたこの人は、私はアイドルではないと告げる。
「分かってたでしょ。私はもうアイドルじゃないの」
そんなのあなたも分かっていたじゃない。賀陽燐羽はもうアイドルじゃない。アイドルも目指していない。
ただ夢や憧れを見せてしまった責任をとって太陽を演じているだけ。ただの人形。こんなものに何を期待しているの?
「違います。貴女が見るはずだった夢はあるはずなんです。賀陽さんはもっと自由にアイドルをするべきだった」
今にも泣き出しそうな顔。どうしてこの人は私のために泣くのだろう。
すみません、取り乱しました。と、取り繕って貼り付けた硬い表情に戻る。意外と感情を押し殺してるだけの人なのかもしれない。
「今日は帰ります。また来ますね」
「……本当なんなのよ」
ぶつけられる感情に、私には関係のないもの。と割り切れれば良かったのに。見なかった事にしてはいけない気がして。どうしても考えてしまう。
あの人の事を知らない私には、答えが出るわけもないのに……もやもやする。あ〜〜もう!なんで私が振り回されなきゃいけないのよ。
「はぁ〜……」
今日、何度目かのため息をついた。馬鹿らしくなって帰ろうとする時には、あんなに綺麗だった青空が陰っていた。目障りな雲。
「ほんっとうに最悪……」
☆
「あなたをプロデュースさせてください」
「いい加減疲れたんじゃない?そろそろやめたら?」
「賀陽燐羽がアイドルとなる日まで何度でも来ますよ」
この人の意思はかなり強いらしい。あの後、数日間姿を見せなかったから、諦めたのかしらね。と油断していた。
「はぁ……どうして私の回りには変な人ばかり集まるのかしら」
「大変ですね」
私は違いますよ、と平然としているのがムカつく。あなたのせいで最近考え事が増えてるんですけど?
「えぇ本当に大変……」
怒気を隠さず込めてみる。
何ぬ食わぬ顔でさらりと受け流されると本当に腹が立つ。一体なんなのコイツは。
「はぁ……はやくアイドルやめたいわね」
「それは、困ります。賀陽さんほどの逸材をこのまま逃すのはアイドル界にとって大きな痛手になる」
「賀陽燐羽を高く見過ぎ、私そんな凄い子じゃないんだけど」
私の悪態もたくさん見ているのに、どうしてアイドルを続けさせたいのだろう。何故、私なんだろう。
「そんなことありません。賀陽さんはアイドル達にとって大きな存在になります」
この人のアイドルってなんなのだろう。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「はい」
「あなたにとってアイドルって何?」
悩むことがないのか、真っ直ぐに答えは返ってきた。
「憧れをもって、夢に向かう人。諦めずに夢に立ち向かう人……ですかね」
「私、どれもあってないわよ。違う人見つけたら?」
「今はあっていないだけです。私は賀陽さんが良いんですよ」
こういう確証のない自信を持った人が嫌い。その自信に流されて立ち上がってしまいそうになる。
そうやって、私はアイドルを辞めたと言うのに。
「あっそ」
「賀陽さんにとってアイドルってなんですか?」
……決まっている。空を見上げながら口にした。
「太陽よ。見る人全てが憧れて、見た人全てが憧れる。誰に対しても平等に温かくて、心を震わせてくれる。それが私にとってのアイドル」
もう私には、なれないけど。夢見たアイドルはそんな理想だった。彼女は私の太陽だった。
「素敵ですね」
柔らかな笑顔。この人そういう顔もできるのね。
「私には似合わないでしょう?」
「そんなことはありません。確かにイメージとは離れますが、賀陽さんなら誰にとっても拠り所になる。歌を聴くと心が震える。そういうアイドルになれますよ」
それはもう諦めたの。口にするよりもはやく私の諦めは顔に出ていたらしい。また、悲しそうな顔をした。
勝手に諦めたアイドルなんて放っておけばいいのに。この人は優しいのだ。多分誰にでも優しすぎて、溜め込んでいく。
私が辞めたら……傷になるのかな……ならないで欲しいと願う。
私はアイドルにはなれないのだから。
「あなたが来るのは、もう止めないわ。でもね『賀陽さん』って呼ぶのだけはやめて、燐羽でいいわ」
「では、燐羽さん。と」
「好きにしなさい」
☆
「燐羽さん、あなたをプロデュースさせてください」
いつも通り。私には本来縁のないはずだったその台詞。何度となく聞いてきたその言葉。
いつもとは少し違った雰囲気で、声がやけに真摯だったから思わず背筋が伸びる。
「今日はなんとしても良い返事をもらうために来ました」
ツカツカと足音が近づく。目の前まで来たその人は、私の触れられたくない部分にもツカツカと踏み込んでくるのだ。
「あなたの過去を救いたい」
なんて言い放った。救いたい?
「なぁ〜んにも、知らない人が、ずいぶんと、でかい口叩くじゃない」
「あなたの絶望を読み解くことは出来ませんが、推し量ることはできる」
静かな深呼吸の後、大きく目を見開いて続ける。
「後悔しているのだと、そう……思います。
賀陽継、かつての一番星。燐羽さんのお姉さんで、あなたの憧れのアイドル。彼女を終わらせてしまったことを」
「……」
「賀陽燐羽の特技……その類稀な観察力と絶えず努力を続けた結果、相手の物真似。本人よりも優れた相手の偶像を演じられる」
特技のことは、美鈴と手毬、佑芽しか知らない。喋ったわねあいつら……
「貴女は、ふと思った。この特技でトップアイドルを真似てみたらどうなるのだろう、と。憧れに近づく最短距離、賀陽継の完全コピーに手を伸ばした」
「……」
「それを継さんに見せたのでしょう。HIFで一番星を勝ち取った……賀陽継の最高のライブ、そのパフォーマンスを完璧にこなせてしまった」
「それで?」
「継さんは、あなたに。絶望してしまった。実力差があったはずなのに、自分の努力を完全になぞった偶像。あなたに焼かれてしまった。それが賀陽継の引退の理由」
引退の理由は聞いていないけれど、私もそうだと思っている。私が姉さんをアイドルじゃなくした。
「そして賀陽燐羽の諦めた理由」
どうやら私に逃げ道を用意してくれはしないらしい。
ここまで推察した後、辿り着いた答え。おそらく確信があるはずのそれを、告げられる。
「憧れを自身の手で壊してしまった後悔と、アイドルを辞めさせるアイドル、自身が成長するごとに周りのアイドルたちがいなくなっていく。その現実に耐えられなくなり、あなたはアイドルをやめた」
震えた声で最後まで話し終えると、苦しそうに顔を歪めた。誤魔化すように勢いよくペットボトルを飲み干していく。
「あなた……本当に気持ち悪い」
何もかも当てられるのが、よく知りもしないのに分かりますと告げるその態度が、ひどく気に入らない。
話したことのない事。誰も知り得ないその答えに辿り着いたことが、気に入らない。
そこまで私を理解してるのに、まだアイドルをさせようとする、この人が大嫌い。
「正解よ。私は太陽を壊したわ」
思い出したくもない光景。
あの時。姉が私を見る目は普通じゃなかった。あの瞬間、全てが狂ってしまった。私達姉妹の歯車は噛み合うことを恐れるように、動き出す事を拒むように止まった。
私のせいで。
「愚かにも昔の私はね、『凄いわね燐羽。流石私の妹ね!』なんて言葉を期待して、得意になって見せてしまったの」
あの日蓋をして、私にも見つけられないぐらい奥底に隠したもの。
「なによりもアイドルが好きで、努力をしていた姉を、尊敬して、憧れて、私の夢だった賀陽継を殺したの」
誰にも見せられないはずだった黒いものが込み上げる。あぁ、もう……隠し続ける意味もない。
「そんなやつがアイドルを続ける?冗談じゃない」
私は私が許せない……
泣いてしまいそうになるのを堪えて、下を向く。誰にも見せられない自分の弱さと罪。
愚かな過去の自分を殺してしまいたい。あの瞬間を無かった事にできるのなら、なんだってするのに……
そんなことはないはずです。私を救おうとしたその言葉は、私に届くことはなく宙ぶらりんに消えた。
「……なら、過去を許すところから始めましょう」
「勝手なこと、言わないでくれる?」
どうやらまだ、私を救うつもりらしい。お気楽なのかなんなのか。
吐き出した感情は、未だに私の中でぐるぐると回っているけれど、それでも少しだけ楽になった。
「これも終活ですよ。アイドルに悔いを残さないためにもやっておくべきです」
アイドルになれと言い続けた人から、終活をしろと言われ。思わず顔を上げてしまう。
今の私はきっと、笑われてしまうぐらい拍子抜けた顔をしているに違いない。
「あなた……本当に、私にアイドルになって欲しいのよね?」
「そうです。しかし、過去を清算しないと前を向けない人もいる。全てやった後に、賀陽燐羽がどうするのか。見届けてからプロデュースしても遅くないと思いまして」
「見届けたら私、アイドル辞めてるんじゃない?」
「……それは困りますね」
「変な人」
真剣なのにどこか抜けているその様子に、毒気を抜かれて笑ってしまう。
取り繕ったかのように、貴女をプロデュースするのに遅いことはないんです。と。
「燐羽さんはダンスとボーカル、どちらもトップアイドルに負けない数値は既に持っている。なら焦る必要はありません」
「賀陽燐羽を高く評価しすぎじゃないかしら。私、もう2年以上レッスンしてないんだけど?」
この人は私を天才か何かだと勘違いしているみたい。
「レッスンを辞めた時点であなたはトップアイドルに勝てるレベルだったということです。本気になりさえすればあなたはすぐに戻れる」
本気で言われてしまうと返す言葉がない。皮肉の一つでもと思っても、毒気を抜かれすぎたのか、何も言えず。
重すぎる期待に、眉を寄せ困りながら答えるしかなかった。
「あまり……期待しないでちょうだい」
了承と受け取ったのか、ここぞとばかりにいつもの台詞が聞こえた。
「あなたをプロデュースさせてください」
嫌よ。と言えばいいのに、言えなかった。相変わらず、アイドルになる気はないのに、嫌。と言えない。
私の後悔までも見通すこの人なら、今の私を変えてくれるかもしれない。もしかしたら、この人が私を終わらせてくれるのかもしれない。
アイドルを失ったあの日から、見ていない未来が見えるかもしれない。
初めて他人に期待した。
「何度も言うけど、アイドルに戻るつもりはないわよ」
「はい。わかっています。あなたの終活を手伝い、それが終わったら改めて、夢を見ましょう」
夢を見るって、アイドルを続けるって事じゃない……本当に話を聞かない人。
「はぁ……」
わざとらしく、ため息をついた。
「いいわ。一度だけ、あなたの話に乗ってあげる。ただし、足を引っ張ったら殺すから」
☆
「燐羽さん」
「あなた本当に初星学園のプロデューサーなのよね?なんで当然のようにこっちに居るのよ」
「アイドルに移動という無駄な時間を過ごさせるわけにはいきませんから」
当たり前です。そう言いながら私の隣に座った。他校に入り浸るのは当たり前では無いはず……だけれども、私がおかしいのかしら?
考え事をしている間に並べられた紙切れ。準備が整ったとばかりに、計画を発表し始める。
「初星学園で定期公演に出ていただきます」
あの日、一度だけと納得した協力関係。目の前の人は、唐突にありえない事を言い出した。
「ちょっと待ちなさい。どうしてそうなるのよ」
最後まで聞いてからと思っていたのに、いきなりの聞き流せない言葉に、前のめりになって止めてしまう。
「理由はたくさんありますが、一番大事なのはあなたが憧れた場所だからです」
淀むことなく続く計画発表。どうやら私の口出しも想定済みらしい。まったく。可愛げのない人。
「こちらが定期公演での詳細になります」
プロデューサーが寄越した紙切れに目を通していく。
「……よく許可が出たわね」
大変でしたけどね。と肩をすくめた。
「理事長にお願いしてきました。賀陽燐羽は必ずアイドル達にとって大きな存在になると」
本当にこの人は……私をどうするつもりなのだろうか。
「私は太陽になるつもりはないわ」
「太陽になる必要はありません。目を通していただければわかりますが、定期公演でのオープニング、トップバッターをしていただきます」
「一番最初に私を置いていいわけ?他の子アイドルやめちゃうかもしれないわよ?」
嫌味でもない、本心。私と一緒にレッスン出来る人なんて、今まで二人しか居なかった。直接対決をしようものなら対戦相手はいつの間にかアイドルを辞めている。
そんな私を一番手に置いて良いのだろうか。これから輝く星たちを潰すような真似は……したくない。
「……大丈夫です。初星学園は物真似にやられるほど、弱くない」
中等部の頃は辞めていく子、沢山いたけど。当てつけの様な小言を言いたくなったが、我慢した。大丈夫というのなら、その心配はしない事にする。
「曲についてですが、初星学園の定番。課題曲にもされている『初』です。聞いたそばから嫌そうな顔しないでください……」
嫌そうじゃなくて、嫌なの。
「だってあの曲、私に合わないもの。夢が叶うまで諦めない?叶えたい思い?そんなのもう無いのにね」
皮肉をこめた言葉すら聞かなかった事にして、話を進めるらしい。
「……燐羽さん、歌えますよね?」
「歌えるわよ。合わないってだけで歌えないわけじゃない、良いものに出来る自信もないけど」
『初』と聞いて一つだけ聞きたいことが出来た。どうしても、賀陽燐羽なら歌うだろう曲。得意曲とも言えるそれ。
「ねぇ……どうしてCampus mode!!じゃないの?」
びくりと肩が揺れる。いつもなら視線を逸らさないのに、私から視線を外し俯いた。珍しいこともあるものね。
私のことを知っているなら必ず選ぶはずの曲。それを選ばない理由……選べなかった?
「本来ならそうしたかったのですが……こればかりは、かなり難しくて」
本来なら……そう。あなたもCampus mode!!にしたかったのね。
「……あぁ。分かったわ。初星のアイドルじゃないやつに歌わせることは出来ないってところかしら」
苦虫を潰したように顔を歪ませた。この人も悔しそうな顔はするのね。
「その通りです。なのでCampus mode!!は今度に取っておきましょう」
☆
『初』は昔、練習した事がある。私がまだ夢を追いかけていた時に憧れた。きっとこの曲でアイドルデビューするのだ、と。信じて疑わなかった。
結局はCampus mode!!デビューしたわけだけど。あの子たちは、本当に手を焼かされたわね。
「で、私は『初』をどう歌えばいいの?わかってると思うけど、気持ちを込めて〜とか無理よ?」
「好きにやってください」
「一度きりのプロデュースにそんな投げやりでいいわけ?プロデューサー向いてないんじゃない?」
どうやら私は絶好調らしい、いつも以上に辛辣な言葉を口にしてしまう。まぁムカついたから仕方ない。
「私は賀陽燐羽をよく知らない。貴女が舞台に立つ時はいつだって、誰かのサポート役。それでも太陽のようにみんなを掬い上げる、温かいアイドルだ」
しかし、と。続く。
「それはユニット『SyngUp!』の頃、リーダーをしていた時の貴女だ。だから今の貴女を見せてください」
どうやら私の本気が見たいらしい。
「そこで見ていなさい」
「感想は?」
「予想以上でした。本当はレッスンしてた……とか」
「そんなわけないでしょう?」
ありえないと大袈裟肩をすくめてみせる。
「ですが一つだけ」
「何よ」
「目の良い人が見れば、貴女の動きの中、僅かに残っている太陽に気づくはず。それは賀陽燐羽では無いと」
まぁ当然ね。ずっと追いかけていた訳だし。それが私に染み付いているのもわかってた。
「どうすればいいわけ?」
「そこまで染み付いたものをすぐに無くすのは非常に難しい」
ふむ。と目をつぶって考え始め、答えを見つけたのか、私に問いかけてきた。
「燐羽さん。貴女の夢は何でしたか?」
今更、私に夢を聞くの?
「ないわよ」
「今ではなくて、昔の話です。賀陽継に憧れる前、貴女は何を見ていましたか?」
姉さんを追いかける前。
いつか見た夢を思い出す。夢の中で私は空を飛んでいた。青空の下、ただただ自由に空を飛ぶ。
私は蝶だった。
「空を飛びたかった。自由に飛べたら良いのにって……青い空に憧れた」
「良いですね。燐羽さんはもっと自由でよかったんです。真似なんてしなくて良かった。誰かの代わりになろうとしなくて良かった」
太陽に憧れて、太陽になろうとした。それが私を変えてしまっていた。自由じゃなくなっていた。
「人は変わっていくものです。ですが、変わらないものもある。それが燐羽さんをより一層輝かせてくれます。貴女らしさを大切にしましょう」
「口が上手いわね。詐欺師とか向いてるわよ」
「本心ですよ。今よりもっと高く飛ぶ。太陽すらも超えられる」
太陽じゃない私。それはきっと昔憧れた蝶のように、青空を自分勝手に飛び回る。自由な私。
それができれば幸せでしょうね。
☆
講堂での定期公演。初星学園のアイドル達が初めて大きな舞台に立つことになる。最初の大舞台。いつからか『初』と呼ばれるそれは、今日私の前にも訪れた。
前日に下見をして、このステージなら大きな動きも出来るわね。なんて言っていたのに、観客が入ると雰囲気が変わる。
あんなに強気でいたのに情けない。
「緊張なんて、いつぶりかしら」
「燐羽さんも緊張するんですね」
私をなんだと思っているのだろうか。手渡されたペットボトルは温かく、冷たくなった指先をほぐしてくれる。
今からこの舞台に上がる。緊張感が体を震えさせた。
「壮観ね」
何度見ても綺麗だと感じる一面のペンライト。
観客席を見渡す私に、全身から危険信号が流れた。
ぞっと肌が粟立つ感覚。心臓を冷たい何かが触れる。
見つけてしまった。
唇が渇く。私の顔は今青ざめているだろう。まったく、アイドルらしくない。
声が震えないように力を込めて、元凶であろう人に問いかける。
「ところで、あの人もあなたの仕業?」
「あの人とは?」
わざとらしく、はて?と小首をかしげる姿を鋭く睨め付けてみるが、どうやら効果はないらしい。
「賀陽継のことよ」
「一般の方も見られるようになっているのはご存知だと思っていましたが」
そういう事じゃない。賀陽継がライブに来る理由など、私のこと以外思いつかない。
とぼけたフリで私の質問をかわしたプロデューサーをもう一度、睨みつけた。
「辞めてからアイドルのライブに参加したことないはずなのよ。それが、急に、どうして、この場に来るのかしら、ね?まるで何かあったみたいじゃない?」
怒気を隠さず声に乗せる。流石に観念したのか、すみません。と頭を下げた。
「お声がけさせていただきました」
相談もせず、勝手にしてすみません。と。
「……」
「あなたの迷いのために、必ず必要だと思ったので。最後かも知れないなら……継さんには見てもらうべきだ。
それにアイドルにとって家族というものはどんな時でも力になるものです」
「あっそ」
姉さんが来ていても変わらない。私のやることは一つ。プロデューサーの思惑に乗るのは癪だけど、一度だけは、アイドル賀陽燐羽になると決めた。
決めたのなら、アイドルとして今日、この舞台に立つのなら、進むだけ。
「じゃあ……。行くわよ」
「はい。ここで見てます。いってらっしゃい」
舞台に上がる直前。震える仲間に声をかけることはあった。いつも私が手を引いていた。誰かに見守られて舞台に上がることは今まで無かった。震えが止まるなんて知らなかった。
「悪くないわ。いってきます」
後ろは振り返らない。前だけを見て、私は舞台を見据える。光りの中へと一歩、歩き出した。
☆
失敗したところはない。はず……声が裏返ったりもしないかった。私の今まで、中等部から今までをかけた全てを出せた。
上手く飛べただろうか。誰かの心を震えさられただろうか。
曲が終わった後の静寂。心地良い満足感に身をまかせる。
拍手と歓声が、割れんばかりに降り注ぐ。あぁ良かった。誰かの心に届いたらしい。
本気のライブだった。ユニットを組んでいた時とは違う、周りを気にせず自分の好きに出来る。私の歌を聴いてほしいとかそんな気持ちは無かったけど、届けばいいなと思う。
あなたに憧れた小さな光りの星。それがこんなに大きな舞台に立っている。こんなにも多くの歓声を受けている。
賀陽燐羽はここで光を放ったのだと、憶えていてほしい。
私の舞台は終わりを告げた。
ライブ終わりを誰かが待っているというのも初めての経験。
こういう時は何て言うのが正解なのだろう。
「戻ったわ」
「ライブお疲れ様でした」
手渡されたタオルと冷たいペットボトル。さっきとはまた別のを用意してるのは気が利くわね。
いつもよりも輝いた目を向けられる。あぁこの人にはいいライブに見えたらしい。良かった。
「どう、これで満足?」
控え室に戻る最中、我慢できずに聞いてみる。あなたのアイドルはすごいでしょう?と。
「燐羽さんはどうですか?」
凄かった。良かった。そんな有り体の言葉を求めていたのに、そっけなく質問で返される。
最高のライブだった。と思う。でもやっぱり違和感……私が求めていたものとは少し違っていた。
「手応えはあったわ。分かってはいたけど引退ライブって感じは無かったわね」
一息ついて、心の底から湧き上がった想いを口にする。
「でも楽しかった」
それは良かった。隣で喜んでくれるのか嬉しく感じる。私、絆されてきたのかしら?
「それに、私は引退ライブのつもりはありませんでしたからね。とても素敵なパフォーマンスだったと思います。誰にも出来ない賀陽燐羽のライブ、最高でした」
「あっそ」
どこか照れ臭くて適当に返事で応じる。
「では、次に進みましょうか」
どうやら今日はここからが本番らしい。
「準備はいいですか?」
「ダメって言ったらやめてくれるわけ?」
「無理です」
ため息をついた。もうどうしようもないのなら早く終わらせてしまいたい。
舞台を終えた高揚、アドレナリンが少しだけ私の背中を押している。
「そ。ならはやくしなさい。私の気が変わらないうちに」
待っている間、いろんな記憶が駆け巡る。姉に憧れた日から始まって、アイドルを奪ってしまった。
私の太陽、賀陽継がいなくなった日。そしてアイドルを目指せなくなった理由。後悔。一つ一つが苦くて、つらい。
向き合うつもりもなかった。そんな私を楽にはさせてくれないらしい。逃げてそのまま全て終わった時、悔いを残させないため。その為のプロデュースなのだと分かっていても、逃げたいものは逃げたい。今すぐにでも逃げ出したい。
大体……もう何年も話していない。顔を合わせることはあっても、お互いに話せない。今更会って何を話せというのだろう。私の心を見透かしたようなあの人は、私と姉に何を望んでいるのだろう……
一人きりで考えるには答えは出なくて、頭の中はぐるぐると回る。
気づくと時間はそれなりに経っていた様で、私一人に対してはかなり大きめの控室。
静寂の中に、コンコン、と。ノックの音が響いた。
「どうぞ」
「お連れしました」
連れてきた本人はというと、「終わったら教室の方に来てください。ゆっくりと待っています」だそうだ。
やりたい事は好き勝手やったくせに、大事なところは見ないで行くらしい。まぁ……見られても困るのは私、ね。
入れ替わりで顔を見せたのはよく知った人。覚悟はした。でもなんて言うのか分からなくて、言葉に詰まる。
「久しぶり……でもないね」
たまに合ってるものね。言葉を詰まらせるのは姉も一緒らしい。
私の前まで来た姉は、私と視線を合わせる様に少し屈み、頭を撫でられる。妹扱い。実際妹なわけだし、間違いじゃない。どこか照れくさい気持ちになる。それでも跳ね除ける気は起きなかった。
「燐羽。凄いライブだったわ……よく、頑張ったわね」
あの日欲しかった言葉。凄いね、頑張ったわね。たった一言。それだけなのに、
今更……自分勝手に報われた様な気がした。報われてしまった。
心のどこかで姉に嫌われてしまったと思っていた。その思いは消えて無くなって。
蓋をしていたはずの思い。誰にも見せず、終わらせるはずだった、賀陽燐羽の気持ちが溢れそうになる。
バレないように俯いて、姉の手を取る。それでも話す言葉は見つからなくて、声に出来たのは一言だけ。
「どうして」
続きを促すように優しく私を見つめる瞳。
私は感情を制御する事を諦めて、蓋をし続けていた『賀陽燐羽《わたし》』を救ってあげる事にした。
「どうしてアイドルやめちゃったの?」
堰き止めていた感情は大きく、鈍い。涙が溢れた。
「私は……お姉ちゃんと一緒にアイドルがしたかった。それだけで、良かったのに。どうして!」
取り繕うこともできず、泣きついてしまう。
「どうして……アイドルを辞めたの?」
すがるように、失いたくなかったのに。と溜め込んだ後悔を流していく。
「やっぱり、、私のせい?私が……お姉ちゃんからアイドルを、奪った」
流れるような優しい手つき。私の目尻をそっと撫でる。
「違うわ、それは違う」
泣きじゃくる子に、諭すように優しく。かつての太陽は私に視線を合わせる。泣き顔なんて見せたくないのに。
「燐羽のせいじゃないわ。あの日……あなたが私に見せてくれた、燐羽の賀陽継は凄かった」
思い出を語るその声は優しい。
「思ってしまったの。私の真似をし続けたらきっと、燐羽は苦しんでしまう……燐羽が燐羽ではなくなってしまう。こんなに凄いアイドルが、私のために変わってしまうのが嫌だったの」
もう大丈夫ね?そう聞かれて涙が止まっていたことに気づいた。いつの間にか、私の感情は流れ切っていたらしい。
涙を見せた手前、恥ずかしくて、うん。とだけ頷いて返した。
優しい微笑みが返ってくる。
ーーあのね?
「賀陽継はね。大好きな妹に、賀陽燐羽に夢を見た。だからアイドルを辞めたの」
あの日憧れた、太陽のような、とびきりの笑顔でそう告げた。
私が夢?
「ごめんね。何も言わないで勝手に決めて、本当に、ごめんなさい、燐羽」
「そうだよ。お姉ちゃんは勝手すぎる」
震えた声で精一杯、意地を張ってみた。情けない事この上ないけれど、これが私の精一杯。
「……辞める前に、ちゃんと話し合うべきだったわね」
「うん、もういい。分かった」
素っ気なく見えるだろうけど。これが私の精一杯。
一言、どうして?と聞くだけで良かったのに、悪い方に考えて、勝手に塞ぎ込んだ私が悪い。こんな簡単な事を悩み続けていた自分が馬鹿らしくなる。
「燐羽はアイドル続けられそう?」
その一言は、私を現実に引き戻した。
私に夢を見て、アイドルを辞めた。それはきっと……他の子達とは理由が違うけど、私のせいで辞めた事には変わらなくて。
そんな私が、どうしてアイドルを続けられるのだろう。
どうやって笑うのだろう。
アイドルを続けていいのだろうか。
そんな私の不安を打ち消すように、パチリと音が鳴った。
閃いた。と手を合わせたお姉ちゃんが、楽しそうに笑う。
「じゃあ、約束しましょう?」
「私、約束って嫌い」
「燐羽がトップアイドルに、プリマステラになったら……一緒に初星学園でライブをするの」
「お姉ちゃんと?」
「そうよ。卒業生も呼ぶライブがあるわ。そこで一緒の舞台に立つの。素敵じゃない?」
楽しそうに未来を語る笑顔が、眩しかった。
「可愛い妹と同じ舞台に立てる。それは昔、私が見た夢なの」
私の手をお姉ちゃんが優しく握りしめる。
「ねぇ、燐羽。私の夢叶えてくれる?」
それは素敵な提案で、縋りたくなるほど眩しい夢だと思った。
☆
泣き腫らして赤くなった瞳をどうやって誤魔化そうかと考えているうちに、教室の前まで来ていた。
遠回りする事も考えたけれど、ずっと待たせているはず。そう思うとわざと遠回りするのは気が引けた。
「よし」
教室の扉をノックする。
コンコン。小気味よく鳴った音に続いて向こう側から声がした。
「どうぞ」
「邪魔するわよ」
意を決して扉を開ける。
教室の中は片付けられ過ぎていて、生活感がない。備え付けられた机と椅子で、かろうじて会話する場所を作っている程度。アイドルが過ごしている雰囲気がない。
「味気ない部屋ね」
「すみません。あまり使っていませんから」
何から話すべきか考えながら机の方に向かって歩く。
「姉と話してきたわ。全部私の勘違いだったみたい」
「上手くいったみたいで何よりです」
見透かしたように、用意していたような答え。どこまで計算していたのか気になった。
「それで、どこまであなたの読み通りなのかしら?」
「お二人が仲直りできれば……と思っただけです。それに、どういった話をするのか分かりませんでした。特に継さんの事をよく知らないので、賭けに近い」
「賭けに出たの?一度だけのチャンスを?」
「そうなります。関係が悪化する可能性もありました」
一度きりのプロデュースを賭けに出るなんて、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら。
「あなたやっぱり変よ。プロデューサー向いてないわ」
「そうかも知れませんね。私は、もしこれで賀陽燐羽が引退してしまったら……そう考えてしまった。本来なら辞めさせない為のプロデュースをするのが正しいでしょう」
だったら!と口にするのをやめた。
目の前の人が初めて微笑んでいて、呆けてしまった。
「エゴなんです。終わるのなら悔いは残さないでほしい。アイドルが引退する時……私は笑って引退してほしい。やりたい事全部やった!って」
……どこまでアイドルに尽くすのか。自分のエゴと言いながら、アイドルを悔いなく終わってほしいと願う。
この人は優しく微笑みながら、多くのアイドルたちを幸せだった、って終わらせていくのだろう。
「そういう人なのね」
「何がですか?」
「別に〜?気にしなくていいわ。関係ないから」
この人は私に夢をみるだろうか。
「ねぇ。あなた、私をプロデュースする気あるの?」
綺麗に終わらせてあげたい。優しくていい事だと思う。多分、沢山のアイドルはそういうプロデュースに感謝をしていくのだろう。
でも私にはもう要らないものだ。
「そんな優しさだけのプロデュースで私をトップアイドルにできるわけ?言ったわよね?足引っ張ったら殺すって。あなたに出来るわけ?」
いつになく真剣な眼差し。この瞳。
「理想の
黒く澄んでいて、夢を見ている目。今なら好きになれそうだった。
「そう。なら、よろしくね?」
「……ええっと。アイドルに戻るという事、ですよね?」
「そうよ。私どうやら太陽を継がなきゃいけないみたいだから」
「賀陽燐羽は太陽を目指す必要はない。あなたはあなたらしく、ただ好きに、やりたい様に、羽を広げて飛ぶべきだ」
「そうかもね。姉にも言われたわ、あなたらしくって」
憧れじゃなく、焼き付けられた夢でもなく。ただ自分らしくどこまでも飛ぶ。
「怖いわね。自分らしくアイドルとして頑張るっていうのは」
「大丈夫です。あなたは太陽にも負けない。負けずにどこまでも高く飛ぶ翅がある。太陽すらも遮って、賀陽燐羽は誰よりも高く飛ぶ」
眩しいな。
この人が見てる夢。太陽よりも高く飛ぶ、誰よりも高い場所で悠々と飛ぶ。そんな蝶になれるだろうか。
プロデューサーの夢を叶えてあげられるだろうか。
答えは聞いたのに、不安に駆られる気持ちを止めることはできなかった。
「本当に私でいいの?愛嬌もないし、嫌みなことしか言わない。私にあるのは実力だけ、良いアイドルにはなれない……それでもあなたは私でいいの?」
「貴方がいいんです。燐羽さん」
伸ばされた手が、そっと優しく私の手を握る。
「賀陽燐羽が誰にも届かない所まで飛ぶ。そのお手伝いをさせてください」
この風に揺られて、どこまでも高く飛びたいと思った。
「私。トップアイドルになるわ」
握られた手を少し痛いぐらいギュッと握り返した。
「一人じゃ上手く飛べない私を、どこまでも高く飛ばせて見せなさい」
賀陽燐羽には似合わないけれど、アイドルの私には相応しい笑顔。
ファンを魅了する、とびきりの笑顔を向ける。
「私のプロデューサーさん」