噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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4.フラッシュダンス / Dancer in the Dark

 

 見上げた天はどこまでも黒かった。光の一片も注いでくれない、闇で作られた天蓋。だというのに、そこら中で常に、冷えた人間の生活の匂いが鼻の奥に張りついてきた。

 

 歩みを進めていくと、目線の先がわずかに明るみ、そこから急に視界が開けた。

 

 赤、青、黄と毒々しい色のネオンが幾重にも重なって、見える範囲の端から端までを塗り潰している。──天蓋は依然として黒い。だがその黒が俺たちが立っている場所まで届くことはない。無数の照明と看板が星のように輝き、地の底から照らすからだ。

 

 アウターリムが暗いのは、この場所(バッドドリーム)が全ての光を独占したせいだといわれても信じるだろう。

 

 通路は、奥へ向かって一直線に伸びていた。両側に店が隙間なく連なっている。むき出しの配管に絡みついた電飾。看板が頭上から幾重にも突き出して、通りの天井を低く塞いでいる。奥へ進むほど、熱と光は密度を増していった。

 

 酒、塗料、薬物の匂いが層になって押し寄せてきた。ノルマに駆られた客引きの声が重なり、言葉の意味を失ったまま耳を素通りしていく。賭場の前で泣き叫ぶ男。路地の入り口で肌を売り物に立つ連中。不注意に周りを見回した後、小袋を素早く受け渡す売人たち。酒場の戸が開くたび、中の喧騒と熱が外へ吹きこぼれる。

 

 雑踏が、生きているように脈打っていた。

 

 流れに紛れて、楽器ケースを背負った男が一人。流しの楽士の一人や二人、この街では珍しくもないのだろう。その格好や身体の異様さも、誰も気にしない。男は人混みを縫って、光の(はげ)しい方へと一歩ずつ堕ちていく。

 

 男の足が、見覚えのある光景を前にしてふと緩んだ。客の手を取る男女の中に、ニケたちが混じっている。媚びの仕草が滑らかで、迷いがない。その作り物めいた愛嬌が、()の記憶を引っ掻いた。

 

 ジグジグ・ストリート。娼婦・男娼(ジョイトイ)たちが、同じ顔で路地に並んでいた、あの一角に似ている。だが、ここはあそこよりずっと賑わっていた。客の身なりがいい。金の出方が違う。安価な快楽ではなく、思うがままを求めている。

 

(懐かしくて涙が出そうか?)

 

 頭の奥で幻覚が嗤った。

 

(見ろよ、故郷の焼き直しだ。こっちはずいぶんと毛並みがいいがな)

 

 歩くほどに、違和感が足の裏から這い上がってきた。綺麗すぎる。道も、人もだ。

 

 ナイトシティの夜の街なら、薬を使い過ぎたジャンキーの一人や、死体くらい転がっていて当たり前だった。ここにはそれがない。通りは掃き清められ、汚れは視界のどこにも残されていない。

 

 だが、福祉の成果とは到底思えなかった。治安の良さでもない。汚いものが消えたのではなく、誰かの手で、見えない場所へ片付けられている──そういう清潔だった。綺麗に均された表面の下で、掃き寄せられた何かが、確かに在る気配。

 

(綺麗に片づいちゃいるが、“ゴミ箱”はどこなんだろうな?)

 

 答えはわかりきってる。

 

「見えない場所だろ……」

 

 懐かしさと、薄ら寒さ。よく似た故郷の顔をした街が、その裏側を巧妙に隠して、光の中で脈打っていた。

 

 ここに来てもなお、手の中の鍵は行き先を教えてはくれなかった。歯の並びは複雑で、安物ではない。おそらくは厳重な隠れ家か、金庫用だろう。果たして、ジェリーがこの街に隠していたものはなんなのか。

 

 幾つか目星はつく。よそ者が痕跡も残さずアウターリムに拠点を構えるなど、まず無理だ。ジェリーにも、この街に通じた協力者がいたはずだ。鍵の在処を闇雲に辿るより、そいつを先に見つける方が早い。

 

 適当な店に入り、適当な奴に酒を奢り、札を握らせ、与太話に相槌を打つ。影の大物のフリをして、安いギャングを唆す。その内、同じ名前が違う口から二度、三度と零れた。この界隈で欲しい情報なら大抵揃うという、名の売れた情報屋。

 

 そうやって行き先は決まった。

 

 情報屋の住処は、表通りから一本外れた、目立たない一室だった。知る人ぞ知る、その扉の前で合言葉を唱える。返ってくるはずの言葉がない。加えて、鍵はかかっていなかった。

 

 扉を開けてすぐの場所に、椅子に座った男が血塗れで机に突っ伏していた。とっくに事切れているのは見ればわかったが、俺はキロシを起動した。

 

 死後、それほど時間は経ってはいない。死因は背から胸へ開かれた三つの風穴。即死だ。心臓を撃ち抜かれて、男は声を上げる間もなかっただろう。

 

 近づいて、さらに詳しく創口を検める。

 

 それぞれが正三角形の頂点を結ぶように並んでいた。狙って三発を撃ち込んだ訳ではない。間隔が機械的すぎる。一度の発砲で、散弾が三箇所同時に撃ち抜いている。

 

 更に“風穴”の文字通り、全ての(きず)は完全に貫通していた。背骨ごと砕いて──生身の人間を仕留めるのに、こんな威力は不要だ。

 

(……この特徴は、見覚えがある)

 

 ──しかし、俺は探偵業務を依頼された訳じゃない。本来の目的のため、机の上へと視線を移した。

 

 端末(PC)はまだ生きている。ロックはかかっているが、問題はない。俺は自分の手首のソケットからパーソナルリンクを引き出し、その端を差込口へ挿し込んだ。引き出した端子の形が、記憶とは違って見えたが気にしている余裕はない。

 

 データは選り分けず、怪しいものを全部吸えばいい。削除データの復元、通信履歴、暗号化ファイル、断片化した座標の残骸。パズルゲームは後だ。今はとにかく、この男が抱えていたものを根こそぎ持っていく。

 

 データの奔流が脳へ流れ込み、完了率を示す数字が少しずつ増えていく。あと少し──

 

 背後で何かが動く気配。だが、振り返るのはやめておいた。既に銃はこちらに向けられている。不意打ちが目的ならとっくに撃っているはずだ。

 

「動かないで。……言われずともわかってるみたいだけど」

 

 背中越しに、苛立ちを隠さない女の声。特徴的で、聞き覚えがある。

 

「……ロザンナか」

 

 依頼をこなした一件以来だ。

 

 死体の前で、ソイツの持ち物を漁っている最中に会うとは、間が悪いにも程がある。どこからどう見ても、俺がこの情報屋を殺したようにしか見えない。

 

「V、どうしてこんな場所にいるの?」

 

「人探しだ。あんたの方は? パン屋の場所を教えてくれる気になった訳じゃなさそうだが……」

 

「……質問しているのはあたしなんだけど」

 

 軽口に付き合う気はないらしい。弁明が通じるかは五分だが、パーソナルリンクを引きちぎるのは最終手段にしたい。

 

「言っとくが、殺ったのは俺じゃない」

 

「新鮮な死体の横で、堂々と泥棒しながらそれ言う? ジョークのセンスはイマイチみたいね」

 

「……依頼に関することでな。殺しは別だ。弾痕が俺の手持ちとは一致しない──確かめてくれ」

 

 返事はない。だが、銃口も動かない。聞く気はある、ということだ。

 

「こいつが受けたのは、三つに分裂する散弾だ」

 

 短い沈黙。

 

 やがて、背後で布の擦れる音。ロザンナが身を屈め、傷を覗き込む気配がした。銃口は、俺から外れない。器用なものだ。

 

「……ふぅん」

 

 声の温度が、わずかに変わった。

 気配が一歩引く。だが銃を仕舞ったわけではない。手には持ったままだ。

 

 俺は手首のリンクを引き抜いた。吸い出しはとっくに終わっていた。

 

 振り返ると、ロザンナがこちらを見ていた。黒と白の髪。値踏みするような目。撃たなかったのは信用したからではなく、撃つ理由が一つ消えただけ、という顔だ。

 

「で、人探しって?」

 

 俺は顎で死体を示した。

 

「挨拶前に、このあり様だ」

 

「……ふぅん。そいつに何の用?」

 

「依頼に関連することだ。これ以上は言えない」

 

 ロザンナの眉がわずかに動いた。怒ったというよりは、面白がった動きに近い。

 

(おい、若い時のローグ相手だったら、たとえ無実でも今ので撃たれてたぞ)

 

 頭の奥で幻覚が口を挟む。それでも依頼主でもない相手に、手の内を全部見せる気はない。

 

「まあ、……実を言うと、あんたの用にはこれっぽっちの興味もないの」

 

 ロザンナは死体を一瞥した。声には苛立ちが戻っていたが、対象は俺ではないように感じられた。

 

「探してたのは、いま倒れてるこっちの方。正確には、探し人の情報もらう予定だったんだけど」

 

 彼女は死体を見下ろしたまま続けた。

 

「V、あんたの方は端末(そっち)から“盗んで”なんとかなったのかもね。けど、あたしの方はそうはいかない」

 

「──あたしが言いたいこと、分かる?」

 

 盗みを見逃す代わりに、自分の目的を手伝えといっているのはよく分かった。彼女の要求がそう簡単なものではないとの予感はあったが、それでも無理に断る理由を見つけるよりは楽に思えた。

 

(ハッ、とんでもない女に目をつけられたな。きっとお前の()()模様の毛皮まで全部むしる気だろうぜ)

 

 自身も俺の一部だというのを無視して、運の無さを笑う幻覚の声。それごと飲み込むように、俺は静かに彼女に向かって頷いた。

 

 それを見たロザンナはようやく銃を下ろし、腰の後ろへと収める。

 

「報酬はボディガードの相場通り。あたしの探し人を見つけるまででいい。そこからは自由にして」

 

 まあ、銃から始まったにしては悪くない取引だ。

 

「探し人の当ては?」

 

「薬の流通網よ。あんたが奪ったデータに、関連情報がないか照合できない?」

 

 ロザンナが自身の携帯端末を机に滑らせる。映っているのは探し人の情報だ。これがあれば、情報屋がロザンナに何を渡す気だったのかを絞れそうだ。

 

「卸元か……少し待っててくれ」

 

 ロザンナの情報を、吸い出したデータに重ねる。薬の流通網──卸の符牒、受け渡しの座標、決済の痕跡。雑多な山の中から、同じ匂いのする断片だけを拾い上げて繋いでいく。

 

 しばらくして、一本の線が浮かび上がる。

 

「情報屋が最後に繋いでた先が見つかった。これは……薬の集積所だな」

 

 俺が示した座標をロザンナが一瞥し、僅かに口の端を上げた。

 

「そう。まだ生きてる場所?」

 

「数時間前まではな。だが急いだ方がいい」

 

内通者(じょうほうや)が死んで、撤収中ってわけね……」

 

 ロザンナが、指先で軽い合図を出すと共に歩き出す。ボディガードはついていくだけだ。

 

 集積所は、享楽街の喧騒から一本裏へ折れた区画にあった。表通りの賑わいが嘘のように、ここには光が届かない。配管の影と廃材、離脱症状で動けなくなったジャンキーや()()がまばらに転がっている。

 

(“ゴミ箱”の方は、ちゃんと汚ねえな)

 

 幻覚の語る皮肉は、先程よりも抑揚がない。

 

 ボディガードとしての役目を果たすため、俺が先に立ち、ロザンナは一歩下がって続く。路地は狭く、見通しが悪い。曲がり角のたびに、視界が一度死ぬ。

 

 突如、嫌な気配があった。

 

 静かすぎる。卸元の集積所だというのに、人の気配がない。とうに片付けられた後、来るのが遅かった──そう思いかけた、その時。

 

 角の向こうで、空気が張りつめた。

 

 独特なチャージ音が聞こえた瞬間、反射的にロザンナの肩を掴んで、廃材の陰へ引き倒す。直後、たった今まで立っていた空間を弾丸が貫いた。背後の壁に深々とめり込む貫通力、弾痕の形は──

 

 正三角形だ。

 

 廃材の陰で、ロザンナはもう動いていた。角の向こうへ身を乗り出し、相手の顔を視界に入れた瞬間、その目の色が変わった。

 

「裏切り者……ようやく見つけた!」

 

 声に、戦闘の冷静さとは別の熱が混じる。探していた相手だ。間違いない、という確信の声。

 

 ロザンナの銃が二発吼え、弾が正確に相手の肩と下腿を捉えた。即死させずに無力化できる良い狙いだ──生身の人間相手なら、だが。

 

 肉を抉るはずの銃弾が、ギャリギャリという音と火花を共にして逸れた。同時にキロシが示す──男には皮下アーマーが仕込まれていた。加えて、痛みを感じている素振りがない。戦闘用麻薬(コンバットドラッグ)を併用しているようだ。

 

(サイバーウェア……シャルだけじゃなく、こいつも……!)

 

 撃たれた箇所を一顧だにせず、男はチャージ音の後、間合いを詰めながら撃ち返してきた。遮蔽物の一部が大きく砕ける。

 

「効いてない……! プレートでも仕込んでるっていうの!? くそっ、いつもの銃を持ってくるべきだった……!」

 

 ロザンナが奥歯を噛みしめる。弾を弾かれた驚きより、執念深く追っていた獲物を逃しそうになった焦りの方が勝って見えた

 

「任せろ。ああいう相手は慣れている」

 

 俺は背の楽器ケースを下ろし、留め具を弾く。

 

 中に収まっていたのは楽器ではない。日本製の、無駄なき一挺。紅蓮に染まったスマートスナイパーライフル『()()()()-夜叉(YASHA)-』。装弾数は一発のみ。

 

 ボルトを引き、空の薬室へと、決められた所作で弾を込める。遮蔽物から身を乗り出し、奴を誘う。

 

 男が即座に俺の方に銃口を向け、独特のチャージ音が始まる。発射されるまでの猶予は約0.──

 

 ──男の肩が、轟音と共に大きく弾けた。

 

 この銃はスマート武器の癖に、標的を追わない──その代わり、並外れた弾速と装甲を喰い破る貫通力を持つ。

 

 飛び出した弾丸が皮下アーマーごと貫いて、割れた水風船の如く血が噴き出す。マイクロ発電機から込められた電撃が傷から爆ぜ、更に強化骨が砕ける手応えがあった。

 

 それでも、男は倒れない。

 

 肩を撃ち抜かれたことで持てなくなった銃を捨てて逃げ出す。砕けた半身を引きずったまま、男は廃材の山を越えて路地の奥へと一心不乱に駆けていく。だが、あの怪我ならそう遠くへは行けない。今は薬で麻痺しているだけだ。

 

「待ちなさい!」

 

 ロザンナが追って飛び出す。

 

 砕けた肩から滴る赤い血が、廃材の隙間に点々と続いている。薬で痛みは殺せても、出血までは止められない。じきに足が止まるだろう。

 

 今度はさっきとは逆にロザンナが先を行き、俺が続く。集積所を越えた奥の路地は進むほど狭まり、光が痩せていく。血痕は、その先の行き止まりへ吸い込まれていた。

 

 角を曲がって、足が止まった。

 

 砕けた肩だけしか見えないが、さっきの男だ。壁に背を預けるように座り込んでいる。身体が耐えきれずに観念したかと思ったが、ロザンナの反応は怪訝なものだった。

 

「!……いったい、どういうこと……?」

 少し遅れて、俺も彼女の言葉の意図がわかった。

 

 座り込んだ男の頭部がなかったのだ。

 

 首から上が丸ごと失われていた。その切断面は、鋭利な刃物の一太刀によるものだ。そしてその断頭は、俺たちが追いつくまでのほんの僅かな時の間に行われた。

 

 キロシを起動する。視界の隅に解析が走り、すぐに行き詰まった。争った跡、第三者の足跡、武器の痕跡──全てなし。何も拾えない。まるで、頭部だけが消え失せたかのように。

 

「……気をつけて。これをやったやつはまだ近くにいるはずだから」

 

 ロザンナが低く呟いた。追っていた獲物を別の何かに掠め取られた。その声に、さっきまでの焦りも苛立ちもない。代わりにあるのは、強い警戒だ。

 

 俺は周囲に気を払いつつ、首のない死体を見下ろした。なぜ、頭部だけなのか。

 

 殺すだけなら、首を持ち去る必要はない。見せしめにしては遠回しすぎる。実利で考えれば、頭の中に残しておけないものがあった。脳──あるいはそこに埋め込まれた何か。

 

 口を割る前に消す。それも、痕跡まで根こそぎ。

 

(まあ、なんにせよ、こいつは今後のヘアスタイルを気にしなくて良くなったな……)

 

 あまりに不可解な結果を前に、幻覚の軽口にもキレがなくなっていた。

 

 証言が取れなくなった以上、残る物を漁るしかない。俺は男の死体と、その傍らに転がった得物に目をやった。

 

 まずは得物──交戦場所で男が捨てていった銃。これはミリテク製のテックピストル『オマハ』だ。そして、傷口から覗くチタン骨。皮下アーマー、手の衝撃吸収体、ベルトにぶら下げられた未使用の戦闘用麻薬──『ブラック・レース』。一つ残らず、俺の故郷の品だ。

 

 ロザンナが傷口を見つめていた。俺に語りかけているのか、独り言か、曖昧な温度で言葉を紡ぐ。

 

「簡単な義手や代替骨ならともかく、ニケ以外にここまで身体を機械化する技術なんて、聞いたこともない……」

 

 俺たちはお互いに、この状況があり得ないものに見えている。この世界に馴染まない『ナイトシティのものたち』──シャルや俺、こいつのサイバーウェア。それが異様だというのは、ロザンナの反応から察せられる。

 

 そして俺には馴染むことができない『この世界』。異世界だという話すら、まだ半分も飲み込めていない。そこへ、更なる謎だ。無理矢理結んだところで、御伽噺にもならない。

 

「……あんた、何か知ってるみたいな顔ね」

 

 ロザンナの目が、こちらを向いていた。

 

「……俺もわからない。ただ、かなり趣味の悪い銃だ」

 

 御伽噺を語ったってしょうがない。俺は咄嗟に話を逸らす。

 

「この男が持っている薬。アンタの縄張りで出回っていたモノと同じか?」

 

 ロザンナは俺が持ち上げた『ブラック・レース』に目を落とし、しばらくして頷いた。

 

「……このタイプの吸入器自体、珍しいのよ。見間違えようがないわ」

 

 ロザンナが追ってきた裏切り者。縄張りに流れた薬。その出どころが、『俺の世界』に行き着く。彼女の追う線と、俺の探す相手、そいつらは同じ闇の奥にいる気がした。

 

 その思考を断ち切るように、ロザンナが切り出した。

 

「……これをやった奴の気配は、もう近くにないわね」

 

「ソイツを探すにしても、今は人員も装備も足りてない──報酬の精算をして、ここで解散しましょう」

 

 死体を真横に金の話、懐かしさで涙が出そうだ。

 

「前に渡した携帯端末、出して」

 

「……回収か? 別に構わないが」

 

 貰った端末は連絡以外に使っていない。無くなったところで困らない。渡すと、ロザンナは素早く操作し、こちらへ差し出して──その手を、ふいに離した。

 

 床に落ちる前に掴み取る。

 

「それはもう、あんたにあげたもの。それより、額を確認して」

 

「……随分と色が付いたな。それに──口座?」

 

 画面には、口座への接続情報が一つ。事前に聞いた額の倍ほどが入っていた。

 

「ボディガード依頼はあいつを見つけるまで。それ以降は別料金、当然でしょ」

 

 ロザンナは事もなげに言う。

 

「端末に紐づけた口座については──あたしがカードの束を持ち歩くタイプに見える? 面倒だから、次からそれ使って」

 

「……まあ、ありがたく使わせてもらう」

 

 十中八九、監視の紐付きだろうが、助かることに変わりはない。俺は端末をポケットへ放り込んだ。

 

「ああ、最後に一つだけ答えて。──B.L.B.(ブラッズ)を潰したの、あんたでしょ」

 

 薄々来るとは思っていた問いを、彼女はついに刺してきた。一人で五十人を皆殺しにした、あの一件。組織の長が見過ごせる事件ではない。最初の誘拐依頼も、監視も、さっきのボディガード依頼すらも、これが理由なのは明白だった。

 

 惚ける手はある。物証はない。否認の一言で退けられる。だが、それが通じるのは法廷の上だけだ。ロザンナには意味がない。

 

「……ああ、俺だ」

 

 あっさり認めた俺を、ロザンナは測るように見ていた。

 

「へえ。理由は?」

 

「ただの私怨だ。ありふれてるだろう」

 

「……そう。分かったわ」

 

 取り調べとも呼べない問答だった。彼女は、それ以上踏み込んでこない。

 

「それで、俺への判決は? 理由も含めて聞かせてもらえると、ありがたいんだが」

 

「……『保留』よ。監視付きのね」

 

 ロザンナは肩をすくめた。

 

「無闇に秩序を乱すなら、排除する。今のところ、あんたはそうは見えない。だから様子見。──これでいい?」

 

「……ああ、わかった」

 

 俺が返すと、ロザンナは小さく頷いた。それ以上は用がないらしい。早々に携帯端末を耳に当て、部下に指示を出している。死体の後始末のためだろう。もはや俺の方は見てもいなかった。

 

 俺は背を向けて、先に歩き出した。一人になった路地で、俺は軽く肩を回した。

 

 大組織の長から、直々に監視を宣言された。状況だけ見れば、好転どころか厄介事が増えたとすら言える。なのに、不思議と気分はすっきりとしていた。

 

 さて、と息を吐く。

 

 本題はここからだ。ロザンナに付き合っている間、ずっと隅に追いやっていた問いが残っている。手中の鍵が向かう先。ジェリーの協力者らしき男のデータは丸ごと俺の手にある。だが、肝心の解析はまだな上に、空振りの可能性だってある。藁山にて針を探す気分だった。

 

 それでもよかった。結果がどう転ぼうと、選んだのは俺だ。

 

 ──ついでに、まともな酒の一杯でも引っかけたい。半端な酒で舌を焼くのはもう飽きた。

 

(はっ、またシャンパンの飲み過ぎで倒れんなよ……)

 

 裏路地の終わり際、視界の先に、再び毒気に塗れた光が広がる。俺はその方へと歩き出した。

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