噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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5.闇中の踊り手 / FLASH DANCE

 

 言い切ってしまうと──吸い出したデータは結局、ほとんどがゴミだった。解析にかけても出てくるのは座標の欠片、潰れた地図、意味の取れない符牒。

 

 なら、片っ端から足で潰すしかない。幸い、今は記憶痕跡(レリック)の時とは違って時間はあった。

 

 断片が指す候補地を片端から当たった。空き倉庫、畳まれた店の跡、配管の死んだ区画──合間でマシな酒を啜っては、悪夢(バッドドリーム)の中を虱潰しに歩き回る。半分は期待外れ、もう半分はそれ以下。それでも数を絞るには、それしかなかった。

 

 三つ目の空振りから次へ移ろうとした時、懐の端末が震えた。ロザンナからの連絡だ。

 

『パン屋の場所は送っておく』

『美味しいとは思わないけど』

 

 これは、報酬の連絡ついでに投げた問いの答えだ。『後で』という返信から随分経つ。とっくに流されたものと思っていたが、今頃返ってきた。

 

「……ん?」

 

 どういうことだ。俺が食ったのは木屑もプラスチック粉末も混ざってないパンだったが──ロザンナにとっては、アレは不味い部類に入るらしい。

 

 続けて、もう一通。こちらは何通かに分けて送られてきた。

 

『あと、ニケの件ね』

『アウターリムでは』

『ニケは嫌われてるからよ』

『最近だと』

『エキゾチックって部隊がやらかしたのもあるし』

『しかも』

『そのせいで、妙な監視役まで配備された』

『まともなニケは寄り付かない』

 

 言葉は端的で、それ以上の説明はない。おかげでアウターリムにいるのは闇で売られた商品(ニケ)か、()()()()のような特殊なニケだけだと分かった。だが、最後に一言だけ、念を押すように付け足されていた。

 

『とにかく』

『今のアウターリムで』

『アークの悪口だけは言わないこと』

『冗談じゃなくね』

 

 冗談じゃなく、か。

 わざわざそう書くからには、相応の理由があるんだろう。今は深く詮索しないでおく。

 

 問いを投げるために指が動きかけた。あの首から上がなくなった死体。あれの状況について訊いてみようかと思ったが、やめた。どうせまともな答えは返ってこない。

 

 短く礼を返して、虱潰しに戻る。

 

 そうして辿り着いたのが、この扉だ。

 結局、半日近くを駆けずり回る羽目になった。

 

 享楽街の喧騒から幾重にも奥まった、配管の影に埋もれるような一角。薬物集積所へ向かう通路に良く似ていたが、ここにはジャンキーすら転がっていない。だが、扉だけが場違いなほどに堅牢だった。

 

 俺は懐から鍵を取り出す。ジェリーが最期に渡した、あの鍵だ。鍵穴に差し込む。

 

 手応えは、あっけないほど素直だった。これだけ追いかけてきたものがたった一度、手首をひねるだけで応える。拍子抜けするほどの軽さの中に、ようやく一つ、何かを為し得た感触があった。

 

 扉を押す。重い金属が、軋みもせずに開いていく。中は暗く、人通りの少なさから空気も澱んでいるが、不快さは感じない。俺は足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。

 

 外の光が断たれ、闇が落ちる。入り口側にあったスイッチを入れると、部屋全体を照らすには心許ない灯りが、輪郭を浮かび上がらせる。

 

 狭く、整えられている。それが第一印象だった。

 

 簡素な寝台が一つ。角の擦り切れた机と、椅子。壁際に衣類の収められた棚。机の上には一冊の手帳。どれも質素で、無駄がない。生活に必要なものだけが、必要なだけ置かれている。

 

 几帳面な部屋だった。寝台の毛布は隅まで張られていた。床には塵の塊一つない。享楽街のただ中に、こんな一室を構える神経がジェリーらしいと思った。あの男の佇まいを、そのまま部屋にしたような空間だ。口数は少なく、言葉は短く、低い。

 

(……もう、ジェリーがここに帰ってくることはない)

 

 俺は灯りを頼りに、ゆっくりと中を見て回る。棚の引き出しを検める。入っていたのは衣服の替えと保存の効く缶詰。ここからは実務的な匂いがする。

 

 ジェリーがここの鍵を託した以上、何かがあるはずだ。順に視線を巡らせていく──部屋の一角で視線が止まった。薄暗いせいで気づくのが遅れたが、部屋の最奥、机の脇の壁面だけ物の密度が違う。

 

 壁一面に、紙が貼られていた。手書きのメモ、新聞らしき切り抜き。印刷された地図の上に、ペンで幾重にも引かれた線。紙と紙が重なり、端が反り返り、貼られた時期の違いが層になって見て取れる。整えられた部屋の中で、その一角だけが、別人の仕業のように混沌としていた。

 

 いや──そうじゃない。

 

 近づいて分かった。これは無秩序なものではない。紙の一枚一枚が規則に則って結ばれている。線が紙から紙へ渡り、印が呼応し合う。長い時間をかけて、執拗に、同じ何かを追い続けた人間の思考が、壁の上にそのまま固着していた。

 

 几帳面さと、執念。同じ男の中の二つが、この部屋では壁一枚で隣り合っていた。

 

 壁の下、机の脇に、薄い木箱が据えられている。蓋はない。中には紙の束。壁に貼りきれなかった分が、それでも順序を保って収められていた。間違いない。ジェリーが何年も追っていたものが、ここにある。俺は木箱の前に膝を落とし、一番上の紙へ手を伸ばした。

 

 一番上の紙は、手書きの調査メモだった。

 書かれている内容は、壁の線を読み解くためのものだ。

 

 区画分けされたアウターリムの行方不明者の非公式情報。出所の知れない技術についての走り書き。指揮官・ニケのMIA率が地域ごとに並べられている。一枚一枚は、ばらばらの事象。だがペンの線が、多数の途絶を繰り返しながらも、紙から紙へと渡っている。

 

 読み進めるほど、暗躍している存在の輪郭が浮かんでくる。ジェリーが追っていたのは──すべての線が吸い込まれる先、壁の中央。そこにその名はあった。

 

 ──プロメテック・インダストリー。

 

 ペンで、何重にも、ぐるぐると執拗に囲われていた。同じ軌道をなぞった円が紙を凹ませ、ほとんど穴を穿ちかけている。何年も点を結び続けた男が、ついに辿り着いた一つの名。到達の圧が筆跡にそのまま残っていた。

 

 この名前(プロメテック)自体に聞き覚えはない。だが近くの資料を突き合わせていくと、像が結ばれていく。

 

 軍需企業。創立は──ラプチャー侵攻よりも前、人類がまだ地上で暮らしていた時代の会社だ。この星の歴史は、ジェリーとシャルから聞いた。地上が機械に奪われ、人類が地の底へ逃れて、百年以上。つまりこの会社は、“存続していれば”少なくとも百年以上前の代物ということになる。

 

 だが、古い切り抜きの一枚がその最期を示した。

 

 とある会社による買収、事実上の敵対的M&Aにより社名は消え、資産は吸収。経営陣は追い出され、組織は解体──公式の記録上、この会社はラプチャーの第一次侵攻直前に消滅している。

 

 百年以上前に、より大きな会社(けもの)に食われて消えた会社。何年も追い続けたすべての線が、既に存在しないはずの名前を指し示していた。

 

 壁に戻り、二番目に線が集まっていた技術関連の走り書きだけを拾い直す。

 

 原理不明の武器、身体の機械(サイバネ)化──『ナイトシティ』を想起させる資料は古いもので数年前、それより前のものは一枚もない。他の資料が数十年単位なことに比べると、浮いて見える。

 

 消えたはずの会社名と、()()()()で湧いて出たナイトシティの技術。ジェリーの線は、その二つを同じ一点で結んでいた。

 

 一つ気になるのは、技術の流入時期が合わないことだ。俺がこの世界で目覚めたのは、せいぜい数週間前。始まりがまるでずれている。俺が来るずっと前から、アレらは流れ込んでいた。

 

(はっ、定期便でも飛んでんじゃねえか? ナイトシティ発、異世界行き。企業絡みの胡散臭い都市伝説にぴったりだろ)

 

 頭の奥で幻覚が口を挟んだ。茶化した物言いだが、芯は外していない。アラサカのソウルキラー、ミリテクのサイノシュア──どちらも実在した。

 

(だがな、ただでさえ空気が薄い地下で、こんな場所に閉じ籠って考え出した。ここにあんのはそういう結果だぜ。全部信用しようってんじゃねえだろうな)

 

 被せられる冷や水に付き合う気はなかったが、壁の資料には区切りがついたのも事実だ。息を一つ吐き、木箱から取り出した資料の残りを順にめくっていく。調査メモ、記録の写し──終わり際になって、顔を上げる。

 

 机の隅の小さな写真立てを手に取る。

 

 飾られているのは、古い一枚だった。色褪せ、折れた角を伸ばした跡がある。だが埃は被っていない。二人の男が並んで写っている。

 

 片方の顔には見覚えがあった。ジェリーだ。落ち着いた面構えの──いや、待て。これは古い写真だ。おそらくこの年嵩の男は、ジェリーの兄だろう。強引に肩を組まれた、若い方がジェリーだ。

 

 俺は写真の中の顔を、しばらく見ていた。

 

 俺の知っているジェリーは、短く低い言葉を吐き、表情を動かさない男だった。死に際ですら、立派に構えていた。その男が笑っている。年相応といえばそうだが、納得するのには時間がかかった。

 

 写真立てを置き、机の手帳を捲る。短い記述が日付ごとに刻まれ、繰り返し一つの名前が現れる。

 

 ナサニエル。

 

 ジェリーの兄の名だ。

 写真で肩を組んでいた、あの男。

 

 手帳の始まりは、ただの日記だった。成人した日に、(ナサニエル)と酒を飲んだ。兄とその部隊が表彰された。兄から古い軍人ジョークを聞かされた、つまらなかった──写真の頃のジェリーが記した思い出が、短い文で刻まれていた。

 

 それが、あるページを境に変わる。作戦中の兄の連絡途絶──行方不明(MIA)として処理されたが、しばらくして戦死(KIA)へと修正された。

 

 この件は地上で本人の口から聞いたことがあった。軍人のMIA自体はこの世界では珍しいことじゃない。引っかかったのは、記録が突然書き変わったこと──そして、問い合わせた途端に締め出されたことだと言っていた。

 

 手帳に書かれていた内容は聞き覚えがあったが、この筆跡を目の当たりにして初めて、その重さを理解できた気がした。以降のページに日常の記述は現れない。日記は、調査記録へと変わっていた。

 

 納得のいかない点を一つずつ挙げ、兄と同じ消え方をした人間を調べ、疑念を明らかにし、ジェリーはこの壁を厚く塗り潰し続けた。その遠回りの果てで、プロメテックへと行き着いたのだ。

 

 だが、ジェリーは全てを掴む前に逝った。その無念が彼の最期の言葉を生み出したのだと、今なら分かる。

 

 『兄の真相を』、『奴らに報いを』。死に際の遺言を依頼と結びつけ、鍵を握りしめてここまできた。だが、俺は依頼のことも、依頼主(ジェリー)のこともよくはわかっていなかった。それでもよかった。それだけのものをジェリーたちから貰っていたからだ。

 

 ここに来るまでは、そう思っていた。

 

 だが、今となっては、彼らの想いまで抱える気分だった。恩人からの依頼は使命感を纏い、責任は重くのし掛かってくる。元より投げ出す気などなかったが、これからは、俺の何を賭けても果たすべき()()となった。

 

(懲りねえな、お前も)

 

 声が、低く沈んだ。幻覚(おれ)が、俺を試そうとしている。

 

(……まァた、()()か。前は国家の犬(FIA)になって、他人の戦争に首を突っ込んだよな?)

 

 幻覚の紫煙が目の前を真っ白く染め上げていく。呼吸する度、肺がチリチリと灼ける気分がした。

 

(最後にはソミを生贄に差し出して──お前の手元に残ったものは、何だ?)

 

(嗚呼、今回はそれよりタチが悪いぜ。自分の命のためっていう免罪符すらないんだからな……)

 

 俺は写真立てへ手を伸ばした。僅かに曲がっていた角度を元の通りに据え直す。壁と手帳から目を移し、部屋を見回す。ジェリーにここを託された以上、見落としは許されない。

 

 キロシが寝台の下を捉える。床板の一枚がわずかに浮いていた。床板を外すと、その下には小さな端末が置かれていた。

 

 電源を入れると、画面に身分情報が表示された。アーク市民の認識チップ──本来は体内に埋め込まれ、持ち主と一体で管理されるものだ。それが、こうして端末の形で持ち出されている時点で、まともな品じゃない。間違いなく、出どころは闇市場(ブラックマーケット)だ。

 

 ジェリー自身も正式な指揮官の立場を持っていたが──それでも、アークの裏社会やアウターリムで自由に動くためには、こうしたあくどい手すら厭わなかったのだろう。

 

 ジェリーが言い遺したように、アークは余所者を受け入れない。だが、これさえあれば俺の活動範囲も広げられる。手を伸ばしかけて、画面の隅の登録名が目に入った。

 

 ──指揮官『ヴィンセント』。

 

 好かない名だ。単なる偶然の一致に過ぎないのはわかっていても、見た瞬間に胸の奥が不快に軋む。しばらく画面から目を離せずにいたが、これもジェリーが遺したものだ。気に入らないという理由で拒むことなどできなかった。

 

 端末を懐へと収めた。

 部屋を立ち去る前に、頭の中を一度整理する。

 

 ナイトシティの機械(クローム)(ドラッグ)がこの世界に湧き始めたのは数年前から。その出どころを、ジェリーは追っていた。追っていたからこそ──消されたのだとしたら。

 

 今となっては、シャルがジェリーを手にかけたのは偶然だとは思えない。邪魔な男を排除するために、機械を積んだシャルをぶつけてきた。そう考えれば筋が通る。

 

 バッドドリームで対峙した裏切り者も、思い返せばシャルと同じだった。一言も喋らず、人間味の欠片もない。シャルの時は侵食を疑った。だが、あの男はニケじゃない。かといって、サイバーサイコの壊れた目つきとも違う──あの二人の動きは、最後まで正確すぎた。隠すように裏切り者の頭部が持ち去られた事実を踏まえれば、脳に処置を施されていたと見るのが筋だろう。

 

 壁の資料と、この目で見てきたもの。両方を掛け合わせて、ようやく朧げなカタチが浮かぶ。プロメテックの関与は疑いようがない。

 

 だが、ここで分かるのはそこまでだ。百年以上前に消えたはずの会社が、具体的にどこまで根を張っているのか。その答えはここにはない。ジェリーがその名を探り当てたのも直近らしく、詳しい資料はここには置かれていなかった。

 

 影を追うなら、アークに行くべきだ。まずはプロメテックを買収した会社(コーポ)──今は名前や組織体制自体が変わったようだが、()()()()を当たってみるのもいい。

 

 それに、アークは中央政府と呼ばれる体制の中心で、それはつまりデータの集まる場所を意味する。ジェリーが軍人としての立場を築いてまで内側に潜り込んでいたのも、手掛かりの匂いを嗅ぎつけたからだろう。

 

 分かったのは、向かうべき先。

 分からないのはそれ以外の全てだ。

 

 最後にもう一度、壁を見た。

 

 ジェリーが幾年月もかけて積み上げた執念。その続きは、俺が引き継ぐ。

 

 そしてプロメテックを手繰っていけば、いずれ行き当たるかもしれない。なぜ、俺の世界の一部がここにあるのか。なぜ、俺はこの世界にいるのか。──ジェリーの執念と、俺の謎。二つは、同じ糸の上にある。

 

 俺は壁に背を向け、扉へ歩く。壁際のスイッチに手をかけ、押し下げた。一気に灯りが落ちる。几帳面な部屋の内装も、笑う男の写真も、全てが闇へ沈んだ。

 

(おい。さっきの質問、まだ答えてねえぞ)

 

 何も見えなくなった部屋の中で、声だけが鋭く響いた。

 

「……はぁ。やるしかないんだよ、俺は……」

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