EPISODE:賀陽燐羽   作:水時雨

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SyngUp!に別れを告げる②

 あの日、私の手を引いてくれたあなたへ。

 私をもう一度アイドルにしてくれた人、プロデューサーのその強い瞳。あなたに誓う。

 私は……私は、

 

 私にとってのアイドル。何よりも眩しくて、そこにあるだけで誰かの力になる。見ているだけで心を震わせる。そんな象徴。あたりを照らす輝かしい光。星々の中でも全てを焼き尽くさんと照らすもの。

 見た人を元気にする。笑顔にする。そんな希望に満ち溢れたもの。

 太陽。

 太陽のようなアイドル。それが私にとってのアイドルで、賀陽燐羽の憧れで、、夢だった。

 

 最近よく夢を見る。何かに追われるわけでもなく、どこかから落ちるようなものでも無い。

 ただ、時計の針が止まったように感じる悪い夢。

 そんな時が止まった中で幼くツインテールの女の子に質問される。そんな夢。特徴を挙げるとするのなら、女の子は昔の私にそっくりということだけ。

 決まっていつも同じタイミングで目が覚める。

 その子の問いかけでいつも目が覚める。まるで、答えることができないと分かっているように。

 

「どうして諦めたの?」

 

 そう。これが私の後悔の形ってことね。

 諦めた。

 諦めた。諦めた。

 諦めた。諦めた。諦めた。

 ………………

 

 過去しか見ていない。今と未来を捨て去ってただ毎日(いま)を置き去りにしている。

 

 だって、諦めるしか無かったじゃない……

 

「それはアイドルじゃない」

 

 臆病で狡いから諦めたふりをして全部投げ出したんだ。分かってるわよ。そんなの私だって分かってるの。

 時計の針は進む事を恐れている。私の一歩はまだ遠い。

 あぁ、本当に嫌な夢。

 

 

「プロデューサー。それで今日は何?息抜きって聞いたけど」

 いつもの殺風景な教室とは違う場所。突然プロデューサーに連れ出された先は、一度も訪れたことのない喫茶店。お客さんもチラホラ居るけれど、周りを気にする人はいないみたい。静かに珈琲を楽しむ人、談笑を楽しむ二人組。なんていうか落ち着く、そういう雰囲気。どこか心地いい場所だった。

 席に案内され、促されるままプロデューサーの向かいの席に腰を下ろす。

「甘いものお好きじゃありませんでしたか?」

 慣れた手つきでプロデューサーはメニュー表を私の方に広げた。

「好きだけど……そうじゃなくて!今の忙しい時期にわざわざ喫茶店に来ているのかって事よ」

「忙しいから、です。頑張り続けることができるのは美徳ですが、休むことを疎かにしてはいけない」

「あなたのスケジュールには休みもちゃんと設けられてるわ。手毬が不服を漏らさない程度にはね」

 事実、プロデューサーの予定したスケジュールには休みが適度に決められていて、疲れが溜まる前に休み組み込まれている。

 今日は完全休養日。久しぶりに部屋でゆっくりしようかと思ってところに、プロデューサーから珍しく呼び出しがかかった。

 『お時間はありますか?』と。

「じゃあ、いつも頑張っている燐羽さんにご褒美ということで、お好きなものを頼んでください」

 呼び出しの意図が分からないまま、甘いものに目がいってしまう。仕方ないじゃない!どれも美味しそうなんだから。

 考えても仕方ない……割り切って楽しむことにしようかしらね。

「オススメは何?」

「ここのプリンは絶品ですよ」

「じゃあそれで」

 

 運ばれてきたプリンも珈琲も美味しかった。プリンはくどくない甘さで、カラメルの香ばしさが引き立っていた。飽きることなく食べられたし、珈琲はどんな甘いものにも合うように、苦味があったけど、口に残るような苦さじゃない。確かにこれは誰にだってオススメできるんでしょうね。

 私の顔を確認してプロデューサーはニコリと笑う。顔に出てたみたい。

「お口にあったようですね」

 素直に認めるのがどこか悔しくて、残っていた珈琲を飲むふりで、口元を隠してみる。

 プロデューサーも分かっているのか、一口珈琲を口に運ぶ。ティーカップを音もさせずに置くと、『さて』その一言で、彼のやわらかな空気が変わった。落ち着きをみせていた喫茶店の雰囲気が少しだけ鋭く感じる。

「最近何かありましたか?」

 プロデューサーにしては随分抽象的な質問だと思う。少しずつ感じている違和感の答えを探している様な、何かを探るような質問。

「順調なのは見ているあなたがよく分かってるんじゃない?」

「ええ。SyngUp!は順調です。だからこそ不安があります。何かが燐羽さんを苦しめている……そんな予感。もう一度聞きます、何かありませんでしたか?」

 ……本当にめざとい人。この人には、プロデューサーには誤魔化さないとあの日決めた。見抜かれているのなら、なおさら。

「最近悪い夢を見るの」

「悪い夢……ですか?」

「意外だった?このところ、夢見が悪くて調子を崩してるの」

「いえ、そういうこともあるとは思いますが、もっと深刻な事態を想定していたので……」

「心配性ね」

 プロデューサーの想像した深刻な事態ってどんなレベルの話なのよ……不安の種が分かったからか、雰囲気がふわりと揺れた。

「話を戻します。夢見が悪いと言いましたが、具体的にはどういったものでしょう?

「……女の子に会う夢。幼い私が毎晩会いにくるのよ」

「なるほど。不気味ですね」

「そうね。本当に不気味。あれは私の置いてきたもの……今更都合よく前を向こうとしてるからかもしれないわね」

 過去の私を超えると決意した日から現れた夢の正体。間違いなく、あの子は私だと思う。

「きっと、あの子は私の答えを待ってる。そんな予感がするの」

「……」

「この問題は私にしか解決できない。プロデューサーにも手毬にも、美鈴にだって、お姉ちゃんにだって解決できないもの。だから、もう少し考えさせてちょうだい」

 寄った眉間の皺が困らせていることを教えてくれる。こうなると分かっていたから話さなかったのに……結局、困らせてしまったわ。

「どうしようもなくなったら、頼らせてもらうから」

 これは私の事を見つめなおして、そうやって見つけた理由じゃなければいけない。私自身が超えなければいけないもの。後悔とかそういうやつ。

 私の話にとりあえずの納得を示す様に、渋々と相槌が帰ってきた。

「分かりました。ですが、この状況が悪くなると判断した時にはもう一度、燐羽さんに踏み込みます」

 断固とした決意。この人は多分、もう一度私がアイドルを目指さなくなる、そんな最悪を常に止めようとしているんだと思う。過剰なほどに私を見て、優しく導く。やりたいことをやって欲しいと願い、準備を整える。

 ……ふと、思う。

 どうしてこの人は私にここまで入れ込んでいるのだろう。この人は賀陽燐羽に……

「ねぇ。聞きたいことがあるわ」

「なんでしょう?」

「どうしてあなたは……私を選んだの?」

 プロデューサーは一体私に何を見ているのだろう。

 生憎とここ最近の私の活動はアイドルというキラキラしたものには程遠い、他人を落として、そんな事をする自分に呆れて、意味のない日々を消化して……こんな偽物のアイドルに、この人は何を願っているのだろう。

「燐羽さんを信じているからです」

 その一言は私が心の奥底、いいえ、アイドルなら誰もがどこかで求めている応援。

 願いはとっくに聞いた。聞いていた。

 『最後に笑っていて欲しい』あれは多分、私への、アイドル賀陽燐羽への祈り。プロデューサーが私に願っている唯一のこと。

 一体いつから……プロデューサーは私にそんな願いを、祈りを、抱えているのだろう。

 まっすぐな信頼を素直に受け取ることができない私は、意地の悪い事を言うことしかできなかった。

「私が本気でアイドルをやってた頃のこと何も知らないくせに」

 私の過去を何も知らないくせに。と。

 どうして……今、プロデューサーはそんなに懐かしむような顔で私を見たんだろう。

 「……っ」

 どうして?口にしそうになる言葉を必死に噛み殺した。

「そうですね。知った口を叩いてしまいました。ですが、撤回するつもりはありません。賀陽燐羽は多くのアイドル、彼女達の憧れになれる。それを支えたいと思う気持ちは本物です」

「嫌というほど知ってるわ。ストーカー行為まで、されたもの」

「その節は本当にすみません」

 一瞬のうちに消えたあの顔。私の心に鈍く突き刺さって、大きな疑問になった。

 思い返せば、プロデューサーは時折、私を変な目で見ていることがある。泣きそうな顔だったり、私が嫌いな夢を見ているような瞳。今回みたいな顔は初めて見た。

 願いは聞いたのに、何を考えているかはほとんど分からない。私はプロデューサーを知らない。

「でも私……あなたの事、何も知らないわ」

「必要でしょうか?」

「どうかしら。でもプロデューサーの話が何かのきっかけになる、かもしれないわ。あなたも何かに憧れたりしたの?きっかけは?」

 知りたいと思ってしまった気持ちは歯止めがきかなくて、つい踏み込んでしまう。話さないということは、話せない事、話したくない事……そうは思っても、この人を知りたいと思う気持ちと、どうして私なの?という疑問は消えそうになかった。

「……」

 帰ってきたのは目を鋭く細めて、真剣な顔になったプロデューサーと沈黙。さっきまでの休養日の雑談とは全く違うもの。心地の良かった空気が重くなる。

 キツく結んだ唇からは吐息すら漏れる事はなくて、うんともすんとも言わず、焦ったくなった私は催促するように問いを口にした。

「話す気はない。ってこと?」

 違います。と一言。難しい顔をしたままその両目が私に向けられる。

「悩んでいます。私のことを教えて、燐羽さんが苦しまないかどうか……」

「何よそれ、私を苦しめるような理由なの?」

「測りかねています。これが燐羽さんに必要かどうか……少し時間をください」

 私に必要かどうかは聞いた上で私が考えるべき事だと思うのだけれど。どうやら思っていたより簡単な話じゃないらしい。

 過保護過ぎているけれど、そうやって私の事一つ一つに真剣になってくれるプロデューサーに、少しのむず痒さとほんのりと温かくなる気持ち。なんなのよもう……

 照れ臭さを隠すように「ゆっくりどうぞ」なんて声をかけて、窓の外に視線を移した。どうか少しでも顔が赤くなっていませんように。

「……長い話になります」

 どのくらい時間がかかったかは、よくわからない。窓の外、今日は晴天ね。あの子たちはどうしてるだろう。青い鳥が飛んでいるな。などくだらない事を考えているうちに、プロデューサーの決心はついたらしい。

「今日この後の予定は全部空いてるわよ?」

 ならやめておく。なんて返事はありえない。幸い休養日なのよ、何をしたって自由な日なんだから。

「では、場所を変えてもいいですか?」

「いいわよ。どこに行くの?」

「燐羽さんもよく知っている所ですよ」

 私たちは喫茶店を出て、晴天の空を歩き出す。どうやらよく知っている場所らしいけれど。

 プロデューサーが連れてきたかった場所。そこは本当によく知っている場所だった。3年間通い詰め、今も週に何度も足を運ぶ学園。

「まさか初星学園にわざわざ戻ってくることになるとはね」

 まったく怒っていないけれど、お昼の待ち合わせも学園の教室だったから、二度目の登校になる。

「二度手間になってすみません。まさか私の話をすることになるとは思っていなかったので」

「それで、ここにあなたの思い出があるの?」

「そうですね。私のはじまりがあります」

 迷うことなく門をくぐるプロデューサーの後を追う。通い慣れたアーチは私を静かに見守っていた。

 カツカツ、と規則正しく鳴り響く足音。プロデューサーは私より歩くのが速い。いつもは私を追ってくることが多いから気にはしなかったけれど、少しだけ急足で追いかける。

「きっかけは些細なことです。アイドルを見た。本当にそれだけ……」

 振り返りながら話を始めたプロデューサーは歩く速度を緩める。多分私に合わせてくれようとしているのかも。なんて思っていると彼と視線が交差する。

 私を見つめるその顔は、どこか懐かしむような……優しい顔だった。

「そのアイドルに出会ったのは3年前」

 プロデューサーのはじまりの話。私と同じ3年前。

「三年ほど前、当時高校生だった私には何もなかった。勉強する意味もわからず、誰かと遊ぶ事もない。流されるまま、無駄に過ごしていたんです」

 緩やかな足取りのまま、プロデューサーはそのきっかけを噛み締めるようにゆっくりと思い出を語る。

「進路のために大学や専門学校を見て回る。そういった課外授業が普通の高校にはあります。そこで偶然……初星学園を訪れました。

 プロデューサー科の門は険しく、成功しても誰にも見てもらえるわけじゃない。当時はくだらないと思いましたよ」

「でも、あなたプロデューサーになってるじゃない」

 くだらない、なんて彼からは中々聴くことのない言葉に思わず聞き返してしまう。

「ええ不思議ですよね」

 困ったように笑うプロデューサーが印象的だった。きっとくだらないと笑い飛ばせないほど、素敵なアイドルに出会ったのね。

 プロデューサーはすぅっと前を向き、ここまで聞いていたカツカツと鳴っていた足音が消えた。

「此処です」

 大袈裟に両手を広げて思い出の場所を私に告げた。ここが全ての始まりだったと。

「ここが?」

 辿り着いた目的地は屋外ライブステージ。中等部や駆け出しのアイドル。そんな子たちがライブの練習として使うそのステージ。

 私も……最初は、あの子達とSyngUp!としてここで歌った。あの日はすごく楽しかった。懐かしい気持ちが込み上げてくる中、プロデューサーはステージに目を向ける。

「その日の偶然は私に衝動を……熱を与えた。退屈を受け入れていた私に。たまたま対バン形式のライブパフォーマンスがあったんです。

 名前も知らない女の子達が、積み上げたものを全て出し切って、想いをぶつけ合う……心が、震えた。

 人の想い……彼女達、アイドルの歌はこれほどまでに強く、そして眩しいほど輝くのだと」

 ああ。この人はそのアイドルのおかげで、アイドルを好きになったのね。

「私を照らしたアイドル。センターに立つその人は、終わり際、満面の笑みを見せたんです。嘘や偽りなんて微塵もない、楽しい、楽しかったでしょう?!と自慢するようなその笑顔。それが瞼の裏にまで焼き付いて、忘れられなかった。

 もちろん私を見たわけではないと思います。ただ私に光を与えたのは、太陽と称された賀陽継や、はじまりのアイドルと謳われる彼女達ではなかった。

 偶然ここで出会ったアイドル。命を燃やし、全てを捧げるように強く歌う……そんな彼女が私を照らしたんです」

 少し恥ずかしそうに頬を掻くプロデューサーはなんだか幼く見えた。年相応といえば失礼かもしれないけれど、いつものような冷静な彼には似つかないほど、柔らかく笑っている。

「きっとあのライブに立ち会えていなければ私は此処にいませんね」

「良いアイドルに巡り会ったのね」

「はい。とっても素敵なアイドルでした」

 きっとプロデューサーにとってはとても大事な出来事なのだろう。素敵な思い出なんだろう。だからこの人はアイドルが好きで、最後まで笑って欲しいなんて……難しい事を願い、祈り、手を差し伸べるんだ。

「結局名前は分からなかったの?」

 3年前のライブ。心当たりは多いし、当時の記憶はかなり鮮明だ。特徴さえわかれば会わせてあげられるのに。そんなに大事な思い出なら、もし会いたいと願うのなら叶えてあげたい。

「……その時は無名のユニットだったみたいです。今は多くの人が知っているユニットになりました」

 まただ……また、私を見た。いつもの澄んだ瞳じゃない。

 どうして私をそんなに懐かしそうに……まさか……そんな訳はない。そう思う気持ちと、もう間違えようのない答えが目の前まで来ていた。

「そのユニット名は『SyngUp!』。センターは賀陽燐羽。貴女です」

 唖然としたまま空いた口が塞がらない。明かされたプロデューサーのはじまり。それが私ですって?

「あの日、私は貴女(運命)に出会った」

 運命なんて口にするプロデューサーをいつもなら馬鹿にする。そんなのありえないわよとか、運命なんてあるはず無いわ。と。

 でもそれが本当なら……

「……私がセンターに立ったのは一度きりよ」

「知っています」

「あの日あなたも、いたの?偶々?そんな偶然……」

「その偶然に導かれたんです。Campus mode!!をかけての勝負だったと後になってから知りました。あの日、月村さんと秦谷さんを引っ張って、センターで多くの人に笑顔を見せたのは、間違いなく燐羽さんでした」

「……さいっっっあく」

 ようやく分かった。プロデューサーの瞳の奥。なんでも見透かすその瞳の奥に、その青い光がある理由。最初から逃げたいと思った理由。

 手毬と美鈴の様に、私を見ていた瞳だ。

 この人は……プロデューサーは……賀陽燐羽に憧れて走り出して……こんなところまで、私のところにまで来たんだ。

「その後は月村さんのワンマンチームという認識が世間に回り、貴方を見つけるのが遅くなってしまいましたけど」

「じゃあ何……あなたは私を探してプロデューサーになったっていうの?」

「そういうわけじゃないですが、アイドルという狭き門。そこに倒れて行くアイドル達、彼女達、一人でも多く手を差し伸べたい。本当にそう思っていたんです。

 かつて私の道を照らしてくれた様に、アイドルを少しでも支えられるのなら、と」

「……」

「ですが、事情が変わりました。私の信じたアイドルが辞めようとしている気づいた時、全てどうでも良くなってしまった。理想とか、目標とか、そんな綺麗事を言うことが出来なくなってしまった。全て捨てても賀陽燐羽だけは……そう誓いました」

 それであんな無理矢理なスカウトに来たわけ。納得したわ。この業界に詳しくない、入ってきたばかりの素人が私の心にまで踏み込めるわけがない。どうして分かったのかと不思議だったの。そういう…こと……

「少し、いえかなり重い話になってしまいましたね」

「重くなんかないわ」

「いいえ、重いですよ。一人の思いを一心に受けるというのは……本当に話すつもりはなかったんです。特に燐羽さんにだけは」

 重くない。なんて嘘、強がりはやっぱり通じないみたい。また、プロデューサーに重荷を背負わせてしまった。話せば私に影響を与えると分かっていたからこそ、今まで隠していたのに、踏み込んで、聞き出して、挙げ句の果てには勝手に抱え込んで……全く情けない。

 でも困ったことにすぐには立ち上がることができなくて、項垂れたまま頭を上げずにいる。この衝撃はなかなか抜けてはくれそうになかった。

「貴女が私を此処まで連れてきたんです」

 追い打ちをかけるようにプロデューサーは私の逃げ場を潰した。まるで、責任を取れって言っているみたい。

 話すと決めた理由はまだ分からないけれど、私が勝手に抱え込むところまで織り込み済みだろう。

 プロデューサーは私のせいでここまで来たのね。どうしようかしら。

 俯く私の視界に手が差し出される。大きくてその温かさも知っている。一度握ったプロデューサーの手。

「今度は私が連れて行きます。貴女が見たい景色まで」

 以前は掴んだプロデューサーの手、その手を取る事は簡単なはずなのに、今は怖い……

本当ならあの子に向けられるべき手だ。私ではない過去の私。

 今はその手を取るのが怖い……怖くて怖くてたまらない。彼の憧れを壊してしまうんじゃないか、と。

「もうあなたの信じた賀陽燐羽は居ないわ」

「います」

 頭を振って駄々をこねる子供の様に、居ないものとしようとする事でしか抵抗できなかった。信じてもらう価値もないのに。

「居ない!だって私はもう空っぽだもの。あの子はアイドル賀陽燐羽はまだあの日にいるの!私はあなたの憧れたアイドルなんかじゃない……」

 そう、私は今アイドルなんかじゃない。何者にもなれていない。過去に憧れられたって、今はもう違う。

 彼の手を振り払い拒絶した。それでもプロデューサー止まることを知らないようで、踏み込んでくる。膝をつき、俯く私に下から覗いた視線がぶつかる。キラキラとした瞳が、本当に嫌になる。

「空っぽなんかじゃありませんよ。あなたはまだ光に向かって立ち上がっているじゃないですか。これから先多くのことを学んで経験して……いいえ、こんな言葉は間違っていますね」

 強い意志のこもった瞳。私にはないものがそこにはあった。

「空っぽだというのなら……その分私が貴女を信じます。賀陽燐羽にはどこまでも高く飛ぶ力があると」

 

 信じてくれるの?

 

 言葉にはならなかった。口にしたつもりでも、音にならず、不恰好に喘ぐように口をバクつかせただけ。

 それでも、プロデューサーには伝わったようで。

「はい。最後まで」

 私にとって欲しい言葉をくれるのだ。

 少し強引に私の手を取った彼は、両手でぎゅっと私の手を握る。

「アイドルにとって最も大事なものは自分を信じる事だと言われています。燐羽さんが自分を信じて胸を張れる様に、その日が来るまで私が貴女を信じます」

 信じてくれる人がいた。ずっと見ていてくれた人がいた。この人は全てを捨ててでも、私に手を差し伸べるんだ。

 この手を取ればきっと楽になれる。この人は私を苦しめることなく、輝きまで導いてくれる。そう、信じられる。

 

『いいの?』

 ……女の子がいた。夢で見た女の子。ここにいるはずのない私が、ステージの上。私を過去が覗いていた。

『それで、私は納得できる?』

 

……

…………

………………

 

「ごめんなさい。プロデューサー」

「はい?」

 ギリギリのところ、プロデューサー手を押し返して立ち上がる。ステージの上、彼女に視線を合わせた。私を覗く過去。

「やっぱり。今はあなたの手を取る事はできない。あなたから与えられてばかりだと私は私を超えられない」

「……」

 プロデューサーも真似をする様に、何も見えていないステージの上へ視線を移す。

 なぜか、あの子が微笑んだ様な……気がした。

 音もなく消えた彼女。私を止めにきたんだ。その先は違うよって。多分。

 言いたいことは、なんとなく分かる。アイドルに戻るという決意も、お姉ちゃんとの和解も、SyngUp!の解散も全てこの人が、プロデューサーが私のために積み上げたものだ。

 それを理由にするなら、賀陽燐羽はアイドルにはなれない。そんな誰かの思いを糧にするなら、そんな、アイドルなら……

『辞めてしまえ』

 

 

「ふぅ〜〜っ」

 溜まりに溜まった息を吐き出す。空気に色はないけれど、吐き出した空気はどこか黒く澱んだ重いもの。あーー体が軽い、そんな気がした。

「少し座りましょう?」

 屋外外部ステージは中庭の中心に造られている。それがよく見える位置に配置された椅子を指差した。

 プロデューサーの頷きを見て、近くの椅子までゆっくりと歩む。

 椅子に腰掛けると、飲み物二つ並べたくらいの距離。小声じゃ届かない様な絶妙な距離を空けてプロデューサーも腰を下ろした。

 彼は私が話すのをじっと待ってくれている。そわそわと落ち着きがないのは……私のせいね。

「最初に言っておくけど、あなたのプロデュースが嫌になった訳じゃないわ」

 むしろ好きよ。口になんてしないけど。

「でも与えられてばかり、欲しいものをもらってばかり、私はこのままじゃ、進めない。空っぽだとしても、選ぶくらいはしなきゃ……私は、あなたの手を取れない。取る資格がない」

 あぁ。自分の願いを口にするというのはこんなに怖いことだったのね。

「自分で選んで、あなたをプロデューサーにしたいの。だから……もう少しだけ待ってくれる?」

 長い沈黙。プロデューサーの答えを待つ時間はすごく長く感じた。どのくらいそうしていたの分からないくらい。

 合わせていた拳を解いてプロデューサーは顔を上げる。

「ふぅ〜〜……」

今度はプロデューサーが溜め込んだものを吐き出す番だった。困らせてばかりでごめんなさいと思うけれど、譲ることもできない。これだけは譲れない。

「私は燐羽さんが納得してくれればそれで良いんです。そのためならいつまでだって待ちます」

 今にも壊れてしまいそうな微笑み。消えてしまうんじゃないかと手を伸ばしたい衝動が込み上げる。ダメ。今はダメなの。

「ただ……やはりプロデューサーでは力不足なんだなと実感しています。アイドルに輝きを憧れを見せられるのは……アイドルだけなのだと」

 訳者不足、力不足。足りないものを嘆くプロデューサーの背がひどく小さく見えた。

「違うのよ。私に取って必要なのはアイドルじゃない。あなたが来てくれたから、あなたが見ていてくれたから。私は進めそうなの」

 憧れでも夢でもない……その答えは見つかりかけている。もう少しだけ、時間が必要だと思う。

「約束するわ。必ず私から、いいえ……迎えにいく」

「……こんな奴をですか?」

「そうよ。意地っ張りで完璧主義者。胸の内を教えることも苦手で、全部抱え込んでしまう。それなのに、大事なものを諦めることだけは出来なくて……こんな私に何度も手を伸ばしてくれる。私にはあなたが必要よ」

 最近の悩みの種。彼女の求めるもの。

「私のプロデュースができるのは、あなただけ」

 初めてこの人に願う。もう少しだけ時間を頂戴と。あなたの憧れた私に、私が望んだ姿に、今手が届きそうだから、待っていてと。

「だからもう少しだけ待っていて頂戴」

 

 お互いに落ち着く頃には、学園内から色とりどりの音が溢れかえっていた。空も薄暗くなり、走り込みに行こうとする子。レッスンの場所を探す子。

 いつの間にか騒がしくなっていた学園を後した。プロデューサーは『遅くなってしまったので送ります』なんて言っていたけど、『タクシーなんだから平気よ』って断ったわ。

 それに……どんな顔してあの人と会うか考えておかないと……行き場のない感情を持て余している。

 恥ずかしいこともたくさん言ったし……

「あぁぁぁぁぁ……どうしよう」

 思い出すだけでも顔が熱をもつ。周りから見たら風邪を心配されるぐらいには真っ赤になっている自覚がある。

「本当に……どうしたものかしらね」

 あの人の熱に浮かされて、全部言ってしまった。あなたが必要。あなただけ。何度も繰り返し聞こえてくる自分の失態。まるで、告白みたいじゃないの!!!あーもう。本当に最悪な一日。考えても解決しない。それでも考えずにはいられない……もうどうでもいいわ、明日の私に任せましょう。

「は〜〜あぁ」

 今日何度目かになる大きなため息……混じりの深呼吸。

 最悪な日になったけど、答えは見つかった。幼い私が望んでいるものが、はっきりと分かった。昔の私がアイドルに求めたアイドルの真価。

 ーー意識と覚悟がないアイドル、心がこもっていないライブ。

 それを許さないとした私自身。

 皮肉にもプロデューサーが見せてくれた献身、全てを賭してでもという行動は私にある種の足りていなかった事実に気づかせてくれた。

『覚悟』

 私には覚悟が足りない。

 意識は三年間磨いた。磨き続けていた。それに後からでもついてくる。

 覚悟はあの日捨ててしまったまま、今も無くしている。アイドルとしての覚悟。

 ……分かった。

 私はどうやって覚悟しなきゃいけないのか。朧げに、でもはっきりと。

「私……こんなに弱かったのね」

 上がっていた鼓動も、心音も、凪いだ。静けさの中、確かに光る一番星。

 遥か遠くで光るその星は私を呼んでいる。そんな気がした。

 

 

「さて、燐羽さんライブまでの最後の課題です」

 この前から少しぎこちなくなっている私に構うことすらなく、淡々といつものプロデュースが始まった。

 まぁその方が私は楽だけど、あんなに想いを本人に向けて話して、心の中を曝け出して、どうして平然としてるのかしらこの人。こっちはぶつけようのない気持ちを持て余してるっていうのに……

 いやまぁ……待たせているのは私の方だし、私が悪いんだけども。

「まだ課題があるの?私、結構頑張ってると思うんだけど?」

 ムカついたのが言葉に出て、少し棘のある言い方になってしまう。

「燐羽さんは頑張っています、がこれは避けて通れない」

 かなり急ぐ要件と言うことが口調から伝わってくる。どうやらプロデューサーも焦っているみたい。珍しいわ。

「SyngUp!の解散ライブ、セットリストの話です」

「あ〜〜」

 確かにセットリストはいつも適当だったし、カバーしか歌ったことがないユニット。ここまで分かればなんとなく読めてきた。

「私たちSyngUp!には曲がない」

 そうです。相槌が返ってきて問題の大きさを理解した。私たちには曲がない……プロデューサーはどうするのかしら?

 視線にそんな気持ちを込めて睨んでみるけど、やっぱりプロデューサーは動揺とかは見せてくれないらしい。まったく、可愛げのない……

「なので、作っていただこうと思っていました。が、それはまた今度という事で」

 馬鹿じゃないの?!と立ち上がりそうになる所を、『また今度』と聴いて私の早合点に気づく。良かった……思いとどまったのね。

 新曲は盛り上がるでしょうけど、今から仕上げるには時間が足りない。私と美鈴はともかく、手毬はHIFの本戦も出るのだし、半端な歌は私が許せない。

 それにしても……少し意外な提案ね。

「今度ってあなた……解散したユニットの新曲って出来るなら良いけど、私達三人の面倒見きれるわけ?」

「……善処します。リーダーも協力的だと助かるのですが……」

「嫌よ」

 あなたが他の子のプロデュースをするのがなんかムカつくし、あの子達だって分かっていても簡単には許せない。

 モヤモヤとした何かは答えを教えてくれはしないみたい。なんていうか……嫌な感じ。

「新曲の話は置いておきます。課題についてですが、SyngUp!に込める想い、今までの歩み、賀陽燐羽というアイドルは何を歌うのか……考えてみて欲しいのです」

「どうして?」

「曲数が足りないという話はしましたね?」

「えぇ。それは理解しているけれど」

 プロデューサーが私の前に用意した数枚の資料にはご丁寧にも『セットリスト(仮)』と書かれている。

「お二人には話していますが、ソロ曲を1曲ずつお願いしています」

 彼が指差す項目を目で追っていくと、月村手毬ソロ歌唱。秦谷美鈴ソロ歌唱。二人の名前が続いたところに、賀陽燐羽ソロ歌唱(仮)と書かれていた。

 それはつまり……

「私がソロで歌う曲がないってことね」

「そうなります。私が不甲斐ないばかりに、燐羽さんのオリジナル曲まで手が回っていなくて……力不足です」

 申し訳なさが顔に滲み出ている。プロデューサーは感情が目に映る事はあるけれど、顔にまで出る事はあまり無い。それだけ悔しがってくれるんだ……

「あっそ。あなたの悪いところよ、全部自分のせいにするの。今回は多少時間があったとはいえ、突発の解散ライブでしょう?すべて完璧になんて無理よ。あなたが神様でもない限り。それとも神様にでもなった気でいたの?」

「そんなことはありません……が、力不足を痛感しています。自分の至らなさで、燐羽さんに迷惑をかけるわけには」

「いいのよ迷惑かけて。アイドルとプロデューサーでしょう?」

「……そうでしたね」

 何よその嬉しそうな顔。見ているとどこか照れくさくなって話を強引に進める。

「結局私のソロはなしってことになるのかしら?」

「SyngUp!リーダーだけソロ曲なし、なんてありえません」

 絶対に譲らないという意思がこもっていた。どうやら私にもソロがある、らしい。

「それで?」

 どうするのよ?何度目かになる疑問を視線で訴える。

「とある曲の許可を貰ってきました」

「このタイミングで新しいカバー曲……ね。もっと普通のことしてもいいんじゃない?」

「普通のプロデュースなんて燐羽さんには似合いませんよ。それに、ファンとして考えてみたんです。SyngUp!が本当に終わるのなら、何を歌うのだろうと。

Campus mode!!ではSyngUp!を飾れない」

 力説するプロデューサーを横目に、軽くため息を吐く。こういう時、この人は譲ってはくれない。それでも、はい。わかりました。なんて従順さはあいにく持ち合わせてないのよ。

「ダンスとか間に合わないと思うけど」

 新曲というわけじゃないけれど、もう日がないのも事実。間に合わないんじゃない?と不安を見せてみる。

「いいじゃないですか、踊らなくたって。SyngUp!は圧倒的な歌唱力で歌い上げるユニットです。それに燐羽さんなら出来ます」

 私のモチベーションの上げ方も熟知しているみたい。本当に手のひらの上で好きにされてる感じ……信頼されてるのは分かったけど。そんなんじゃ簡単に……

「わかったわよ」

 頷いていた。

 私にとって歌はそんな軽いものじゃないのに……無いはずなのに、怖いわね。信頼って。

 私の葛藤なんて気づきもしないで、プロデューサーは次の資料へと手を伸ばした。

「楽曲についてですが、知ってる曲だと思います」

 次のページには私に向けられて作成されたであろう説明がびっしりと並んでいる。導かれるように彼の指先をなぞると、何故この曲なのか、などの説明が丁寧に記載されている。少しの空白を置いて曲名が載っていた。

 提案されたその曲は、よく知っている歌。武道館でソロライブすらやってのけるトップアイドルの代表曲だった。

「たしかに……よく、知っているわ。初披露の映像見たもの。あなたさっき許可をとってきたって言ったわね?行ったの?765プロに」

 765プロと聞いて、みるみるうちに青ざめていくプロデューサー。全身から疲労感が滲み出していた。学園長や、社長にも怖気付かないこの人も、伝説とされるプロダクション訪問は流石に応えたみたい。

「ここ最近で一番緊張しました……」

 私との話し合いよりも……ね?意地悪く視線を送ってみた。

 ビクリと肩が揺れたけど、それほど気にならないみたい。私ってそんなに迫力ないかしら?

「それにしても、よく許可をとりに行ったわね……書類とかで良かったんじゃないの?」

「アイドルにとって『この曲』は色々な意味を持ちます。それに、こんな大事なタイミングで歌う場合、先立つ方に最低限の敬意は必要だと思いました」

 完璧主義者はコレだから困るのよ。かといって馬鹿にする気も起きないぐらいのまっすぐさ。私のプロデューサーはやっぱりどこかおかしいわ。

「あなたの最低限って度がすぎるわよ。それでなんて言っていたの?」

 姿勢を整えたプロデューサー。思わず私も身構えてしまう。

 

『たくさんの方が『この曲』を愛してくれているのを嬉しく思っています。

 歌は生き物だと思います。仲間が私のために作ってくれたこの曲。

 今は時間も超えて、場所も超えて、誰かの大切な曲になるのなら、それはとてもうれしいです。

 だから、想いを乗せて大切に歌ってください。賀陽燐羽さんの歌が、あなたのファンの心に届くように祈っています』

 

「と。むこうのプロデューサーに話は通していたんですが、まさか本人が出てくるとは思いませんでした……」

 テレビの向こう側で見る、あの人そのもののコメント。こんな私に向けて言ってくれたであろうメッセージを噛み締めてる最中、どうしても聞き逃せないところがあった。

「本人?は???あなた会ったの?!」

「はい。お会いしましたよ」

 正したはずの姿勢が勢いよく崩れていく。

アイドルとしての見栄すら張れずに、前のめりに突っ伏してしまう私。

 そんな、私だって会いたかった……

「……ずるい。プロデューサーばっかりずるいわ。私……昔から大ファンなのに……」

 体に力が入らない……声にも。こんなところ誰にも見せたことがないくらい、気落ちしてしまっている。ずっとファンのアイドルに直接会う機会があったかもしれないなんて……

 異常な私の態度に見かねてか、プロデューサーは慰めの声がかかる。

「むこうのプロデューサーとはかなり話が合いまして、また会う約束をしています。その時ご本人がいるか分かりませんが、ライブ成功の折にでも一緒に行きますか?」

「絶対行く。約束だから」

 選択肢なんてない。765プロに行けるだけでもテンションは上がるもの。好きなアイドルが沢山いる事務所にお邪魔するなんて、夢みたい。楽しみができてしまったわ。

「はい。では、なおさら気合いを入れなければいけませんね」

 私は意外と現金な性格だったみたい。残念だったけど、次の機会があるとなればそれに食いつく、やる気も出てくる。こんなに分かりやすかったかしら?

「あの人の曲を奪い取る気でいくわ。それが私の全力だもの」

 奪い取る。そう聞いた時、彼の目尻が目に見えて下がった。仕方ないでしょう?私の全力はそういうものなの。

 プロデューサーの今後の苦労には知らないふりをして、疑問を口にする。

「でもいいの?私らしくないと思うけど」

 あの曲はバラード曲。歌唱力が問われるのは、問題ない。けど、しっとりと落ち着いた曲調はあまり私のイメージに合っていない気がする。

「確かにアイドル賀陽燐羽には似合わないかもしれない」

 似合わない。そう思っていてもプロデューサーの口調は淀みなくて。確信のある力強さに満ちていた。

「ですが、この曲はきっとあなたの歩みそのものだ。当時この曲を歌った、かのアイドルはどう思っていたか分かりません。ですが、今の燐羽さんにお似合いだと思いませんか?」

 

 結局ミーティングはその後すぐにお開きになった。燐羽さんには時間が必要だと思うので、今日は終わりましょう。との事。

 幸いなことに、SyngUp!としての合同レッスン再開までにはまだ、時間がある。

 私はプロデューサーに出された課題。カバー曲へ、どういう想いを乗せるのか。私にとってのSyngUp!とはどういうものなのか。考えてみる事にした。

 夜空の下タクシーに揺られながら。

 部屋に戻りあの人の曲を聴きながら。

 ずっと考える。

「どうしたものかしらね」

 嫌なことが沢山あったはずなのに、困ったことにどれも良かったと、笑ってしまいそうな温かさばかり。

『SyngUp!』

 私にとっては初めての居場所で、心残り。『みんなでトップアイドルになろう』かつてそんな約束をした。

 約束が私をここまで引き留めていてくれた。その結果、私はプロデューサーに出会えた。

「……ありがとう。なんてらしくない」

 私らしくないその一言。でもそれしか思いつかないくらいには、感謝の気持ちが大きいみたい。

 本当に嫌になる。

「なんだ私、こんなにSyngUp!が大切だったのね」

 思い返してみれば、手毬や美鈴と仲良くなれたのも、プロデューサーが私のところまでやって来たのも、全部ここがはじまりだった。

 運命ってこういう事なのかしら?

 大切なことに気づかないでいたなんて本当に馬鹿みたい。美鈴の言った『本当に解散していいんですか?』って言葉の意味が今更分かった。妙に鋭い美鈴はきっと見抜いていたんだ。

 一番必要として、一番縋っていたのは多分……私。

「……はぁ、自分のことって意外とわからないものね」

 

 SyngUp!は歌い続ける。解散した後もずっとずっと歌い続ける。空へ向けて、ファンに向けて、確かに此処にあると。

 見つけてくれてありがとうって。

 そうねやっぱり、感謝を伝えたい。

 

 

 日差しが本格的に強くなり始めた。今年は熱くなるのがやけに早い。紫外線を気にしながらお気に入りの日焼け止めを塗り教室へ。

 目前に迫ったHIF。私たちの引退ライブはまだ先だから、今はそっちに集中させてあげるべき。そういう話し合いの結果ユニットの練習は減り、手毬は本腰を入れて本戦へのパフォーマンスを仕上げている、はず……美鈴は『久しぶりのお休みですね』なんてゆっくりしているのかしら。

「この教室こんなに静かだったのね」

 生憎プロデューサーも呼び出しがあるとかで、私たちの溜まり場には珍しく一人きりの時間。いつもは必ずプロデューサーが待っていてくれるから、私だけなのは、初めてかも。

 静寂の中、周りからは様々な音が溢れている。みんなレッスンしてるのね。心地よく響くアイドル達の歌声に耳を澄ませていると、ノックの音が響く。

 トントン。とプロデューサーではない別の誰か。先生とか美鈴……はないわね。さて、誰がきたのかしら。予定外の来訪者は『失礼するわ』と、返事も待たずにドアを開けた。

「あなたが……賀陽燐羽ね」

 鈴のように凛と響き渡る声で私を呼んだのは今の一番星(プリマステラ)、十王星南。どうしてここに?というか私目当てなの?

「そうだけど、プロデューサーなら居ないわよ」

 凛々しさを感じさせる素振り、指先まで意識されたそれは、常に見られる意識をもったアイドルとしての完成形。この人はずっとこうなのかしら。

「美鈴が嬉しそうに話しているから気になってね」

 そういえば、美鈴のプロデューサーだったわね。すれ違うだけでも目を奪われる、そんな歩き方で私の前まで来た彼女はくるりと教室内を見渡した。

「見ての通り、ここには私一人よ。美鈴もいないわ」

「ふふ、そんなにつれなくしなくたっていいじゃない。それに好都合よ、あなたに用があって来たのだから」

 生憎、私は用なんて無いのだけれども、一刻も早く帰って欲しいものね。

「私に構ってる余裕あるのかしら?HIFのレッスンでもしたらどう?」

 応じる気は無いと言葉で示したつもりても気にならないみたい。あ〜もう!どうして私の周りは図太い奴らばっかりなのよ。

「あら、お話もさせてくれないの?」

 綺麗に伸ばした人差し指で口元を指す困り顔。こちらを気にせず進めていくマイペースさ、私のプロデューサーによく似たものを感じる。

 トップアイドルと競えるレベルのレッスンをし、アイドル活動を続けながら、プロデュースまでしてしまう。超人とでも言うべきこの人は私に用がある……らしい。どうせ碌でもないことだから。面倒ごとはごめんよ。

「最近の美鈴は楽しそうでいい傾向なの。レッスンをサボる回数が減ってるし、なによりやる気が違う。美鈴の調子を整える方法がこんなに簡単なことだったなんて思いもしなかったわ」

 SyngUp!の解散ライブ、そして私達の再会、和解。見えないところでも美鈴にいい影響を与えていたみたい。というかあの子まだサボり魔なのね。

 私の思考を断ち切るように、すらりと伸びた指先が私を指差す……っていうか人を指差すんじゃないわよ。

「ライバルを与えること。まぁ、あの子のライバルになれるアイドルなんてほんの一握りでしょうけど」

「あなたがライバルになってあげればいいじゃない」

 どうしようもないとわかっている時のような曖昧な笑みを浮かべる。どうしてか、お姉ちゃんの顔と重なった。

「分かっているでしょう?私じゃ足りないのよ。美鈴が本気を向けられる相手にはなれない」

「数値じゃ勝てないって話なら知ってるわ。だってあなた私より下だもの」

 彼女は大きく目を見開いた。煽られたことに対するものじゃなく、純粋な驚き。

「驚いた。どうしてそう思ったの?」

「うちのプロデューサーが言うのよ。数値だけ見たら賀陽燐羽はトップアイドルだと」

 少しだけ自慢が混じったかもしれない。私のプロデューサーは凄いのよって。

 なるほど。そう頷く一番星はどこか納得したように見えた。

「信用してるのね。あの人が特待生制度まで使う理由もわかるわ」

 あの人……十王社長のことね。名前も聞いたことのない特待生制度。そんな肩書を与えられたときは中等部でのSyngUp!の評価が高かったから、そんな風に思っていたけれど。

「私達、十王家の人は特異体質を持ってるの。アイドルを見ればそのポテンシャル、数値を具体的に見ることができる」

 何よそれ、馬鹿馬鹿しい。それが本当なら、十王の人のプロデュースは無敵に近い……

「オカルトなら結構よ」

 何度目か分からない十王星南への拒絶を混ぜて、冷たくあしらう。

「あなたはまだまだ先がある。これは凄いことよ。美鈴も、いつもの様に歩いて勝つのは難しいでしょうね」

 自分の担当アイドルが苦戦するの楽しみにするプロデューサーなんて、いい性格してるわね。

 いいえ……違う。この人は困難を楽しんでいるんだ。十王星南という人物の分析をしている間、彼女も私を理解しようとしている。プロデューサーによく似た瞳が私を見た。

「あなた……アイドルに憧れている?」

 突然ぶつけられた憧れという言葉は私の心を揺さぶり、動揺が顔に出た。

 プロデューサーの様に。いや、この人もプロデューサーか。どいつもこいつも勝手に人の心をのぞいて分かった気になって……気に食わないわね。

 返答をするのも面倒で、目つきを更に悪くして睨み返す。そこから先は言葉を選びなさい。

「あぁわかったわ。あなた怖いのね憧れるのが。いいえ、ちょっと違うわね……なにかしら……憧れ、期待する事が怖いの?」

 短い問答の中で何かを見つけたようで、太陽のように慈悲のない瞳が鋭く私を射抜いた。

「燐羽、あなたこちら側ね」

 こちら側って何よ。今も、訳のわからない発言に驚くだけで、何も言い返すことができない。出来ることといえば、面倒くさそうに相手に視線を送るだけ。

「憧れられることに慣れてしまっている。夢を見せる者として重積を背負っている」

「は?私がそんな奴に見える?」

「……なるほど。あなた佑芽と咲季が羨ましいでしょう?臆すことなく何度でも立ち上がるあの子達が、昔の自分みたいで」

「……」

 たった数分間の会話でここまで見抜く。プロデューサーって名乗る奴らはみんな洞察力、推察力がずば抜けてないといけないのかしら。

 少しの沈黙。今まで一方的に話していた彼女もピタリと止まり、私を見つめている。顔には何も書いてないと思うけど、どうやら一番星様は勝手に答えを見つけたようで、人形の様に整った顔が柔らかく、可愛らしく、優しく笑みを浮かべた。

「私も同じ。咲季が本当に羨ましいわ」

 コロコロと表情の変わる十王星南。

 羨ましいと口にした直後、雰囲気が変わる。等身大の女の子の雰囲気から、何かに、異質なものに変わっていく。

「あなたも夢を追う側だと教えてあげる」

 一際大きく、まるで自分自身を鼓舞するように、彼女の代名詞とも言われる曲。そのワンシーン。広げられた手のひらを星々に差し出して、私達を導くと自信に満ちた顔。

 トップアイドル。一番星。そんな一言で言い表せない、初星学園の太陽、十王星南。本物のアイドルがそこにいた。

「私を追いかけてきなさい。賀陽燐羽の夢、憧れ……全部思い出させてあげる」

「生意気、傲慢、自信過剰。嫌な先輩ね」

「学園の一番は多少驕ってる方がいいらしいわよ?知らなかった?」

 これが今の一番星(プリマステラ)十王星南。プロデューサーが言っていた黄金世代の筆頭。確かにこの人はレベルが違うわね。面白い。

「星南。HIF楽しみになったわ」

「ようやく私を見たわね。燐羽……必ずあなたも照らしてみせる。そして、多くの星々の海の中、溺れることもない様に、暗闇でも見失うことの様に、光を見せてあげる」

 

 彼女が去り際に残した熱が未だに私を熱くしている。一人きりの教室。その静かな空気に身を委ねた。星南は間違いなくこの学園の……いいえ、トップアイドルとしての何かを手にしている。

 今まで興味のないと切り捨てた一番星(プリマステラ)。彼女はたしかに魅力的だった。魅力的過ぎた。それはきっとファンとしてではなく、アイドルだから感じたもの。あの人は多分、アイドルを相手にトップアイドルを演じている。

「何かありましたか?」

 夢中になっている間に、帰ってきていたプロデューサーは私の高まっている気迫に気づいているみたい。様子の違いなんて分からないと思うけれど……プロデューサーっていう奴らは本当に目ざといわ。

「さっきまでお客さんがいたのよ」

「それはすみませんでした。先方はなんて言っていましたか?」

「あぁ違うの私に向けての話だったから」

「燐羽さんに……ですか。何がありました?」

 何かが起きた。その確信を持っての質問。隠す意味もまぁ、無いわよね?

「星南、彼女がここにきたのよ」

「星南?十王星南ですか?それで……どういった要件でした?」

「喧嘩売られちゃった」

 隠しきれずに出た浮ついた声音。だって嬉しいじゃない?あの一番星が、この学園で一番すごいアイドルが、私をわざわざ相手にしにくるなんて。

「そんな嬉しそうに喧嘩を売られたことを報告する人は中々いないでしょうね……」

「あの人、私に夢と憧れを見せるらしいわよ」

 何も知らない私の過去に触れもせず、その夢と憧れを取り戻させると。今悩んでいる問題を全て解決してみせると、星南は言った。

 私が照らしてみせると。

 そんな簡単な話じゃない。それでもほんの少しだけ、期待してみたくなった。彼女の魅せる輝きに。

「……それはたしかに喧嘩になるかもしれませんね」

「でしょう?HIF、あまり期待してなかったんだけど、楽しみになっちゃった。もし、あんなに大見栄を張ったのに、手毬なんかに負けちゃったらどうするんでしょうね」

「相変わらず性格の悪い……でも、楽しそうだ」

「それはそうでしょう?私に向かってくる奴なんて最近じゃ咲季お姉ちゃんとか佑芽だけだったんだから」

「まさかとは思いますが、燐羽さんから仕掛けてないですよね?」

「そうね。まだ、何もしてないわよ、まだ、ね」

 不安げなプロデューサーの言葉には十王星南は、まだはやい。そう言われた気がした。

 そんなの分かってるわよ。まだ私はアイドルにはなれていない。そんなんじゃあの人の輝きには勝てないわ。

「でも、アイドルに戻った時、一番最初に喧嘩を買うわ。あの人のメッキ剥がしてやろうと思ってね」

 彼女の輝き。星南が全てを無くした時、それでもあの人はアイドルで居られるのだろうか。

 私が穴だらけにしてもなお、アイドルとして王者として、挑戦者として、立ち上がれるのだろうか。

 本当に面白そうな人。もっと早くに出会いたかったわ。

 

 

 雲ひとつない、青く澄み渡った晴天。これから大勝負に向かうアイドル達の背中を押すように清々しい青空。あの子達もこの空を見ているのかしら。

 ま、わたしには関係ないけれど。

「今日は楽しんでください」

 向かいに座るプロデューサーの一言で我に帰った。

「楽しむ、ね」

 星南とのこともあるし、手毬も参加する。楽しみではあるけれど、現地はちょっとね……チケットも取ってないわけだし、今回はゆっくりしようと思う。

「会場に行く気はないわ。あんな人がたくさんいるところより、ここでゆっくり手毬の……」

 後に続く言葉を遮るように、無理やりプロデューサーは声を被せてきた。

「燐羽さんはアイドル好きですよね?」

 有無を言わせぬ圧力に、ニコリとしたその顔。なんとなく最近この人の表情で何を企んでいるかわかるようになってきた。今回は多分……既に逃げ道が潰されている時。まったく意地の悪い。

「そんな貴方は現地に行くことの大切さを知っている」

「場違いって言ってるの。いくらアイドルが好きだからって、直前に叩き潰した相手がたくさんいるところに行けるほど……」

「チケットの用意はしてあります」

「は?」

 間髪入れずに潰された逃げ道。せめてもの抵抗として睨みつける。

「あとで秦谷さんが迎えにきますから」

「美鈴が?嫌なのよねあの子とライブ行くの。絶対手毬の手作りグッズとか持ってくるでしょ」

「それは……わかりませんが、応援が伝わるのが一番嬉しいと思いますよ」

 応援は力になる。それは私もよく分かっている。にしても、手毬の応援?いまいち気が乗らない。

「はぁ〜」

 断る理由が見つからず思わずため息をついてしまう。この人私の予定を崩して楽しんでいるんじゃないの?

 でも、ここまで準備されて意地を張るのも馬鹿らしいか。

「……そうね。行くわ。予定外でも、チケットを無駄にするのは後味が悪いし」

 会場に行く。そう口にするとプロデューサーは嬉しそうに微笑む。なんであなたがそんなに喜ぶのよ。毒気を抜かれてしまった私は、会場へのプランを立てながら肩をすくめた。

「本当準備が良すぎて困るわ。それであなたはどうするの?」

「プロデューサー科の生徒は担当アイドルがいない者を集めて、ミーティング形式での授業があります。私はそちらに参加しようかと」

「こんな日まで授業だなんて、プロデューサーも大変ね」

 適当に相槌を打って、お互いの予定を確認。さて美鈴が来たら移動になるわね。そう思って立ちあがろうとした瞬間だった。

 ノックもなしに突然ガラガラと開けられるドア。

「りんちゃん」

 ドアの向こうに見慣れたボブヘアの女の子、美鈴が立っていた。

「当然のように開けないの。せめてノックくらいはしなさい」

「知らない仲でも無いですし、今はSyngUp!の教室でもあるので……問題ないのでは?」

 確かに問題はない……わけないけど、とりあえず置いておく。そんなことより、普段の美鈴には似つかない大きすぎるバックが目についた。

「そうだったわね。ところで、その大きな荷物は何?」

「これですか?これは」

 自慢したかったのか問われたことに嬉しそうな美鈴。待ちきれない子供のように応援グッズを取り出していく。

 うちわ、ペンライト、応援タオルに、はちまき、はっぴ。所狭しと並べられていくグッズ達に呆気に取られてしまった。ていうかこれ殆ど自作じゃない。拗らせすぎでしょ……

「まりちゃんの応援グッズです。私達の中ではまりちゃんしか参加しませんから、SyngUp!の代表として頑張ってもらわないと」

 ひとしきり並べ終わって満足したのか、美鈴は胸を張って私の方へ振り返る。

「もちろん、りんちゃんの分もありますよ」

 こちらもどうやら逃げ道はないらしい。諦めのため息をついて、精一杯手毬の応援をする事にした。

「はっぴだけは遠慮するわ」

 手毬頑張りなさいよ。

 

 

 HIF本戦。一番手のアイドルから私の心を撃ち抜いた。本命は咲季と手毬と星南。そのはずだったのに、一人一人の輝きは私の期待を優に超えていった。

 その中でも、私を釘付けにしたのは、

 どこまでも高く飛ぼうとする月村手毬。

 何度でも立ち上がるアイドル花海咲季。

 でもなく、全ての挑戦者達をものともしない。

 絶対王者。十王星南。

 私より低い数値のアイドルと言われた彼女が、果敢に挑み、壁を越え、学園で一番強く輝く姿。

 星南、あなたはアイドル一人一人。全員を……導くつもりなのね。

 圧倒的パフォーマンスに隠された彼女の意識と覚悟。

 この後、学園一のアイドルとなるだろう彼女から、私には足りていないもの、自覚はしても手に入れられずにいたもの。覚悟の片鱗を見つけた。

 ライブの終わり際、彼女は私を見ていた。星を集めて閉じ込めた輝く瞳と視線がぶつかる。

「私についてきなさい」そう語っていた。

 

 

 今日、一番星に挑戦した手毬は惨敗した。実力も足りていた、手毬の歌は多くの観客に届き、震わせ、ライブとは思えないどこか異質な一体感と、世界を作り上げていた。

 それでも、足りなかった。十王星南はそれを軽々と飛んだ。飛び越えてみせた。

 負けた当人はポロポロと涙を落として、悔しがって、そんな傷心中の手毬を見なかった事にはできなくて、美鈴と一緒に慰める会をすることにした。

「プロデューサー。私は寮に入れないから、ここ使わせてくれない?」

「構いませんが、燐羽さん。自分の寮にはちゃんと連絡してくださいね。後、必ず帰ること」

「分かってるわよ。迷惑はかけないわ」

 いつもなら負け犬を嘲笑う会とか、そういう煽りの一つや二つは出てくるのに、どこかそういう気分にはなれない。

 完璧に仕上げた手毬でも届かなかった。私自身のことじゃないのに、何か無くしてしまったかのような喪失感。

 どうやら私も星南の輝きに当てられているみたい。

 手毬の慰め会は難航した。慰めるだけでは足らず、煽ったり、寄り添ったり、褒めたり。出来る限るのことは尽くしたのに、結局手毬は大暴れ。

 悔しい、悔しいと泣き喚いて、落ち着いたかと思えばまた涙をこぼす。本当に手のかかる子。

 何度繰り返したかわからなくなった頃、ようやく疲れの限界が来たのか、美鈴の膝に頭を落として眠り始めた。

 散々好きなだけ泣き喚いて、人の足を枕に寝る……好き勝手やりすぎじゃないかしら?

 文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、美鈴があまりに幸せそうに笑うから、毒気を抜かれてしまう。まったく付き合ってられないわ。

「手毬のこと任せたわよ」

「りんちゃんはどこに行くんですか?」

 手毬を撫でる事はやめず、不服そうな視線だけが背中を刺す。

「ちょっとね、散歩よ散歩。星が見たくなって」

「あら、らしくない。気をつけてくださいね」

 チームメイトの見送りを背に教室を後にした。

 夜が深まった時間。星々が燦々と輝く暗闇なら夜空が綺麗に見えるはず。それならやっぱり屋上よね?

 空が一番近くて、星が輝く。今日という日に、最も似合う場所。

「空いてる?」

 こんな遅くに屋上の鍵は空いていないはず……闇夜の中には星に負けない輝きを秘めた金色が靡いていた。

 どうやら先客が居るみたい。

「あら?こんな時間に屋上に来る子なんていないと思ったのに」

 一番星(プリマステラ)を再冠し、三連覇を遂げた十王星南。悠然とフェンス近くに立つ星南は『内緒よ?』そんな悪戯っ子のような笑みで隠し持っていた鍵をみせた。職権濫用……怒られても知らないから。

「なんでここにいるのよ。今日の主役が一人でいる場所じゃないでしょう?」

「みて」

 星南は私の方には目もくれず、空と地上の境目。屋上からしか見れない景色を眺める。

「ここからの眺めは素敵でしょう?

 私たちを見守る星々に、下からも覗く星のような明かり達。あたり一面星の海。朝も昼も夜も……綺麗で……私この景色が好きなの」

 言われるがままフェンス側に近寄ると、空にも地上にも星ばかり。星南の強さの理由はこういうところにもあるのね。

「そうね。とってもいい景色」

 吸い込まれるように星々を眺めていると、いつの間にか星南が私を見つめていた。

「燐羽はどうしてこんな遅くまでこっちに居るの?てっきり帰ってしまったと思っていたのに」

「元チームメイトの慰め会をしてたのよ。あなたに負けたから……大変だったわ」

「それは、ごめんなさい?」

 私は参加してないから、どうでもいいけれど……

「謝る気がないのに謝るの相手を怒らせるからやめた方がいいわ。それにあなたは誇るべきでしょう?そうじゃないと、他の子が可哀想よ」

 失念していたわ。表情がそう語っていた。悪気もないのが逆にやりづらい。

「……燐羽の言う通りだわ。ごめんなさい」

 謝るなって言った側から謝るのかしら。生真面目というかなんというか……こういう真っ直ぐなところも星南の魅力なんでしょうね。

「ライブ見ていたのね。どうだった?」

「ええ。プロデューサーがチケットまで用意してくれてたから、会場で見たわ。HIF正直言って舐めてたけど、驚いたわ。凄い大会だったわよ」

 『そう』噛み締めるように呟いた一言にどんな想いがあるのか、簡単には分からないけれど、その一言は私の中に重く響いた。

「あなたの目には私がどう映ったかしら?」

「完全無欠。完璧を目指すアイドル。3連覇の一番星……あなたの理想は大変そうね」

「そうでもないわ。楽しいことばかりよ。今日は今までで一番楽しかった」

 からりと笑う星南やっぱり魅力的で、凄いアイドルなんだと実感させられる。

「冬はあなたも出てくれるのでしょう?」

 王者としての鋭い目つきが私を射抜く。まるで挑戦状だわ。

「今回のHIF次第とは聞いているけれど、そうなるかもしれないわね」

「燐羽は私に勝てる?」

「……どうかしら。今のままじゃ無理でしょうね」

「そう。私の力じゃあなたには届けられなかったのね」

 ちゃんと届いていたわ。教えるのが悔しくて、何も言えず静寂が広がる。

 静けさに耐えられなくなったわけじゃないけれど、ライブの瞬間。ライブで感じた懐かしさ、その答え合わせをしたい。いつの間にか頭の中を埋め尽くしていた疑問。それを口にしていた。

「ねぇ……星南はお姉ちゃんのこと知ってたの?」

「賀陽継さんの事ね。交流はないわ。でも、素晴らしいアイドルだった。辞めてしまったのを悔しく思ったものよ」

「辞めた理由は?」

「正式な発表はなかったはずよ」

 そうよね。私も最近まで知らなかったんだもの。私に夢を見た、追いつく私に全てを託して辞めた。

「私が辞めさせたの。私の憧れが、夢が、彼女を終わらせた」

 星南は静かに息を呑んだ。

「あぁ勘違いしないで、私達の仲は悪くないわ。今は良好。だけど、アイドル賀陽継。かつての一番星。太陽と称されたあの人を壊したのは紛れもなく私なの」

 仲直りする機会もあの人が作ってくれたものだけど。あれから小さな連絡はとっていて、お姉ちゃんからも私を気にするメッセージが来る。充分良好といえるわよね?

 重くなった雰囲気を誤魔化すように、私は温かい光の街並みに視線を落とす。

「前に星南が私に言ったでしょう。憧れるのが怖いのねって。そうよ。私は憧れるのが怖い。また他の誰かの夢を奪ってしまう事が怖い」

 隠しきれなかった恐怖感が声をわずかに震わせる。星南にも伝わったみたい。私意外と隠し事って苦手なのかも。

「それでもまだアイドルを続けるの?」

 恐怖の中まだ、歩けるのか?先を見て歩むのか?先輩アイドルからの助言。そう聞こえた。

 この人は諦めたり、辞めたり、そんなアイドル達を見てきたから出てきたのだろう。大丈夫なの?私を心配する気持ちに溢れている。

 一人ならもうとっくに辞めてたでしょうね。

「一度はやめたわ。3年も前にね。そんな残り火の私を繋ぎ止める人がいた。一度だけ、たった一度の私の輝きを覚えていた人。3年間その光を導にして歩き続けて、私のところに手を伸ばしてくれた。信じる力をくれた人がいるの」

「そう。いい巡り合わせがあったのね」

 嬉しそうに笑う星南は本当に太陽みたい。

「燐羽。人は悩むようにできている」

 よく知った言葉。何度も口にしたあの曲の一節。

「私達アイドルにも当然その苦しみはずっと付きまとうわ。あなたが放つ輝き、あなたは眩しすぎる」

 眩しすぎる。その一言は初めて言われたのにも関わらず、どこか私にぴたりと合わさった気がした。

「だから、何かに憧れるのはやめなさい。確かに憧れは私達アイドルの原動力で、走り出す力よ。でも、燐羽がアイドルを続けていく力にはなってくれない。最初の憧れ。それに代わるものなんてこの世界に存在しないわ」

 長い時間をかけてようやく得た私の答えに、二度の会話で辿り着いてしまう星南。やっぱりあなたプロデューサー向いてるわよ。あの人と同じだもの。

 上がっていく口角に力を入れて隠す。理解してもらえるのが嬉しい……なんて教えたくないじゃない?

「あなたもそう思うのね。最近私も同じ事を思ったところよ。アイドル賀陽燐羽に必要なのは憧れじゃないのだと」

「答えは見つかりそう?」

 今度は私の番。今から一番星に喧嘩を売る。お礼をしなくちゃね。

「見つかったわ、今日。聞いてくれるかしら?」

 星南は眉を寄せ、困ったようで。

「私でいいの?プロデューサーがいるのでしょう?」

「あの人にはもっと形にしてから話したいもの。それに、これは私の信条みたいなものよ。これから宣戦布告されるのに、理由を知らないなんて嫌でしょう?」

 さっきの困惑なんて無かったことにして、私の目の前に悠然と、立ち塞がる壁のように大きく両手を広げる星南。

「迷っている星々に寄り添うのも私の役目ね。いいわ、この一番星(プリマステラ)、十王星南が聞いてあげる」

 ありがとう。その姿が私にとって欲しいもの、私が挑むべき十王星南だ。

 全てを受け止めてあげる。その優しさに甘えて、賀陽燐羽の全てを晒す事にした。

「私の恐怖、その正体……それは賀陽継を無かったことにしてしまう事」

 姉をなかった事にしてしまいかねない。私の輝きは、他人から見たら眩し過ぎて、過去を消してしまいかねない。

「これは最近、ようやく自分で理解できた事なんだけれど、元一番星の妹。その肩書きで自分の大好きなアイドルが無かったことにされそうで嫌だったの」

 大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。今までの後悔を吐き出して、覚悟を持つ。

「さっき星南も言ったでしょう?輝きが眩しすぎると。過去にしてしまって無かったことにしてしまう。そんな恐怖」

 いつの日か、賀陽燐羽が賀陽継を超えて一番星になった!とか言われた日には本当に動く気力も無くなると思うわ。

 姉を超えたとか、適当なことを言われて過去にされてしまう。それが嫌だった。そうなる現実を恐れて、私は自分から逃げた。

「だから、本気でアイドルになる覚悟が無かった。過去も今も全てのアイドルを乗り超えていく。そんなアイドルになるのが怖かった」

 逃げても過去は追ってきていて、適当に受け流して呼吸をしていた。

 生きてはいる。死んではいない。その狭間。本気になるのが怖かった。誰かを傷つけるのが、光を奪うのが怖かった。

「この恐怖をあなたが消してくれた。

 今日の本戦。心が震えた。あなたの魅せる輝きの中に、確かに懐かしさを覚えたの。かつての一番星達、多分……あなたが憧れてきた多くのアイドル。その中に間違いなくお姉ちゃんもいた。

 私以外にもあの人を覚えている人がいて、その輝きを受け継いだ人がいる」

 賀陽継の輝き。それを否定するのを恐れた私。否定するんじゃなくて……私の中にもあの太陽があるのなら?

 賀陽燐羽の中に勝手に太陽を見る。その意味が星南を通して、やっと分かった。

「それなら、私にも出来るんじゃないかと思ったの」

「何を?」

「賀陽継を受け継いだ輝き、その片鱗を見せつけて、本物の私……アイドル賀陽燐羽として頂点に立つ。

 今度こそ本物の太陽のように、触れるもの全てを照らす存在。

 私の原点、太陽のようなアイドルに」

 星南が見たことのない表情で、私を見上げた。彼女のほうが背が高いはずなのに、どうしてか、私を見上げた……様に見える。まるで眩しく光るものを見つめる様に。

「傲慢ね。でも、とっても強い光。燐羽、あなた今凄く良い顔してるわ」

 一番星からの激励をしっかりと噛み締めた。今の私は蠱惑的に、挑発的に、良い顔をしてる。やっと理解できたんだもの、私自身を。

「お礼と言っちゃなんだけど、安心しなさい一番星。

 あなたは私が倒すわ。そして思い出させてあげる。重積を全部壊して普通のアイドルにしてあげる。メッキのない十王星南の方が素敵だって世間に見せてあげる」

 この前の意趣返し。まっすぐと伸ばした指先を星南の鼻先へ向ける。あなたを倒すと誓って。

 彼女の瞳が大きく見開いた、まるで宝物を見つけた時のように。嬉しさを隠そうともせず口元が弧を描く。

「私にそんな啖呵を切れる人はあなた以外にはいないでしょうね」

 星南は覚悟を灯して、大きな壁として、堂々と私の前へ、トップアイドルとして私の前に立った。

「なら、やってみせなさい。一番星(プリマステラ)として受けて立つわ」

「約束よ?星南。十王星南が背負ってきた全てを無くした時、あなたがどんな顔をするのか今から楽しみ」

 どうやら一番星として役目は終えたみたいで、星南はぷくりと可愛く頬を膨らませた。

「まったく可愛くない後輩ね!」

「いじめ甲斐のある先輩が悪いのよ?」

 

 

 心地のいい緊張感に満ちている。

 HIFで再度、頂に輝いた十王星南。彼女の言葉は多くのアイドルの標となって光り輝いている。

一番星(プリマステラ)を目指しなさい。あなた達の夢はここにある!」

 震えた。震えてしまった。きっと星南は何度倒しても、その分立ち上がって向かってくる。いいえ、私は勝つことすら難しいかもしれない。

 そんな一番星が生まれた。

 アイドルを目指していたみんなが突如として、一番星をみる目が変わる。

 そんな中の解散ライブ。全く気にしないなんて出来るわけなくて、始まる前から異質な空気が会場を締め付けていた。

 舞台袖からでも感じるどこか変わった雰囲気。会場はほぼ満員。私たちのカラーは三人とも青い色に寄っているから、会場を埋める光も青ばかり。

 SyngUp!の初ライブはこんな大きな会場じゃなかったし、屋外だから分からなかったけど、こんなに綺麗なのね。どこか他人事の様に眺めている私。

 プロデューサーは控え室で別れてから、会場内に向かった。今頃はこの青い光のどこかに紛れているのだろう。

 今回はプロデューサーとしてじゃなくて、一人のファンとして、ライブを見て欲しい。そうお願いした。

 だから彼は一足先にこの光の中で私達が現れるのを待ってるはず。

 始まる直前、溜まった熱を吐き出す様に会場を眺めている私に、緊張なんて微塵も感じさせない二人の声が聞こえてくる。

「今更だけど、私がセンターでいいの?」

 手毬が本番直前になって、立ち位置はこのままでいいのか?なんて言い出した。この子、意外と緊張して……そんなわけないか。

「SyngUp!は月村手毬のワンマンチーム。そういう認識よ。今更変える必要ある?」

「あるよ。だってリーダーは私たちを引っ張ってくれてるのは」

 燐羽じゃん。恐らくそう続く言葉を止めた。

「いいの」

 私は立ち位置に不満を感じたこともないし、手毬を中心に動くこのチームの動きが好き。だからこのままでいいの。

「手毬、美鈴」

 知らないうちに頼もしくなった仲間達の顔。二人に気合いを入れるのは、いくわよ。なんてありきたりな言葉じゃない。

「いい?足引っ張ったら殺すから」

「……りんちゃんこそ、足引っ張らないでくださいね?」

「生意気。誰に言ってるの」

 いつもなら『燐羽こそ足引っ張らないで』とか食い気味に言い返してくるはずの手毬からの返事がない。

「手毬?」

 手毬の方へ視線を移すと、瞳が一際大きく揺れて、溢れた。

 この子!泣いてる?!

「おばか!なんでもう泣きそうな顔してるの!」

「まりちゃん?」

 私たちの声で我に帰ったのか、手毬は涙を拭った。

「え?あ、……ごめん。燐羽の声を聞いたら……なんか」

「なによ」

「もう終わっちゃうんだなって」

「そういうのは後で付き合ってあげるわ。だから今は我慢なさい。アイドルなんでしょう?」

「うん、そうだね。私はみんなに歌を届けるアイドル。待たせてごめん、いけるよ」

 手毬が顔を上げる。それを合図に私達は一歩前へ、少し不恰好な三角形を描く。何も言わずとも手を重ねて、顔を見合わせた。

 私達のSyngUp!の解散ライブが始まる。

 

 Campus mode!!から始まった私たちの解散ライブは、大きな盛り上がりを見せた。

 止まることを知らない熱はファンの声も巻き込んで、渦巻く。一つの大きな力になって輝きを放つ。

 手毬のソロが終わる。

「どうだった私のソロは!」

 息も絶え絶え、ペースを考えていないだろう全力疾走。相変わらずね。

「手毬にしては……いいえ、よく頑張ったわね」

「うん!燐羽もしっかりね」

 手毬から美鈴へ。美鈴のソロが終わる。

「どうでしたか?」

「あなたねぇ……こんな雰囲気にしてから繋げるなんて何考えてるのよ。それに新曲の初披露……良かったの?」

「私にとってはこれが一番だったんです。それに、りんちゃんなら私の夜空も超えられるでしょう?」

 隠すことすらしなくなった挑発。美鈴なりの本気の形。

「……いつか美鈴を引き摺り下ろしてやろうと思っていたけれど、こんなに早く機会が来るなんてね。やってやるわよ」

 

 舞台に上がる階段。一人で登る舞台の上。どこか寂しくて、寂しさを感じる前に吹き飛ばしていく騒がしい歓声。会場が私を歓迎してくれていた。

 賀陽燐羽は夜空すらも照らす、太陽の様に見た人を、触れたものを明るく輝かせるアイドル。

 私の歌を聴いてもらうのに、長い話は必要ない。たった一言、それだけで雰囲気を支配する。私の世界。

 

『聴いて……約束』

 

 今までの全てを込める。手毬の歌を超える。美鈴の夜空を越える。今ここでSyngUp!への想い、過去を超えること全て、この曲に。

 なんて歌えばいいのだろう。どうすればいいのだろう。どうしたら届くのだろう。考えていた事は全部吹き飛んでいた。

 アイドルなら考えて歌うなんてことしない。積み重ねたものを信じて、全力を出し切るだけ。

 客席の方、私を待っていたプロデューサーと隣に微かに見える過去の影。

 見ていて。強く視線に込めた。あなた達の瞳を見て歌いたい。

 そして私は大きく息を吸った。

 SyngUp!(過去)に別れを告げる。

 

『ねぇ、今。見つめているよ離れていても』

 

 届くといいな。あの子にも、諦めた先には光があって、逃げたくなる時も自分自身が嫌いになる時もあるけれど、その先であなたに光を当ててくれる人が現れる。

 未来を怖がらなくて済む。明日を願えるそんな希望の歌。

 

『歌おう天を超えて

 想いが届くように

 約束しよう 前を向くこと』

 

 私は前に進むね。

 絶対にここまで辿り着きなさい。私が見たものはあなたにとっても大切なものになる。

 だから安心してここまで来なさい。私の最高の輝き。アイドルの証明。魅せてあげる。

 プロデューサーの隣、幼い私が笑った。

 

『歩いて行こう決めた道

 歌って行こう

 祈りを響すように

 そっと誓うよ

 君と仲間に

 約束』

 

 歌い終わった時、鳴り響いた喝采。会場を彩り埋め尽くす青いペンライトの海。この光景。きっと私は一生……忘れられないんだろうな。

 全力を出しすぎたようで、ふらつく足元を、アイドルとしてギリギリ残っていた見栄だけで舞台袖まで歩いた。

 はっきりとしない意識の中で私を呼ぶ声がする。

 

「燐羽!!」

「りんちゃん」

 

 あぁ。良かった。届いたんだ。

 二人の瞳が揺れて、雫が落ちる。

 揺れる瞳の中に答えがあった。

 私がいた。

 あの日アイドルになれた日の様に。

 あの子のように笑ってる……

 私を呼ぶ仲間達の声が重なった。

「おかえり賀陽燐羽(燐羽/りんちゃん)

 そっか。ここが私の居場所……

 私、賀陽燐羽(わたし)……はアイドルになれたよ。

「ただいま」

    

 結局のところ私は魂も心も体も全てがアイドルとして刻まれているのだろう。アイドルとしての自覚、覚悟が足りてないそれだけの事だった。

 その覚悟を引き出したのは紛れもなく、彼とSyngUp!のメンバーで感謝をしようにもみんなは受け取りはしない、気がする。

 だから私はこの道を歩んでいくそれが一番みんなが喜ぶはず……もちろん、私も含めて。

 二人の瞳に映った私は夢の女の子と重なって、

『やっと前を向けたね』

 そう笑っていたと思う。もうあの夢は見ないだろう。そんな確かな予感がある。

 こんな話を解決した!って言うのも少し恥ずかしい。プロデューサーなら笑うことは無いだろうけれど、後で思い出話として話せればいいなと思う。

       

       

 解散ライブから一夜明けた。ライブ直後に予定していたミーティングは疲れ果て、三人一緒に一塊で寝過ごした。何やってるのかしら私……

 いつものように、教室に二人きり。ミーティングだっていうのに集まりが悪いと思っていたら、手毬と美鈴はもう満足したらしく、プロデューサーにお礼を言って帰って行ったらしい。本当に勝手な奴ら。……私が言えることではないか。

 SyngUp!の溜まり場から解放された教室はどこか寂しい。やっぱり賑やかな方が合ってるのかも。

 いつもなら勝手に進めるプロデューサーも何故か今日に限ってだんまりを決め込んでいる。調子悪いのかしらね?そういう風には見えないけれど……

「解散ライブお疲れ様でした」

 ようやく出てきたのは月並みな労い。本当に調子が悪そう。

「プロデューサー。あなたから見た私達の解散ライブはどうだった?」

「……そうですね。最高でした。やはりこれっきりにしてしまうのは惜しい。いつかまたSyngUp!のライブを企画したいと思います」

 解散ライブの次も考える。やっぱりこの人は口にはしないけれど、SyngUp!がよほど好きらしい。

 というか、この人あれね。単純に解散ライブに想いを馳せていたというか……満足して意気消沈って感じ。

「欲張りね」

 私をプロデュースしながら、SyngUp!もプロデュースする。まぁ……仕方ないか、私の事を大切に想うならSyngUp!も大事にしてしまいそうだし……?それより、

「私はどうだった?あなたの信じたアイドルになれた?」

「最初からずっと貴方は私の太陽ですよ」

 いつもより少し幼く見えるプロデューサー。この顔でその瞳で私を見ていてくれたのね。愛おしさが湧いてくる。どうやら私も相当、絆されているらしい。

「随分と待たせたわね。これからも私をプロデュースしてくれる?」

 はいかYES。選択肢なんてあげないわよ?……なんて、あなたの答えは決まっているのにわざわざ聞くあたりちょっと情けない。

「貴方のプロデューサーは私じゃないと務まりませんから」

 持ち上がった口角に、浮かび上がる笑み。全部隠して平常を装う。プロデューサーの前ではかっこいいアイドルでいたい。

 見え透いたプライドを張り付けて、誤魔化すためにわざと大きく両手を合わせた。

「じゃあやり残しはコレで終わりね。これからの話をしましょう」

「そうですね。では、一番星。取りにいきましょうか」

 一番星を取るという発言に驚いて、唖然としてしまう。合わせた両手がうまく離れない……

「驚く様なことでしょうか?」

「だってあなたこの前は一番星はまだ遠いって言い切ってたじゃない。なのに」

「言ったでしょう?賀陽燐羽はトップアイドルとも競える数値を手にしている。と」

 確かに最初からプロデューサーはそう言っていた。でも、納得できないわよ。

「それは……そうだけど」

「それに、十王星南のお墨付きです」

「星南と話したの?」

 簡易化された冬のHIFの資料を手渡される。目を通す気になれなくて、そっと机に置いた。

「次のHIFについての会議に呼ばれまして、必ず参加させろとの事です」

「相変わらず勝手ね……」

 まぁ喧嘩を売ったのだから望むところではあるけれど……この事、いつプロデューサーに伝えようかしら。

 熱に浮かされたとは言え、売り言葉に買い言葉。以前止められているのに、すぐに宣戦布告をするなんて……

 どうしたものか考えながら相槌を打っていると、聞き流せない言葉が耳に入った。

「初めてのアイドルだそうですよ。数値の上限が見えないのは」

「あなた……その話信じてるの?」

「いいえ。ですが、燐羽さんはどんな壁も壊していける。無限の可能性……とでも言いますか、不可能というものがないと思っています」

「過大評価しすぎ」

 大きすぎる無償の親愛。上がっていく心拍数を気付かないふりして誤魔化してみる。この人、恥ずかしいとかそういう感情ないのかしら!

「それに……私の太陽はどこまでも行ける、どんな暗闇も照らし、輝きを見せる。そういうものです」

「……期待が重いわ」

 もう無理。絶対真っ赤になってるわ……この人の愛情?信頼?重すぎる……

 誤魔化しきれない熱を隠して、日差しに顔を向けた。赤くなった頬が日差しのせいだと勘違いされますように。

「目標は冬ね」

「簡単ではありませんよ」

「分かってるわ。みんな一番星を狙う。トップアイドルへの最短距離だもの。それにあんなステージを見せられて、俯く子達はアイドル向いてないわ。手毬にも美鈴にも、咲季お姉ちゃんにも、星南にだって負けない」

 ぐすりと鼻を啜るような音がした。気になってプロデューサーの方へ振り返ってみる。

「どうしたの?」

「いえ、本当にアイドルになったのだと思って……」

 万感の想いとでもいうのだろうか。泣きそうにそれでも嬉しそうに、どこか悲しそうに、なんとも言えない表情。それでも瞳だけは優しくて。

「どこか寂しそうにアイドルを見る燐羽さんを見ていたので、本気になった燐羽さんがこんなに眩しいものだと思っていませんでした。確かに貴方は少しばかり、眩しすぎる」

「そうしたのはあなたよ?」

「分かっています。私もこの輝きに負けないようにしなくては」

「そうね。プロデューサーが付いて来れなくなったら、私アイドル辞めるから」

 冗談みたく聞こえるようにしたけれど、嘘じゃない。多分プロデューサーにも伝わったと思う。辞める、そう聞いた時彼は僅かに喉を鳴らした。

「責任重大ですね」

「大変だと思うわ。私の相手は」

「そう思うのなら手加減してくれればいいのですが」

「手の抜き方を教えてもらった事はないから無理な話ね。せいぜい頑張りなさい」

 落ち着きを取り戻した私はやっぱりプロデューサーのことを考えてしまう。

 ここまで全て、私に託して尽くして。プロデューサーはもっと報われていい。もっと強欲になっていいのに……

「ねぇあなたの夢はないの?」

「夢なら叶えてもらっています」

「増えたっていいじゃない?」

「……難しい事を言いますね。そんなすぐには増えませんよ」

 この人はこういう人だ。分かっている。

 ……

 プロデューサーが私に祈るなら、私がそのぶん強欲になる。ちょっと、いやかなり欲張っても許されるはず、多分。

「そう。なら、私を夢にしなさい。

 私に夢を願い続けなさい。ずっとそばで祈っていなさい。

 私が全部叶えてあげる。

 プロデューサーとしての喜びも嬉しさも、達成感も全部……あ、悔しいってとこだけは無理かも、私全部勝つつもりだから」

「相変わらず、とんでもないこと言いますね……」

 私のせいで幾度となく寄った眉間の皺を揉みほぐすプロデューサー。

「あなたがいるからよ」

 さすがに全戦全勝とか、無敗のアイドルを目指すわけではないけれど、私のプロデューサーって凄いのよ!って世界に伝わればいいなと思う。

 アイドルとしてどう見えるかどう見せたいか。そんなのは考えたこともない。私に太陽を見るというのなら勝手にどうぞ。私は全てを照らして焼き付ける、結局のところ私の輝きはどこまで行ってもそれしか出来ない。

 だけど、あなたにだけは見せたい景色がある。プロデューサーが見つけた終わり際の星。その星はまだ輝く準備をしていただけ、見つけてもらえるのを待っていた。

 あなたが手を引いたから、私を見つけてくれたから、私は……私は、

 

一番星(プリマステラ)になるわ」

 

 心の底から、強く想う。祈りを込めた私自身への誓い、約束。

 そして、世界で一番のアイドル……違うわね。

 あなたにとっての一番のアイドルになりたい。

 すとんと胸に落ちた想いは、ピタリとハマった気がした。

 なによ……こんなに簡単なことだったのね。

「ねぇプロデューサー?お願いがあるの」

 迎いに座るプロデューサーは即座に姿勢を整え、私に向かい直した。そんなに威圧的だったかしら?

「ちょっと怖いですね。燐羽さんからちゃんとお願いをされるというのは」

 日頃の行いが悪かったのね。反省しましょう。

 後に自分の行いを顧みることを決意して、改めてプロデューサーに向き直る。

「アイドルの輝きというのは誰かが決めるものよ。自分自身じゃない。だから、私は自分の姿がわからないまま歩き続けると思うの」

 太陽だなんだと言われても、結局のところ私は、私が分からない。太陽だなんて思ったことはない。ただ願っているだけ。

「最後まで歩き続けてみせる。あなたが私に最初に願った想い。

『すべてをやりきって、笑ってステージから降りる』

 必ずやり遂げるわ。だから……」

 付いてきてくれる?そうお願いする前にプロデューサーは私の台詞が分かっていたみたいに。前もって準備をしてきた言葉のように。

「はい。最後まであなたについていきます」

 意思と覚悟。幾度となく私に見せてくれたプロデューサーの本心が伝わってきた。

 本当にいつも、何度でも欲しい言葉をくれる。信じる心も何もかも、私が本物のアイドルになるために必要なものは、全部。ぜ〜んぶあなたが与えてくれた。

 もう隠すことはしない。アイドルの私も、そうじゃない私も全部知ってもらって、答えを聞こう。

 笑って舞台を降りた先、その先で微笑むあなたに向かって……こう聞くんだ。

『ねぇ?あなたにとって賀陽燐羽ってどんなアイドルだった?』ってね。

「最後までついてきなさいよ!約束!」

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