カツ、カツ、と石造りの廊下に自分の靴音が響く。
(よし、おさらいだ。挨拶は無難に。自己紹介も最低限。
レスターの田舎から出てきた、その他大勢のモブAとして
生きるんだ……!)
ふーっ、と深呼吸をして、俺は「金鹿の学級」の教室の
重い扉を押し開けた。
扉の向こうは、すでにレスター諸侯同盟の縮図のような、
賑やか(というか、まとまりのない)な空気に満ちていた。
「だからさーローレンツくん、その薔薇どこから
持ってきたの? 教室がちょっとトゲトゲした匂いに
なっちゃうじゃん」
「フッ、美を解さぬなヒルダくん。新たな級友を
お迎えする場に、一輪の薔薇の気品を添える。
これぞ貴族の義務というものさ」
(本物だ……!)
画面の向こうにいた金鹿のメンバーたちがそこにいた。
感動で胸が熱くなるが、いけない、今はモブになりきるときだ。
俺は極力気配を消し、教室の隅っこにある空いた席へと
滑り込もうとした。
しかし、
運命(チートステータス)はそれを許してくれない。
「お、新顔だな。お前が最後に揃うはずだった同盟の仲間か?」
声をかけてきたのは、緩く波打つ髪を揺らし、不敵で
親しみやすい笑みを浮かべた少年。
「あ、うん。初めまして。リーガン領の下級貴族の家から来ました、マイルズです。紋章もないし、これといった特技もない凡人だけど……よろしく」
完璧だ。我ながら教科書通りの「モブの挨拶」ができた。
これでクロードも「あぁ、よろしくな」と流してくれるはず──。
「……へえ?」
だが、クロードの琥珀色の瞳が、一瞬だけ鋭く細められた。彼は俺の全身を、頭の先から爪先まで、値探るような視線でじっと見つめてくる。
(……なんだ? こいつの歩き方、完全に隙がない。ただの『凡人』があんなに綺麗な重心移動をするか……?)
おいクロード、心の声が漏れそうなほど目がガチになってるぞ。潜在能力オールSの肉体は、普通に歩くだけで
「達人の気配」を醸し出してしまっていたらしい。
「まぁまぁ、クロードもそんなに睨まないの。マイルズくんが怖がっちゃうじゃん?」
一触即発の空気を破ったのは、ピンクのツインテールを揺らした美少女、ヒルダだった。
「私はヒルダ。マイルズくんって、なんか物静かで優しそうだよね。私、女の子だから力仕事とかすっごく苦手なんだけど、これからよろしくね?」
「あはは、よろしく、ヒルダさん。力仕事なら、俺にできることなら手伝うよ」
「ホント!? 嬉しい〜! 頼りにしてるね!」
(知ってた。サボるためにお願い上手なヒルダだけど、本当は周囲の期待が重くて怖がってる健気な子なんだよな。パシリくらい喜んでやるさ!)
ガハハと豪快に笑いながら、俺の背中をポンと叩いてきたのは、見上げるほどの巨体を誇る少年、ラファエルだった。手のひらが肉厚でめちゃくちゃ温かい。
「オデはラファエル! 飯を食うことと筋肉を鍛えることが大好きだ! お前、ちょっと線が細くて頼りねえから、オデが鍛えてやるよ! あ、そうだ。今日の飯の肉、オレの分を半分分けてやるから、いっぱい食って早く強くなれよな!」
(ラファエル……! 妹思いで、仲間にも自分の大事な肉を笑顔で分け与えてくれる金鹿の良心。本当に良い奴だ……!)
「ラファエルくん、少しうるさいですよ。ここは教室です、静かにに」
ラファエルを窘めるように、きっちりとした服装の少年が前に出た。ローレンツ=ヘルマン=グロスタールだ。彼は薔薇をすっと掲げ、俺を見下ろすように一礼した。
「初めまして、マイルズくん。僕はローレンツ。
名門グロスタール家の嫡男だ。平民や下級貴族を守り、導く
ことこそが我ら名門貴族の義務。何か困ったことがあれば、この僕を頼るといい」
気取り屋だけど、本質はすごく気高くて責任感の強いローレンツ。彼らしい挨拶に安心する。
「あ、の……僕は、イグナーツ=ヴィクターです」
ローレンツの後ろから、丸眼鏡をかけた大人しそうな少年がペコリと頭を下げた。
「実家は同盟の商人なんです。僕は、その……親の勧めで騎士を目指してここに来たんですけど、あまり自信がなくて……。マイルズくん、お互い頑張りましょうね」
「よろしく、イグナーツ。一緒に頑張ろう」
本当は美しい絵や景色が大好きなイグナーツ。彼の優しさに心が和む。
「おいおい、どいつもこいつも小難しい挨拶ばっかりだな!」
そこで、快活に笑うオレンジショートヘアの少女が割り込んできた。レオニーだ。彼女は俺の「中の中」の地味な格好を上から下まで見ると、親しみやすそうにニカッと笑った。
「私はレオニー! 同盟の村の猟師の娘さ。おいマイルズ、お前も下級貴族って言っても、あんまり気取った感じがしなくていいな! 私は仕送りのために倹約しなきゃいけないし、武器の手入れやサバイバルなら得意だから、なんかあったら遠慮なく言いなよ!」
「ありがとう、レオニー。頼りにしてる。俺も派手な生活は苦手だから、色々教えてよ」
「お、話が分かるじゃん! 気に入ったよ!」
村の期待を背負って、必死に倹約しながら努力を重ねるレオニー。飾らない彼女の言葉が心地いい。
「……ふん。お気楽なことですね」
そんな俺たちのやり取りを、教室の奥からツンとした目で見つめる影があった。白髪の少女、リシテア=フォン=コーデリアだ。
「私はリシテア・フォン・コーデリア。子ども扱いされるのは大嫌いですから、そのつもりで。
あと、馴れ合うつもりはありませんから、足だけは引っ張らないでくださいね」
「分かってるよ、リシテア。君の邪魔にならないよう、精一杯ついていけるように頑張るよ」
「っ!? 呼び捨てにしないでください!
……まあ、その謙虚な姿勢だけは認めてあげますけど」
(焦る理由があるからこそ、人一倍努力して、虚勢を張っているリシテア。早く安心させてあげたいな……)
「あの……」
さらにその横から、消え入りそうな声がした。物憂げな青い瞳の少女、マリアンヌ=フォン=エドマンドだ。彼女は俺と目が合うと、怯えたように小さく肩を震わせた。
「私、は……マリアンヌ、です……。あの、私に関わると、あなたを不幸にしてしまうかもしれないので……あまり、お気遣いなく……すみません……」
「そんなことないよ、マリアンヌ。これからよろしくね」
俺が優しく微笑むと、彼女は驚いたようにパチクリと瞬きをして、また俯いてしまった。
「──よし、これで全員揃ったな」
一歩下がって全員の自己紹介を見ていたクロードが、満足そうに腕を組んだ。
「レスター諸侯同盟の未来を担う『金鹿の学級』へようこそ、マイルズ。見ての通り、ウチのクラスは貴族も平民もごちゃ混ぜの、一番自由な学級さ。これから面白い1年になりそうだ。よろしく頼むぜ?」
クラスメイトたちの顔を見回す。
みんなそれぞれ、表には出さない深い事情や葛藤を抱えながら、いま、目の前で一生懸命生きている。
(……うん。決めた。やっぱり、俺が裏で全部の悲劇をひっくり返そう)
モブとして平穏に生きたいという本音は本当だ。だけど、それ以上に──このバラバラで愛おしい金鹿のきらめきを、絶対に失わせはしない。マイルズは心の中で、静かに、しかし最高にワクワクする決意を固めるのだった。
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