噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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ACT2 アーク
6.社会の最善政体とアークについて / Welcome to the Machine


 

 アウターリムの天蓋が途切れる場所に、壁はあった。継ぎ目のない灰色の合金が左右の闇へ溶けるまで続き、その中央に、ゲートが口を閉ざしている。閉ざされた口の両脇には、警備機が静かに佇む。

 

 俺は壁の手前、廃資材の陰で足を止めた。

 

 ブラックマーケットで調達した、少し古めのアークの流行服を取り出した。クロームの露出を塞ぐため、襟が高く、袖が長いものだ。人混みに紛れ込むのにも丁度いいだろう。着替えはすぐに済んだが、本題はここからだ。

 

 脳インターフェースから一つの項目を呼び出す。

 

 行動インプリント──擬態相手の生体組織まで模倣する、変装を越えた、変身とも呼ぶべき新合衆国(NUSA)の最新技術(テック)。読み込むのは、成人男性を数十万人分ほど重ね合わせて作ったモンタージュ人格。誰でもなく、誰にでも似て見える。

 

 起動──視界に表示されるパーセントが百に達した途端、眼前で金色の回路紋様が拡がる。そのあと、最初に来たのは静けさだった。皮膚の下で、殆どの戦闘用サイバーウェアが沈黙(スリープ)したのがわかった。

 

 同時に、全ての癖がモンタージュ人格の所作に書き換えられる。

 俺はゲートへと歩き出した。

 

 ゲート入口付近は明かりが漏れ出ていて、内部は場違いに白に保たれていた。一歩外の景色とは大違いだ。警備用アンドロイドを通り過ぎ、奥の隔壁に向かって通路を歩く間に、壁面のスリットから赤いスキャン光が走り、頭頂から爪先までを三度往復する。ドッグタウンの検問所を思い出した。

 

 通路の終わりで、ようやく掲示板めいたパネルがひとつ点灯した。

 

 懐の認識チップが反応する。ジェリーの床下から出てきた、闇市場の流れモノ。ある程度の使用実績はあるはずだが、この時ばかりは緊張が走る。

 

 パネルの表示が切り替わった。

 

 ──照合完了。指揮官『ヴィンセント』。通過を許可します。

 

 質問なし、係員なし。数秒のスキャンだけで難なく通過。何重にも組んでいた危機回避計画がまとめて宙に浮く。ゲートの喉は何の感慨もなく俺を飲み下した。

 

 抜け出てすぐはアウターリム側と同じく、人を見かけなかった。当然と言えば当然で、遊興目的(よほどのこと)でもなければアウターリムに近づく理由などないのだろう。

 

 広場を抜け、暫く最初の街区へ入ってようやく人通りにぶつかる。磨かれた建材、等間隔の街路樹。すれ違う人間たちの足音が、アウターリムより半音高く聞こえる。

 

(あそこじゃ()以外に、布でもなんでも足に巻いてるやつも多かったからな……)

 

 街の角、閉店した店舗のウィンドウの前で足を止める。

 

 ガラスの中に立っているのは知らない男だ。髪型すらも元とは一致しない。彫りは浅く、印象という印象を削ぎ落とした顔。見た数秒目には忘れている──大真面目に新合衆国が作り上げた、そういう設計の顔だ。

 

(借り物の認識チップに、借り物の顔。本物なんかどこにもありゃしねえな)

 

 ガラスに映る知らない顔の隣に、よく知った男が肘をつく。

 

(その顔の唯一の取り柄は、誰の記憶にも残らねえことだろうが──さっさと進め、偽物野郎)

 

 俺は人の流れに戻る。

 歩幅は他人のまま。名前も顔も偽物のまま。それでも目だけは、これから値踏みする街を、Vの目つきで見ていた。

 

 最初の街を抜け、脳から携帯端末を経由し、公共ネットワークへとアクセスする。認識チップの権限照会は一瞬で通った。指揮官待遇の正規アクセス。ゲートに続いて二度目の実感だが、便利なものだ。

 

 俺は歩き(ネットウォーク)ながら、アークについて調べ始めた。

 

 中央政府──軍人を除く政府機関としての所属人員、約百名。それでこの一千万人規模の都市が回るのは、エニック(AI)が行政判断を肩代わりしているからだ。各部署は責任者が数名、実務はアンドロイド任せ。法は地上時代のものを流用し、足りない分は後付けの立法で埋め、判決はエニックが下す。

 

 最高指導者とも呼べる総司令官は人間だが、それの任命すらエニックが関わっている。これでは、AI政府が人間を百人ほど飼っているようなものだ。さらには準政府組織として三大企業が運営に大きく携わっている。知れば知るほど、ここが方舟(アーク)なのか、棺桶(コフィン)なのかよくわからなくなってきた。

 

 そのまま歩き進めると、街の先に人工の公園が見えた。整った植栽、計算された木陰。ベンチに腰を下ろして、一息吐いた。

 

 ポケットからジッポを出して、人差し指から小指へ、ジッポに指の背を渡らせる。渡りはするが、節を越えるたびに僅かに引っかかる。

 

 最後に、軽く投げ上げる。

 

 そのまま手の中へ──掴みきれず、ジッポが跳ねて石畳の道とぶつかり、間の抜けた音を立てる。追いかけて拾うが、元からボロボロだったせいで、どれが新しくできた傷かもわからない。

 

 だがこれで、行動インプリント起動中は所作がおぼつかないことが再確認できた。

 

 もう一度ジッポを軽く握った後、スナップを効かせて蓋を開くと同時に、着火輪を親指で擦る。火はまだ点く。

 

 蓋を閉じ、ポケットに戻した。

 

 そこで初めて空を見上げた。

 

 エターナルスカイ。

 頭上には大きな雲が二つ、ゆっくり流れている。ここが地下だと知らなければ、作り物とは思わなかったかもしれない。百年前、地上を失った人類は、偽りの空を造った。

 

 広場の端の公共表示板に、天気予報が出ている。

 『本日の天気予報 晴 13:00頃 第四ブロックでは、にわか雨が降るでしょう』。

 

 その言葉の体裁に、わずかな引っ掛かりを覚えた。

 

 時計が十三時に近づくにつれ、軒先の店が日除けを畳み始める。傘を持たない男たちが、屋根のある側の歩道へ寄っていく。誰一人として、空を見上げない。外れるかも、という余白がどこにもない。これじゃ予報ではなく、予()だ。

 

 どうせなら、何時にどれくらい散水予定かを堂々と告知すればいい。なのに何故か、わざわざ「雨」のラベルを巻きつけている。

 

 その問いの答えは、先程調べた中にあった。詰まるところ、人は檻の中でも幸福に生きられるということだ。

 

(──醜い格子と、狭さに目を瞑ればだがな)

 

 過去に、エターナルスカイに別のものを映したことがあったらしい。そうして、空がディスプレイに変わった瞬間、自分が(アーク)にいることを理解してしまったんだろう。だから、壊れた。

 

 中央政府及びエニックは事件の結果を学習して、塗装をしなおした。以来、エターナルスカイには空しか映っていない。だから、散水は雨のふりを続けている。

 

 ナイトシティでは、あの煤けた空を全員が享受していた。ここでは、健全な絵空事が等しく振り撒かれている。

 

 ──13:00。

 

 頭上で、(さんすい)が始まった。予兆の湿り気もなく、最初の一滴から本降りの密度で落ちてくる。広場にはもう、屋根の下を除いて人影がない。雨音より先に、全員が退避を終えていた。

 

 俺だけが、その場から動かなかった。

 

 こんなもの、避けるのも癪だ。

 温度、匂い、舗装を叩く音。全てが(あめ)と区別がつかなかったが、誰も驚かず、誰も濡れず、文句を言う者もいない。この雨への無反応こそが、偽物だという何よりの証明だった。

 

 五分ほどで、雨は終わった。

 始まりと同じで、唐突に。水捌けまで設計済みらしく、濡れた舗装は端から均一に乾いていく。

 

(“──傘をささず、雨に踊る自由”か? ……こう俯瞰して見れば、大して上等なもんじゃねえな)

 

(浴びるならせめて、汚くたって本物がいい)

 

 思い返すと、ナイトシティの雨は金属の匂いがした。

 

 ある者は傘を閉じ、ある者は雨宿りをしていた場所から離れる。人々は何事もなかったように歩き出す。実際、この街では何事もなかったのだろう。

 

(V、ここはクソみてえな場所だ。アウターリムの方が──少なくともあっちの連中は、自分が地獄にいることを知っている)

 

 濡れた服が乾き始めるのを感じながら、俺は立ち上がった。

 

(比べてみろ。こっちの連中は檻の内装が変わっただけで、何もかも忘れちまってんだ……)

 

 公園を出て、中央区画の方向へ歩く。途中で行政庁舎の前を通りがかった。窓口に立つのは全てがアンドロイド。受付から書類処理まで、人間が一人も挟まらないまま流れていく。

 

 キロシを一体に向けた。生体反応、なし。骨格は剥き出しの規格品で、顔には表示パネルが嵌まっているだけ。人間に似せる気がない。エニック、ニケ、アンドロイド。アークは機械に支えられて、かろうじて回っている。

 

 庁舎の壁面表示に、エニック名義の判決速報が流れていた。罪状、求刑、判決、執行日。弁護士も検察もおらず、人間の名前は被告の欄にしかない。人が裁くよりも公平で、正確だという触れ込みだが──機械の天秤自体がズレていないと何故言えるのか、俺には理解ができなかった。

 

 中央区画に近づくにつれ、雑踏の質が更に変わった。

 

 シュプレヒコールが聞こえてくる。音の方向へ歩くと、大通りの一角を集会が占めていた。

 

『兵器に命のふりをさせるな』

『ニケは道具──命は生命だけのもの』

 

 掲げられたプラカードの文言は、コールの内容と一字として違わなかった。ニケは兵器であり、生命体ではない。命とは生命体にのみ与えられた、唯一の価値である。だから、生命のように振る舞うニケは認めない──。

 

 暴れる者はいない。隊列は整い、コールは斉唱で、進路は規制線の内側を寸分も出ない。許可を取った憎悪が、許可された区画で、予定通りに燃えている。さっきの雨と同じだ。好ましくはないが、避けるほどでもない。

 

 規制線の外側には、A.C.P.U.──アークの警察の隊列が立っていた。キロシの表示が、一人だけ違う色を返す。

 

 隊列の中で、一人だけ頭一つ小さい少女だ。警察帽の下から、量のある白い長髪が背中まで流れている。他の隊員と同じく、POLICEの表記が入った戦術ベストに、腰の特殊警棒。装備は他と変わりない。

 

 違うのは、中身。

 彼女は人間ではなく、ニケだ。

 

 デモ隊の正面で、デモ隊の誰一人として気づかないまま、憎悪の的が彼らを守っている。物音のたびに頭が小さく振れて、音の出所を確かめている。よく躾けられた警備犬のような仕草だが、デモ隊を見る目に敵意の色はない。

 

 俺が見ている前で、その構図が崩れた。

 

 大通りの反対側から、別の一団が規制線を突き破ってくる。

 

 「女神に感謝しろ!」「ニケは人類の恩人だぞ、恥を知れ!」

 

 先頭の男がデモ隊のプラカードを叩き折った。尊重を訴える拳が、ニケフォビアの男の胸ぐらを掴む。平等を叫ぶ者の靴が、倒れた相手を踏みつけんとする。

 

 言葉と手足の向きがまるで逆だ。

 

 A.C.P.U.の対応は速かった。中でも白髪のニケは一瞬で距離を詰め、先頭の男の腕を取り、振り払おうとする抵抗ごと地面に縫い付けた。過剰な力はどこにもない、教本通りの制圧。男は組み伏せられたまま、なお叫んでいる。

 

「離せ!A.C.P.U.の犬! 俺はニケのために──女神のために戦ってるんだ!」

 

 男の腕を極めているのは、男が崇める女神そのものだ。祈りはこれ以上ないほど届いている──膝で背を押さえる白髪の警察ニケの表情は、警察帽の陰になって見えない。

 

 一方のニケフォビアの隊列は、規制線の内側で警官隊に守られながらコールを続けている。

 

『兵器に命のふりをさせるな』

 

 崇拝も嫌悪も、本質を無視して素通りしていく。

 

(……これが、反抗(パンク)だって? 地下に閉じこもってやるママゴトも同じ呼び方するなんてな。初めて知ったぜ)

 

 拘束された数名が連行されていく。集会は何事もなかったようにコールを再開し、通りの流れが戻っていく。

 

 俺は規制線の脇を抜けて、足早に歩き出した。

 

 歩く最中、着替えの時に取り出しておいた物がふと、気になった。ポケットの上からエヴリンのタバコケースをなぞる。中身は、残り六本。

 

 そうやって、煙草を意識して雑踏を眺めてみる。路上で吸っている者は一人もおらず、どこからも煙の匂いがしない。それに、喫煙所の類が見当たらない。あるにはあるんだろう。だが土地勘のない俺には見つけられなかった。

 

 人目のない場所を探して、大通りを外れて歩き出す。

 

 暫くすると、人とすれ違う頻度が目に見えて減った。このあたりなら、わざわざ路上喫煙のために警察を呼んでくる“良い子”もいないだろう。適当な路地を選んで入ると、そこには先客がいた。

 

 仕立てのいい服を着た──所謂ロイヤルと呼ばれる若い男が二人。奥の壁際へと女を追い詰めている。派手な髪色で細身の男が女の腕を掴み、オールバックの大柄な方が女の行き先を塞ぐ位置に立っていた。

 

「やめて、ください……どいて! 人を呼びますよ!」

 

「呼べよ。誰が来るか見ものだな」

 

 路地の入口を覗き込む通行人が何人かいたが、ロイヤルが一睨みすると、全員が目を逸らして歩き去った。

 

 二、三歩路地へ進みながら煙草を咥え、──カチン、蓋が開閉する金属音が路地に響く。

 

「──おい」

 

 着火輪に親指をかけたところで、大柄な男がこちらを凝視していた。

 

「何見てんだよ、おっさん! 此処で煙草吸ってる吸うとか、頭イカれてんのか?」

 

 この手の人種はナイトシティには掃いて捨てるほどいた。こいつらは、格下に存在を無視されることを最も嫌う。

 

「だいたい、ここで吸っていいって誰が言った? 路上喫煙は重罪だ!」

 

 大柄な男が肩を怒らせて距離を詰めてくる。派手髪の方も女から手を離してこちらを見た。

 

「犯罪者は、正義の鉄槌で成敗してやんねえとな!」

 

 そう言い終わるなり、男は右腕を後ろへ振り抜いた。やけに大振りだ。

 

 半歩引いて上体を逸らし、空振らせる。前のめりになった男の顎先に手を添える。男自身の勢いと体重を、ほんの少しだけ壁へ向けて押す。

 

 俺が瞬きをした直後に、思っていたよりも大きな音が立った。それからゆっくりと、顎から壁にぶつかった男が膝から崩れた。

 

 見たところ、呼吸は正常、手応え的にも骨は折れてない。軽い脳震盪──数分は独りで立てない。それだけの結果に対して、男はずいぶん大袈裟に転がった。

 

 サイバーウェアが使えなくたって、これぐらいなんでもない。

 

 ──目線をあげると、状況を把握しきれていない派手髪と目が合った。

 

 俺の平均値(モンタージュ)顔と、立てないままの連れの顔を交互に見た後、派手髪が崩れた連れの肩を何とか抱え上げる。

 

「お前なんか、父様に言えば即刻アウターリム行きだぞ……! ど、どけよっ!」

 

 言いたいことはそれで済んだのか、二人とも路地から出ていった。一人で逃げ出さないだけ、マシな部類だったな。

 

 その時、背後から声がする。

 振り返ってみると、女が深々と頭を下げていた。

 

「あ、あの……あ、ありがとう、ございました……」

 

 先程は気丈に言い返していたが、ちょうど今頃恐怖が襲ってきたのか、声が震えている。

 

「ん」

 

 一文字以上の返答は不要だろう。

 メンタルケアは俺の仕事じゃない。

 

 咥えていた煙草をケースへ戻す。十中八九、奴らは被害者として警察を呼ぶだろう。ここに長居する気はない。路地を出て、再び大通りに向かった。

 

 結局、吸えなかったな。

 

(ハッ……煙草の節約になったとでも思えよ)

 

 その後は人の流れに混ざったまま、しばらく当てもなく歩いた。

 

 足を向けるべき場所はもう決まっていた──三大企業。ジェリーの資料が指した方角だ。ただ、企業エリアに突っ込むのは現実的じゃない。本社区画は居住階層から切り離されていて、仮に潜り込めたところで、何も知らないのでは収穫は見込めない。

 

 だから今日のところは、表層ネットで調べられた企業(コーポ)共についての棚卸しで済ませる。検索ログはまとめて消しておいた。念には念をだ。

 

 ミシリス・インダストリー。

 通信やエネルギー関連を担っている、高い技術力を持つ企業。体制は家族経営。企業案内を流し見ただけでも、肌触りでわかる。技術の先端の更に最先端、果てなき研究の追求──それ以外を無視する、陰謀の匂い。

 

(ああ、アラサカそっくりだ。世界が変わっても、企業の形ってのは収斂するらしい)

 

 エリシオン。

 担当は鉄道と軍需関連。ミシリスがアラサカなら、こちらはミリテクに近い。同じく家族経営。広報映像に現職の社長が映っていた──初見のはずなのに、身構えてしまった。

 

(全く見た目は似てねえが、()()()みてえな雰囲気を纏ってんな)

 

 テトラライン。

 放送や芸能を担う企業。局の一番の看板は『アークレンジャー』とかいう番組らしい。どのみち俺にはあまり関係がない。

 

(唯一、創業者一代で今まで続いている──マジならサブロウ・アラサカの次ぐらいに長生きってことになる)

 

 そして、本命。

 

 プロメテック・インダストリー。

 ──該当なし。企業記録にも、百科の類にもない。考えてみれば当然だ。アークは地上時代の歴史そのものを隠蔽している。

 

 プロメテックの名前がこの世界に存在する場所は、ジェリーの資料の中だけ。死んだ軍人が職を賭けて、引きずり出してきたものだ。

 

 ──この線は、信じる。

 

 あの壁の資料の張り方を見た。ジェリーの任務なら、賭ける価値はある。根拠はそれだけで十分だ。

 

 なら、次にやることは、企業に潜り込むための準備だろう。

 

 企業エリアの構造図。警備体制。物資と人員の経路。入手先は別に当たる必要がある。のんびりする気はないが、土台はしっかり固めなくてはならない。企業の手強さは──身に染みて知っている。

  

 気づけば、エターナルスカイの色が変わり始めていた。人工の夕暮れ。雑踏に、家路の匂いが混ざり出す。

 

 そういえば、朝から何も食っていないのを思い出した。腹が鳴る。こうなっては、企業の調査より何より、まずは飯だ。

 

 さて、何を食うかな。

 

────────────────

 

 早朝の連絡というのは、大抵ろくでもない。私室のソファで報告書に目を通していたところに、端末が鳴った。BlaBlaの着信、差出人は──Vだ。

 

『アークに行くことにした』

 

 用件はそれだけ。理由も何もないが察しはついた。自分が黙って消えれば、より強く警戒されるということを知っている。だから先に言った。律儀さではなく、要らぬ誤解を潰す傭兵の手癖だ。

 

『ああそう』

『アークの治安は管轄外だから』

『好きにして』

 

 既読はすぐについたが、返事は来なかった。それでいい。これは挨拶ですらない。今頃はもう、ゲートをくぐっているかもしれない。

 

 諸々の仕事が片付いた昼過ぎ、U.W.Q.のグループチャットを開いた。議題は三つある。

 

『揃ってる?』

 

『はい。お待ちしていました』

 

『ええ、姉貴の代理は、俺が』

 

 呼んだのはサクラと、ジン。モランへの伝達は一度ジンを通す──会合で決めた取り決めだ。雑多な情報も、この男を経由すれば過不足なくモランに渡る。

 

 報告は要点だけにまとめた。

 

 一つ目はバッドドリームで起きた一連の事件。現場で見た機械──高度なサイボーグ部品が、ニケでもない人間に埋まっていたこと。出所不明の麻薬。そして、その二つに直接関わる正体不明の勢力について。

 

『……穏やかではありませんね。その勢力の目的は?』

 

『不明よ。ただ、危険な連中なのは間違いない』

『バスケットみたく頭部を持ち去ったわけだから』

 

『ふむ……姉貴には噛み砕いて伝えときます』

 

 二つ目、見極めの方。

 

 Vの処遇については結論から伝えた。B.L.B.(ブラッズ)の件は本人が実行を認めた──アウターリムの秩序という意味では、今のところは徒に乱す側ではない。監視の上での保留が妥当。

 

『ロザンナの判断に、異存はありません』

 

『これも、俺の方であげときます』

『姉貴、かなり気にしている様子でしたんで』

 

 予想はしていたが、それぞれの反応はあっさりとしたものだった。

 

『で、次が最後』

『ある程度の輪郭が掴めた今』

『このタイミングが、外部の助力を求める時よ』

 

『外部、というと』

 

『ミスター』

 

 チャットの流れが一瞬止まった。

 

『……指揮官ですか。確かに、あの方なら』

 

 指揮官(ミスター)なら各方面に顔が利く。機械の正体について、知っていることがあるかもしれない──そこまでを送信した後、もう一点考えていた内容については、この場で共有するか少し迷った。だが、結局は全てを出しきることにした。

 

『異世界人について』

『噂、聞いたことある?』

 

『……それは、御伽噺の類では?』

 サクラは訝しむ心情を隠さない。当然だろう、逆の立場なら私もそうした。

 

『俺も、酷い酔っ払いが言ってたのを聞いたことある気がします』

 

『私も、少し前までは与太話だと思ってた』

『ただ、Vの浮世離れの仕方が妙なのよね』

『言動も、来歴の白さも説明がつかない』

 

『その男が、異世界人だと?』

 

『確信はない。だから訊くのよ』

 

 それに、あり得ないという点で言えば、指揮官も同類だ。与太なら与太で構わない。笑われて終わりなら、安いものだ。会議はそこで締まった。

 

 それから暫く時が経った夜更け頃。指揮官(ミスター)への挨拶をどうするか、どこまで書くか──検討中に指が止まった所に端末が鳴った。

 

 着信表示。指揮官からだ。

 

 ……こちらから連絡する矢先に、向こうから?

 

 開いた通知画面に短い文が表示される。

 

『少し、訊きたいことがある』

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