学園生活を満喫したいだけのモブ(チート)   作:ハスバル

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第24章:黒鷲の足音、陽だまりの香草スープ

大修道院の北側に位置する、石造りの古い台所。

ここはガルグ=マクにいくつかある厨房の中でも、普段はあまり使われない、主に居残りの生徒や下級貴族が融通を利かせて使う補給用の小さな調理場だった。

 

午後二時。午前中のきつい戦術訓練を終えたマイルズは、支給されたばかりの**【鉄の剣】と【リフレクの盾】**を調理場の壁に立てかけ、一人で大鍋に向き合っていた。

 

「よし……。訓練の泥も落としたし、お腹も空いたから、これで一息入れよう」

 

マイルズは、新調した本物の武器の重みにまだ少し腕を痺れさせながらも、手際よく作業を進める。

 

地方諸侯の三男坊、それも領地が小さく名ばかりの貧乏貴族であるマイルズにとって、こうした裏方の調理や雑用は幼い頃からの馴染み深い日課だった。実家の母親から教わった、安価な乾燥ハーブと残った塩漬け肉、そして修道院の菜園で間引かれた不揃いなカブを使った「香草塩スープ」が、今日のごちそうだ。

(料理の火加減、塩の分量、ハーブを投入するタイミング……頭で『最高に美味しくなる仕上がり』をイメージした瞬間、手が寸分の狂いもなく動く。これ、本当に便利だな……)

 

マイルズが意識を「最適化」した瞬間、お玉を回す角度、スープの対流を促す微細な火の調節がミリ単位で完了する。塩漬け肉から溢れ出た極上の脂とハーブが完璧に混ざり合い、台所中に脳を直接揺さぶるような、信じられないほど香ばしく、どこか懐かしい食欲をそそる匂い」を充満させ始めた。

 

―その時だった。

 

「ひ、ひゃあああ!? ごめんなさいごめんなさい! 誰かいるなんて思わなかったんですぅぅぅ!」

調理場の勝手口の扉がガタガタと音を立て、茶髪の小柄な少女が、文字通り頭を抱えて滑り込んできた。黒鷲の学級の引きこもり令嬢、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリである。

 

彼女はマイルズの姿を見るなり、まるで肉食獣に遭遇した小動物のように白目を剥いて、部屋の隅の木箱の隙間にみちみちと体を押し込もうとした。

 

「あ、あの、黒鷲の学級のベルナデッタさん……ですよね?」

 

「話しかけないでくださいぃ! 私みたいな引きこもりは、ここで静かに朽ち果てる運命なんです! 命だけは、命だけはお助けをー!」

(うわ、これが噂のベルナデッタさんか。ここで普通に近づいたら完全に気絶するな。)

 

マイルズは『意識の最適化』を起動。「彼女に一切の脅威を感じさせない、空気のように無害な佇まい」をイメージする。

すると、マイルズの立ち姿、呼吸の深さ、声のトーンが自動的に「完全に害のない、気のいい男」レベルへと最適化された。

 

「大丈夫ですよ、ベルナデッタさん。

はじめまして、俺は金鹿の学級のマイルズです。地方のしがない弱小貴族の三男坊で、暗殺者でも教官でもありませんよ。

……それより、ちょうどスープが美味しく出来上がったところなんです。もし良ければ、少し飲みませんか? 訓練の後って、お腹が空きますよね」

マイルズはあえて彼女と視線を合わせず、温かいスープをお椀に注いで、彼女の隠れている木箱の手前の床に、そっと置いた。

湯気と共に、ハーブの清涼感と肉の旨味が混ざり合った、たまらない匂いがベルナデッタの鼻腔をくすぐる。

 

「……え? す、スープ……? 毒とか、私を外におびき出すための罠じゃなくて……?」

 

「ただの塩スープです。冷めると油が固まっちゃうので、温かいうちにどうぞ」

マイルズが笑うと、ベルナデッタは木箱の隙から這い出て、おずおずとお椀を両手で包み込んだ。そして、意を決したように一口すする。

 

「――!? お、おいしい……! なにこれ、すごく身体に染み渡りますぅ……! じ、実は今日、クラスの皆に見つからないように裏庭で隠れてたら、お昼ご飯を食べ損ねて、お腹と背中がくっつきそうだったんです……!」

 

「それは良かった。おかわりもありますよ」

 

そこへ、調理場の正面の重厚な扉が、勢いよく左右に開け放たれた。

「おや? この素晴らしい香気は一体どこから漂ってくるのかと思えば……! 」

現れたのは、燃えるようなオレンジ色の髪をなびかせた、黒鷲の誇り高き貴族、フェルディナント=フォン=エーギルだった。

その背後からは、大人の色香を漂わせる美しい少女、ドロテア=アルノーが、クスクスと笑いながら付いてきている。

「もう、フェルくん。そんなに大声を張り上げなくたって、匂いを辿れば一発で分かっちゃうじゃない。

……あら、ベルちゃん? こんなところにいたのねえ」

 

「ひゃあああ!? ドロテアさんにフェルディナントさん!?」

ベルナデッタが再び木箱の裏へ引っ込もうとするのを、マイルズが「大丈夫、大丈夫ですから」と苦笑いでなだめる。

 

フェルディナントは、調理場の中央に立つマイルズと、壁に立てかけられた『鉄の剣と盾』に目を留めた。

「む、君は……金鹿の学級のマイルズ君だったかね! 確か、同盟領の地方諸侯の……」

 

「はい、フェルディナント様。名ばかりの弱小貴族の三男坊ですが、一マイルズ=フォン……いえ、マイルズで構いません。

……あの、お二人の分もスープ、ありますけど、飲みますか?」

 

「おお、それはありがたい! 貴族たるもの、真心を込めて作った品を無下に断るわけにはいかないからね!」

 

「ふふ、私にももらえるかしら? 本当に良い匂い。お腹が鳴っちゃいそうねえ」

ドロテアが艶然と微笑む。マイルズは二人にも手際よくスープを装って手渡した。

 

フェルディナントは、お椀を持つと、上品にスープを口に含んだ。その瞬間、彼の身体がビクッと硬直した。

 

「――っ!? なんという……なんという調和だ! 一見すると素朴な塩スープだが、ハーブの苦味が肉の臭みを完全に消し去り、野菜の甘みを極限まで引き出している! 派手な香辛料に頼らず、素材の美味だけでここまで味を構築するとは……!

君、グロスタール伯の宮廷料理人にスカウトされてもおかしくないレベルだよ!?」

 

「フェルくん、大げさすぎ……って、んん〜……本当、美味しいじゃない……!」

ドロテアも、一口飲んだだけでその潤んだ瞳をさらに輝かせた。

 

「歌劇団にいた頃、いろんな高級料理を食べさせてもらう機会があったけれど……

このスープ、なんだか胸の奥がじんわり温かくなるわねぇ。

マイルズくん、これ、本当にあなたが一人で作ったの? 地方の貴族の男の子って、みんなこんなに料理が上手なのかしら」

 

「いえ、うちは単に貧乏で、三男坊の俺が厨房に立つしかなかっただけですよ」

 

マイルズは平然と答えるが、実際は「すべての技能S」と「数十倍の効率」で、食材の完璧な火の通し方を無意識に実行している。美味しくならないはずがなかった。

 

ピコン!

 

突如脳内システムが音を立てたため確認すると、フェルディナントとドロテアの頭上には、初めての本格的な会話であるにもかかわらず、一気に**【支援値:C】**へと跳ね上がった輝かしいゲージが表示されていた。

 

「ねえ、マイルズくん。あなた金鹿の学級でしょう?

クロードくんのところって、なんだかいつも賑やかで楽しそうよねえ」

ドロテアがスープを愛おしそうに啜りながら、気さくに雑談を振ってくる。

 

「ええ、まあ……。クロードさんは掴みどころがないですし、ローレンツさんは毎日薔薇の香りを漂わせてますけど、悪い人たちじゃないです。ただ、皆さん個性が強すぎて、同じ貴族とはいえ三男坊の俺はいつも雑務の調整で走り回ってますよ」

 

「ははは! どこの学級も苦労は絶えないな!」

フェルディナントが豪快に笑い、自分のお椀を差し出した。

 

「おかわりを貰えるかね? いや、マイルズ君。君のように、己の領分で最高の仕事を果たす者は、家格の大小に関わらず深く尊敬に値する! 素晴らしいよ!」

 

「畏れ多いです、フェルディナント様。

……あ、ベルナデッタさんも、もっと飲みますか?」

木箱の陰からお椀だけを突き出しているベルナデッタに、マイルズが優しく声をかける。

 

「う、うう……。マイルズさん、あなた、実はとっても良い人なんじゃ……。同じ貴族でも、うちのお父様とは大違いですぅ……。このスープがあるなら、たまには台所までダッシュしてきてもいいかもしれませんぅ……」

 

「いつでも歓迎しますよ」

薄暗かった古い調理場は、いつの間にか四人の笑い声と、温かい湯気で満たされていた。

 

黒鷲の生徒たちとの、何気ない日常の親睦。だが、マイルズがチート能力をさりげなく完璧に使って紡いだこの「美味しい記憶」と、同じ貴族の端くれとしての親しみやすさは、確実に彼らの心の奥底に刻まれていた。

 

マイルズは新調した鉄の剣と盾を見つめ直し、皆の笑顔に囲まれながら、静かにスープの最後の一滴を飲み干すのだった。

 

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