噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
平日の昼、それも最も人の流れが多くなる刻限をVは指定してきた。
金枝亭。ロイヤルロードでもかなり名の知れた店だ。予約枠は数週間先まで埋まり、当日席は開店前から並んでようやく取れる。待ち合わせの場所として、これほど不向きな条件もない。落ち着いて話せるイメージが持てなかった。
なぜここを選んだのか。私はその問いを一度だけ脳内で転がしてから脇へ置いた。幾つか思い当たる節はあるが、まずは相手を見ることからだ。
店内は声と匂いで満ちていた。食器の鳴る音、注文を通す店員の声、客の笑い。その層の奥、壁を背にした席に、Vは座っていた。出入口と店内の両方へ視線を通せる位置だ。
アウターリムの住人とも違う。
まず目についたのは、腕──義手の異質さだ。装甲を剥き出しにした拳が目立つが、前腕全てが金属でできているようだ。人工皮膚のようなものが貼り付けられていて、一見するだけでは見分けるのは困難だろう。
こめかみと目の縁にも、皮膚から覗く端子の光があった。服の仕立ても流行と噛み合わない。着こなしそのものは崩れていないのに、そこにいるだけで景色から浮く。そういう男だった。
紛失したD-WAVEの復元情報に紛れていた、あの写真と同じ格好だ。
あの時は、顔の部分だけが潰れて写っていた。技術者が原因を考察していたが、結局のところ原因は分からずじまいだった。見えなかった顔が今、目の前にある。首のネックレスと、下げられた三枚のメダルたちは今日は見当たらない。
(同じだ。“アウターリムの男”で間違いない)
そう判じたが、別の引っかかりが残った。
この男が出てきたのは、D-WAVE感知が届かないアウターリム東部からだ。ゲート入場には、こちらで手配した臨時認証チップを使うことになった。Vがアークに来るのはこれが初めて──のはずだ。その割には有名店をピンポイントで指定している。来訪者が、どうやって情報を手にしたのか。
加えて、 D-WAVEの動きも妙だ。
“アークの男”──私達が昨日取り逃がした男は、Vとは真逆にアウターリム東部へと潜って行った。反応はそこで途切れたままだ。
現れた一つと、消えた一つ。
不自然な作為を感じないでもないが、断じるための情報がない。ロザンナが言っていた通り、アークの男と顔が違う。特殊メイクや変装でどうにかなる差異じゃない。
──追えないものを、いつまでも握っていても仕方がない。今日ここへ来たのは、別の用件のためだ。
ニケの装備に引けを取らない火器を扱う。だが、無秩序に暴れるタイプではない。ロザンナの評が、耳の奥で繰り返す。
「私だ。これから彼と接触する」
耳の奥へと短く返す。シフティーの応答が短く一つ。続けて、金枝亭から少し離れた位置で待機中のアニスとネオンからも返事がきた。
事前交渉の末、今回の場にはラピの同席を認めてもらった。彼女は私の半歩後ろから男を見据えている。到着してから、ただの一度も視線を外していない。
Vは緊張一つなく落ち着いている。これまでの来訪者たちが多かれ少なかれ困惑していた姿と見比べると、その姿が不気味に思えた。
私は息を一つ整え、テーブルへと歩を進める。
今日は、見極めてもらいに来た。こちらの誠意を見せ、もう一度手を差し伸べるために。
「待たせたな。まずは時間を作ってくれたことに、礼を言う」
ラピと私が席に着くと同時に、私は鞄から一綴りの書面を取り出す。それをテーブルの上で向きを変えてVの側へ滑らせた。
「前に断られた件だ。だが、上には可能な限り掛け合ってみた。目を通してもらえるか」
Vは書面に視線を落としたが、手には取らなかった。読むより、私の言葉を待つ構えだった。それでいい。要点はこちらが説明する。
「アブノーマルという会社がある。仕事は一つ──あなたのような来訪者を受け入れ、保護し、この世界で不自由なく暮らせるようサポートする」
書面の最初の条項を指で示す。
組織名と業務の範囲が並んでいる。
「身分を用意する。正規のものだ。それに──所属者には“ツアーチケット”が支給される。それ一枚あれば、交通機関、買い物、その他諸々の恩恵を得られる」
来訪者を招かれた旅行者として扱う、という建前だ。柔らかく言い換えてはいるが、要するにこの世界で困らないようにする、ということだった。
「望む品があれば手配する。手に入りにくいものでもだ。こちらの伝手は、あなたが思うより広い」
アークでは貴重だが、本物の煙草や高級な酒でも、と言いかけて止めた。男が何を欲しているのかを私は知らない。餌のように並べても、品がないと思われるだけだ。
「これまでの来訪者にも、同じように対応してきた」
Vは黙って聞いている。否定も肯定もない。書面のどこか一点を、ただ眺めているようだった。
私は次の条項へ指を移した。
ここが、一度断られた理由の核心だ。
「自由については──ここが上に掛け合った部分だ。前に伝えた条件は、あなたには重すぎたようだからな」
常の監視は付けない。
求めるのは、定期的に連絡が取れること。緊急時の連絡先を用意すること。それだけだ。アーク内での行動には制限がない。
「最低限の連絡線だ。それさえ繋がっていれば、あとはあなたの好きにすればいい」
誠意は尽くした。一度断られた手を、条件を緩め、書面まで整えて差し出している。正直に言えば、これ以上どう歩み寄ればいいのかわからなかった。
そういえば、Vはまだ一言も言葉を発していない。
「アンタ方の誠意は、よく分かった」
Vが初めて口を開いた。書面から視線を上げ、まっすぐに私を見る。その声には険もなければ、熱もない。世間話の続きでもするような調子だった。
「──悪くない条件だ。気分としては、感謝を伝えたい」
肯定的な言葉とは裏腹に、Vは書面を指の腹で軽く押し返した。受け取らないという意思表示だ。
その手が、ゆっくりとテーブルの上へ戻る。
Vが、先ほどからずっと握っていたものを置いた。
「……? なんだ……」
小ぶりの黒い箱だ。
上部には親指ほどの突起が一つ。何かのスイッチだと直感的に分かる。Vはそれを、テーブルのちょうど中央──私の側からも、Vの側からも等しい距離に、そっと据えた。
「ここ周辺の何ヶ所かに、仕掛けを施した」
声の調子は、変わらない。
「俺の指先一つで──後は何が起きるか、想像できるな?」
一瞬、言葉の意味が遅れて届く。それから、店内の喧騒が急に遠くなる。なぜこの店を、この時間を指定したのか──入口で畳んだ問いの答えはこれだったか。
隣でラピの息を呑む音がした。Vを制圧しようとする意思は感じ取れたが、迂闊には動けないことは彼女も理解しているようだった。
私も、すぐには動けなかった。
脅されている。
それは確かだが、この男が、本当にここにいる全員を吹き飛ばすつもりなのか。そうまでして手に入れたい望みがなんなのか──読み違えれば、大勢が死ぬ。
「……目的はなんだ」
私は、
「まずは通信を切れ。俺たち三人だけで、本音で話し合おう」
Vの視線が、私の耳元へ流れた。
見抜かれている。表情には出さなかったつもりだが、Vはこちらが通信していることを察していた。
『……右耳のものだけ、外してください』
耳の奥で、シフティーの声がした。
『特製の超小型通信機です。外から見て判別できる代物じゃありません。高確率で、通信看破はブラフです』
『左耳だけ繋いだままにすれば──』
Vにこちらの内側を覗く術はない。私はVに対して小さく頷き、耳元へ指をやる。右の通信機を取り出し、机の上に置く。そのまま腕を元あった位置へと戻した。
「……これで、通──」
ドンッ!!
乾いた音が鳴った。
同時に身体が吹き飛ばされ、視界が塞がれる。爆発──じゃない、ラピだ。私の上に覆いかぶさり、その背で爆風から庇おうとしている。
──静かだ。
厨房の方で電子ベルの音が鳴り、店員の足音がこちらへ向かってくる。「ただいま参りま〜す」と、場違いに明るい声がした。
いや、場違いなのは
爆発したと誤認したのは、叩きつける動作と音でスイッチを押したように見えたからだ。だが、Vが押したのは、テーブルの呼び出しベルだった。爆発音のように聞こえたのは、机ごと乱暴に叩いた時の音だ。
覆いかぶさったままのラピの体が、強張っている。私たちは今、傍目には、昼の喧騒の中で奇妙な体勢で固まっている二人連れだった。
(……指揮官)
耳元ではなく、すぐ間近で、ラピが声を潜めた。覆いかぶさったこの姿勢でなら、Vに聞かれず言葉を交わせる。それだけが、今できる唯一のことだった。
(スイッチを奪えるか考えていましたが──無理です)
囁きは短い。
(箱に触れる前に、あの指が動く)
そこまでは、私も同じことを考えていた。だが、ラピの次の一言が、背筋を更に冷やした。
(それに──奪われて困るものを、あんな位置に置くでしょうか)
もしも、あれが囮なら。
本物の起爆装置がVの手元か、どこか別の場所にあるのなら。私たちが箱を奪い合っている間、Vの指は、まったく別の引き金にかかっていることになる。中央に無造作に置かれたあの箱は、奪える、という錯覚を私たちに与えるためだけの──。
考えるほどに、足場が崩れていく心地がした。
ラピがゆっくりと身を起こす。私から離れ、なお警戒を解かぬまま、椅子に座り直した。決まりの悪さを噛み殺した表情は隠す気すらない。
「聞こえなかったみたいだな。もう一度だけ言う……通信を切れ」
Vの声は、相変わらず凪いでいる。
これをブラフだと疑うだけの胆力は、今の私にはない。
私は、観念して左耳からも通信機を抜いた。指で電源を落とし、テーブルの上に置く。シフティーとの、そしてカウンターズとの線が、そこで断たれた。
残ったのは火花のように弾ける喧騒と、目の前のV、隣のラピだけだった。
ほどなく、店員が盆と水を手に卓へきた。先ほどのベルに応じての注文取りだ。
「アークラガーを三つ」
卓に着いた店員へ、Vは私たちに断りもなく三人分の酒を頼んだ。店員は注文を繰り返して、厨房へ戻っていく。
爆発物を盾に人を脅している男が、まず頼んだのが昼間からのビール。私はその神経を測りかねた。余裕を見せているのか、こちらの調子を崩しにきているのか。
どうせ、その両方だろう。
短い沈黙が続いた。Vは何も話しかけてこない。その時間を活かして、考えられることは全て考えた。爆弾はどこにあるのか、規模はどれくらいか。問いかけたい気持ちは山々だったが、迂闊な真似は得策ではないだろう。
人気店なだけあって、ビールはすぐに届けられた。
三つのジョッキが泡を立てて卓に並ぶ。爆弾のスイッチと冷えたビール。同じテーブルの上で、それらが並んでいる図は、どこか壊れていた。
Vは一つを手元へ引き寄せ、それから、私ではなくラピを見た。
「ラピ、聞くのが遅れて悪いな。勤務中だと思うが、飲むか?」
ラピは答えない。視線だけで、断ると返した。名を呼ばれたことに対しても警戒心を強めたらしい。任務の最中に、まして警戒を解けぬこの場で応じる道理がない。
「そうか」
Vは残念がる風でもなく頷いた。それから、残る二つを私の側へ押しやる。
「なら、指揮官。アンタが二杯飲むんだ。ビールは嫌いじゃないだろう」
声の調子は変わらないのに、その底に、薄く愉しむような色があった。私が手を伸ばすより先に、隣でラピが動いた。私の側へ寄せられたジョッキへ、半ば反射のように手を伸ばし、一つを掴み取る。
「指揮官に手出しはさせません……!」
咄嗟に私へと覆いかぶさった時と同じだ。考えるより先に、身体が私を庇いに出る。
「なら、三人で乾杯と行こう。腹を割って話すなら、酒と乾杯はセットだろ」
拍子抜けした。二杯を私に押し付け、酔い潰れるまで何杯でも飲ませる気なのかと身構えていた。だというのにVはあっさりと引いて、もっと妙なところへ着地した。
何のための乾杯かも測りかねた。支配かと思えば、そうとも違う。この男が、この卓で何をしようとしているのかがわからない。
「……わかった、付き合おう」
意図が読めない以上、逆らう理由もない。私はジョッキを取った。ラピも、戸惑いを残したまま、自分の前のものに手をかける。
「乾杯だ……この会に、な」
Vが奇妙な音頭を取り、三つのジョッキが卓の中央で軽く合わさった。乾いた音が、一つ。爆弾のスイッチを挟んで交わす乾杯ほど、悪趣味なものもない。動かしてもいないVの口の端が、わずかに動いたように見えた。
私は手の中のビールを僅かに口に含んだ。喉を通る冷たさが、かえって場の異常さを際立たせる。そんなはずはないが、たった一口でアルコールが一瞬で身体を巡って、脳まで辿り着いた気がする。
ジョッキを置くと、Vの手が再び動いた。
今度はゆっくりと二つの物を卓の上に並べていく。一つは腰の後ろ、それからもう一つは足首から。置かれたのは──ナイフと拳銃だ。どちらもアークの製品とは異なる雰囲気を醸している。
「俺の
誠意。私はそうは思えなかった。ナイフと拳銃を置いたところで、この男の両腕は、見るからに凶悪だ。それに何より──最も存在感を放つ中央の黒い箱は、まだそこにある。これはむしろ、卓の三つの脅威と義手を同時に対処出来なければ詰みという状況になっただけではないか。
これは対等ではない。
それを見抜いたところで、私に打てる手はなかった。見抜いていることを、Vもまた、見抜いているのだろう。
「乾杯も済んだ。そろそろ本題に入ろう」
「単刀直入に言う。あんたの提案は、飲まない」
Vは押し返した書面を顎で示した。
「代わりの要求ならある。そちらが飲むかどうかは自由にしていい……ああ、スイッチのことは忘れろ。ただの余興だ」
「……なんだと。では、何が望みなんだ?」
今さら、何を言うのか。さんざん人を脅しておいて、信じられるかというのが正直なところだった。私は警戒だけを残して、続きを待った。
「──俺を、カウンターズに入れろ」
「……っ!?」
言葉の意味を、すぐには受け取れなかった。
金や物が望みではないとは思っていたが、これは想定の範囲の何重も外側だ。
「……待て。どういう意味だ? わかるように言ってくれ」
Vはジョッキを掴むと、それを一息に半分ほど呷った。喉を鳴らし、口の端を手の甲で拭う。なんとも男らしい、豪快な飲みっぷりだ。
「アンタの条件は悪くないが、誰かに決められた線の内側にいるのは俺の性に合わない」
「手足、銃、
「私の一存で決められることではない。上に──」
「掛け合う必要はないはずだろう」
私の言葉を、Vが横から断つ。
時間を稼ごうとした算段ごと、見透かされた気がした。
「カウンターズは副司令官直属の特殊別動隊だ。その指揮官には独自の裁量権がある──隊員一人の出入りくらい、どうとでもなるだろう」
逃げ道を先に塞がれた。
Vは私の権限がどこに及ぶかまで把握している。
“俺の用事”──この男はそう言った。中身を語ることはないだろう。だが、これまでの強引さが雄弁に性質を物語っていた。安寧を蹴り、戦いを厭わない。
この質感には、覚えがあった。
目的のためなら、大人しく収まることを拒む。いかなる手段も厭わない。──目の前の男のそれは、私自身が見慣れたものだった。鏡の中と、そう遠くない。
嗚呼、厄介な男だ。私は、その厄介さの種類まで分かってしまう。
隣でラピが何かを言いかけ、キッと唇を結んだ。異議と反対の意思表示が、目だけで私に向けられていた。
断固として、断るべきだ。
脅迫の末の要求で、よりにもよって自分の部隊へ危険な男を入れるなどありえない。ラピが目線で訴えているのが、正しい答えだ。
それでも、この男を
放ってはおけなかった。
私は間違っている。
(すまない……ラピ、アニス、ネオン)
胸の内で強く詫びた。この説明しようもない後ろめたさは、私が抱えるべきものだ。
「──いいだろう」
声に出すと、Vの眉が、わずかに上がった。
「あなたをカウンターズへ迎える。私の裁量で、臨時にだ。正式な手続きと身分は、追って整えることとする──その代わり……」
一度口に出すと、妙に喉が渇いていたことに気づく。私は卓のビールを掴み、今度は自分から一息に呷る。我ながら、こんな時にどうかしている。
「し、指揮官……?!」
ラピが、目を丸くした。素性も素行も知れない男を迎えると言い、あまつさえその場で酒を呷る上官の姿は、よほど異様に見えたのだろう。
半分以上を空にしたジョッキを卓に置く。喉の渇きは、いくらも引いていなかった。だが、ここでは引き下がれない。一方的に呑まされて終わる気は、ない。
「その代わり、部隊に入る以上はあなたにも働いてもらう。私の指揮下に入り、そして、招集に応じろ」
「用事とやらは、その合間に勝手にすれば良い。それがこちらとしての譲れない条件だ」
Vは、しばらく私を見ていた。それから、満足げに笑顔をこぼした。あれは嘲笑や勝ち誇るものではない。もっと純粋な──友人にでも向ける類の笑みだ。
「ああ。それなら……これ以上ない、
話が纏まったと見るや、Vは卓の中央の黒い箱を摘み上げると、記念にやると言って私の方へひょいと放った。慌てて箱を受け止める。手のひらに収まったそれは、思いのほか軽い。
いや、軽すぎる。
「はっ、……俺は余興だって言ったんだが、また聞き逃したのか?」
配線の感触も、重みもない。玩具屋で売っていそうな、ただの安っぽいスイッチだ。裏返すと電池を入れる箇所があったが、電池すら入ってない。
種も仕掛けも、初めからどこにもなかったのだ。
──いや。Vはただの一度も『爆弾』とは言っていない。想像しろと言っただけだ。イメージを膨らませたのは、こちらの頭の中だった。その正体が、何の重みもない安物だったと知って、肩から力が抜けていく。
それから遅れて、別のものが込み上げてきた。
一杯食わされた。こんなおもちゃ一つで、私はありもしない死者の山を想像させられていたのだ。腹の底が、じわりと熱くなる。腹が立つ。
だが、憎しみとは違った。
欺かれた相手を呪うような、底の冷たい類のものではない。もっと始末に負えない──悔しさと、なぜか可笑しさが同時に湧く。
隣で、ラピが大きく息を吐いた。脱力するのも、無理はない。だが、次に彼女が見せた顔は、どこか決意に満ちた物だった。席から立ち上がり、Vを見据える。
「先に言っておくわ」
声の先は私ではなくVへ向けられていた。
「あなたを部隊に入れることには反対よ。この手口も、その態度も、信用に値するとは思えない」
一度言葉を切り、それから続けた。
「だけど、指揮官がそうすると決めたなら、私はその判断を信じる。V、そこは履き違えないで」
Vは気を悪くした風もなく、ただ面白そうにラピを眺めていた。
「いい部下だ。指揮官、アンタよりは見る目があるようだぞ」
その軽口を、私は引き取った。
「……全く。入隊早々、“上官に対して”いい度胸だ」
Vに対する怒りはあったが、迎えるとした言葉を取り消す気にはならなかった。私は、脅されて頷いたわけではない。この男を放っておくべきではないと、そう思って頷いた。それは、スイッチが本物だろうが玩具だろうが、何一つ変わらない。
私は、玩具のスイッチを強く握り込んだ。
「その口の上手さも、仕事で役立ててもらう。覚悟しておけ」
私は通信機を拾い上げ、電源を入れ直す。
耳に戻すと、待機させていた二人を呼んだ。
「アニス、ネオン。もういい、こっちへ来てくれ。──ああ、片は付いた。私もラピも無事だ」
「シフティー、こちらの問題は──片付いたとは言い難いが、危険はない」
無事には違いない。誰も傷を負ってはいない。ほどなくして、二人が店に駆け込んできた。通信を断たれたまま、外で待たされていたのだ。気が気でなかったろう。
「指揮官様ーっ! 無事!? 一体何があ──」
アニスの声が、途中で止まった。
卓の上に視線を走らせ、それから固まる。ほぼ空になったビールジョッキ。鬼気迫る脅迫現場に駆けつけたつもりが、出くわしたのは、どうみても酒盛りの場だった。
「……お酒、飲んでる? えっと、昼間から? しかも、あの流れで……?」
「師匠。これは──いえ、それよりも」
ネオンの目が、別のものに吸い寄せられていた。卓の隅の拳銃。彼女の中の何かが、その火器に反応したらしい。
「このリボルバー、見ない型ですね……どこの製品ですか? 小さなボディなのに、そこはかとない火力の匂いを感じます!」
「ネオン、頼む。後にしてくれ」
二人の視線が、そこでようやく、卓の向こうの男に揃った。敵意を疑われる危険な男が一人、我が物顔で席に着いている。安堵と、困惑と、警戒。いくつもの感情が、二人の顔の上で行き場をなくしていた。
その視線を、Vは涼しい顔で受け止めると、軽く片手を上げた。
「この度、新しくカウンターズに入ったVだ。先輩方、これからよろしく頼む」
「…………えっ?」
「えっ、えぇ……!? ねえ、ちょ、ちょっと! どういうこと指揮官様!?」
アニスが、私とVを二度三度と見比べる。
「つまり……こ、後輩……? 私に、ついに後輩が……!?」
ネオンはネオンで、見当違いの方向に目を輝かせ始めた。アニスが普段通りツッコミを入れようとしているが、気が動転して言葉がうまく出ないようだった。
ラピは、これ以上はもう何も言わなかった。椅子に深く背を預け、この一部始終に付き合わされた疲れだけを、その横顔に滲ませている。
Vが、空いたジョッキを軽く掲げた。
「ちょうどいい。全員揃ったな」
そうして、こともなげに言ってのけた。
「始めるか──俺の、歓迎会を」
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灰の様に白けた歓迎会と義務の連絡先交換が済み、指揮官から最初の命令を受け取った。
命令のための準備を進める最中、再び一人で一服つける時間が取れたのは夕方頃だった。
ジッポの蓋を、開けては閉じてを繰り返す。上に投げては宙空で掴み、手の中で幾度も回す。
(全く……カウンターズや中央政府にゃ、同情するぜ)
呆れ気味の笑い声が響いた。
(何せ、