噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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7.“二人”の男 / The Man Who Wasn’t There

 

 夕方過ぎに、私はいつもの如くアンダーソン副司令から呼び出しを受けた。恒例となった休暇中の呼び出しだったが──“副司令からのものに限って”は決まって切実な理由であったため、文句は言えなかった。

 

 そして今回の“やむを得ない理由”は、呼び出しの数時間前にラピが届けてくれた資料が物語っていた。

 

 D-WAVE──特殊ラプチャー『ゲートキーパー』から発せられる特殊な波長。その検知記録と、関連事案の一覧。結論の欄だけが空白だった。アンダーソンがこういう形で資料を寄越すのは、結論を口頭でしか言えない時か──私に決断させたい時だ。

 

 資料を読み終えた頃合いを見計らったような呼び出しだった。副司令室の扉を開ける。

 

「来たか」

 

 アンダーソンは執務机の向こうにいた。机上に物は少なく、決裁の山も来客用の茶も、この部屋には存在しない。着席を求められなかったことは、事態の逼迫を予感させた。

 

 私は机の手前で立ち止まる。

 

「事前に資料は読んでいるか」

 

 副司令の問いに、私は肯定を返した。

 

 D-WAVEの事例は過去にもあった。異世界からの来訪者たちと料理を一緒に作り、ゲートキーパーを()こす為に手を貸し合い──中には、アークの治安維持のために協力した事すらあった。

 

 そして、来訪者たちとは対照的に、ゲートキーパーが生み出したラプチャーの様な存在は、人類に対して敵対的だった。最悪の場合では、アークの天井が剥がされかけたこともあった。

 

 それを踏まえると、今回の特異性が良く分かる。武装集団の壊滅、中央政府高官の()()()。どちらも断定の材料は欠くが、──来訪者の敵意が疑われる事例は、これが初めてだった。

 

「では、前置きは省く。本件は特殊案件の、更に特殊な案件だ──質問は?」

 

 無論だ。訊くべきことは、ここに来るまでの廊下で決めてきた。特に気になるのが、資料の不自然な部分──直近の波形は安定観測されているが、初期記録は飛地のように不定期に刻まれていた。

 

「この資料によると、D-WAVEの初検知はかなり遡ります。なのに、私が知らされたのは本日の夕方──なぜ、ここまで間が空いたのですか」

  

 問いは一つでも、知りたいことは二つあった。波形を見失っていた理由と、情報伝達が遅れた理由。アンダーソンは、その両方を順に潰していった。

 

 一つ目は、技術上の問題だという。アウターリム東部方面から放たれていた妨害電波によって、D-WAVEが数週間検知不可となっていた。影響範囲は不定であり、発信源の特定には至っていない。

 

「空白期間の理由は理解しました。しかし、呼び出しが今になったのはなぜです?」

 

「本来なら私の所に来るべきだった報告が、漏れていた。資料最初の検知記録は、後から遡って復旧されたものだ」

 

 二つ目は、拍子抜けするような理由。だが、アンダーソンは表情を変える事なく続けた。

 

「誤検出と判断した現場のミス──そう片付けることもできる。だが、何者かが意図的に止めた線も、まだ捨てていない」

 

「まさか、内部に……」

 

「あくまで可能性の話だ。確証はないが……疑念は残る」

 

 検知網の死角と、報告の遅滞。一方は技術の問題、もう一方は人の問題だ。性質の違う二つの空白が、同じ一つの波形の上で都合よく重なっている。偶然と呼ぶには、出来すぎていた。

 

 アンダーソンが、卓上の端末を操作する。壁面の表示が切り替わり、一枚の静止画が映し出された。

 

 アーク市街の監視映像から切り出された、一人の男。鮮明な画像だが──見た瞬間に奇妙な感覚が残った。現在、D-WAVEを発しているのはこの男だ。

 

「これは今朝、アーク内で再検知された直後の画像だ」

 

「……なんというか、印象に残らない顔だ」

 

「顔の特徴を言語化しづらいだろう。私も同意見だ」

 

 行動記録作成のため、同じ顔を市内の監視記録から洗い出そうとしている、とアンダーソンは続けた。だが機械処理では誤検出が多すぎて、全く絞り込めないのだという。

 

 正真正銘のありふれた、“どこにでもいる顔”だ。

 ──それがどうして、こうも人間味がないのか。

 

 表示が切り替わる。今度は別の男が立っていた。特徴的な義手、三枚のメダルと認識票(ドッグタグ)がついたネックレス、見ないスタイルの服。全てが鮮明に見えたが──顔だけが、モザイク状に塗り潰されていた。

 

「この画像はアウターリムで撮られたものだ。理由は不明だが、D-WAVEの復旧記録に紛れていた。……これも、疑念の要因だ」

 

 当然ながら撮影者は不明。だが、見つかった経緯も、画像自体も、どう見たって普通じゃない。首の認識票にしたって、アレは中央政府軍の物だ。それをどうしてあの男が持っているのか、思考が追いつかない。

 

「今朝の男と、この男。両者を繋ぐ確かな線は、今のところD-WAVEしかない」

 

 この()人の男の関係性が、今一歩結びつけられない。

 

「事案の確度はどうなのですか。資料では、どれも断定を避けている」

 

「その通りだ。武装集団の件は間接的な証言と状況証拠のみ。高官の死は、事故死で処理されている。覆す材料はない」

 

 アンダーソンは一拍置いて、表示をもう一枚送った。A.C.P.U.に届けられた、市民からの通報記録だった。

 

「最新の事件がある。市民──俗に言えばロイヤルの男性二名が、金品を奪われ暴行を受けたと申告している」

 

 文面に目を通すと、受理した職員のメモが一行、目に留まった──申告内容と現場周辺の状況に齟齬あり。

 

「奪われたものは……?」

 

「なんともはっきりしない。偏見は捨てるべきだが、正直に言って信憑性の薄い証言だ」

 

 アンダーソンの口調は変わらなかったが、その抑揚のなさがかえって、申告者の質を雄弁に語っていた。私から見ても、この調書の内容はロイヤルの傲慢に溢れていた。深掘りしても得るものは少なそうだ。

 

「武装集団──こちらはアウターリム案件となると……U.W.Q.(アンダーワールドクイーン)には当たったのですか」

 

「政府非公式にだが、確認した。三人とも、何も知らないそうだ」

 

 アウターリムの裏社会に、政府の網より深く根を張った三人。彼女たちが『知らない』と言う時、それは情報がないという意味とは限らない。

 

「彼女たちとは君の方が距離が近い。君なら何か聞き出せるかもしれない」

 

 再び肯定を返す。数少ない手がかりを握っているのは、彼女たちかもしれない。

 

「総括を聞かせてください。アンダーソン副司令の見立てはいかがですか」

 

 副司令は、束ねた資料の角を揃えるように一度卓に立てた。

 

「これまでの来訪者がそうだったように、ほぼ同じタイミングでアウターリムとアークに現れたこの男たちが、無関係だとは思えない。とは言え、現状は情報が少なすぎる」

 

 そこで、わずかに間が空いた。

 

「だからと言って、静観できる段階は既に過ぎているかもしれない」

 

 その一言だけが、平坦な水面に落ちた石のように沈んでいった。

 

 そしてその石が、私の心を波立たせる。

 

 波形は今もアーク市内で検知され続けている。だが、市街では建物の遮蔽が多く、精密な追跡は難しい。

 

「本件の対応は、普段以上の慎重さを求む。主導権は、こちらにはない。そのつもりでいてくれ」

 

 アンダーソンが、初めて要望めいた言葉を口にした。下手に距離を詰めれば、周囲を巻き込みかねない事を危惧してのことだろう。

 

「以上だ。下がっていい──五分後に会議があるのでね」

 

 アンダーソンは微笑みながら常套句を述べ、私は一礼して副司令室を後にした。

 

 廊下は、いつも通り静まり返っていた。等間隔の照明が床を照らしている。私は歩きながら、次の手を考えていた。

 

 直接接触のリスクを避けるなら、周辺情報を探るのが筋だろう。()人の内、まずはアウターリムの男からだ。顔こそ見えなかったが、体格や立ち振る舞い、殺人事案が起きた場所から導き出した危険度で言えば、あちらが上だ。

 

 端末を取り出し、BlaBlaを開いた。宛先は、サクラ、モラン、ロザンナ。アウターリムのU.W.Q.の三名に対して()()チャットで、こう打ち込む。

 

『少し、訊きたいことがある』

 

────────────────

 

 前哨基地に戻る頃には、日はとうに落ちていた。

 

 コマンドセンターの灯りは半分ほど落とされている。執務スペースの一角に腰を下ろし、端末の画面だけを起こす。

 

 U.W.Q.たちからの応答は、ちょうどその頃に返ってきた。

 

 最初はサクラだ。

 

『ご連絡をいただき、ありがとうございます』

『あいにく、こちらは少々立て込んでおりまして』

『お力になれず、申し訳ございません』

 

 既読がついたのはほぼ送信直後で、文面が届く間隔にも淀みがない。礼の言葉に欠けたところは一つもなく、詫びの一文まで添えてある。

 

 断りの形を滞りなく差し出してくる。本当に手が離せないのか──事前に用意してあったのか。ただ、これ以上は押しても無駄だ。

 

 モランからは、何も来なかった。

 既読すらつかない。

 

 私の送った一文は、回線の向こうで宙づりになったままだ。最初に過ぎったのは、何かまずいことでも起きたのではないか、という心配だった。だがすぐに、別の可能性が頭をもたげる。誰かに口止めをされているのなら、既読をつけないという形での沈黙にも説明がつく。心配と疑いの、どちらに重心を置くべきかが定まらない。

 

 最後はロザンナだった。

 既読は、サクラと変わらぬ速さでついた。

 

 だが、そこから返事が来ない。

 

 私は端末を伏せ、基地防衛の業務書類に目を通した。保留にしていた派遣の割り当てを片付け、翌日に組んでいた面談の予定を確認する。

 

 一つ片付けるごとに画面を確認している自分に気づいて、手を止めた。恋する乙女じゃあるまいし。

 

 読んだ上で、返さない。それが彼女の選んだ間合いなのだろう。

 

 ロザンナは約束は違えないし、貸し借りもはっきりしている──出逢った頃は何をしだすかわからない怖さはあったが、個人としてなら信用に値すると思っている。

 

 ただ、彼女が組織を背負った長ということを考えれば、いくらか身構えておくべきだとも思う。彼女への信用と警戒は、心の中で矛盾なく並んでいた。

 

 返信が来たのは、たっぷり二時間ほど経った後。もう数時間で日付を超える頃だ。

 

『会いましょう、直接ね』

 

 たった一文。

 続けて、時間と場所が指定された。すべてを向こうが決めている。しかもその刻限というのは、今夜これからだった。彼女は人を待たせはするが、猶予は与えない。

 

 私が送ったのはただの問いかけだ。それがいつの間にか、彼女の選んだ場所へ、彼女の選んだ刻限に、私が大急ぎで出向く話になっている。

 

 応じる以外の手はなかった。おそらく、予定の変更は受け付けてくれない──そんな予感がする。

 

 画面に目を落としたまま、指定された場所までの経路と所要を頭の中で見積もる。会合はあくまで非公式の情報照会だ。誰も連れてはいけない。指定はないが、目立つ動きは避けるに越したことはない。

 

 一通り段取りを終えてから、ふと、いくらか過剰だという気もしたが、深くは追わなかった。そもそも、ゆっくり考えている時間などありはしない。

 

 そこまで準備した所で、今晩中に片付ける予定だった執務が宙ぶらりんなことを思い出した。

 

「ああ、こんな時にラピがいてくれれば……」

 

 だが、カウンターズの面々は休暇中だ。明日からはまた働いてもらう。せめて今夜くらいは、そっとしておこう。

 

 端末を置き、私は席を立った。三人に投げて、応じたのは一人。そしてその一人に、私は段取りごと委ねている。主導権は、こちらにはない。アンダーソンの言葉が、別の意味で刺さってきた。

 

 指定された店は、前哨基地の敷地に組み込まれた小さなバーだ。灯りは点いていたが、入り口には貸切の札が掛けられていた。

 

 自分の根城のはずの場所で、他人の段取りに乗って扉を押す。中に入ると、すぐさま低い照明と落ち着いた酒の匂いが出迎えた。

 

 カウンターの内側には、見慣れない女性がバーテンダーとして立っている。ロザンナの部下だろう。身内で固めたというわけだ。

 

 そして、奥のソファ席にはロザンナが先に座っていた。

 

「待ってたわ、ミスター」

 

 黒のドレス──肩を大きく落とした仕立てで、生地には深い光沢があり、僅かに透ける。剥き出しの肩口には薔薇のタトゥーが覗いている。普段の彼女とは異なる装いだが、よく似合っている。そしてなぜだか、悔しい。

 

 私は軽く頷いて、向かいに腰を下ろした。

 

「……今回はまた、ずいぶん急な話だったな」

 

「でも、ミスターも早い方が良かったんじゃない?」

 

 柔らかい声で、悪びれた様子は全くない。バーテンダーがグラスを二つ、卓に置いていく。まだ何も頼んではいない。私の意思を無視して、照明を受けた琥珀色の液体が鈍く光った。

 

「それで、──」

 

 本題に入ろうとした私を、ロザンナはグラスを持ち上げる仕草で遮った。

 

「まあ、そう急がないで。まずは乾杯しましょう」

 

 仕方なく、私もグラスを持ち上げる。グラスを触れ合わせる事なく乾杯を済ませ、口をつける。キツい酒だが、上等な物であることは分かった。

 

 それからも私が軌道を修正しようとする度に、彼女は当たり障りのない話を滑らかに転がしていく。仕方なく話に乗り、相槌や返事を返す。グラスが半分ほど空いた頃になって、私はようやく違和感の正体に思い至った。

 

 この照明、この酒。そして、彼女の装い。情報共有の席に、こんな設えは要らない。少なくとも彼女は、そういう体裁で私を呼んだのではなかった。気づくのが遅れたのは、頭が凝り固まっていたせいだ。誘い込まれたと言うべきか。これも手管の一種だろうが──危険な匂いだ。

 

 ここまで見事だと、いっそ感心が勝った。一杯の酒を空ける間も無く、主導権はとっくに卓の向こう側へ移っている。

 

「……悪くない酒だ」

 

 立て直すために、間を作った。

 

「でしょう? ミスターのために選んだのよ」

 

 彼女は笑ってグラスを置く。その瞬間に、声の温度がわずかに変わったのを、私は聞き逃さなかった。

 

「さて、ミスター。そろそろ本題に入りましょうか。──と言っても、聞きたいことはだいたい見当はついてるけど」

 

 ダメだ。聞くタイミングすら彼女が握ってしまった。

 

「見当がついているなら、話は早い」

 

 自分でも強がりだと思う。それでも、黙っているよりはましに感じられた。ロザンナはグラスの縁を指でなぞりながら、私の顔をのぞき込むように見た。

 

「ミスターが自分で動くのは、決まって普通じゃないものが絡んでる時──違う?」

 

 否定はしなかった。それは彼女にとって肯定と同じことだったのだろう。吐息と共に言葉を流す。

 

「そういう意味で言えば──最近、アウターリムの空気がおかしいの。常識では測れないものが出回り始めてる。アレが何なのか、こっちも掴みかねてる」

 

 ここで初めて、彼女にも切実な事情があるのだと知れた。少なくとも一方的に値踏みされているわけではない。

 

「呼びつけたのはロザンナ、そちらだろう。私に先に手札を見せろと?」

 

「あら。私は既に一枚見せたつもりよ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。アウターリムで何かが起きている、と彼女は既に明かしている。こちらが何も出さなければ、釣り合いが取れない。

 

 私は少し考えた。資料にあった事柄──二人の男のことも、波形のことも、出すには札が強すぎる。だが、彼女が追っているものの正体に、見立ての枠組みを与えることはできる。

 

「ロザンナ。その状況の説明になるかはわからないが……理屈に合わないものが現れたことは、初めてじゃない」

 

 ロザンナの指が、グラスの上で止まった。

 

 ここの扉を潜った時から今まで、私はある一線を意識していた。()()を迂闊に語っていいものか。ニケが相手なら、手段としては記憶消去が使えない事もない。だが、その発想自体に強い嫌悪が湧いた。それは筋が通らない。話すと決めた以上、私はロザンナを信じることにしたのだ。

 

「以前にも、見たことのない技術と共に“外”から来た者がいた。私も何度か、彼等と行動を共にしたことがある」

 

 ロザンナはしばらく黙っていた。それから、ふっと表情を緩めた。それはもはや、値踏みの目つきではなかった。

 

「はぁ……ミスターは、“そういう人”よね。だから困るの……」

 

 彼女は声を落として語り始めた。

 

「いいわ。知っていることは全部教えてあげる」

 

 アウターリムの死体から見つかった高度な機械化技術について。最近、出所不明の戦闘用麻薬が裏で出回り始めたこと。そして、その背後に、U.W.Q.と中央政府(わたしたち)の網にかからない勢力がいる可能性について。

 

「それと──これは別口の話かもしれないけど」

 

 ロザンナは少し間を置いた。

 

「ちょうど同じ頃にね。見たことのない風体の男がアウターリムに流れ着いたのよ」

 

 外から来た者。その言葉が、私の中で今の話と結びつきかけた。

 

「その男、……見た目は?」

 

「ゴツい義手。あとは、独自のスタイルの服に──首から、メダルと認識票を提げてた。三枚ね」

 

 グラスを置く手が、一瞬遅れた。

 

 アウターリムの男だ。不自然に復旧記録に紛れていたあの一枚に写っていた特徴と寸分違わず一致する。

 

「その男のことを知っているのか!?」

 

「知ってるも何も。組んだことがあるもの──ふふ、……なぁに、嫉妬?」

 

 ロザンナは冗談めかして言った。

 私が伏せていた札のちょうど裏側を、彼女は最初から握っていたわけだ。互いに伏せていた一枚が卓の上で重なった。アウターリムの男は、ほぼ確実に“外”から来た者だ。

 

「少し前に、アウターリムで武装集団が一つ、まるごと潰された件がある。あれも──」

 

「ええ、その男。名前は“V”よ」

 

 矢継ぎ早の問いに対して返された答えは、迷いがなかった。状況証拠しかなかったはずの一件に、犯人の像が輪郭を持って収まる。

 

「組んだことがあるって言ったが、集団一つを単身で潰すような男だろう?……」

 

「危険なのは否定しない。けど、無闇に暴れるタイプじゃないわね」

 

 ロザンナはグラスを傾けた。

 

「義理は返すし、筋の通らないことはしない。少なくとも、私が見た限りではね」

 

 その評は、私の警戒を和らげた。だが、一段だけだ。底の知れない相手であることに変わりはない。それでも、無秩序に害をばらまく類ではない──そう聞けただけでも、大きな収穫だった。

 

 だったら、もう一人の方は?

 

 私は、上着の内に折り込んでいた一枚を取り出した。今朝の映像から切り出し、念のため印刷しておいたものだ。“アークの男”の顔。

 

「では、もしかしてその男──Vの顔は……」

 

 ロザンナは写真を受け取り、しばらく眺めた。それから、心底けげんそうに首をかしげた。

 

「いえ、全然別人だけど……誰? これ……なんとなく、見たことある気もするけどね」

 

 拍子抜けするほど、きっぱりとした否定。とぼけているようには見えない。心当たりがないのだ。

 

 結局、機械の件も、麻薬の件も、背後にいるという勢力の件も、分からないものは分からないままだ。最も据わりの悪い一枚は、更に濃い()()を纏ったまま卓に残されている。それでも、アウターリムの男──Vについては知ることができた。

 

 いつの間にか、グラスは空になっていた。

 

「話は終わったが……」

 

 私はグラスを軽く持ち上げ、ロザンナの方へ目をやった。

 

「もう一杯、もらえるか」

 

 結局、最後まで彼女の手のひらの上だった。待たされ、急かされ、誘い込まれ、気づけば夜も更けている。それでも、この一杯くらいは、自分の意思で頼みたかった。

 

 ロザンナが、今夜の内で最も柔らかい顔で笑った。

 

「ええ。──まだ、夜は長いもの」

 

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