学園生活を満喫したいだけのモブ(チート)   作:ハスバル

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白雲の章
第13章:黎明の警鐘、歴史の歯車


ガルグ=マク大修道院の夜は、いつも厳かで、どこか冷ややかだ。

昼間のあのお茶会という名の

「三学級女子によるマイルズ争奪外交戦(地獄)」

から命からがら逃げ出し、宿舎の自室で胃薬を飲んで泥のように眠っていた俺は、深夜、扉を激しく叩く音で叩き起こされた。

 

「マイルズ! 起きているか! 緊急の伝令だ!」

 

扉を開けると、そこには息を切らせた金鹿の学級のローレンツが立っていた。いつもの薔薇は持っておらず、その表情は珍しく硬い。彼の後ろには、夜番の修道騎士が一人、神妙な面持ちで控えていた。

 

「ローレンツくん……? こんな夜中に何ですか。俺、明日もリシテアさんの魔道論文の翻訳とヒルダさんのお茶の用意で、朝5時起きなんですけど……」

 

「そんなことを言っている場合ではない! 君の実家――領主である君の父親上から、大修道院(士官学校)の受付に、至急の『召喚状』が届いた。それも、教会の正規の早馬を使って、特級の緊急案件としてだ」

 

「え……? 実家から?」

手渡された羊皮紙の書状には、我が実家である地方小領主の紋章が押され、父親の厳格な筆跡でこう書かれていた。

 

マイルズへ。

> 至急、領地へ戻れ。緊急事態だ。

> ガルグ=マク近郊、および我が領地の境界付近において、大規模な野盗の集団が活動を開始したとの報が入った。領民の安全を確保するため、直ちに迎撃および防衛体制を敷かねばならない。

> 本来であれば、領主である私、あるいは国境の防衛を担う長男、近隣貴族との折衝にあたる次男のいずれかが指揮を執るべき案件だ。

しかし現在、私は急な重病(痛風の悪化)で動けず、長男は国境での小競り合いから離れられず、次男は他領への外交使節として遠方に赴いている。

つまり、我が家に残された動かせる指揮官は、三男であるお前しかいない。

> お前が士官学校に入学して間もないことは百も承知だが、我が領地の危機だ。お前が大修道院で培った知識(と、なぜか噂に聞こえてくる規格外の技術)を以て、領地防衛の指揮を執れ。夜明け前に大修道院を出発することを許可する』

 

「……。…………は?」

 

俺は深夜の冷気の中で、頭を抱えた。

転生する前の俺の身体はごく普通だし、今だって本質はただの平和主義者のモブだ。それなのに、父親の痛風と兄貴たちの不在という「あまりにもタイミングの悪すぎる不運」が重なった結果、消去法で三男の俺に実家の軍事指揮権が回ってきてしまったらしい。

 

「なんてことだ……。歴史の裏で暗躍する『闇に蠢く者』とかいう組織のせいか、それともただの親父の不摂生のせいか知らんが、なんで俺が実家の防衛戦なんかやらなきゃいけないんだ……!」

 

「マイルズくん、何をブツブツと言っているのかね?」

ローレンツが怪訝そうに俺を見る。

 

「内容の詳細はプライベートなことゆえ聞かんが、修道会側も、君の家庭の事情(領地防衛の危機)を鑑み、数日間の特別休暇を承認した。今すぐ支度をして、門へ向かうといい。同盟の貴族として、領地を守る義務を果たす君の健闘を祈るよ」

 

「……分かりました。すぐ行きます」

 

俺は即座に荷物をまとめた。

だが、心のどこかで、ほんの少しの「安堵」があったのも事実だ。

ここ数日、俺の周囲の環境はおかしかった。大図書館の機密を解読し、市場の商財をひっくり返し、昼間のお茶会では三学級の女子全員を胃袋から完全に掌握してしまった。このままガルグ=マクに居続ければ、間違いなく近いうちにクロードやエーデルガルト、あるいは大司教レアによって「フォドラを揺るがす超一級の戦略兵器(兼、シェフ)」として、歴史の表舞台に引きずり出されていただろう。

(一度、実家に帰って、大人しく領地の防衛戦(モブ作業)をこなそう。賊を適当に追い払って、それから普通の、ただのしがない三男坊の生徒として、静かに大修道院に戻ってこよう……)

 

俺は【気配遮断:S】を発動させ、深夜の静まり返った宿舎の廊下を、誰にも見つからないように歩いた。

金鹿の談話室の前を通りかかった時、ふと、奥の部屋の明かりが点いているのが見えた。

 

「――おや。こんな夜更けに、足音ひとつ立てずに動くネズミがいると思ったら。マイルズ、お前か?」

影から現れたのは、やはりクロードだった。彼はいつもの飄々とした笑みを浮かべていたが、その手には、ガルグ=マク近郊の精密な「野外地図」が握られていた。

 

「クロードくん……。すいません、実家の急用で、数日間、帰省することになりました。挨拶もせずにすいません」

 

「帰省? へえ……」

クロードは目を細め、俺の持つ荷物と、ローレンツから渡された書状の端切れに視線を走らせた。

 

「あの合理主義者のローレンツが夜中に動くってことは、本当の緊急事態らしいな。お前を引き止める権利は俺にはないが……ちぇっ、残念だ。明日からの『合同野外戦術演習』、お前が淹れてくれる美味いハーブティーを飲みながら、高みの見物を決め込もうと思ってたんだがね」

 

「野外演習……?」

 

「ああ。近郊の広場を使って、三学級合同で行う実戦形式の演習さ。入学直後の緊張感をほぐすための、ちょっとした小競り合いさ。引率のベテラン教師も同行するし、教会の修道騎士団が周囲をがっちりガードしてる。危険なんて何もない、ただの退屈な学校行事さ」

 

クロードはそう言って笑ったが、その瞳の奥には、どこか冷ややかな計算が宿っていた。

――危険なんて何もない、ただの退屈な行事。

原作の知識を持つ俺の脳内に、その言葉が冷たい激痛となって突き刺さる。

(待て。三学級合同の、野外演習……? 入学直後……引率の教師……)

ハッと気づいた時には、背中に冷や汗が流れていた。

 

それは、ゲーム『ファイアーエムブレム 風花雪月』の、まさに**「本編開始の直前」**に行われるはずの、あのイベントではないか。

本来なら、主人公(ベレト/ベレス)がジェラルト傭兵団と共に大修道院へ迎えられる「きっかけ」となる、あの野盗の襲撃事件――。

 

「クロードくん、その演習、場所はどこで……?」

 

「ん? ガルグ=マクから北に数マイル離れた、赤き谷の近くの平原だが……。どうした? 急に怖い顔をして。お前が心配することじゃないさ。俺たちには、頼もしい騎士団がついているんだからね」

クロードは俺の肩をポンと叩くと、

「実家の用事、早く済ませて戻ってこいよ。お前がいないと、リシテアが論文の続きが書けないって大騒ぎするし、ヒルダもお茶会のモチベーションが下がるって拗ねちまうからな」

と言って、部屋の奥へと消えていった。

 

俺は宿舎の出口へと急ぎながら、激しい葛藤に襲われていた。

これから起こる。間違いなく、あの凄惨な「野盗の奇襲」が。

そして、生徒を守るべき引率の教師が恐怖で逃げ出し、指揮系統が崩壊する。

クロードは状況を打開するために「逃げる」という合理的な選択をし、それを追ったエーデルガルトとディミトリと共に、三人だけで夜の森の奥へと孤立することになるのだ。

 

(俺が、ここに残っていれば……【限界突破】したスキルで、野盗の集団を神速で生け捕りにして、歴史のバグをすべて未然に防げたかもしれない……)

だが、手元にある実家からの召喚状が、容赦なく俺の現実を突き動かす。

もし今すぐ帰らなければ、実家の領地が野盗に蹂躙され、俺は歴史の表舞台ではなく、フォドラの「領地を守れなかった無能な三男」として歴史に名を残すことになってしまう。

 

「クソッ……! 原作のシナリオの強制力ってやつか!? 俺がモブとして動しようとすると、世界が俺を別の場所へ弾き出そうとするのか……!」

 

俺は大修道院の巨大な正門をくぐり、用意されていた夜乗りの馬に飛び乗った。

東の空が、ほんの少しだけ白み始めている。

 

「クロードくん、エーデルガルト様、ディミトリ様……。どうか、原作通りに、あの『傭兵の主人公』に出会って、無事に生き延びてくれ……! 俺は実家で、押し付けられた防衛戦を必死に戦ってくるから……!」

俺は馬の腹を蹴り、ガルグ=マクの峻険な山道を、神速の速度で駆け下りていった。

それが、フォドラの運命を大きく変える「激動の三日間」の、静かな幕開けだった。

 

 

 

マイルズが大修道院を去った、その数時間後。

五月の爽やかな太陽がフォドラの台地を照らす中、ガルグ=マク近郊のなだらかな丘陵地帯において、予定通り「三学級合同野外戦術演習」が開始されていた。

エーデルガルト、ディミトリ、クロードの三級長は、それぞれの思惑を抱えながらも、中央指揮所に陣取る無能な引率教師のもとで演習に臨んでいた。しかし、その静寂は、謎の組織(闇に蠢く者)の手引きを受けた野盗の集団「鉄の王コスタス」の一団による突如とした奇襲によって、無残にも切り裂かれることとなる。

 

 

「ヒッ……! 敵の声が、すぐ近くまで聞こえる……! 私は、私は大司教様にこの危機を報告せねばならない!」

本来、生徒を率いて戦うべきであった引率の教師は、押し寄せる野盗の恐怖に耐えかね、生徒たちを戦場に置き去りにして真っ先に逃亡。これにより騎士団の指揮系統は完全に崩壊した。

 

「総員、撤退だ」

クロードは即座に「逃げる」という合理的な選択をし、深い森の中へと走り出す。エーデルガルトとディミトリも、この混乱した戦場から一時離脱し、地形を利用して立て直すためにクロードの後を追った。結果として、三人の級長は他の生徒や騎士たちから完全に分断され、夜の帳が下りつつある霧深い森の奥へと孤立していくのだった。

 

 

「ハァ……ハァ……。おいおい、あいつら、なんで俺の後を追ってきやがったんだよ……!」

木漏れ日すら届かない、霧の立ち込めた深い森の中。

クロード、エーデルガルト、ディミトリの三人は、背後に迫るコスタスの野盗集団に包囲され、絶体絶命の窮地に陥っていた。

 

「……全くだ。平民のモブを気取っていたあのマイルズがいれば、今頃、この森の完璧な脱出ルートを神速で構築してくれたり、あるいは追手の野盗全員を一瞬で倒してくれたんだろうがねぇ」

クロードが小さくぼやいた。

 

しかし、その窮地を救ったのは、偶然にも近くに拠点を置いていた**ジェラルト傭兵団**、そして感情を一切表に出さない人形のような瞳をした**若き傭兵(主人公)**だった。

主人公が静かに鉄の剣を抜き、コスタスに向かって真っ直ぐに歩み出たその瞬間、歴史の歯車は本来の完璧な形で噛み合い、ゲーム『ファイアーエムブレム 風花雪月』の壮大な物語が

今、まさに幕を開けた。

 

 

 

一方その頃、実家(三男坊の戦場)にて

 

 

 

「――シュババババババババババババババッ (配置)!!!!! そこだ、防衛柵を神速で構築しろ!!」

フォドラの命運を分ける三級長と主人公の邂逅が深い森の中で行われていた、まさにその同時刻。

 

ガルグ=マクから離れた、マイルズの実家である地方領主の館の境界線では、**歴史の戦争よりもある意味で無駄のない「超高速の防衛戦」**が繰り広げられていた。 

 

「オラァァァァァァァ!! 突っ込んできても無駄だぞ、野盗どもォォォォォォ!!」

 

マイルズは、実家に到着するや否や、自身のクソバグスキル【家事万能・日曜大工:S】と【精密複製:S】、そして【限界突破】をフル出力し、押し寄せる野盗の集団を前に、一人で「神速の防衛砦」を築き上げていた。

 

本来なら、訓練された領地兵たちが数日かけて設置するはずの頑丈な木製の逆茂木(さかもぎ)が、マイルズの【家事万能】の手にかかれば、まるで『野菜の飾り切り』と同じ感覚で、コンマ数秒で丸太から削り出され、地面に突き刺さっていく。

 

「な、何なんだあいつは……!? たった一人で、なんで一瞬にして俺たちの進路に防衛線を張りやがるんだ!?」

襲撃してきた野盗たちが、目の前で残像を伴いながら爆速で組み上がっていく防衛柵を見て、恐怖のあまり足を止める。

 

「マ、マイルズー!! よくやった、さすが我が家の三男だ! 痛風で一歩も動けん父を許してくれ、お前に実家を任せて本当に良かったー!!」

父親が、館の二階の窓から、包帯でぐるぐる巻きにされた足を投げ出しながら応援の声を上げている。

 

「親父は黙って寝てろ!! 兄貴たちも、なんでこんな大事な時に一人もいないんだよ!! クソッ、領地兵の指揮を執るはずが、俺の手際が速すぎて、兵たちが誰も俺の速度についてこれなくて結局ワンマン防衛戦になってるじゃねえか!!」

 

マイルズは、自身の両手を【限界突破】の速度で動かし、突っ込んできた野盗の武器を【調理技術:S】の応用で「神速の食材下ごしらえ」の如く、一瞬で紐を解き、武器の柄を分解して無力化していった。

シュババババババババババババババッ!!!!!

カシャアアアアン!!!!!

 

「ふぅ……、ハァ……、ハァ……!! 全員、武装解除完了……! 捕縛しろ!」

マイルズの指示の元、呆然としていた領地兵たちが、武器を失って腰を抜かした野盗たちを次々と縄で縛り上げていく。こうして、押し寄せた野盗の集団は、マイルズという「規格外の三男」の超絶技巧によって、一人の犠牲者も出すことなく完全に制圧されたのだった。

マイルズはその場にひっくり返り、煤塗れになった顔で、夜空に浮かぶ美しい月を見上げた。

 

「……終わった。俺の、俺の実家での防衛戦が、今、完全に終わったんだ……」

 

マイルズは、自身の指先の感覚が、完全に「一流の戦術建築家(兼、神速の捕縛聖者)」として限界突破してしまったことを自覚し、深い絶望の溜息をついた。

父親や兄たちの代わりに完璧に領地を守り抜いてしまった以上、近隣の貴族たちからは「三男坊は恐ろしい傑物だ」と噂され、大修道院に戻った後も別の意味で目を付けられるのは確実だった。

 

「はぁ……。大修道院(ガルグ=マク)のみんなは、今頃、平和にのんびりと野外演習を楽しんでるんだろうなぁ……。クロードくんもお茶会したいとか言てったし、ドロテアさんも優しく迎えてくれるって言ってたし……。早く、あの温かくて平和な士官学校のモブライフに戻りたいなぁ……」

 

マイルズは、自分がいない間に、ガルグ=マクの周囲で「フォドラの歴史を血で洗う、覇道と狂気の物語(原作本編)」が、完璧な形で開幕してしまったことなど、露ほども知らなかった。

 

夜風が、煤塗れの平民気取りの三男坊の頬を優しく撫でる。

実家の危機を救い、再び大修道院へと足を踏み入れる時――そこには、傭兵の主人公を新たな担任教師として迎えた、一歩も引けない「三学級の運命の戦場」が、彼を360度完全に包囲して待ち受けているのだった。

 

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