レア様からの呼び出し後
俺は午後からの授業参加となった。
(冷や汗でビチャビチャになった服を取り替えてた…)
◆14:00――戦術論の講義:気配遮断の極意
午後のカリキュラムは、各学級合同の「戦術論」の座学。
教室に入った瞬間、俺は自分の目を疑った。
(おい、嘘だろ……?)
いつも座っている後ろから二番目の窓際
――通称『モブの指定席』
の周辺が、異常な空間と化していた。
俺の席の左隣には、腕を組んで目を閉じ、周囲を威圧する
エーデルガルト。
右隣には、爽やかな笑顔を浮かべつつも、ペンを握る右手が強すぎて今にもへし折りそうなディミトリ。
東北地方の寒村出身のモブ講師が教壇でガチガチに緊張する中、俺の真後ろの席には、顎を乗せてニヤニヤとこちらを見ている
クロード。
級長3人が、俺を取り囲むように席を陣取っていたのだ。周囲の生徒たちは完全に引き気味で、教室の逆側に固まっている。
「……あの、すみません。そこ、俺の席なんですけど……」
蚊の鳴くような声で言うと、クロードが楽しげに声をかけてきた。
「やあマイルズ、待ってたよ。大司教様に呼び出されたんだって? どんな『密談』をしてきたのか、俺としても興味津々でさ」
「クロード、無作法よ」
エーデルガルトが冷ややかに窘める。
「マイルズ、気にしなくていいわ。私はただ、君がどのような態度で講義に臨むのか、隣で確かめたかっただけよ」
「俺もだよ。マイルズ殿の戦術的視野、ぜひ参考にさせてもらいたい」
ディミトリが真面目な顔で頷く。
(参考にするな! 頼むから自分の教科書を見てくれ!!)
授業が始まっても、左右と後ろからの視線が痛すぎて、黒板の内容が1文字も頭に入ってこない。
【隠密:S(潜在)】
俺の肉体は、この極限の精神的プレッシャーに対し、
**『心拍数を極限まで下げ、周囲の光を屈折させるレベルで存在感を希薄にする』**
という、暗殺者顔負けのガチ隠密スキルを勝手に発動。
「……む?」
教壇に立つモブ教官(緊張で声が裏返り気味)が、怪訝そうに俺の席を見た。
「そこに、誰かいる気がするのだが……気のせいか。では次のページに……」
教官の目が俺を完全にスルーした。よし! 勝った!
だが、隣のエーデルガルトが
「……!? 急に彼の気配が消えた……? 目の前にいるのに、意識から外れそうになるなんて、どんな高等技術よ……!」
と、さらに目をギラつかせ始めた。逆効果だ。
◆16:30――放課後の訓練場:執念の戦闘狂
講義が終わり、俺は級長たちの包囲網からすり抜けるように教室を脱出した。
しかし、運悪く宿舎へ戻る途中で、一番会いたくない男に捕まった。
「おい、お前」
訓練場の入り口で、腕を組んで壁に寄りかかっていたフェリクスが、鋭い眼光で俺を呼び止めた。その手には、ずっしりとした木剣が2本握られている。
「あ、フェリクスくん。俺、これから部屋の掃除が――」
「言い訳は聞かん。大司教に呼び出されたそうだな。レア様が直々に目を付けるほどの器、試させてもらう」
フェリクスは問答無用で、俺の胸元に木剣の1本を放り投げてきた。
【受身・武器捕獲:S】
俺の手が勝手に動き、回転する木剣の柄を、寸分の狂いもなく完璧な無音でキャッチしてしまった。
「……フン、やはりな。今のキャッチ、ただの素人ではない。構えろ」
「いや、本当にたまたま手が滑って引っかかっただけで!」
フェリクスが獰猛な肉食獣のような踏み込みで、一瞬にして間合いを詰めてきた。容赦のない、首を狙った鋭い一撃。
(うわあああ! 当たる! でも、わざと食らったら大怪怪する!!)
安全に負ける方法を脳内で弾き出す間もなく、俺の肉体が防衛本能で暴走した。
【剣術:S(潜在)】
カンッ!!!
最小限の動き。
手首をわずかに返しただけで、フェリクス用の
渾身の突進を完璧にいなし、その力をそのまま利用して
彼の木剣を上空へと弾き飛ばした。
青空を舞う木剣。フェリクスは、自分の両手が痺れていることに気づき、愕然と目を見開いている。
「あ、アハハ! ごめん! 木の枝が、なんかフェリクスくんの剣の結び目に綺麗にパチーンって当たっちゃったみたいで! 奇跡ってあるんだね!」
俺は木剣を地面に放り出すと、
「お疲れ様でしたー!」と叫んで、風のような速さで
訓練場から逃げ出した。
背後から「おい! 待て、お前!!」という地獄のような怒鳴り声が聞こえたが、絶対に振り返らなかった。
◆18:30――夕食時の食堂:小さき天才の視線
すっかり疲れ果て、心身ともにボロボロになった俺は、夜の食堂へ這うようにしてたどり着いた。
今日はもう誰とも関わりたくない。
そう思い、一番端っこの、物置の影になっている席でひっそりと冷めたスープを啜っていた。
すると、トコトコと小さな足音が近づいてきて、俺の前の席にドカッと座る影があった。
「……マイルズ」
リシテアだった。彼女は、いつも以上に不機嫌そうに小さな眉をひそめ、俺の顔をじっと睨みつけている。
「あ、リシテアさん。お疲れ様です……」
「お疲れ様ではありません。あなた、今日の戦術論の授業、私の後ろで一体何をしていたのですか?」
「え? 何って、普通に授業を……」
「嘘をつかないでください! クロードが、あなたが急に消えたとか何とか騒いでいましたし、何より、お昼のレア様からの呼び出し……。あなた、紋章もないのに、一体どんな怪しい力を隠しているのですか?」
リシテアは、子供扱いされるのを嫌うからこそ、必要以上に毅然とした口調を崩さない。
だけど、その奥には「血の滲むような努力をしてきた自分」と、「へらへらしているのに規格外の力を出す俺」への、割り切れない葛藤が見え隠れしていた。
「……もし、あなたが何か不正な手段でその力を得ているのなら、私は絶対に認めませんから」
その言葉に、俺は少しだけ真面目なトーンで答えた。
「リシテアさん。俺のこれは、本当にただの『体質のバグ』みたいなもんで、誇れるようなものじゃないんだ。リシテアさんが毎日、誰よりも努力してノートを取って、完璧な魔法を操っていることの方が、何百倍も凄いし、本物の才能だと思うよ。俺なんて、本当にただのモブだから」
「な……っ!?」
リシテアは一瞬、大きな目を丸くして絶句した。まさかそんな風にストレートに努力を肯定されるとは思っていなかったのだろう。みるみるうちに耳まで真っ赤に染まっていく。
「な、何を言っているのですか、あなたは! 意味が分かりません! からかわないでください!」
バシャッと椅子を鳴らして立ち上がると、彼女は怒ったように、だけどどこか足取りを乱しながら早足で食堂を出て行ってしまった。
(あ、また怒らせちゃったか……? モブの人間関係、難しすぎる……)
ため息をつきながらスープを飲み干し、俺の、大司教に目を付けられた最悪の1日はどうにか幕を閉じた。
自室のベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
「頼むから、明日からは普通に、空気のように過ごさせてくれ……」
しかし、翌日にはレオニーとの物資調達(あるいは、あの誰もいない地下書庫での事件)が控えていることを、この時のマイルズはまだ知る由もなかった。