噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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9.呑めない条件 / Every Breath You Take

 

 キロシが監視カメラの死角を拾い上げ、その継ぎ目を縫うようにして、人通りの絶えた方へと足を運ぶ。息の乱れはない。強化肺と心臓が全身に酸素を巡らせる。

 

 追手の気配はもうない。

 それでもまだ足は緩めない。

 

 区画をいくつか跨いで、そこでようやく足を止めた。建物と建物の隙間、薄暗い行き止まり。ここに監視カメラはない。

 

 俺は顔に宛がっていた仮面の紐を解く。

 

 アークレンジャーブラック──誰かの落とし物だった玩具の仮面。安っぽい塗装が、掌の上で光を返す。それはただのプラスチックの塊だった。

 

(ノリまくってたじゃねえか、V。この分だとアイツらも、他の観客も、本気で特撮ショーだと思ったかもしれねえぜ)

 

 捕縛されず、逃げ切るためのやむを得ない選択だ。とはいえ、追ってきた奴ら以外に、かなりの数の通行人に逃走現場を見られたのは痛手だった。

 

(いやあ、見事な変身だったぜ。ポーズまでバッチリ決めてよ)

 

 行動インプリントを解けば、表皮が地肌へ戻る。その『変身解除』の瞬間を見られるわけにはいかなかった。ポーズ自体に意味などない。顔を覆ったのも、手首を背に回したのも肌を隠すためだ。傍目には奇妙な変身ポーズに見えただろうが。

 

(ま、おかげで命拾いしたんだ。安いもんだろ)

 

 玩具の仮面を上着のポケットに押し込んだ。捨てるか迷ったが、もしかすればまた使うことがあるかもしれない。

 

 一息つくと同時に、システム診断を走らせる。各種サイバーウェアは正常、負荷も軽微──体は、まだ十分に動く。

 

 ならば、考えるべきは追手のことだ。

 構成はニケが三名と人間が一名。随分と連携が取れている。逃げ道を一つずつ潰され、最終的には行き止まりへと誘導された。あの時に一番前に立っていた男。着ていた制服からして、追跡者たちの正体は中央政府の軍人たちか。

 

 それ以外に、不可解だった点は幾つもある。

 

 俺の存在が捕捉された理由。

 追跡を撒けなかった理由。

 最後に、俺が“異邦人”だと見抜けた理由だ。

 

 とはいえ、安全の確保が先だ。問いはいくつも湧いているが、立ったまま噛み砕ける量じゃない。

 

 俺は薄闇から通りの気配を窺った。

 仮宿へ戻る。詳しく考えるのは、それからだ。

 

────────────────

 

 仮宿に戻った俺は、まず立ったまま壁に背をつけた。

 

 座って休んでいられる状況ではない。

 足取りを辿られている可能性がある。ここを引き払うべきか、否か。それが最初に考えるべきことだった。もっとも、大した荷物もない。その気になれば捨てて出ていける。

 

 特に、武器類はここには置いてない。街中で重火器を担いで歩けば即逮捕だ。アークにはナイトシティと違って、修正第二条(武器所持の自由)も、先制的自衛権(やられる前にやれ)もない。せいぜい懐にナイフ数本を忍ばせるぐらいしかできない。

 

 気紛れにポケットから薄い金属のケースを取り出す。エヴリンの形見のタバコケース。蓋を開け、残りを数える。六本。ただ本数だけを確かめて、蓋を閉じた。

 

 それから、一時中断していた思考に戻る。

 

 ──連中が俺を見つけられたのはなぜか。

 

(お前の()()でも嗅ぎつけたのかもな。警察にいただろ、犬っぽいニケがよ)

 

 まず疑うべきは、発信機だ。それなら一度撒いた直後に見つかった理由もまとめて解消する。しかし、場所が捕捉されているのであれば、今も追い回されていない理由はなんだ。

 

 泳がされているだけか──()()の問題か。

 いずれにしても、発信機を探さなくては。

 

 まずはキロシを使って衣服、ナイフの柄に至るまでを検める。次に、潜入に使った身分チップ。“ヴィンセント”という名が、淡く表示される。ジェリーの手腕を疑うようで気が引けたが、これが原因なら足取りが筒抜けになるのも当然だ。だが、これもクリーンだった。

 

 安堵の息が漏れる。

 

 残るはロザンナからもらった、この端末だ。

 

 元より監視の一環だということを踏まえれば、これが一番怪しい──が、一般的な位置送信機能しかないことは確認済みだ。だからこの端末は、使用時以外は電源を落としてあった。

 

(あの白黒嬢ちゃんからも電源を切るな、とは言われてねえしな)

 

 結局、発信機探しは空振りに終わった。

 

 ならひとまず、外の様子を窺うか。俺は壁際のモニターに手を伸ばし、電源を入れた。

 

 チャンネルを選ぶまでもなかった。画面の上を、タイミングよくテロップが流れていく。

 

『アークレンジャーブラック、商業区を駆ける』

『テトラコネクトの新型広告か』

 

(おー、見ろよ。トップニュースだぜ! お前も有名人の仲間入りだな)

 

 画面に映し出されたていたのは、誰かがとっさに撮った一枚だった。地面を、壁を蹴って宙に舞う黒い仮面の男。酷くブレていて、細部はわからない。

 

(“謎のヒーロー、現る”だとよ。目撃者のインタビューまでご丁寧に流してやがる)

 

 皮肉なものだ。素顔を晒さずに済んだどころか、謎のヒーロー扱いしている。世間は仮面の下が誰かではなく、これが起きた理由について大真面目に語っている。やれ新手のコマーシャルだの、新型ロボのデモンストレーションだの、好き勝手に噂を並べて何が楽しいのやら。

 

 この線から正体が露呈することはなさそうだ。

 俺はモニターから目を離し、端末の電源を起動する。

 

 逃走中にキロシが捉えた追跡者たちの顔。それを照合にかける。素性さえ割れれば、何かが見えてくるはずだった。

 

 まずは三名のニケたち。いずれも即座にヒットする──かなりの有名人だな。元精鋭部隊(アブソルート)に、元アイドル、火力。異色のメンバーが揃っている。

 

(おい、間違えて物真似芸人(パロディコメディアン)のページ見てねえよな。なんだって職歴にアイドルや──待て、火力ってなんだ?)

 

 “カウンターズ”。中央政府軍、アンダーソン副司令直属の特殊部隊。ヘレティックの撃退、地上の一部奪還といった数々の活躍がヒットした。なるほど、勝利の女神と呼ばれる者たちだ。道理で連携が取れていた訳だ。

 

 問題は、先頭に立っていた男の方だ。

 

 中央政府軍所属、カウンターズの指揮官。女神たちを率いる英雄だ。声をかけられれば気さくに応じるのだろう。市民と肩を並べた写真の数々が表示された。世間に顔の知れた、押しも押されもせぬ、新進気鋭の男。

 

「なんというか、これこそアイドル並だな……」

 

(全くだ。大した人気者たちに追いかけられたもんだな、偽ヒーロー)

 

 だが腑に落ちないのは、誰が追いかけてきたかではない。その先だ。あの男は、袋小路で俺に言った。

 

『異世界から、この世界へ流れ着いた』

 

 なぜあの男が俺の出自を知っていたのか。どの情報を辿っても、それを明らかにはしてくれない。地下に降りてから、最も俺が関わった奴はロザンナだが──どう考えてもマフィアのボスと指揮官(コイツ)とは繋がらないだろう。繋がったとして、ロザンナに出自を見抜かれた謎が増えるだけだ。

 

(はっ、ベラベラと妄想を枕で語る女にも、見えなかったしな)

 

 “異邦人”が来たのは今回が初ではない。

 そう仮定すれば、出自の件は一応の筋が通る。カウンターズが『特殊別動隊』というある程度の裁量権を持った存在であること。副司令官という強力なバックアップを持っていることを加味すれば、政府上層部の機密を任されていても不思議ではない。

 

 だが、対策を打つためには情報として強度が脆すぎる。それでは何の意味もない。

 

 これ以上ネットを探ったところで、出てくるものはない。次の手を考えるか──そう思って端末に向き直った、違和感に気づいたのはその時だった。

 

 BlaBlaの着信履歴が、幾つか表示されている。殆どはアークに来てから急に届き始めたSPAMのようなチャットばかりだったが、一件だけ目を惹くものがあった。

 

 ロザンナからだ。

 

 時刻を見ると、早朝にはとっくに届いていたことになる。

 

(中を見てみろよ。この前の口座みたいに、また何か貰えるかもしれねえぞ。……鉛玉とかな)

 

 俺は通知をしばし睨んでいた。

 

 意を決して、BlaBlaを開く。ロザンナからのメッセージは、相変わらず素っ気ないものだった。

 

『あんたに会いたいって男がいる』

『悪い話じゃないハズ、あんたにとってもね』

『ここに連絡して』

『できるだけ早くね』

 

 これだけだ。続けて、一件のアカウント情報が添付されている。BlaBlaの連絡先らしいが、表示名もなければ素性を示すものもない、見るからに使い捨てのアカウントだった。寄越したのは相手の窓口ひとつ。あとは勝手にやれ、というわけだ。

 

 これに返信して、いくつか質問を──例えば、相手が何者か、目的がなんなのかと問い質したところで、答えが返ってくる気はしなかった。こういう置き方をした時点で、ロザンナから引き出せるものはもう何もない。知りたければ、その使い捨てアカウントの向こうにいる本人に当たるしかなかった。

 

(で、どうすんだ。踏み込むのか?)

 

 幻覚がわざとらしく面白がる声を出す。

 

(さっき女神様の軍隊に追い回されたばっかりだぜ。のこのこと顔も知らねえ相手に会いに行くなんざ、正気の沙汰じゃねえ)

 

(……ま、そういう意味ではお前はとっくに狂ってたな)

 

 アークに入った直後に、こんな誘いが端末で待っていた。間が良すぎると言えなくもない。だが、それを言い出せば、最近俺の周りで起きていることは何もかもが妙な間の良さで動いている。

 

「ああ、どうせなら全力で振り抜いてやる。外れたって知るか……」

 

 ロザンナが寄越した、正体が伏せられた男。パッと思いつく候補──これが当たっている論拠は何一つない。なんなら、先ほど否定したばかりの薄い線だ。それでもなお、俺に囁くもの。

 

 勘だ。

 

 当たっていようがいまいが、外したところで痛まない。無謀な賭けなら、全力に限る。何より、ここ最近は謎が増えすぎてイライラしていた所だ。

 

 俺は捨てアカウント宛てに、最初の一通を放り込んだ。

 

『カウンターズの指揮官だな』

『俺に何か用か?』

 

 送信して、待つ。

 返事は思っていたより早かった。

 

『……』

『知っていたのか』

『もしかして、ロザンナから?』

『いや、それはないな……』

 

 ──当たりだ。溢れ出る脳内麻薬の感覚に浸りつつ、返信を書く。

 

(おー、良かったじゃねえか。後はコイツが安いなりすまし詐欺師じゃないことを祈れよ。急に何か売りつけようとしてきたら灰色(グレー)だぜ)

 

『俺もネットくらい使えるんでな』

『用件は?』

 

『V、あなたと一度きちんと話がしたい』

『中央政府は』

『異世界からの来訪者を受け入れ』

『保護する用意がある』

 

 保護、ね。

 

 確かに、あの追走劇──特に最後の呼びかけでは一切の敵意を感じなかった。脅すでも、取引を持ちかけるでもない。まるで、迷子を見つけた大人のような呼びかけ。この男は善意で動いているのだろう。先程と同じ()が俺に囁く。

 

 だが、中央政府(せいふ)は信用できない。

 この返信を見ながら、頭では別の男について考えていた。一人の男としては善良な者が、命令一つで躊躇なく非道な手段を選ぶ。それが組織だ。軍人であり、工作員(エージェント)だ。

 

『望む嗜好品があれば、その調達も可能だ』

『これまでにきた来訪者たちにも』

『同じようにしてきた』

 

 ──認めた。異世界から来たのは俺が初じゃない。それがナイトシティから来たものなのかはともかく、これだけでも大きな収穫だ。

 

 画面の向こうの指揮官は、なおも続けた。

 

『監禁するわけじゃない』

『居場所さえ把握できていれば』

『アークの中で』

『自由に動いてもらって構わない』

 

 自由。居場所さえ把握できていれば。

 

 向こうにしてみれば、それは破格の譲歩のつもりなのだろう。閉じ込めもしない、暮らしも保障する、好きに歩き回っていい──異世界から来た根無草には、これ以上ない申し出に聞こえるはずだ。

 

 だが、居所を常に明け渡すことが条件なら、話は別だ。それは、どれだけ広かろうと檻には変わりない。鎖が幾ら長かろうが、首輪を付けられるのは真っ平御免だ。

 

 ジェリーの遺志を継いだ以上、俺にはアークですべきことがある。プロメテックを、ジェリーたちの仇を討つ。そのための準備は、足取りを誰かに握られていてはやれないことばかりだった。

 

『遠慮しておく』

『食うに困ってるわけでもないし』

『俺には俺のすべきことがある』

『その提案は、性に合わない』

 

 俺の言葉に対する返事は、急かすでも引き留めるものでもなかった。

 

『そうか』

『それでも、一度会ってくれないか』

『せめて、直接話し合ってから』

『見極めてくれ』

 

 引き下がらない。だが、脅迫することもなく、選択の強制もしない。この物腰の柔らかさが本物なのか、それとも中央政府流の交渉術なのか、文字だけでは底が見えない。

 

 ならば、指揮官の望み通り、直接確かめるまでだ。

 

『……いいだろう』

『会って話そう』

『場所と時間は』

『明日の十三時、アーク商業区の“金枝亭”』

 

 平日の昼、目抜き通りのど真ん中。一日で最も人が行き交う刻限の、最も人目につく店を指定する。応じる気があるなら、向こうもこれぐらいの意味は読むだろう。

 

『……かなりの人気店だな』

『構わない』

『明日、そこで』

 

 あっさりとしたものだった。こちらの引いた線を、男は値切ることなく呑んだ。

 

 ここで一度端末を置く。

 

 口ぶりから考えると、指揮官がV(おれ)とモンタージュ人格を結びつけている可能性は低い。そして、場所はこちらが指定したといえど、アークにいる限りは向こうの土俵だ。

 

 丸腰では、太刀打ちできないだろう。

 

「さて。準備をしにいかないとな……」

 

────────────────

 

 地上、目覚めて最初に見つけたあのコンテナ。その奥の透明な扉の先に、それは変わらず存在した。

 

 壁一面の武器棚。整然と並んだ銃器の群れが、薄い照明を鈍く照り返している。俺は扉を抜け、その物量の前にしばらく立ち尽くす。

 

 強力無比な武器たちを眺めながら、明日の直接対峙に向けた作戦を脳内で組み上げていく。朧げだった仮説は、チャットによって入手した情報で十分に補強できた。目標は最初から決まっている。

 

(……おい、どうするかはもう決めたのか?)

 

「ああ、中央政府(やつら)にデカい爆弾を飲みこませてやる……」

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