実家であるマイルズ領の防衛戦を、「神速の防衛柵構築」と「一ミリの容赦もない捕縛術」という、お馴染みのバグまみれの潜在スキルで強引にねじ伏せてから数日。父親の痛風の容態が驚異的な速度で安定したのを見届け、俺は再び愛馬の腹を蹴り、ガルグ=マク大修道院へと戻ってきた。
五月の爽やかな朝の光が、フォドラの大地を白々と照らしている。本来であれば、新緑の匂いと共に士官学校の生徒たちの活気ある声が響いているはずの時間帯だ。
しかし、愛馬の手綱を引きながら大修道院の巨大な大正門をくぐった瞬間、俺の肌を刺したのは、奇妙なほどに張り詰めた、重苦しい緊張の空気だった。
門衛の兵士たちの視線はどこか泳いでおり、すれ違う修道騎士たちの足音も、いつもより心なしか慌ただしい。
(……おいおい、なんだこの空気は。実家の危機を片付けて急いで戻ってきたっていうのに、大修道院の内部で別の爆弾が爆発したような気配がプンプンするぞ)
俺は愛馬を厩舎へと預け、自分の荷物を入れた大きな袋を肩に担ぎ直しながら、宿舎へと続く渡り廊下を歩いた。その道中、生垣の向こうや建物の影から、生徒たちの抑えた囁き声が、風に乗って俺の耳に流れ込んできた。
「……おい、聞いたか? 黒鷲の学級のエーデルガルト様たちが、北の平原で野盗の集団に襲われたらしいぞ」
「ああ、それだけじゃない。我が『金鹿の学級』の担任だったあの先生、賊の顔を見た瞬間に腰を抜かして、生徒を置き去りにして真っ先に馬で逃げ出したんだって……」
「最低だな。教会の面目丸潰れじゃないか。おまけに、そのまま夜逃げして行方不明らしい」
俺はその会話を聞いた瞬間、思わず足を止め、額を押さえた。胃の奥がキリキリと、嫌な音を立てて痛み始める。
(……やっぱりだ。やっぱり、歴史の修正力っていうか、原作のシナリオ通りに進んじまったか)
俺が実家の防衛のためにわずか数日間の特別休暇を取ってガルグ=マクを離れていた間に、あの運命の夜――野盗『鉄の王コスタス』の一団による襲撃事件が発生したのだ。そして、本来なら全学級の担任を任されるはずの歴史の主人公が、何らかの理由で動きを見せている。
さらに、すれ違う生徒たちの噂話は、核心へと迫っていく。
「でも、その窮地を救ったのが、かつて『フォドラ最強』とまで謳われたジェラルト元騎士団長の率いる傭兵団だったらしいのよ」
「そのジェラルト氏の子供が、ものすごく強い女性傭兵でさ……。三級長を一人で守り抜いた功績を称えられて、なんと今日から、我が『金鹿の学級』の新しい専任担任として着任するんだって!」
「他学級の生徒たちが、ものすごく悔しがってたぞ。『なんで金鹿だけあんな凄い先生を独占できるんだ』って」
(待て待て待て、最後の情報はおかしいぞ!?)
俺は心の中で激しくツッコミを入れた。
原作のゲーム通りなら、主人公であるベレス先生は、大司教レアからの直々の指名、あるいは三学級からの熱烈なスカウトを経て、どこか一つの学級の担任(あるいは全学級の統括的な立場)になるはずだ。しかし、噂によれば、彼女は他でもない、我が「金鹿の学級」の専任担任として着任したという。
(元々、うちの担任だったあの無能教師が夜逃げしたから、その空きポストにそのまま収まったってことか……?
勘弁してくれよ。金鹿だけの専任担任になったってことは、
これから毎日、あの歴史の絶対的な中心である『灰色の悪魔』と、至近距離で顔を合わせなきゃいけないってことじゃないか!)
俺の目標は一貫している。
神様(?)から与えられた、家事全般や道具の修繕といった【日常系バグスキル】を適度に使って周囲に溶け込み、フォドラの戦乱を「便利なモブ生徒」として五体満足で生き延びることだ。歴史の主役たちと深く関わり、目立つような真似は絶対に避けなければならない。
しかし、運命の歯車は、俺のささやかな願いを嘲笑うかのように、確実に金鹿の学級を物語の最前線へと押し上げようとしていた。
「はぁ……。文句を言ってても始まらないか。まずは復帰の手続きと、今後の予定を確認するために、教員室へ挨拶に行かないとな」
俺は大きな溜息を吐き出し、重い足取りで中央校舎の教員室へと向かった。
修道院の中央校舎、二階に位置する臨時の教員室。
普段は複数の教師たちが書類を広げ、次の講義の準備をしている場所だが、今は前任の教師が夜逃げした直後ということもあり、奇妙な静寂が漂っていた。
俺は教員室の重厚な木製の扉の前に立ち、服装に乱れがないかを確認した。完璧に洗濯された金鹿の制服、泥のついていないブーツ。よし、どこからどう見ても、ただの清潔で真面目な平民のモブ生徒だ。
トントン、と控えめに扉を叩く。
「失礼します。金鹿の学級のマイルズです。実家からの緊急召喚による特別休暇を終え、ただいま大修道院に帰着いたしました」
「――入りなさい」
中から聞こえてきたのは、冷徹なまでに静かで、どこか抑揚のない、しかし鈴の鳴るように美しい女性の声だった。
その声の響き自体に、戦場を支配する者のような独特の「芯」があり、俺の背筋に冷たい戦慄が走る。
覚悟を決めて、扉をゆっくりと押し開けた。
部屋の奥、窓から差し込む朝光を背に受けて、机の前に座っている一人の女性の姿が目に飛び込んできた。
漆黒の衣服に身を包み、夜の海のように深い、神秘的な蒼髪を持つ女性。
ベレス=アイスナー。
フォドラの戦乱の歴史において、その圧倒的な武勇から『灰色の悪魔』と恐れられた元傭兵であり、この世界の運命の鍵を握る存在。
彼女は机の上に広げられた金鹿の生徒名簿から視線を上げ、じっと俺の顔を見つめてきた。
その瞳には、感情の揺らぎが一切ない。怒りも、喜びも、退屈さすらも存在しない、まるで鏡のような湖面を見つめているかのような、奇妙な圧迫感。彼女が見つめるだけで、部屋の空気が数度下がったのではないかと錯覚するほどだった。
「あなたが、マイルズ。……連絡は受けている」
ベレス先生は名簿に視線を戻し、淡々と、しかし正確に俺の情報を口にした。
「実家の領地が野盗の襲撃を受け、その防衛のために一時帰郷していた。……報告書によれば、あなたは領地兵をほとんど動かさず、一人で村の周囲に完璧な防衛柵を張り巡らせ、賊の武装を解除して捕縛した、とある。入学早々、大変だった。怪我はない?」
「は、はい! 幸いにも、自分も領民も無事です! 報告書の記述は、地方の田舎者が大袈裟に書いたものですよ。ただの日曜大工の延長というか、運が良かっただけです!」
俺は愛想笑いを浮かべながら、内心で激しい冷や汗を流していた。
(危ねぇ!! 実家での神速の日曜大工、教会の報告書にそこまで詳細に書かれてたのかよ! 誰だ、そんな余計な報告を上げたやつは!)
ベレス先生は、俺の必死の弁明に対しても表情を一切変えない。ただ、その深い蒼の瞳が、俺の指先、肩の筋肉のバランス、そして立ち姿の重心へと、鋭く移動していくのが分かった。
感情は見えないが、その佇まいの奥にある「戦士としての直感」が、一瞬にしてこちらの力量を測ろうとしている。
俺が【限界突破】で鍛え上げた指先の手際や、無意識の身のこなしを、彼女のような超一流の達人に凝視されるのは極めて危険だ。俺は努めて、緊張して縮こまっている頼りない平民の生徒を演じ続けた。
「……そう。でも、無事で良かった」
ベレス先生は小さく頷き、名簿の俺の名前の欄に羽ペンでチェックを入れた。
「今日から、あなたが所属する金鹿の学級の担任として、レア大司教から任命された、ベレスよ。よろしく、マイルズ。あなたのことは、級長のクロードや、他の生徒たちからも少し聞いている」
「ク、クロードくんたちが、俺のことを?」
「ええ。とても『器用で、家事が万能で、気の利く生徒』だと。学級の環境を整える上で、あなたのような存在はとても頼りになると、クロードが言っていた」
「いやいや、本当にただのしがない地方領主の三男坊ですから! 大した取り柄もありませんし、リシテアさんやローレンツくんみたいな天才たちの邪魔にならないよう、部屋の掃除や雑用をこなすのが関の山です!」
俺は全力でへりくだった。
ここで「優秀な副官」としてのポジションを与えられたりしたら、今後の戦場で最前線に駆り出されるリスクが跳ね上がる。まずは「ちょっと器用なだけの便利な雑用係」として、新任教師の記憶の隅に収まることが最優先だ。
「そう……。
でも、期待しているわ。これからよろしくね、マイルズ」
「はい、よろしくお願いします、ベレス先生。それでは、失礼します!」
俺は丁重に一礼すると、教員室の重厚な扉を閉め、逃げるように廊下へと踏み出した。
扉が閉まった瞬間、ふぅーっ、と長い溜息が口から漏れる。背中の制服が、冷や汗でぐっしょりと張り付いていた。
(さすがは主人公だ。あのプレッシャーは尋常じゃない。感情が読めない分、何を考えているのか全く分からないのが一番怖いな……。だが、ひとまずは挨拶完了だ。これで普通のモブとして、日常生活の背景に徹することができるはず……)
俺は自分にそう言い聞かせ、胃の痛みを堪えながら、金鹿の生徒たちが集まる談話室へと向かった。
金鹿の学級の談話室。
そこは、同盟領各地から集まった個性豊かな生徒たちが、思い思いの時間を過ごす場所だ。
普段ならラファエルの豪快な笑い声や、ヒルダの甘えたような声、ローレンツの気取った演説などが聞こえてくるはずだが、今はお茶の匂いもどこか薄く、静まり返っていた。
扉を開けて中に入ると、長机の最奥に、一人の少年が座っていた。
緩く波打つ茶髪に、どこか挑戦的な、しかし親しみやすい光を宿した琥珀色の瞳。
金鹿の級長であり、リーガン公爵家の跡取り
――クロード=フォン=リーガン
彼は長机にだらしなく足を乗せ、手元にあるリンゴをナイフで器用に剥きながら、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。だが、俺が中に入った瞬間、彼の目の奥にある「笑っていない光」を、俺は見逃さなかった。
「よお、お帰り、マイルズ。実家の防衛戦、お疲れさんだったな」
クロードは机から足を下ろし、手元のリンゴとナイフを皿に置くと、少しだけ声を潜めてこちらを手招きした。
「クロードくん。ただいま戻りました。
……大修道院、なんだか大変なことになってますね。通路ですれ違う人たちの顔がみんな強張ってますよ。前の先生が逃げ出したって噂、本当なんですか?」
俺は椅子の背を引いて、クロードの対面の席へと腰を下ろした。
「ああ、本当さ。情けない話だけどな」
クロードは肩をすくめ、呆れたように首を振った。
「座りなよ、マイルズ。
お前が実家の都合で早馬を駆ってガルグ=マクを飛び出して行った後さ、この大修道院でどんな『おもしろい劇』が起きたか、当事者の口から詳しく教えてやるからさ」
クロードはリンゴを一口齧り、咀嚼してから、いつになく真剣な、しかしどこか状況そのものを楽しむような口調で話し始めた。
「あの夜さ、お前が東の街道へ向かったすぐ後、予定通りに三学級合同の野外演習が始まったんだ。場所は北の平原。周囲には教会の修道騎士団ががっちり巡回ルートを固めてて、安全な『お遊びの演習』になるはずだった。
……だけどな、そこへ本物の野盗の集団が突っ込んできたんだよ。それも、教会の騎士どもの巡回ルートの隙間を、完全に裏で把握してるような、気味の悪い手際でね」
「裏で把握……? ただの野盗が、ガルグ=マクの騎士団の動きをですか?」
俺は原作の知識(裏で『闇に蠢く者』や炎帝が糸を引いていること)を知っていながらも、純朴な平民の生徒として、驚いた風を装って聞き返した。
「そう。普通に考えたらあり得ない話さ。だから俺は、その時点で何かがおかしい、裏に大きな影があるって睨んでた。
……だけど、そんな俺の思考をブチ壊すような大事件が目の前で起きたのさ。俺たちの『偉大な指揮官』であり、金鹿の担任だったあの先生様がさ、賊の頭目の顔を見た瞬間に腰を抜かして、生徒全員を置き去りにして、馬の尻を叩いて一番最初に逃げやがったんだ」
「……噂は本当だったんですね。士官学校の教師として、それは最低ですね」
「まったくだ。指揮系統はバラバラ、教会の騎士どもも予期せぬ奇襲でパニック。
だから俺は即座に頭を切り替えて判断した。ここで正面からバカ正直に戦うのは、命がいくつあっても足りない、ってね。
俺は一番最初に、近くの深い森へ逃げ込んだのさ。視界の悪い森なら、俺の弓と足回りの良さが活かせるからな。各自、散開して逃げろって他学級の連中にも言ったんだが……」
クロードは頭を掻きながら、心底困ったような、しかし苦笑いを浮かべた。
「なぜかさ、あの黒鷲の冷徹お嬢様(エーデルガルト)と、青獅子の真面目大将(ディミトリ)が、俺の後を律儀に追ってきちゃってね。三人で仲良く森の奥へと逃げ込む羽目になったんだよ」
「三人で森へ?」
俺はクロードの言葉を促した。
「ああ。お前も知っての通り、あの二人は良くも悪くも『大物』だ。エーデルガルトは冷静沈着だけどプライドが高く、ディミトリは真面目すぎて融通が利かない。
そんな二人が、俺の逃げた先を『一番安全なルート』だと判断したのか、あるいは俺を一人で行かせるのが気に入らなかったのか、とにかく後ろに張り付いてきた。
結果として、三つの学級の級長がまとまって、森の奥で完全に孤立しちまったのさ」
クロードは手元のナイフの刃先を見つめながら、その時の緊張感を思い出すように目を細めた。
「背後からは、あの野盗の頭目――コスタスって男が、数十人の手下を連れて執拗に迫ってくる。
森の中は足場が悪く、俺たちの足も鈍る。
矢の数も残り少ないし、エーデルガルトの斧も、ディミトリの槍も、多勢に無勢じゃ囲まれて終わりだ。
まさに絶体絶命、フォドラの未来がここで詰みかけるっていう、最悪の状況さ。
……だけどさ、世の中、本当に面白い偶然ってのがあるもんだね」
「偶然……ですか?」
「ああ。その森のすぐ近くの開けた場所に、たまたま、あの『フォドラ最強』と名高いジェラルト傭兵団がキャンプを張ってたのさ。
そして、窮地の俺たちの前に、一人の女性が立ちはだかった。
……さっきお前も教員室で挨拶してきただろ? 俺たちの新しい担任になった、ベレス先生さ」
クロードの目が、一瞬だけ鋭く細められた。その中に宿るのは、親しみや感謝の念ではなく、極めて冷徹な「観察者」「謀略家」としての光だった。彼は果物の皿を遠ざけ、身を乗り出してきた。
「マイルズ、お前は彼女に会って、どう感じた?」
「え? あ、いや……すごく綺麗で、でも、感情が全く見えなくて、ちょっと怖い人だな、と」
「独特、なんて言葉じゃ片付かないさ」
クロードは低く、這いずるような声で言った。
「彼女の戦いぶりは、まさに『異常』の一言だった。無駄のない足運び、相手の死角へ一瞬で回り込む踏み込み、無駄な力みが一切ない剣の軌道……。
それだけなら、ただの凄腕の傭兵で通る。
だけど、何より異常だったのは
――命のやり取りをしてるってのに、心臓の鼓動一つ乱れていないような、あの冷たい目だ」
クロードは自分の胸に手を当て、トントンと叩いてみせた。
「人間、どれだけ鍛えても、本物の殺し合いの中では興奮するか、恐怖するか、何らかの『熱』を帯びるもんだろ? お前だって、実家で賊を捕縛した時は必死だったはずだ。
だが、あの人にはそれが一切ない。まるで、最初から敵の動きがすべて分かっているかのような……
そう、極端な言い方をすれば、『時間を巻き戻して、すべての攻撃を一度見てからやり直している』とでも言いたくなるような、不気味なほどの完璧さだった。あのアドラークラッセの冷徹お嬢様でさえ、彼女の戦いには完全に目を奪われてたからな」
(……そりゃそうだ。ベレス先生は実際に『天刻の拍動』っていう時間遡行能力を使って、エーデルガルトを庇うために時間を巻き戻して戦ったんだからな)
俺は内心で冷や汗を流しながら、クロードの鋭い洞察力に戦慄していた。彼はゲームのシステムとしての「スキル」や「天刻」というメタな単語こそ使わないが、その本質を、自身の観察眼だけでほぼ正確に看破していたのだ。
「そんな凄い人が、どうして金鹿の学級だけの担任になったんですか? 普通なら、レア大司教が全学級を統括させるか、あるいは他学級の身分の高い連中が自分の担任にしようと躍り出てくるはずでしょう?」
俺のその疑問に対し、クロードはニヤリと、本来の悪戯っぽい笑みに戻って見せた。
「そこが、今回の劇の最大の『落ち』さ。
元々、演習の最中に生徒を置き去りにして逃げ出したのは、他でもない『俺たち金鹿の先生』だっただろ?
学級の指揮系統に大穴が空いて、一番困っていたのは俺たちさ。だからレア大司教も筋を通して、ジェラルト元騎士団長への配慮も含めて、彼女を我が金鹿の学級の専任担任に据えてくれたってわけさ」
クロードは楽しげに肩をすくめた。
「他学級の、特にエーデルガルトやディミトリは、あの不気味なほどの強さを持つ彼女を自分の学級に引き入れたかったらしくてさ、今頃は部屋で悔しがってるだろうねぇ。
同盟領の、しかも平民や地方貴族の集まりである金鹿が、あの『最強の駒』を独占することになったんだからな」
「なるほど……。そんな激動の数日間だったんですね。俺が実家でバタバタと野盗を捕縛してる間に、大修道院の勢力図がひっくり返るようなことが起きていたとは……」
「ハハ、お前の方も大概だけどな?」
クロードは再びリンゴを手に取り、俺を指差した。
「領地兵をろくに動かさず、一人で村の周囲に完璧な防衛線を張り巡らせて、賊の武器を全部バラバラのガラクタにしたんだって?
ローレンツがさ、『我が同盟に、これほどの隠れた戦術家、いや、防衛の天才がいたとは! 我がグロスタール家としても見過ごせん!』って、お茶会の席で鼻を高くして、周りの女子生徒に自慢してたぜ?」
「いやいやいや! あれは本当にただの火事場の馬鹿力っていうか、田舎の日曜大工の延長ですよ! 迫ってくる賊に対して、焦ってそこら辺の木材を組み立てたら、偶然上手くいっただけです!」
俺は慌てて手を振り、全否定した。
これ以上、クロードのような「隠し事のある人間」に目をつけられたら、俺のモブライフは完全に終了する。
だが、クロードはリンゴを噛み砕くと、最後に俺の肩へぽんと手を置き、声を一段と低くした。
「マイルズ。新しい先生は強い。
俺たちの担任になってくれたのは、これ以上ないくらい頼もしい。……だけど、あの人の背景には、まだ教会の大きな影が見え隠れしてる。
ジェラルト元騎士団長がなぜ一度教会を去り、なぜ今戻ってきたのか。そして、あの先生の『不気味な完璧さ』の正体は何なのか……。
俺も、特等席(金鹿の級長)から慎重に見極めるつもりだ」
クロードの琥珀色の瞳が、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「お前もさ、あの先生の前で、あんまり『おかしな手際』は見せない方が身のためだぜ?
あの人は、嘘や誤魔化しが通用する相手じゃない。
お前がただの平民の三男坊だって言うなら、その『普通のモブ』の枠を、きっちり守り抜くことだな」
「……肝に銘じておきます、級長(クロード)くん」
俺が神妙な顔で頷くと、クロードはいつもの飄々とした少年の顔に戻り、ポンと俺の背中を叩いた。
「さーて! シリアスな話はここまでだ! お前が帰ってきたってことは、リシテアの魔道書整理の雑用も、ヒルダの『これ持って~』っていうおねだり攻撃も、全部お前にパスできるな! 頼んだぜ、我が学級の優秀な、そして器用な雑用係!」
「おい、結局それですか!」
「ハハハ、期待してるぜ!」
クロードは軽やかな足取りで談話室を出て行った。
一人残された俺は、椅子の背に深く体を預け、再び大きな溜息をついた。
(クロードの言う通りだ。ベレス先生の『不気味なほどの完璧さ』
……それはゲームのプレイヤーとしての動きであり、時間の巻き戻しそのもの。
そんな化け物染みた主人公の専任担当になってしまった以上、これから毎日、一挙手一投足を見られることになる)
あの中に、俺みたいな【家事万能:S】だの【道具修繕:S】だののバグまみれの転生者が混ざっていると知られたら、どんなイレギュラーとして処理されるか分かったもんじゃない。
「……目立たず、騒がず、ただの便利なモブとして、何とかこの激動のフォドラを生き延びてみせるさ」
俺は煤けた服を着替えるため、自室へと歩き出した。
ガルグ=マクの青空の向こうで、金鹿の学級としての、そして俺の歪んだ士官学校生活の歴史の歯車が、ゴトゴトと冷たい音を立てて、本格的に回り始めていた。
ついにベレス先生を出すことにしました。ベレトかベレスで迷ったんですが。やっぱベレス先生がいいよね!(圧