噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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8.変身『解除』 / Behind the Mask

 

 目を覚ましても、頭の芯はぼんやりしていた。

 

 いつの間にか寝入っていたらしい。私は一つ欠伸をして、肩と首を回した。窓の外から日が差す。空調の低い唸りが響く。眠たい頭で時計を見て、顔だけ冷たい水で洗うと私は部屋を出た。ゆっくりとする時間はもうない。

 

 コマンドセンター下階に降りると、すでに三人が揃っていた。

 

「おはようございます、指揮官」

 

 最初に口を開いたのはラピだった。

 

 休暇明けだというのに、姿勢にも声にも緩んだところがない。机に積まれた資料はもう半分ほど目を通された後で、要点を抜き出した覚書が脇に添えられている。相変わらず、私が指示を出すより先に必要な事を進めてくれている。

 

「みんな悪いな。せっかくの休暇だったのに」

 

「気にしないでください。こういう時のための私たちです」

 

 ラピがそう言って覚書を差し出してくる横で、もう一人が露骨に長い溜息をついた。

 

「う〜ん、本音を言うともうちょっと……あと三日くらい、休みたかったけど……」

 

 アニスだ。ソファの背に半ば沈み込むようにして、気の抜けた声を出している。引退ライブやらで慌ただしかった時期も過ぎて、すっかりいつもの調子に戻ったらしい。戻りすぎじゃないか、とは思うが、口は閉じておく。

 

「アニス。さっきから休みたい休みたいって、もう五回は言ってますよ」

 

 カウンターズの三人目──ネオンが、律儀な口調で割り込んだ。

 

「昨日は一日中テレビを見てゴロゴロしてたのに、それじゃ足りなかったんですか?」

 

「なっ……ね、ネオン、それは言わない約束でしょ!?」

 

「ん? 約束なんて、してませんよね?」

 

 ネオンはきょとんとした顔で首をかしげた。皮肉のつもりなど微塵もない。見たままを口にしただけだ。だからこそ、アニスは反論の糸口を掴みあぐねて、口をぱくぱくさせている。

 

 私は覚書に目を落としながら、半分は聞き流していた。この三人は、休暇の前も後も変わらない。変わらないことが、少しありがたかった。

 

「指揮官様、招集の件だけど」

 

 もう、と呟いた後、アニスが体を起こして、ようやく仕事の顔になる。

 

「またD-WAVEがらみなんでしょ。正直、“敵意のある来訪者”なんて聞いた時は驚いたわ。今まで来た人たちは、大体は気のいい人達だったし……」

 

 アニスのいう通り、今回の件は、“敵意が疑われる”という一点において、過去のD-WAVE案件とは違う重みを持っていた。

 

 もっともその見立ても、昨夜のうちに少しばかり揺らいでいる。アウターリムの男──V(ヴィー)については、別の像が見え始めていた。だが、どこで聞いたのかを言えない以上は、私一人に留めおくしかない。私は覚書の隅を指で押さえた。

 

「友好的なものばかりとは限らない。そういうことだ」

 

「ま、そうよねぇ。だから今回は呼ばれたわけだし……」

 

 アニスが軽く肩をすくめる。ネオンはその横で、何やらじっと私の顔を見ていた。

 

「師匠。もしかして、寝不足ですか? 昨日はお酒でも飲みました?」

 

 不意打ちで撃ち抜かれた。

 ネオンはこういう所が少し怖い。

 

「……少しだけな」

 

「あんまり無理しないでくださいね。火力が落ちますよ」

 

 誰の火力が、と返しかけてやめた。深く突くと長くなる。ネオンの言う“火力”を追及して、得をしたためしがない。

 

 ちょうどその時、ラピが端末から顔を上げた。

 

「指揮官。先ほどの来訪者の件ですが、D-WAVE座標が更新されています」

 

 空気が、わずかに変わった。

 

「位置は変わらずアーク市内──例の印象に残らない方の男だな」

 

 言いながら、私は奇妙な据わりの悪さを覚えていた。Vではなく、何の手がかりもないまま霧の中に残された方が網にかかる。今の所、Vは一度もD-WAVE検知に引っかかっていない。まだ妨害区域(アウターリム)に居るのか、それとも──もう消えてしまったのか。

 

「みんな、追跡の準備をしてくれ。座標はわかっているといっても、街中は遮蔽が多すぎる。捕捉できるとは限らない」

 

「了解です。経路の割り出しと、展開できる手筈を整えておきます」

 

 ラピが応じる横で、ネオンが問いかけた。

 

「師匠、アーク市内ということは武装も制限されますよね? 街中で撃ち合うわけにもいきませんし……」

 

「ああ、そうだ。今回は暴徒鎮圧用のゴム弾を用意してくれ」

 

「ゴム弾……火力は期待できませんけど、了解しました」

 

 ネオンは渋々といった様子で頷いた。

 

 ラピが即座に立ち上がり、アニスとネオンを促す。アニスは名残惜しそうにソファを一瞥してから、それでも文句を呑み込んで腰を上げる。

 

「私は、少し支度をしてから合流する。先に動いていてくれ」

 

 三人を送り出して、私はようやく自分が昨日と同じ服のままだったことを思い出した。

 

 私は私室に戻り、新しいシャツに袖を通す。肌に触れる冷たい感触で、少しだけ目が醒める。それでも、鏡の中の自分は眠たい顔をしていた。

 

 着替えながら、私は今日の段取りを頭の中で組み直していた。

 

 アークの男は、相変わらず雲を掴むようだ。今回で捕捉できる保証はない。ならば、Vの方を当たってみるべきだろう。昨夜の話で、少なくとも会って話す余地は残っていると知れた。

 

 彼女にもう一つ借りを作ることになるが、それでも仲介を頼まなければならない。私は端末を取り、ロザンナ宛てにチャットを送る。文面は短く、用件だけにした。

 

『Vと話がしたい』

『間を取り持ってほしい』

 

 返事は存外に早かった。昨夜の焦らしが嘘のように、仲介の話はあっさりとまとまった。その短いやりとりの間でも揶揄われはしたが。

 

 気が向いた時だけ軽やかに応じてみせるあたり、どこまでも彼女のペースだった。

 

 端末を置く。ともあれ、最初の一手は指した。

 それに──と、私は思う。

 

 D-WAVEで流れ着いた者を、元いた世界へ帰す。それが本件における私の務めだ。これまで関わった来訪者は、この世界との別れに名残を惜しみながらも、帰郷を望んでいた。Vやアークの男とて、例外ではないはずだ。

 

────────────────

 

 支度を終えた私が商業区に着いた頃には、カウンターズの三人は既に手筈通り要所へ散っていた。

 

 目抜き通りには露店と看板がひしめき、買い物客と観光客が流れていく。人間一人紛れ込ませるのに、これ以上の場所はないだろう。

 

 私は雑踏の端、区画を見下ろせる連絡橋の上にいた。

 

『──聞こえますか、指揮官』

 

 耳に挿した通信機から、抑揚を抑えた女の声が届いた。本作戦でアンダーソン副司令が手配した中央政府情報部(ラタトスク)のオペレーター『シフティー』だ。

 

「ああ。そちらの首尾は?」

 

『発信源は北側、半径百五十メートル圏内で安定しています。ただ、これ以上は絞れません。人の密度が高すぎます』

 

 事前情報通り、D-WAVEの波形は男の居場所をおおまかに照らしてくれるが、一点を指し示すほど親切ではない。

 

「監視カメラの方はどうだ?」

 

『機械照合は相変わらず誤検出ばかりで、候補が数千人単位で挙がります』

 

 例の、“どこにでもいる男”の顔だ。監視映像を浚っても、絞り込みにならない。

 

『ですので、こちらで()()で当たっています。少々お時間を』

 

 シフティーの声が途切れた。通信の向こう側で、数千人いるという照合結果を、彼女自身の目で見極めている。機械にできないことを、人間がやる。皮肉な話だが、今はそれが頼みの綱だった。

 

 しばらくの沈黙の後、声が戻った。

 

『──捉えました。北側の中央広場、噴水の南。服装は以前と変わらず、灰色の上着です』

 

 私は連絡橋から身を乗り出し、その一点へ目をやった。人の流れの中に、ありふれた背中が一つ。

 

「見つけた」

 

 私は通信を全員に繋いだ。

 

「位置を共有する。噴水の南、灰色の上着だ。ラピ、接近してくれ。警戒された場合は距離を保ったまま、北西の路地側へ追い込め。そちらは人通りが少ない」

 

『了解。緩やかに圧をかけます』

 

 ラピの返事は短い。それだけで、私の意図はすべて通じている。正面から踏み込めば、人混みに紛れられるのが落ちだ。それなら、我々が望む方向へ逃す──それが理想だった。

 

「アニスとネオンは、追い込んだ先の退路を断て。北西の路地、その出口の二手だ」

 

『りょーかい。っと、その前に……』

 

 アニスの声に、衣擦れの音が混じった。

 

『私が素顔でうろついてたら、人集りができちゃうのよね。だから──はい、これで()()完了』

 

「……手早いな」

 

『でしょ? 位置についたわ』

 

 軽口の割に、声の温度はもう仕事のそれに戻っていた。

 

「ネオン、どうだ」

 

『配置につきました。でも師匠、退路を断つだけって……追い込んだ後はどうするんですか? まさか、素手ですか?』

 

「まずは対話からだが……最悪の場合はゴム弾がある。だが、それも追い込んでからのことだ」

 

 まだ、あの男がどういう存在か見当がつかない。だからこそ、いきなり捕物(とりもの)にはせず、まずは逃げ場を狭めて、こちらの土俵に引きずり込む。

 

 ラピが動き出した。

 

 雑踏に溶け込むように、灰色の上着の男へ、東側からゆっくりと距離を詰めていく。男の歩調に目立った変化はない。ただ流れに乗って、北西の方へ。順調だ。

 

『目標に警戒の色は見られません。このまま追跡を継続します』

 

 ラピの声も、手応えを感じさせた。

 直後、彼女の動きが止まる。

 

『──目標、足を止めました。ショーウィンドウを覗いています』

 

「……目標は暫く動かなさそうか?」

 

『いえ……すぐに歩き出しました。ですが──』

 

 ショーウィンドウに映ったラピが見られた。警戒された可能性がある、ということだ。

 

 それでも、全てうまくいっている。ここまでは予定通りだ。男は今も囲い込んだ一角へ、自分から足を向けている。あと少し詰めれば、アニスとネオンの待つ出口へ追い込める──そう思った、次の瞬間だった。

 

『……指揮官』

 

 ラピの声の温度が変わった。

 

『見失いました』

 

「……何?」

 

 私は連絡橋から身を乗り出した。北西の路地の口、たった今まで灰色の上着があったはずの場所に、それがない。雑踏の流れは何事もなく続いている。透明になって姿が消えた──そんなはずはない。

 

『シフティー、映像は?』

 

『……灰色の上着が、人混みの陰で落ちています。目標が脱ぎ捨てたものかと……』

 

 ──灰色の上着。

 

 一瞬、頭が真っ白になった。詰めの局面で、これだ。私の指示が甘かったのか、ラピの間合いが近すぎたのか──いや、違う。

 

 すぐさま、思考を冷やす。

 

 あの男は上着を捨てた。それは私たちが目印にしていた、唯一のものだ。追われていることに気づいた上で、慌てて走り出すでも、人を突き飛ばして逃げるでもない。あの男が打ったのは、最も強力で、静かな一手。

 

 ただ目印を一つ消すだけで、私たちの視界から綺麗に滑り落ちてみせた。これで追跡は振り出しに戻る。素人の手口ではなかった。

 

 追われ慣れている。

 

「……厄介な相手だな」

 

 焦りはもう引いていた。代わりに、見積もる相手の格を一段引き上げる。あの男は、こちらの誘導に乗っているフリをしていただけだ。

 

 顔も、服も追えない。

 

 だが、あの男が何者であれ、D-WAVEだけは上着のように放り出せない。問題は、その波形が示す範囲が広すぎることだった。

 

 私は連絡橋の上から、改めて区画を見渡した。

 

 目印を失った男が、次にどう動くか。慌てて走れば目立つ。人気のない方へ逃げれば、それこそ追い込まれる。あの男が自分の特性──ありふれた顔を理解しているとすれば、最も人通りの多いところへと、潜りに行く。

 

「シフティー。波形圏内で今いちばん人が密集している一帯はどこだ」

 

『──少々お待ちを。……南東。仮設のステージ周りに、人だかりができています。何かの興行のようです』

 

「そこに絞って洗ってくれ。範囲が狭まれば、追えるはずだ」

 

 通信の向こうで、シフティーが息を詰める気配がした。区画全体では数千の候補に紛れていた男が、人だかりの一帯へ範囲を絞れば、母数はぐっと減る。数百人程度から探し出す。私には到底無理だが、彼女の目であれば──。

 

『……いました。ステージ西側、苺飴の露店付近。猫背気味で流れに紛れています。白い長袖のシャツです』

 

 読み通り、あの男は人混みを盾にしている。

 

 だが、それは諸刃の剣でもある。人の濃いところは、裏を返せば、人の流れに乗るしかない場所だ。

 

「ラピ、聞こえるな。正面から追うな。人並みの脇に立て。逃げ道を塞いでいくだけでいい」

 

『……なるほど。目標の誘導自体は、流れに任せるわけですね』

 

 察しがいい。あの人だかりは、興行の熱気に引かれて、奥へ奥へと流れ込んでいる。男はその波に潜った。だが潜った以上、男も波の一部となる。ラピたちが脇道の一つずつに立てば、男は本流に従うしかなくなるのだ。

 

『指揮官様、こっちも封鎖配置についたわ』

 

 興行の熱気に誘われた人波は、区画の奥まった一角へと羊の如く吸い込まれていく。

 

「ラピ、アニス、ネオン。脇道への封鎖を緩めろ」

 

 熟練者ほど、生じた一瞬の隙を見逃さない。その判断の速さこそが、仇となる。

 

『師匠、目標、通りに入りました。このまま進めば──』

 

「ああ。その先は、行き止まりだ」

 

 男が向かったのは、三方を高い壁に囲まれた袋小路。だが、土地勘のない来訪者には、まず見抜けない。自分の足で逃げ道を選んだつもりの男が、その実、こちらの引いた一本の線を、なぞらされている。

 

 あと、少しだ。

 私は連絡橋を降りた。

 

 人波を逆しまに掻き分けて、袋小路の口へと急ぐ。誘い込むところまでは、絵図の通りに運んだ。ここからは私の目で確かめねばならない。あの男が、何者なのか。

 

 たどり着いた時には、男は既に行き止まりの中ほどに立っていた。

 

 高い壁に囲まれ、室外機が申し訳程度の影を落としている。男はこちらに背を向けたまま、動かない。逃げ込んだ先が袋小路だと、もう気づいているのだろう。

 

 カウンターズの三人が、入口を固めるように展開する。私が前に出ようとするのをラピが制した。

 

「指揮官、危険です」

 

「武器は確認されていない。大丈夫だ」

 

 武装集団を壊滅させた男はVだということはロザンナから聞いている。大きな被害も出していない相手に、いきなり銃口を向ける道理はない。

 

 ラピも反対できず、男への警戒を強めるにとどまった。私は一歩、前に出た。男との距離は、十メートルほど。

 

「話をさせてくれ。あなたに危害を加えるつもりはない」

 

 男は答えない。背を向けたまま、ぴくりとも動かない。

 

「どこから来たのかは、見当がついている。理屈に合わない場所──異世界から、この世界へ流れ着いた。そうだろう」

 

 男は背を向けたまま片手を上げ、半分無抵抗の反応を示していたが、返答はなかった。聞こえていないわけではない。聞いた上で、測っているのだ。こちらの出方を。逃げ道を失ってなお、この男は焦りひとつ見せない。

 

 私は、もう一度声をかけようとした。

 

 その時、男がゆっくりと、こちらへ向き直った。

 

 応じる気になったか──そう思ったのも束の間だった。男の手には、いつの間にか仮面が握られている。と言っても、何か特殊なものには見えない。玩具だ。誰かの落とし物だろう。

 

 追い詰められた男が、よりにもよって、玩具の仮面を拾い上げた。その意図が、まるで読めなかった。

 

 男は、それを無造作に顔へ宛がった。子供が祭りの夜にそうするように、紐を後頭部で結わえる。安っぽい塗装が、薄暗い袋小路の中でちぐはぐに浮き上がった。

 

 まさか、仮面を着ければ何かが起こるとでも。そんなはずはない。あれはただの玩具で、顔を隠す以上の意味はない。

 

 そして仮面をつけ終わった男は、両手首を背中側へ軽く回した。奇妙な仕草。まただ。意味が読めない。まるで、何かの構え(ポーズ)のような。

 

 まさか──

 

 『()()』?

 

 馬鹿げた連想が、頭をよぎった。すぐに打ち消す。だが、その直後に仮面の下で男の気配が変わった。

 

 言葉にはできない。別の何かと入れ替わったような──そんな感覚。

 

 そこまで考えたところで、男が消えた。

 

 比喩ではない。本当に、消えたのだ。十メートル先にいたはずの男が、瞬きひとつの間に、視界から掻き消えた。

 

「指揮官、上です……っ!」

 

 ラピの声に、私は振り向きながら、弾かれたように頭上を仰いだ。

 

 視界の隅を影が一つ横切っていく。原理は不明だが、仮面の男が飛んだ──そう理解できたのは、もう何もかも終わった後だった。私たちの頭上を飛び越えて、路地の入り口へ。

 

 あれは、人が出せる速度ではなかった。

 爆ぜるように加速し、視界を視界を引き裂いていった。

 

「追っ……!」

 

 言いかけて、無駄だと悟る。

 

 路地の入り口へ戻った時にはもう、男は通りの遥か先だった。あの瞬間ほどではない。だが、その背中は車ほどの速さで遠ざかっていく。()び駆ける奇妙な走法で人混みを無視するソレは、生身で追える相手ではなかった。

 

 私は、しばらく動けなかった。追い込みは完璧だったはずだ。退路は塞ぎ、逃げ場は一本に絞り、その先は行き止まり。詰みのはずだった。声も出ない。

 

 沈黙を破ったのは、ラピだった。

 駆け寄ってくる足音が、やけに大きく響く。

 

「指揮官! ……お怪我はありませんか?」

 

 私は男が逃げ去った方向を見上げたまま、首だけで応えた。

 

「ああ、私はなんともない……しかし、この展開は堪えるな……」

 

 徒労感だけが、じわりと足元に溜まっていく。

 アニスが、男の消えた壁を見上げて、ぽつりと漏らした。

 

「……ねえ、もしかして今のって、()()だったんじゃない?」

 

 ネオンが首を振って否定する。

 

「アニス、いくらなんでもそれはありませんよ。()()は子供向けの番組です」

 

「でもネオン、現に消えたじゃない。普通の人間にあんな真似できる?」

 

「それは……できませんけど……」

 

 ネオンが言葉に詰まって、口ごもる。

 

 二人は大真面目に議論を始めた。取り逃した直後だというのに、この緩さだけはいつも通りだった。まあ、誰一人として怪我がなかったからだとは思うが。

 

 ──怪我、か。

 

 あの男は、私の十メートル先にいた。そして、人間の理を超えた速さで動いてみせた。

 

 だが、あの速度を逃走ではなく、こちらへ向けていたら──。袋小路に踏み込んだ私を仕留めるのに、一秒もかからなかっただろう。

 

 敵意が疑われる、という話だった。だが、少なくとも私の命を奪う気はなかった。

 

 あの常軌を逸した身体能力にしても、ロザンナの言っていた機械の可能性が高い。だとして、なぜ、あんな子供だましの仮面で顔を隠す必要があったのか。

 

「アニス、ネオン……今の男が被っていたあの仮面……」

 

 ラピは生真面目な声で言った。

 彼女の分析を聞けば何かわかるかもしれない。

 

「あれは、アークレンジャーブラックよ」

 

「…………帰ろう」

 

 私は三人に帰投命令を告げ、来た道を引き返し始めた。

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