学園生活を満喫したいだけのモブ(チート)   作:ハスバル

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トマシュを捕縛する時期を少し変えました。
(捕まらないだろうけど)

エーデルガルトがなぜ極秘の話を知ってるかはモニカから聞いたということにしてください。


第18話:『急転の兆し』と『夕暮れの距離』

戦いを終えガルグマク修道院へ戻る少し前のお話。

 

あの凄惨な戦いから、どれほどの時間が経っただろうか。

霧深き廃城の戦いは、まさに死闘だった。闇に蠢く者たちの不気味な魔道、そして突如として姿を現した巨大な魔獣。

 

ベレス先生の的確な指揮のもと、金鹿の学級の面々は一丸となって戦い、平民であるマイルズもまた、ボロボロになりながらも鉄の盾を構え、仲間たちへの一撃を必死に防ぎ続けた。

 

そして今、魔獣の巨躯が崩れ落ち、手負いのクロニエが忌々しげな声を残して霧の奥へと逃げ去った。

 

静まり返る廃城の地下室。その最奥に囚われていたアドラステア帝国の男爵令嬢、モニカ・フォン・オクスは、ようやく差し込んだ松明の光の中で、救い出されたことを実感していた。

ラファエルに背負われ、マイルズが差し出した冷たいハーブ水を一口飲んだモニカは、まだ青白い顔をしながらも、安堵の息を漏らす。

 

だが、そこへ静寂を破るように、激しい足音が通路の向こうから響いてきた。

 

「こちらだ! 皆、遅れるな!」

聞き覚えのある豪快な声と共に、松明の炎に照らされながら飛び込んできたのは、セイロス騎士団の面々、そして巨漢の騎士アロイス=ランゲルトであった。

 

 

アロイスはベレス先生から事の顛末を聞くと

ラファエルに支えられているモニカの前に進み出た。一人の騎士が、手元の書面と彼女の顔を見比べながら声をかける。

「それで貴殿がオックス男爵家の令嬢、モニカ・フォン・オックス殿でお間違いありませんね?」

 

モニカは、騎士の衣服に刻まれたセイロスの紋章を見て、大きく目を見開いた。その瞳から、張り詰めていた緊張が解けたかのように涙が溢れ出す。

 

「え、ええ……そうです。私が、モニカ・フォン・オックスです……。

お、お助けいただき、本当に、ありがとうございます……!」

その言葉を聞いたアロイスは、大剣を鞘に収めると、大きく息を吐き出して胸を叩いた。

 

「いやあ、無事で何よりだ! 大司教執務室からの捜索令を受け、急ぎ駆けつけたのだが……。

まさか、金鹿の級長諸君らが先に賊の拠点を突き止め、魔獣をも退けてここまで切り込んでいようとはな! 若き命が失われずに済んで、我が胸のバクバクもようやく収まったというものだ!」

 

アロイスはいつも通りの大声で笑い、周囲の張り詰めた空気を和ませようとする。しかし、同行していた教団の騎士は、表情を引き締めたままモニカの状況を冷静に観察していた。拉致されていた期間の長さや、犯人たちの不可解な行動について、その場で最低限の確認を試みる。

 

「モニカ殿、あなたを捕らえていた者たちの正体について、何か知っていることはありますか? 彼らは何を目的に、あなたをこのような場所に監禁していたのでしょうか」

その問いに対して、モニカは身体を小さく震わせながら、自らの記憶を手繰り寄せるように話し始めた。

 

「それが……よく分からないのです。ただ、彼らは私を殺し、私に『成り代わろう』としていたようで……。不気味な呪詛のような言葉を口にしていました。もし、皆さんが来てくださらなければ、私は今頃……」

モニカはそこまで言うと、一度言葉を詰まらせた。そして、恐怖に身を震わせながらも、視線を自分の前に立って戦ってくれたベレス先生、そしてボロボロの盾を脇に抱えて佇むマイルズへと向けた。

 

「……ですが、ベレス先生、そして金鹿の皆さんが私を見つけてくださった。あの暗闇の中で、皆さんの姿が見えた時、私は本当に救われたのです。この御恩は、生涯忘れません」

モニカの強い感謝の言葉を受け、金鹿の級長であるクロード・フォン・リーガンが、弓を肩に担ぎ直しながら一歩前に出た。その表情には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいるものの、目は極めて真剣だった。

 

「アロイスさん、彼女の言う通り、今回の賊はただの身代金目的の誘拐犯じゃありませんよ。

何らかの不気味な魔道を用いた極めて異質な連中でした。

まずは彼女をガルグ=マクへ連れ帰り、医師の診察を受けさせるのが最優先だと思います。詳しい話は、彼女の体調が落ち着いてからにしましょう」

 

「うむ、クロード殿の言う通りだ!」

アロイスは深く頷き、周囲の騎士たちにテキパキと指示を出し始めた。

 

「詳しい事情聴取は大修道院に戻ってからにしよう。さあ、我々が周囲を警戒しつつ先導する。皆、大修道院へ帰還するぞ!」

騎士団がモニカを中央に保護し、ゆっくりと廃城の地下から移動を始める。マイルズは、傷ついた盾を抱えたまま、その後に続いた。歴史の歯車が静かに、しかし確実に回り始めたことを、彼はその肌で感じていた。

 

大修道院への帰還後、モニカは即座に救護室へと運ばれ、マヌエラ先生による入念な診察と治療が行われた。

幸いにも外傷は少なく、精神的な疲弊が主なものだったため、数日間の安静ののち、彼女は少しずつ会話ができるまでに回復していった。

 

そして、事件の全容を把握するため、大修道院の書斎において、教団関係者と金鹿の学級の主要メンバーを交えた、極秘の事情聴取が行われることとなった。

 

部屋には、レア大司教の代理として出席したセテス、騎士団を率いたアロイス、金鹿の担任であるベレス先生、級長のクロード、そして救出に大きく貢献したマイルズが同席していた。

少し緊張した面持ちで椅子に座るモニカの前に、セテスが穏やかな、しかし威厳のある声で語りかける。

 

「モニカ殿、体調はもう良いのか。無理を強いるつもりはないが、君を連れ去った賊の正体について、何か思い出すことはないだろうか。彼らが大修道院の内部に潜入していた可能性も含め、我々は警戒を強めねばならないのだ」

モニカは、机の上で自分の手をきゅっと握りしめ、視線を落とした。だが、すぐに意を決したように顔を上げ、部屋にいる一同を見渡した。

 

「はい……。私をあの場所に連れ去り、監禁した人物の顔を、私ははっきりと覚えています。

その人は……この大修道院の内部に、今もいるはずです」

 

「何だと?」

 

セテスが眉をひそめ、アロイスも表情を引き締める。

モニカは、震える声を押さえつけながら、決定的な名前を口にした。

 

「私を襲ったのは……大修道院の図書館で、長年、書物の管理をされている、トマシュさんです」

 

その瞬間、書斎の空気が凍りついた。

 

「トマシュ殿が……? まさか、あの温厚な老人が賊の仲間だと言うのか?」

アロイスが信じられないといった様子で声を上げる。

トマシュといえば、何十年も大修道院に仕え、生徒たちからも親しまれている穏やかな人物である。

 

しかし、モニカの言葉は嘘を言っているようには見えなかった。彼女の瞳には、明確な恐怖と、確信の光が宿っていた。

 

「間違いありません。私は、一昨年オックス家に戻る最中馬車を謎の集団に襲われ、彼に背後から怪しげな術をかけられたのです。

彼が私を連れ去り、あの地下室に閉じ込めました。そして、私の姿をした『誰か』を、私の代わりに士官学校へ送り込もうとしていたのです。

あの時、トマシュさんの顔が一瞬、全く別の不気味な青白い男の顔に見えました……」

 

クロードが顎に手を当て、鋭い眼差しでセテスを見た。

 

「トマシュさんが黒幕の身内、あるいは本人そのものだったってわけか……。長年、教団の心臓部である図書館に潜伏していたとなると、抜かれた情報や、大修道院内に仕掛けられた罠の数は計り知れないな」

 

セテスは深く息を吐き、隣の騎士に即座に命令を下した。

 

「アロイス、直ちに騎士団を動かせ。図書館のトマシュを拘束するのだ。抵抗する場合は、相応の手段を用いて構わん。急げ!」

 

「はっ、直ちに!」

 

アロイスは固い敬礼を残し、部屋を飛び出していった。

その様子を見届けた後、クロードは静かにベレス先生とマイルズの方を振り返った。

 

「先生、マイルズ。俺たちがモニカ殿をあのタイミングで助け出せなかったら、今頃大修道院には、トマシュの手によって『偽物のモニカ』が送り込まれていたはずだ。そう考えたら、今回の俺たちの行動は、奴らの計画の根幹をひっくり返したことになるんじゃないか?」

 

マイルズは、机の上の地図を見つめながら、静かに頷いた。トマシュの正体がこれほど早い段階で暴かれたことは、本来の歴史、つまりガルグ=マクが戦火に包まれる未来を大きく変える契機になるはずだった。

しかし、同時にそれは、敵がより過激な手段に出る可能性をも意味している。

 

 

事情聴取が終わり、一同が書斎を後にしたその日の夕方。

大修道院の中庭にある静かな回廊を歩いていたマイルズたちの前に、一隊の影が現れた。

 

アドラステア帝国の皇女、エーデルガルト=フォン=フレスベルグ。そして、その背後に影のように従うヒューベルト=フォン=ベストラであった。

エーデルガルトは、金鹿のバッジを胸につけたマイルズと、その隣に立つベレス先生の前で足を止めると、いつもの気高さを崩さないまま、静かに頭を下げた。

 

「――ベレス先生、そして金鹿の諸君。我が帝国の貴族であるモニカを救い出してくれたこと、心の底から感謝するわ」

 

「気にするなよ、エーデルガルト。俺たちは目の前の遭難者を助けただけさ」

いつの間にか背後に立っていたクロードが、軽い調子で応じる。

エーデルガルトはクロードの言葉に小さく頷いたが、その表情は険しいままだった。

 

「ええ……。だけど、彼女を捕らえていた賊の性質、そして彼女に『成り代わろう』としていたという事実。さらに、大修道院のトマシュがその一端を担っていたこと……」

彼女は一度言葉を切り、中庭の向こう、夕日に染まる大聖堂の塔を見上げた。

 

「彼らの全容は、まだ何も見えてこない。モニカを拉致して何を企んでいたのか……その全貌も、彼らがフォドラの闇にどれほど深く根を張っているのかも、今の私たちには分からないことが多すぎるわ。

……ただ、これだけは確かよ。今回のあなたたちの行動は、奴らの計画の『一端』を確実に狂わせたわ」

エーデルガルトの言葉には、感謝だけでなく、自らの足元をも脅かす存在への、深い警戒と焦燥が滲んでいた。

 

「クク……。全くですな。まさか同盟の諸君らが、これほど見事に奴らの尻尾を掴むとは。我々も、少々予定を変更せねばならんようです」

ヒューベルトが不気味な薄笑いを浮かべながら、鋭い視線をマイルズに向ける。

 

マイルズは、その視線を受け流すように、ただ静かに一礼を返した。エーデルガルトたちが、自国に潜む「闇に蠢く者」への反撃を本格化させるのは間違いない。歴史はこれから、さらなる激動の渦へと巻き込まれていくのだろう。

 

エーデルガルトはもう一度ベレス先生を見つめると、「それでは」と言い残し、ヒューベルトと共に去っていった。

 

 

 

エーデルガルトたちが、自国に潜む「闇に蠢く者」への反撃を本格化させることを予感させる重々しい足取りで去っていった、夕暮れの中庭。

 

嵐の前の静けさのような残光が差し込む中、ベレス先生がマイルズの数歩手前で足を止めた。

彼女はいつものように無表情で、その引き締まった両腕を組み、マイルズの少し赤くなっている手の甲へと視線を落とす。

 

「マイルズ。……その手、魔獣の攻撃を盾で受けた時のものね」

先生の声は、まだどこか硬く、淡々としていた。

手を握るような過剰なスキンシップは一切なく、あくまで「担任教師が、怪我をした生徒の状態を確認する」という、一線を画した厳格な態度だ。

 

「あ、はい。大したことはありません、先生。ただの軽い打撲です」

マイルズが恐縮しながら手を引っ込めると、ベレス先生は小さく、しかし確実に頷いた。

 

「……そう。だけど、無理は禁物だよ。まだ慣れない実戦で、それだけの衝撃を受けたのだから。大修道院の医療棟へ行って、マヌエラ先生に薬を処方してもらったほうがいい。これは、教師としての命令」

 

その言葉には、まだ深い個人的な感情こそ見えないものの、不器用ながらも自らの学級の生徒を気遣う、確かな「優しさ」が静かに宿っていた。

 

「ありがとうございます、先生。そうさせていただきます」

マイルズが丁寧に一礼すると、ベレス先生は「ええ、お大事に」とだけ短く告げ、先を歩くクロードたちの後を追って、すたすたと歩き出していった。

 

 

俺は、夕日に照らされる先生の背中を見送りながら、ようやく自分の胃壁が守られたことに深い安堵の溜息をついた。




時系列の整理がムズすぎる風花雪月。でも頑張ります
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