初星学園での公演を終えて、大きく変わったことがある。プロデューサー……私を見てくれる人が出来たこと。
初星学園の教室に通うようになったこと。
そして
少し前まで通っていたはずの学園に、別の学校の制服を着て通うなんて……
「なんていうか、あんまりよね」
思わず首を振ってしまう。これじゃあ何のために転校したんだか……
他のアイドルたちと鉢合わせないよう、遠くの教室に構えた私たちの事務所。といっても教室の一室なのだけれど。
飾り気も何もないいつもの扉の前。一息ついてからトントンと、慣れた手つきでノックをした。
「どうぞ」
「入るわよ」
教室の中には机が二つと端っこに備えられたポット。本当に飾り気のない部屋。
「待っていました」
窓際の日差しが差し込む位置。書類を広げながらこちらを向くプロデューサー。
「遅くなって悪いわね〜、何せ他校から通ってるもんだから。いつだったか、アイドルの時間を無駄にさせないって言ってたのに変わるものね」
「その点に関してはすみません。どうしても燐羽さんに来てもらう必要がありましたので」
悪びれる様子もなく、私の嫌味を受け流すプロデューサー。もう少し可愛げがあると扱いやすいのだけど。
「ですが、今日から移動も楽になると思います。こちらをどうぞ」
差し出されたのは学生証のような大きさのカード。
「何よこれ」
「特待生の証明書です」
「今更そんなの……」
「燐羽さんは初星学園の特待生でしたよね?」
「今は極月の生徒よ」
「そうですね。ですが、どこの所属かというのは関係ないらしいです」
「は?」
「先日、十王社長に呼び出されまして」
……私についてね。少しバツが悪い。私の身勝手に振り回されるプロデューサーは、ほんの少しだけ申し訳なさを覚える。
「あぁ気にしないでください。悪い話は何もありませんでした。それどころか感謝までされましたよ。『よく賀陽燐羽を引き止めてくれた』と」
「……なんかみんな勝手よね」
まぁ、一番好き勝手やった私が言える事じゃないけれど。
「そして、特待生制度についてとこれからの話をしてきました。まずは特待生の件についてですが、長くなるので要約した物をお渡しします。目を通してください」
1.特待生制度は初星の学生に与える物ではなく、100プロが独自に学園と契約する物のため、生徒ではなくなっても無効になっていないという事。
2.本人が望むのであれば、初星学園および、100プロの施設、設備を自由に使っていいという事。
「つまり……この証明証があればこっちで好き勝手していいってこと?」
「燐羽さんは最近目立ってしまっています。NIAで初星潰しをしたでしょう?しばらくの間は大人しくしてくださいね」
それぐらい分かってるわよ。悪い事をしたとは思っていないけれど、今の私は憎まれアイドルだ。
「問題は起こさないわ」
「あまり心配はしていません。それとその証明証は100プロの協賛グループにも適応されます。つまり、こっちに来る時、タクシーも乗り放題です」
移動が快適になると聞いて思わず喜びが出そうになってしまう。落ち着くために息を吐いた。
確かに、大変だと思っていたけど、タクシーで移動できるならかなり楽になるわね。静かだし、快適だわ。
「大助かりだけど……いい話すぎないかしら、なんか裏があるじゃないの?」
「私もそう思いましたが、卒業後100プロに所属してくれれば充分ということらしいです」
「あっそう」
随分と拍子抜けね。十王社長ならもう少し難しい問題を提示してきそうなものだけど……
「で、さっき言ったわよね。これからの話もしてきたと」
「いいました」
「何を話してきたの教えなさい」
「燐羽さんの初星学園への再転入をお願いしてきました」
私の再転入?初星学園へ?
「そんな話一度でもしたかしら?」
「してませんね。聞かれてなかったので」
突然湧いて出た問題に頭を抱えてしまう。どうして私の周りには連絡、相談を怠る人ばかり集まるのかしら……
「私も大概自分勝手だと思ってたけど、プロデューサーとして認められたからって少し度がすぎるんじゃない?」
苛立ちを隠すことなくぶつけるが、やっぱりこの人には通じないらしい。気圧される事なくツラツラと続く。
「正直、すぐに解決する話じゃないと思っていたので少しずつ来年度に向けての準備……程度のつもりだったのですが、一応認められました」
「まぁいいわ。でも、何か要求されたでしょう?あの人が簡単に認めるとは思えないわ」
「賀陽燐羽のHIFへの出場です」
……好都合すぎる。私の理由を知っていると言われても納得できるレベルだ。
「私にとって都合が良すぎると思わない?まさかとは思うけど、お姉ちゃんの話とかしてないでしょうね」
「しませんよ。燐羽さんの約束の話は私が出来るものではない」
そうよね。プロデューサーの事はカケラも疑っていないけれど、ここまで私に有利すぎると疑ってしまっても、仕方ないわよね。
「で、あなたはどう思うの」
「あまりに都合が良すぎますが、乗らない手はない」
「HIFに出場するだけでいいのかしら?」
「ある程度の成果を出せば。と具体的にはファイナル出場が目標になると思います」
「一番星になれ、と言わないのね」
「……それはまだ先の話です」
「でもどうやってHIFに出場するのよ。あれはあくまでも初星学園の生徒を対象としたもの。特待生と言ってもそこまで融通は効かないでしょう?」
Hatsuboshi Idol Festival。通称HIFは初星学園で一番のアイドルを決めるライブ対決。それはいくら融通を効かせたところで他校の生徒が参加するなど本来不可能のはず。
「これはまだ確定していない話ですが、冬のHIFは大きく変わるそうです。トップアイドルを決める、さらに大きなものになると」
「つまり学園外、本物のトップアイドルも参加する可能性があるという事?」
「そうなる……かも知れないと。夏のHIF、十王星南次第だと聞いています」
初星学園の中だけじゃなくて、アイドル全て巻き込んだ大会にする。ずいぶん大きなことをしようとするわね。
「凄いのね、今の一番星は」
「彼女だけじゃありません。今年の初星学園は転換点を迎えた。私たちプロデューサーは黄金世代と呼んでいます」
「変な呼び方」
プロデューサー達が凄い世代だという、今の初星学園。咲季お姉ちゃん、佑芽、手毬に美鈴。それぐらいしか知らないけれど、今年はどうやら凄い世代らしい。
「今のままでは、燐羽さんが勝つことは難しい」
険しそうな顔をして事実を告げられる。担当アイドルに負けますって告げるプロデューサーが何処にいるのよ、まったく。
呆れながらもこの前の発言を思い返していた。
「……私のアイドルとしての数値はトップアイドルと並ぶ。あなたはそう言ったわね」
「言いました。それは間違っていません」
「それでも勝てないの?」
「はい。ライブでは何が起きるかわかりませんが、今のままでは勝てません」
そう。そんなに遠いのね
「トップアイドルというのは一人一人が見つけた自分の輝きを信じる強さ。自身の輝きを出せなければ至れない」
「物真似だけのアイドルじゃ勝てないって事ね」
それは確かにわかる。偽物じゃ本物には勝てない。私の輝きはもう無くなってしまっている。
「なので、燐羽さんには冬に向けたレッスンと並行して、課題を二つ用意しています」
「聞かせてもらおうかしら」
分かりやすさのためか、人差し指をピンと真っ直ぐに伸ばすプロデューサー。
「1つ目。燐羽さんには致命的に足りないものがあります」
「なにかしら」
「私から教えることはしません」
「足りないものを見つけるのが課題っていうことね?」
「はい。ゆっくり考えてみてください」
さっきと同じようにして、中指も綺麗に伸ばす……なんか真面目な話してるはずなのに、ピースしてるみたいで、調子が狂うわね……
気が抜けた私を置いてプロデューサーは話を続ける。
「2つ目は燐羽さんのやり残した事についてです」
「それはもう解決してるじゃない」
緩んだ気が一瞬で引き締められる。やり残し……嫌な予感がする。とてつもなく大変なことが起こる、そんな予感。
どうして今、炎上した時のことを思い出すのか、あの日の焦燥が背中を駆けていく。
「SyngUp!の解散ライブを行います」
ドキリと大きく心臓が跳ねた。嫌な予感でどうしてこうも当たるのかしら。動揺を見せないように震える声を技術で誤魔化してみる。
「それ、本当に必要?」
動揺を見透かしたような瞳が私を見た。大事なことです、そう訴えているみたい。
「SyngUp!は賀陽燐羽にとっての大きな心残りです。そして、未だに喧嘩しているお友達がいるでしょう」
「友達……ね」
「この機会にユニットの事も片付けて、月村さん、秦谷さん、お二人と仲直りしてきてください」
「仲直りはともかく、事実上解散したようなものでしょう?今更ライブなんて」
「……そうですね。これは私のわがままかも知れません。SyngUp!で歌う賀陽燐羽が見たい。それに、燐羽さんのことを知る良い機会になると思っています」
この決定を覆す理由も、言い訳も思いつかないまま。プロデューサーに従うしかなくて……
こうして私は、SyngUp!に、月村手毬と秦谷美鈴。二人と再び向き合うことになる。
☆
今日、この教室にSyngUp!が集まる。
SyngUp!は私が結成したユニット。結成した理由は……そうね、二人だけが私の側を嫌がらなかった。
どんな凄い才能も、本気でやれば真似ができてしまう。そうやって上達をしてきたから、周りからどう見られているのかなんて分かっていなかった。
いつからか周りの目は凄いと尊敬するような目から変わった。私を居ないものとし始めた。
一人孤独になって気づく。あぁ、私は気味悪がられ、恐れられているのだと。
そんな私を孤独から救ってくれたのは、そういったものを気にしない……まっすぐな瞳だった。
あの頃の感傷に浸るなんて、らしくないわね……まったく。
「燐羽ぁ〜〜〜!!!」
聞き馴染みのある声が教室の外から聞こえてくる。だんだんと大きくなったその声は止まることを知らないようで、勢い任せに扉を開けた。
「燐羽!」
「ずいぶんなご挨拶ねぇ……ノックぐらい普通にできないの?」
「本当にいる!初星学園に戻ってきたの?!」
「この制服が見えないのかしら?違うわよ。私のプロデューサーがこっちに居るから通ってるの」
「なんでもいい!プロデューサーありがとう!」
勢いよく入ってきた生徒、彼女は月村手毬。背中まで伸ばしている暗い青色の髪。鋭い視線の奥に青い輝き持つ澄んだ瞳。私の元チームメンバー。
「手毬、元気そうね」
「そっちこそ元気そうだね。NIAで派手に暴れたかと思えば、初星学園でライブ出演。ずいぶんと勝手だよね」
「生意気言うようになったわね。私だって、辞めるつもりだったわよ」
「え?!燐羽アイドル辞めないで!」
「あーもう、あなたに振り回されると調子が狂うわ。辞めないわよ今はまだ。そこのプロデューサーに予定を大きく狂わされてるわ」
離れて控えている人を睨みつけてやると知らないふりしてそっぽを向いた。あなたのせいなのに……逃げないで欲しいものね。
私の視線でもう一人この部屋にいたことに気づいたのか、手毬の視線も動く。
「燐羽を引き止めるなんて、プロデューサーすごい!」
「そうね。そこの人は本当に凄いわよ。凄すぎて……気持ち悪いわ」
思ったより感情が声に乗ってしまったみたい、手毬が大きく肩を振るわせて、勢いよく振り返る。
「……燐羽、ちょっと怖いよ」
「黙りなさい。美鈴は一緒じゃないの?」
「あら、呼びましたか?りんちゃん」
ふわりと優しそうな声が響いて、教室の雰囲気を変えた。
急ぐごとをしない、ゆっくりと教室に入ってきた少女。
淡い青色の髪に、空を思わせる水色の瞳。そこにいるだけで周りの雰囲気すら落ち着かせるような声色。秦谷美鈴。
「タイミングがいいわね。覗いてたの?」
「そんなことはしませんよ。まりちゃんが走っていくから、ゆっくり、歩いてきただけです」
「マイペースは相変わらずね」
ようやく揃ったメンツを眺めて、嬉しそうに誇らしそうに胸を張る手毬。
「久しぶりに……三人、揃ったね」
もう二度と揃わないだろうと思っていた中学等部No.1ユニット『SyngUp!』がここに揃っていた。
「りんちゃんには言いたいこともたくさんありますが、それは置いておくことにしましょう。今日は大事な日ですから」
「そうね。ほら、早く始めなさい」
部外者ヅラで眺めているプロデューサーが気に食わない。あなたがやるって言ったからこうなってるんでしょうが。
「私がやるんですか?燐羽さんが進めたらいいのでは……」
「仮にもSyngUp!のプロデューサーでしょう?あなたがやりなさいよ」
「……月村さんとは初対面ですし」
思いついたかのように手毬を使って逃げようとするが、生憎手毬はそんなに可愛くないわ。逃げようとしたプロデューサーを手毬が気にもしないように止めた。
「私は別に構わないよ。続けてプロデューサー」
続けてどうぞ、と美鈴にも勧められて渋々と私たち三人の前へ。
「遅いわね。ちんたらやってたら終わらないわよ?」
「すみません。ちょっと胃が痛んで……では、SyngUp!の解散ライブに向けて頑張っていきましょう」
懐かしむ時間はありませんので、そう告げてプロデューサーは淡々と決まっていた話を確認していく。事前に知っている事柄ばかりだから、退屈ね。
「解散ライブを行うのはHIFの2週間後を予定しています。一番大変なのは月村さんですが……大丈夫そうですか?」
プロデューサーもどうやら手毬が一番心配らしい。まぁそうよね。後先考えず突っ走るのは知っているわけだし、気にして当然。
「ほら手毬。あんた早速、心配されてるわよ」
「私をみくびらないでください。余裕でこなして見せます。燐羽も良かったねHIFで一番星になった私といきなりライブ出来るんだから」
「……は?今なんて?」
「だから一番星とって来るって言ってるの」
どうやら聞き間違いじゃないらしい。コイツ……HIFにも出て、解散ライブもやるって言ったわね。
「プロデューサー、解散ライブはなしよ。どうしてもやるならもっと後にしてちょうだい」
「りんちゃん」
いきなりライブは無しと告げる私に意見するように、ゆっくりと美鈴が立ち上がった。
「まりちゃんは出来るって言っていますよ」
「美鈴も甘く見過ぎ。甘やかすことしかできないなら一緒にいるのやめなさい。二人ともダメになるわ」
空気が悪い。私が反対するのもプロデューサーは分かっているはずなのに、私の出方を伺っている。違うか、これは私の問題……なのね。
いいわ。何が問題なのかしっかりとみんなで理解しましょうか。
「いい?手毬あんたHIFに出て、その上解散ライブもするって言ってるわよね?」
「そうだけど?」
「ペース配分ができないあなたが、全部こなせるわけないでしょう?中途半端になるぐらいなら片方に絞るべきよ」
「燐羽が知らないだけでそれぐらい出来る」
正論を言われた事が気に食わないのか、私から視線を逸らした手毬。
「こっち見なさい手毬、あなたプロデューサーが付いたのよね?直接、プロデューサーと話をするわ」
このままじゃ埒が開かないと話を終わらせようとする私を落ち着かせるように引き止めた。
「燐羽さん」
「あなたも知ってたんでしょう?その上でここまで明かさないできた。もしも分かってたら、私はやるとは言わなかったでしょうし」
怒りを隠さず人差し指を突きつけてやる。隠し事は仕方ないと思うけど、コレは別よ。
「月村さんのプロデューサーとは話がついています」
それでも、プロデューサーは私を言いくるめることだけは考えていたみたいで、詰まることなく続ける。
「彼曰く、月村手毬というアイドルは追い詰められて崖っぷちなほど強く輝く。なので今回試す意味でも、倒れないギリギリを見極めてレッスンをするそうです」
「なによそれ」
その全力は手毬を苦しめるとしても?そんなのアイドルのプロデュースじゃない。
「燐羽。まりちゃんのレッスンは見てるこちらが辛くなるほど大変です。でも、それがまりちゃんの、アイドルへの歩き方なんです。信じてもらえませんか?」
「……」
簡単には譲れない。手毬は全力で走り続ける事ができる。出来てしまう。自分の体とか体力とかそういうのを顧みずに。
ここで私が止めないと……どうやって止めるか考えているうちに、手毬が立ち上がる。
「分かった。燐羽が無理だと思ったらやめる。それまでは好きにやらせて」
泣き落とし……してくると思った。困ったことがあると手毬はいつも泣きついて、駄々をこねる。はずだった……
予想を裏切られる形で、意表をつかれた私はなんて言うべきか見失ってしまう。
「……泣かなくなったのね」
「うん。燐羽はいつも正しいから」
正しくなんかない、正しくあろうとしてるだけ。
「わかったわよ。ダメだと思ったら中止するから、今はそれで良いわ。中断させて悪かったわね、続けてちょうだい」
続きをプロデューサーに任せて、私は席に座る。その後の話は何も入ってこなかった。
いつの間にか教室の中には二人だけ。帰り際になにか言われた気がするけど、覚えてない。
「途中から上の空でしたね」
「わかる?」
「お二人も気づいていたと思いますよ」
「そうね」
「どうしたんですか?」
隠す意味もないただの……思い違い。全部をわかっていると思っていたけど、違っていた。いつからこういった小さな思い違いをしているのか、それともあの二人は知らないうちに、こんなに変わったのだろうか。答えの出ない自問自答の中、ため息混じりに聞いてみる。
「美鈴なら止めると思ったの。私たちの解散理由知ってる?」
「炎上事件については知っています」
「それはどうでも良いのよ。その前に私たちの間に些細な、本当に小さな問題が起きたの」
SyngUp!時代のことを思い出す。あの日も別に特別な何かじゃなかった。ただいつも通りにライブをこなしていた、おかしくなったのはその後。
「手毬はあんなんだからペース配分が上手くできなくて、好きにやらせると体力が持たない。だからライブ中に息を入れさせるの歌にのめり込みすぎない様に、邪魔したり、ポジション変えたりとか色々」
真剣に耳を傾けているプロデューサー。楽しい話じゃないでしょうに物好きね。
「相当、ムカついてたらしいわ。まぁ、そうよね気持ちよく歌ってるところを邪魔されたら私もそうなるでしょうし……そうして貯まったフラストレーションが爆発。売り言葉に買い言葉。酷い口論になって、その現場が流出した」
この件は本当に運が悪かっただけ。私たち、いや、私がもう少し冷静になっていたら起こらなかったもの。
「誰も悪くないのよ。偶然悪いことが重なって、悪い方向に進んでいった」
「それがSyngUp!の炎上と事実上の解散に繋がるんですね」
「そう。今回もHIFに向けてのレッスンに加えて、ユニットでの合同レッスン。正直無理だと思うわ」
「では、何故止めなかったのですか?」
「止められなかったのよ。私が無くした情熱、それを一番燃やしているのは手毬」
彼女に光を見た。ライブでもないのに、今を輝かせる力を持っている。羨ましいと思うほど懸命に輝こうとしている。
月村手毬をアイドルだと感じた。
「その走り方が月村手毬なのだと、理解させられてしまった。それならもう止められないじゃない?」
「……」
「まぁ幸いプロデューサーが付いたなら手毬のことは任せて良いでしょうし、見守ることにしたの。それに、何かあったら美鈴が止めるわよ」
「燐羽さん。手を差し伸べること、躊躇ったらダメですよ」
「私が居なくても上手くやれそうじゃないあの二人」
「ダメです。アイドルは孤高であっても孤独であってはならない。あなたの気持ちをしっかりと伝えなければ」
「……難しいわね、人間関係って」
はぁ〜、と大きなため息を一つ。上手くやって行けると良いのだけれど。
☆
久しぶりのユニットレッスンは流石に疲れる。特に私の立ち位置は、他の二人をほぼ完璧に把握して立ち回る場所。前なら楽にこなしていたはずなのにね。
上がった息を整えながら、二人の方へ向かう。
「手毬。悪い癖無くしなさい」
遅れて呼吸を整えるように大きく息を吸って、吐き出して、手毬が私の方を見た。
「燐羽が止めてくれるでしょう?」
「おバカ。次のライブは解散なのよ。あなただって、ずっと一人でやっていくわけじゃない。誰かと組むことがあるの。なら少しずつでも覚えなさい」
「美鈴は問題ないわね」
視線を向けると、もうすでに落ち着きを取り戻し、悠々と立っている美鈴。
「りんちゃんこそ、随分と下手になりましたね。リーダー変わりましょうか?」
「言ってなさい。すぐに戻してあげるから」
一通りのレッスンを終えた後、今日の本題に入る覚悟を決めた。相変わらず、表情一つ変わらない美鈴の元へ向かう。
「美鈴。この後、時間ある?」
「時間はありますが……まりちゃんのご飯が遅れてしまいますね」
「うげ……あなたまだそんな事やってるの」
「お世話は私の生きがいなので、りんちゃんにはあげませんよ?」
「要らないわよそんな役。そもそも手毬は、食べ物にうるさいじゃない。作ったものに文句言われても嫌だもの」
まぁ。と、わざと驚いたそぶりで揶揄う様に笑う美鈴。
「まりちゃんは、りんちゃんのご飯に文句なんて言った事ないはずですけど」
本当にこういうところが、やりにくい。
「あぁもう!……いいから、時間作ってくれるかしら?」
「はい。そういう事なので、まりちゃん。レッスン室の片付けお願いしても良いですか?」
「燐羽。私は?」
少し不満げに立ち上がった手毬も付いてこようとしていた。
「あんたは後。先に話しておかなきゃいけないことが沢山あるのよ」
「あら、怖いですね」
美鈴を連れて、屋上を目指す。黙々と階段を登る私をゆっくりと追いかけてくる足音。
「それでお話って何ですか?」
「大したことないわ」
「相変わらず……嘘が下手ですね。わざわざ場所を変えて話をしようだなんて、今から大事な話をしますって、言ってる様なものでしょう?」
「……」
私の無視を肯定と受け取った様で、満足した様に後ろを追いかけてくる。
目指していた屋上はもう目の前。扉を開けると、満点の星空が私たちを迎えた。
「少し、おしゃべりが過ぎましたね。りんちゃん。お話を聞かせてくれますか?」
「美鈴ってどうしてアイドルを目指しているの?」
「……どういう意味でしょう?」
「あなた別に憧れなんて持ってないでしょう?秦谷美鈴が持っているのは執着心と傲慢さよ」
「なかなか酷いことを言いますね」
心外です。というけれど、たいして傷付いてはいないらしい。まぁその程度で傷付くようならこんなに長く続いてはいないか。
「前から思っていたの。美鈴はアイドルに焦がれていない。どんなに難しいことだって、やる気さえあれば何だってできる。きっと貴方みたいな人を天才と呼ぶ。そう思っているわ」
「まぁ……りんちゃんが褒めるなんて珍しい」
「はぐらかさないで。だから、聞いてみたいくなったの。美鈴はどうしてアイドルを目指しているのか」
どうして今もアイドルを続けていられるのか。真剣な私に驚いたのか、美鈴は言葉を探す様に俯いた。
「……私にとって大事なものは沢山あります。その中で譲れないもの、まりちゃんがそうです」
見つけた言葉を噛み締めるように、大切な思いを伝えるように。空を仰いで、ゆっくり。いつもと変わらない雰囲気で続ける。
「初めはたった一つの想いでした。まりちゃんが私に『アイドルになろう』って言ったんです。当の本人は覚えてないみたいでしたけど」
「じゃあなに?美鈴は手毬がアイドルになろうって言ったから、此処にいるわけ?」
「そうです。始まりはそんな簡単な事でした。まりちゃんの隣に居たいと願った。アイドルとして頑張る彼女の隣に居たいと」
手毬の事を一番に考えている、美鈴らしい理由。二人は私が出会う前から、幼馴染で親友。それなら一緒に、と思うのもわかる気がする。
「でも、最近気づいたんです。実は……私、すごいアイドルみたいで、私を見た人が秦谷美鈴を忘れないように。私がいない世界では生きていけないくらい。私を愛して欲しい」
傲慢さは美鈴の強さだと思っていた、けどここまでだとは。あまりのスケールの大きさに理解するのに時間がかかってしまう。
「……本気?」
「本気です」
「傲慢もここまでくれば呆れてくるわ。でも、まぁ美鈴らしいんじゃない」
「そうでしょう?プロデューサーもそのための道を整えてくれています」
どうやら美鈴には大切なものが増えているらしい。アイドルを目指す理由。それは人によって違うもの、理解しているけれど、この子が本気になるとは思っていなかった。
秦谷美鈴は悠々と歩いて好き放題やって、のんびりと周りを見て笑って……手毬の世話に一喜一憂するような。
いつから私は、美鈴をアイドルとして見るようになっていたんだろう。
「今度はあなたの番ですよ、燐羽」
美鈴は鋭く研ぎ澄ました瞳で私を見た。なんでも見透かしているかのような瞳。
「燐羽はどうしてアイドルを目指すんですか?太陽に憧れていた……昔の事を聞いているのではありません。一度は辞めたアイドル。どうして、此処に立つんですか?」
姉との約束。それは理由だけど、ここで聞かれているものではない気がした。
賀陽燐羽は何を目指すのかと、夢をもう一度追いかけられるのかと。覚悟が必要だと思う。私はそれの答えが……ない。
今の私は空っぽだ。夢を叶えた後、残火に縋って立ち上がっただけ。
「……」
「夢はまだ見失ったままですか?」
「……」
与えられた理由と約束。私自身を語る理由を持たない私には、何も言えない。言葉を探す沈黙の中、呆れた様なため息が聞こえた。
「ずいぶんと臆病になりましたね、燐羽」
私の中で何かがプツンと、キレたような音がした。ここで怒るなんて……らしくない。それでも、我慢するのは無理だった。
「じゃあ教えてよ……夢を叶えた時。あの日、私は……私は、どうすれば良かったの。無くしてしまった情熱と夢が……憧れが、私にはない」
あぁ、そうだ。私は今アイドルに焦がれていない。憧れも何もかも無くして、その上でトップには立てるという傲慢さ。今まで積み上げてきたものだけを使って目標を叶えようとするだけの……
吐き出して理解する。私は未だアイドルには程遠い。なりたいものを、叶えたいものを見据えているこの子達とは違う。
私はアイドルじゃない。
「燐羽が夢を叶えた時、一番近くにいました」
「そうね」
「私は後悔しているんです。燐羽の背中を見なかったことにした事」
「……」
「消えゆく様に小さくなっていく輝きを、私たちの憧れが去ろうとしていくのを、止めなかった」
美鈴の声が珍しく震えていた。どんな時も落ち着いたまま、焦ることのない秦谷美鈴が崩れた。
「燐羽が変わってもSyngUp!は変わらず続いていく。そんな淡い夢を信じてしまった。
美鈴はゆっくりと私の手を取った。温かい手が触れる。
「でも今は違います」
「美鈴?」
「燐羽。夢が見つからないなら、憧れがないなら……私に、今憧れてください」
美鈴に憧れる?意味がわからない。
「な、にを、いってるのよ」
「私の方が燐羽より凄いアイドルですから。次を見つけるまで私に憧れていてください。だから……燐羽。アイドルをやめないで」
願い。美鈴から初めてお願いをされた。その事実は私の思考を奪うには大きすぎて、何も言えなくなる。
美鈴が、私に?アイドルを辞めないで……?
「私もまりちゃんも。燐羽がいないと寂しくて泣いてしまいます」
私の前で美鈴は泣いたことはない。それでもこの泣きそうな顔は本物なんだと思う。泣いてほしくない。
泣きそうな子を落ち着かせる方法なんて、一つしか知らない。手毬にしていた様に、優しく頭を撫でる。私はこれしか知らないの。
大丈夫。美鈴の考えているような事は起きないよ。
「大事な約束をしたの。それに今は私を飛ばせようとしてくれる人がいる。自由に空を飛べ、太陽よりも高く飛べ」
夢も憧れも無くしてしまったのに、取り戻せとかいうよりも、まずはやり残しを終わらせてから考えましょう。そんな変なプロデュースをする奴。
無くしてしまったものばかりだけれど、空っぽだけれど、それでもまだ、私は立ち上がれたから。
「私を見つけた人が……そう言ってくれる。何もない私だけど、その声に応えたいと思ってるの、だから辞めないわ」
美鈴はさっきまでのは演技だったのかと。思わせるような変わり身で、驚いたように目を見開いていた。
「……びっくりしました。りんちゃんがそんな事いうなんて。いい人と巡り会えたんですね」
「そうね」
「りんちゃんを口説き落とすなんて……」
「口説かれてはいないわよ。付き纏われはしたけど」
本当に信用できるんですか?疑うような視線が刺さる。大丈夫よ……多分ね。
私が信じているのが伝わったのか、それとも呆れたのか、美鈴の表情が和らぐ。
「でも、安心しました。りんちゃんはてっきり私たちのこと、SyngUp!のこと嫌いになってしまったと思っていたので、また一緒にいられて嬉しい」
大切なものを見つめるように優しく、嬉しそうに。美鈴はこんなに感情がわかりやすかっただろうか。私が気にしていなかっただけ?
「ですが、良いんですか?SyngUp!を解散して」
「どういう意味」
「ここはあなたが作ったひだまりですよ」
「……気づいていたのね」
「良いのよ。思い出は優しすぎるから。それに活動の休止ってだけで、一夜限りの復活、なんてよくある話でしょう?」
私の再結成という提案に驚いたのか、嬉しそうに笑う美鈴。
「それもそうですね。同じ道を歩まなくても仲間ではいられます。りんちゃんが納得しているなら……私はもう何も言いません」
「……本当に変わったわね。手毬しか見てないと思っていたのに」
「まりちゃんがいなくなって考えたんですよ。あぁ……私にとって大事な人だったんだと」
「なっ……」
頬が熱い、顔が赤くなっていくのを感じる。
悪戯が成功した幼い子のように笑う美鈴と目が合った。本当にムカつくわ。
「好意を伝えられても驚かないようにしないと。弱点ですねりんちゃん」
うるさいわね。好意を向けられるの苦手なのよ。知ってるくせに、そういう悪戯、懐かしくて嫌になる。
「やっぱり美鈴とは相性が悪いわ」
「そんなことないと思いますけど」
「……私のこと見透かしてくるのやめなさい」
「りんちゃんが分かりやすいんです」
「もうそれでいいわよ」
どうやら美鈴には勝てないらしい。困ったものね。
☆
プロデューサーの考えが少しだけ分かってきた。SyngUp!の解散ライブ。これは口実なだけで、仲直りとは言ったけど、原点回帰みたいなものなのかしらね。
大事なものを見失った時、最初に立ち返って考えてみる。そういう方法もあるらしい。
美鈴は今の私にアイドルとして足りないものを教えてくれた。夢や憧れ、いつか見つけられるといいのだけれど。
それにしても気が重いわ。この後、手毬と話し合わなきゃいけないと思うと。あ〜〜本っ当に嫌。
「手毬……あなたの番」
レッスン後、座り込んだ手毬に声をかける。
「なに?」
疲れ切った様子の手毬は気だるげに顔を上げる。
「私とお話ししましょう?」
大事な話をすると分かったのか、すぐに立ち上がる。手毬も結構体力ついてきたわよね。前なら「もう少し休ませて」ってへばって、可愛げもあったのに……
「美鈴、レッスン室の片付けお願い」
「はい。まりちゃん遅くならないうちに帰ってきてくださいね」
「心配しなくてもそんなに長くならないわよ」
「……そういってこの前はかなり遅くに帰ってきた」
美鈴とのことを言っているのだろう不満げな声を無視して、レッスン室の外へ向かう。
「はいはい。いくわよ手毬〜」
「待って、燐羽!」
「あらあら、慌ただしいですね」
屋上に着くと、空がもう真っ暗。キラキラと光る星々が星座を描いていた。
「手毬」
彼女の澄んだ瞳を見つめる。空を求める透き通った綺麗な瞳。
「あなたはどうしてアイドルを目指しているの?」
「燐羽も知ってるはずだけど」
「ええ。自分を好きになりたいからでしょう?」
「何だ覚えてるじゃん」
「その気持ちは変わってない?」
「変わらない。でも伝えたい想いが、沢山増えた。燐羽がいてくれて私は、救われたんだ。燐羽が私の前にいてくれた。そのおかげでここまで来れた」
力強い視線が私を見ている。月村手毬の澄んだ瞳に青く燃える炎。無くしてしまった情熱が私を見ていた。
「だから、今度は追い越そうと思ってる」
「手毬の癖に……生意気」
一体いつから、手毬はこんなにも真っ直ぐに語るようになったのだろう。いつから私はこの瞳から逃げたいと思うようになったのだろう。
「いい顔するようになったわね。昔は周りのみんなの顔色を窺って好きになってもらおうとしてたのに」
「私には、みんなに好きになってもらうのは難しかった」
「……」
「苦しくて苦しくてたまらない。曇り空しか見えなくて、どこに行くべきなのかわからないそんな時、光をくれた。歌を教えてくれた。居場所をくれた」
そんなことしてないわ。手毬と美鈴が私を、私のそばを嫌がらなかった。それだけなのに。
「月村手毬はSyngUp!に、賀陽燐羽に救われてここまで来たんだ。誰かの心に届く歌。燐羽が教えてくれたこの歌でトップアイドルになるよ」
手毬の瞳はいつも輝いている。昔から何一つ変わらない。変わることを知らない、無邪気で混じり気のない瞳。この瞳が私を教えてくれた。
私は月村手毬のその純真さ、その瞳のおかげで私はアイドルになったんだ。
手毬の瞳に映った自分が、瞳越しに見えた賀陽燐羽が笑っていた。誰よりもすごいアイドルだと信じてくれる、その瞳が私を見つけてくれた。
手毬と美鈴の信じた偶像を裏切りたくなくて、この二人の前では本物になろうとしてたんだ。
本当……嫌になる。今更それを思い出すのも、手毬に胸を張れないのも。その期待が怖いと思う自分も。
「もう期待されるのが怖くはない?」
「怖いよ。誰かの期待とか、夢とか背負ってしまったって、舞台に立つと体が震える。それでも歌い続けるって誓ったから」
「そう、手毬は強くなったわね」
「強くないよ。こんな私を支えてくれる人がいるんだ。地獄までついてきてくれる人。だから私は、歌う」
手毬もソロ活動で良いプロデューサーに見つけてもらえたらしい。この子を支えていくのは大変だと思うけれど、きっと退屈はしないでしょうね。
「いいプロデューサーに恵まれたのね」
知らないうちに手毬もこんなに強くなっている。どんどん変わっていく二人。置いていかれるのは当然か。
あのね……。目尻が下がる。無理なお願いをする時か、言いにくい事がある時の手毬だ。
「燐羽に謝らなきゃって思ってた」
謝られるようなことをした覚えはないけれど、手毬が気にしていること……炎上のことは重く考えてそうよね。
「炎上事件のことなら気にしてないわ」
「それもあるけど、違う。私たちが一年生の時、燐羽が泣いているのに気づけなかった……一人で抱え込んで、期待を背負わせた。燐羽は私たちのために太陽になった」
なんだ手毬は気づいていたんだ。太陽を真似ていただけの私に。二人の期待を裏切ることだけはしたくなくて、消えていく憧れと夢を必死にかき集めて太陽を演じていた。
気づかれてないと思っていたのに。
「手毬が悪いわけじゃないわ。私が勝手にやったのよ」
「そう、かもしれないけど。燐羽グレたじゃん。あの時もっと、踏み込めばよかった。手を握ってあげれば良かった……一番近くに居たのに、手を伸ばせなかった」
手毬は、顔を歪ませて泣いている。ずっと今まで誰にも話せず、抱え込んだ後悔。
私が勝手にいなくなった事で吐き出す場所を無くしたもの。
「あと一歩踏み出せていたなら、きっと……SyngUp!は今も続いていて……燐羽も初星学園にいて……一緒にアイドルしてたのに……三人でトップアイドルを目指せたのに……」
ごめんなさい。と赤子のように何度も何度も繰り返す。
「燐羽の居場所……壊しちゃってごめんなさい」
謝ることなんてないのに。私は手毬に怒ってなんかいない、伝える方法が見つからず、やっぱり私は手毬の頭を優しく撫でることしか出来なかった。
「……手毬。ありがとう。大事に思ってくれて、SyngUp!を一緒に作ってくれて」
私と出会ってくれてありがとう。
どれくらい手毬を撫でていただろう。時間の感覚がなくなってきた頃、手毬が「もういい」と真っ赤に腫らした瞳で抵抗してくる。
「泣き虫は相変わらずね」
「うるさいな。燐羽はアイドル辞めるの?」
「……辞めないわよ。私、一番星を目指すから」
「でも、燐羽って極月学園に勝手に転校したじゃん。どうやってHIFにでるの」
「夏は出ないわ。冬は出ることになると思うけど」
「どうやって?」
「手毬と違って私は優秀だから」
「はぁ?!」
先程までのしょぼくれた様子は見る影もなく、食い気味に近寄ってくる。このぐらいの方が手毬らしいわね。
「あなたも知ってるでしょう?私、特待生なの」
「でも初星学園の生徒じゃないじゃん」
手毬にしてはしっかりとした反論が飛んできた。そうよね、初星学園の特待生って認識になるわよね。
「そこは色々あるのよ。100プロの方からHIFに参加する代わりに来年度、初星学園の転入を認められてるわ」
「本当?!じゃあ燐羽、勝負だね」
「手毬が無事に出れればね。プロデューサーの話だと冬は規定も全部変わるらしいわよ。私と同じ舞台に来るまで負けないことね」
「うん!」
☆
「あーあ」
SyngUp!は変わらず、前しか見えていない手毬に振り回されながら、美鈴と二人で上手くいなしていく。
「変わってないのは私だけ……ね」
まるで未練がましく考えてしまう自分に嫌気がさす。失ってから大切だったと気づく、姉の時に嫌だというほど知っていたこの感覚。SyngUp!は私にとって大切で、こんなに手放し難い物だったかしら。
「どうですか、お二人との関係は」
「別に何も。嫌われてると思ってたけど、見当違いだったみたい」
「それは良かった」
この人は今、私たちのSyngUp!のプロデューサー。何も知らないでいるのは、なんか釈然としない。私の自己満足なんでしょうけど、知ってもらいたい。
「プロデューサーはSyngUp!を結成した理由……知ってる?」
「そこまで詳しく調べられていません。教えていただけますか?」
「面白い話じゃないわ。ただ手毬と美鈴……二人だけが私の隣を嫌がらなかった。それだけ」
あの頃のことを思い出す。曇り空の先に太陽があると信じていた、孤独な私。
「中等部の頃かなり嫌われてたの」
「燐羽さんは言動に容赦がないですからね」
「私がこうなる前から嫌われていたの。当時はもっと優しかったと思う……多分。みんな私と一緒にやるレッスンを嫌がったわ」
忘れることができない。嫌なものを見る目。何度も向けられるその瞳。
アイドルを目指す仲間だと思っていた友達たちの私を見る目が変わる瞬間。
「なんでもこなしてしまう私をみて、自分の自信のあるところまで完璧に越えられて……そんな同年代が隣にいた。今思えば嫉妬とかそういうものなんでしょうね。周りにどう見られるか、考えることもなく私は全力を出し続けた」
「その結果、孤立したと?」
「ええ。中学生の未熟な頃、プライドとか自信とかそういったものを嘲笑うみたいにされたら……それを気にもしていない相手だったら。まぁムカつくんじゃない?」
「……苦しかったですね。」
「そうね。当時は確かに苦しかった、かも」
本当に……この人は誰かの心を推し量る事が得意なんでしょうね。プロデューサーより向いてる仕事あるんじゃないの?
「中等部のレッスン室って多くないのよ。初星学園はあくまで高等部をメインにしているから、一日に使えるレッスン室は二、三部屋。私の所には誰も近寄りたがらなくて、結局私は一人きりの部屋でレッスンしてたわ」
「……」
「そんな時、本当にどうしてそうなったのか分からないんだけど、レッスンに夢中だった私は、いつの間にか隣に居た手毬に気づかなかったの」
腫れ物扱いの私を恐れずに、私の隣を嫌がらずに、そばに来てくれた。
「手毬が『ここって燐羽の専用?』とか言ってくるから驚いたわ。嫌われてるって知ってるはずなのにね。違うって教えると。『へ〜こっちの方が広く使えていいね』って美鈴を連れてきて、レッスンを始めたの」
いつの間にかそれが当たり前になって……
「一人きりのレッスン室が、三人の場所になって……手毬が歌を教えてって言い始めたわ。私は教えるのが好きじゃなかった。本気でやったら、気味悪がって離れていく。それが怖くて手を抜いて、普通に教えていたら、『燐羽のそれ本気じゃないよね?本気でやって』って真っ直ぐな瞳で私に言うのよ」
あの頃から、私は手毬の瞳には弱かったのよね。
「当然断ったわよ。それでも手毬は全然譲らなくて……根負けする形で私は本気で歌を教えたわ」
「本気ということは特技まで使ったってことですね?」
「えぇそう。手毬も美鈴も嫌な顔せずに……むしろ凄いって目を輝かせてくれたの」
私の特技を凄いと言って、喜んでくれた。少し未来の手毬とか美鈴を真似て歌うと、二人とも笑うの。
「私の隣に、居てくれた。一人孤独な私を、救ってくれた。賀陽燐羽の居場所になってくれた。それが理由」
「素敵な話じゃないですか」
まっすぐに褒められると、居心地が悪くて、視線を外してしまう。
「救われたのは本当ね。あのまま一人だったら、もっと早い段階で初星学園を去っていたもの」
むしろ私は、夢を叶えることすら出来ていなかったかもしれない。此処にいなかったかもしれない。
手毬と美鈴、二人と話して分かった自分の現在地。一つ目の課題の答え。
改めてプロデューサーと向き合う。賀陽燐羽に足りないもの。
「一つ目の課題の答え合わせしてもいいかしら?」
「お聞きしましょう」
「私に足りないもの……アイドルにとつての原動力、憧れがない」
「そうですね。燐羽さんにはもう憧れがない。憧れる夢を見せる側になってしまっている」
「私の夢に続きはない」
賀陽継を超えた時点で、終わったもの。
私の憧れはお姉ちゃんで、世界にたった一人。代わりなんて見つけることはできない。
「約束は足りませんか?」
「そうね。それは憧れというようなものでは無いわ、私にとって実現可能な目標。歩いているうちに出来てしまうことは、不釣り合いでしょう?」
当然と思って口にしたことは、プロデューサーにとっても予想通り……だと思うのだけれど、頭を抱えてしまった。
「今、無茶苦茶なこと言ってるって分かってますか?」
「あなたもそれぐらい分かっていたでしょう?」
「そうですね。数値が高すぎる燐羽さんはその程度やってのけると思っています。歩き続けることさえ出来れば、勝手にトップアイドルになってしまう」
「評価が高くて困るわ」
「担当アイドルが凄くて……困っています」
普通、担当アイドルが優秀だったら褒めたり、一緒に喜ぶものだと思うのだけど?不満を視線でぶつけてみる。
プロデューサーの目つきが酷く歪んだ。あ、コレ……美鈴みたいに怖い顔する時のやつ……
「燐羽さんの高すぎる現実の壁。どうやって壊してやろうかと」
「怖っっっ。あなた……人前でやっちゃいけない顔してるわよ」
「私はアイドルでは無いので、人前を気にしません」
「あなたの担当に変な噂が立つわ」
「……それは困りますね」
深呼吸一つで、雰囲気が変わる。自分の感情を制御してしまえる……この人怒ることあるのかしらね。
ちょっとした好奇心に釣られてしまいそうになる私を牽制するかのように、プロデューサーは話を続けた。
「燐羽さんでも実現が不可能だと思う憧れ。無謀だと笑われるぐらいの夢をみて欲しいのですが、残念なことにそれを見せられる人がいない。なので憧れてもらうのは後回しにしようと思います」
「問題の先送りなんて、らしくないんじゃない?」
「担当アイドルが気難しすぎて、すぐには解決しません」
「あなたって本当、生意気」
「別案として、ライバルを作ろうかなと」
「それで手毬と美鈴ってわけ?」
「そうです。あの二人の原点には賀陽継がいる。後にあなたと出会い大きく変わった。互いに競い合う環境というのはアイドルにとって望ましい」
競い合う……ね?でも私、二人から教わったことないんだけど。あの子達に歌い方を教えたのも私だし。
「私が今更、手毬や美鈴に遅れをとると思う?」
「ベストコンディション同士なら燐羽さんの圧勝ですが、今の燐羽さんは本気を出せないでしょう?」
「そうね。忘れちゃったわ本気になる感覚」
「本気じゃない時でも月村さんや秦谷さんに勝てますか?」
「どうかしら……分からない勝負になるでしょうね。でも私が勝つわ」
「それは、何故?」
私の断言に動揺したのか、珍しく表情を崩すプロデューサー。何故って……責任、かしらね。手毬と美鈴の前ではかっこいいリーダーで居たい。
「私、あの子達の前なら多分……本気になれるわ。負けたくないって思えるから」
本日二回目、頭を抱えるプロデューサーの出来上がり。そんなに困らせるようなことした覚えないのだけど。
「嬉しい誤算ですが、計画が狂いました」
「誤算ってことは何?負けて欲しかったの?酷いわ」
「そうではありませんが、勝ちたいという飢えは燐羽さんに良い変化をもたらすと思っていたのですが……そうですか」
見るからにガックリと下がった肩が落ち込み具合を教えてくれていた。
「大変ね、プロデューサーって。辞めたくなった?」
こんな時でも私の作った意地の悪さは健在なようで、どうしても嫌味を吐いてしまう。聞かないってわかってるのにね。
ほら、計画が狂ってもこの人は笑っている。
「あなたに狂わされる計画ならそれをまた考え直せばいいだけ、担当アイドルが自分の予想を越え続ける。こんなに楽しいことはない」
「あっそ」
楽しそうにしている人を見ると思い出してしまう。私の楽しかった日々。憧れを追いかけて、走り続ける事が……楽しかった。
憧れを取り戻す。それはきっと、私が長い時間をかけていく大きな課題。手毬と美鈴は変わっていた。私だけどこか変われないでいる。変わらない部分を引きずって……置いてきてしまった、とても大事なもの。
「ねぇプロデューサー。私ね自分がアイドルになったな、って瞬間があったのよ。いつだと思う?」
少しの沈黙。じっと私の顔を見つめ、考えるプロデューサー。すぐには納得のいく答えが出なかったのか、「ありきたりですが」と続ける。
「……舞台に上がった時、もしくはライブを終えた後の歓声ですか?」
「残念、不正解。私はね、舞台から降りてから手毬と美鈴が『やったね!』って笑った時。あの時、二人の瞳の中で私が笑ってたの。自分が羨ましくなるぐらい楽しそうに」
「その瞬間、私はアイドルになった」
「……」
「私がアイドルだった時間はそれが最初で最後。置いてきちゃったみたい。あの日、夢を叶えた幼い私は、まだあそこにいる」
あの子はまだ空っぽになったことに気づかずに、SyngUp!に一人取り残されている。私の憧れはそこにある。
「なるほど……」
話を最後まで聞いていたプロデューサーは頷くと、姿勢を正して私に向き合う。
「では、その女の子を迎えに行きましょう」
ふふ、あなたって本当に変なプロデューサー。普通こんなにおかしな事言ったら熱とか体調不良を疑ったりするもんじゃないかしら?」
「過去の燐羽さん。夢を叶え、失意の先に泣いている女の子」
「ちょっと待って。泣いてなんかいない……はずよ。不名誉なこと言わないでくれる?!」
「先の見えない暗闇の中、一人孤独に俯く女の子に何をするべきか、分かりますか?」
「……私はアイドルよ。アイドルになるの」
アイドルになると言う宣言。何度目かになるこの台詞はプロデューサーにとって特別なものみたい。何度も聞いてるはずなのにその度に嬉しそうな顔をする。
「その通り。思わず顔を上げてしまう。見上げた先にある光に向けて走り出してしまう。そんな理想を描きましょう」
過去の私。一人で泣いている私。SyngUp!に取り残された私が。あの子がもう一度走り出せたのなら……憧れを超えた先、目標と夢を乗り越えた先に光があるのなら。もう一度……
「大丈夫ですよ、燐羽さん。あなたはもう孤独ではない」
不安を感じ取ったのか、プロデューサーは優しく微笑む。見透かされているのが気に食わなくて、睨みつけてみる。
「……手伝ってくれるんでしょうね」
「もちろん。あなたのプロデューサーですから。にしても全盛期の賀陽燐羽を超える。とても強大なライバルだ」
「あなたもそう思う?私も今回ばかりは、大変な相手だと思うわ」
私の憧れは賀陽継だけ。私の夢は太陽のようなあの人を追い越す。それは全て終わってしまったけれど、その先にいる本物。
私の現実を塗り替える理想のアイドル。
「一緒に超えましょう」
過去を超えた時、光を見れるだろうか。もう一度、理想を描けるだろうか。
もう一度
「そうね。一緒に頑張りましょう、プロデューサー」
私の一世一代の挑戦がはじまる。