噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
アークの外殻を抜け、地上との間に張り出した箱型の基地。地下都市として建設しようとして、諦めた名残が中途半端に転がっている。
前哨基地、というらしい。
ここに来てすぐに気づいたことだが、ここはアークよりもずっとニケが多い。皮肉にも、設備の整ったあちらよりもこの基地の方が過ごしやすいのだろう。それ以外に、彼女たちにとっての大きな理由といえば──指揮官、アイツだな。
もしもニケの
いずれにしても、大した不便はなかった。最低限のインフラは整っていて、
「なあ。思うに、……俺たち、同棲するにはまだ早すぎないか?」
執務机の向こうで、指揮官が端末から視線を上げた。俺の軽口を聞いて怪訝な表情だ。
「気持ちの悪い言い方をするな……これは最初の命令だ。当面は基地に留まれ」
よりにもよって、最初の命令がそれか。
しかもホテルが基地の片隅に建っていて、設備やサービスも悪くないというのに、『そっちは
もっとも、現状は想定の範囲内だ。自分の意思で虎穴に潜り込んだ以上、代償はあって然るべきだ。取り乱す話じゃない。
「正式任命に当たる手続きとしてアンダーソン副司令への面通しが必要になるが、そちらはまだ時間がかかりそうだ」
「まあ、向こうも忙しいんだろう」
素性の知れない異邦人が一人、特殊別動隊の末席に滑り込んだ。このことが政府上層では軽い波紋が立っているらしいが、俺の素性を本気で洗おうとする奴はまだ現れていない。
(どこの局も、どのニュースサイトも取り上げてねえしな。新進気鋭の英雄部隊に新メンバー加入! 盛り上がるとこだぜ? 普通ならな)
指揮官は端末を伏せ、立ち上がって此方へ向き直る。折った肘の内側で軍帽と手袋を持って──なんのポーズだ?
「早速だが、任務だ。──事前に渡した資料は読んでいるな?」
誰かの真似をしているのか、威厳を出そうと表情を作っているようだが、素が隠せていない。この指揮官は、これまで人間の部下を持ったことがないようだ。
「
俺は渡された分厚い資料を
目の前の上官殿へと、読み終わった事を手信号で伝える。勿論、中央政府公式の手信号で。
手袋を嵌め直しながら、指揮官が口を開いた。あんなパフォーマンスで細部まで読めたはずがない、そう疑う声色だった。
「では聞こうか。今回、我々が地上で探すものは?」
「妨害電波の原因だ。D-WAVEで掴めるはずのゲートキーパーの在処が分からないってのが、今一番の問題だからな」
指揮官の目線が急に泳ぎ出す。振り上げた手の落とし所を失って、思わず自分の頬を叩いてしまった──そんな顔だ。
「……いいだろう。では、次だ。今回の捜索範囲と、そこで予想される障害は?」
「アウターリム東部方面の地上、半径数百キロ圏。場所によってはD-WAVE探知機だけじゃなく、通信自体が死ぬ。──ラプチャー遭遇の方は省略してもいいよな?」
軍帽を被ろうとした指揮官の手が、宙で止まった。そのまましばらく、俺を見ていた。カンニングを確信していた試験官が、肝心の証拠を掴めず焦っているという目だ。
「……問題ないようだな。こちらから言うことは、特にない」
暫しの沈黙の後、ようやく指揮官が軍帽を被った。だが、頑張って出そうとしていた威厳の方は、どこかへ行ってしまった。指揮官が小さく息を吐く。
「……集合時刻まで休んでいてくれ。出発前にまた呼ぶ」
厄介な部下を持ったこの男が、気の毒だと感じた。少しだけだが。
俺は立ち上がり、指揮官室を後にした。
扉の外に出た時、廊下にいたのは俺一人だけだ。
あの資料に書かれていたことは、貴重な情報ばかりだった。全てが開示されたとは思わないが、カウンターズに潜り込めていなければ、入手は難しかっただろう。
特にあの一行──ゲートキーパーの目覚めは、自発的に生じることがある。
それは明日かもしれないし、数ヶ月後かもしれない。それはナイトシティへの帰還を意味する──つまり、時間切れだ。ジェリーの無念も、シャルの死も全て無に帰す。誰も引き継いでくれるものはいない。
(ゆっくりしてる暇はねえぞ)
誰に言われるまでもない。
────────────────
アウターリム東部方面の奥地。
私たちが辿り着いた第一目的地はかなり見通しの悪い場所だった。
崩落した構造物の残骸が地表のあちこちに積み上がり、瓦礫の起伏が死角を作っている。加えて、戦域の全体に薄い霧が漂っていた。中でも崩落の進んだ中央は、白く濃い霧にすっぽりと包まれ、その奥は何ひとつ見通せない。
退路はどこか。想定し得る伏撃の方角とその可能性。地上に昇ったその時から、癖のように常に思考が回り続けている。
私たちはフォーメーションを整え、前進する。右側先頭に私、中央に指揮官を据えてアニスとネオンが後方と左をカバー。基本に忠実な陣形だ。けれど、今日は一つだけ余計なものが混じっていた。
その余計な来訪者は、私のすぐ右後方にいる。
先日、Vに向かって面と向かって言った言葉を撤回した覚えはない。今日この男が隣にいるのは、Vではなく指揮官を信頼しているからだ。とは言え、背中の右後方に始終警戒の一部を割かれるのは、決して快いものではなかった。
「──指揮官」
私は一度足を止め、声を落として後方へ告げた。
「エブラ粒子が更に濃くなってきています。シフティーとの回線も、そろそろ限界かと」
エブラ粒子の濃度が濃いほど、通信は阻害される。更に高濃度になれば、私たちニケの身体は麻痺し、酷い場合は意識を喪失しかねない。耐性に個体差はあれど、進むほどに脅威は高まる。
それを承知の上で私たちは進む。通信が最も効かない場所にD-WAVE妨害の原因があるという仮定、その検証が今回の作戦目的だった。
「この地域に浄化装置はない。当初の予定通り、このまま進もう」
指揮官の声が、わずかに硬くなる。
「各員、体調に異常を感じたら即座に申告してくれ」
指示を受けた私たちは、瘴気──高濃度エブラ粒子が滞留する地域へと歩を進めた。数十歩も行かないうちに、歩調を保ったまま、Vが指揮官の方へ顔を向けた。
「一つ、訊いていいか。資料には書かれていなかったが──D-WAVEってのは、俺からも出てるのか?」
妙な問いだ。危険区域侵入時の、緊張感のあるタイミングで聞く必要がある内容には思えなかった。
「ああ……来訪者は皆、D-WAVEを発している。お前も例外ではない」
発言内容に特別なところは何もない。来訪者を迎えるたびに、幾度も口にしてきた説明だ。
だというのに。
指揮官の声には、滑らかさを欠く瞬間があった。ほんのわずかな淀みだ。一体何を考え、何を隠しているのだろう。そう感じはしたけれど、それが何かを問い質せるほどではなかった。
答えを聞き終えたVは、前方に視線を戻していた。
「そうか。なら──迷子にはならなさそうだな」
張り詰めかけた何かが拍子抜けして、私は小さく息を吐く。くだらない軽口は切り捨てて、私も前方へと意識を戻した。
その背中に、アニスの声がかかる。
「ねえV。前から訊いてみたかったんだけど──あなた、どんなところから来たの?」
唐突な問いだったけれど、考えてみれば不思議でもない。先日の歓迎会では、結局ほとんど誰も口を開かなかった。あの白けた席を思えば、こうして誰かが踏み込むのは、むしろ遅すぎたくらいだ。
「隠す訳じゃないが、ナイトシティは一口で語れるような場所でもなくてな。……そのうち話すさ」
Vの答えは煙に巻くでも、突き放すものでもない。語るには相応の場と時間が要ると、言葉の重みが告げていた。アニスは軽く頷き、それ以上は突かなかった。
歓迎会で唯一口数がマシだったネオンは、その横で別のものに食いつきを見せた。
「V、背中に担いでる銃も気になりますが──その腰のリボルバー。それ、歓迎会の時にテーブルに置いてあったのと同じですよね?」
Vが腰のリボルバーを手に取り、無意味にトリガーガードに指をかけてぶら下げる。
「ああ、よく気づいたな。マロリアンの『オーバーチュア』だ。ストッピングパワーは強力だが、跳弾には気をつけないと痛い目見るぞ」
「跳弾……! 良いですね、跳弾を駆使して物陰の敵をバシューンと撃ち抜いたり?」
「……そんなに便利じゃないぞ」
ネオンの目が、わかりやすく輝いた。火力の匂いに惹かれるのは今に始まったことではない。
私は、その一部始終を黙って見ていた。
アニスの好奇心も、ネオンの無邪気さも、私には少しばかり遠く感じられる。指揮官の信頼に応える為にも、私だけはこの男との距離を縮めるわけにはいかなかった。
その均衡を断ち切ったのは、指揮官の端末だった。ノイズに食い荒らされた通信が、断片だけを吐き出す。
座標。部隊符号。
「……救難信号だ」
指揮官が、端末から顔を上げた。とある部隊がラプチャーを避けた結果この区域に迷い込み、通信が断たれて動けずにいるようだ。
「この先で孤立している部隊がある。位置は──東の鉄塔付近だ」
D-WAVEに関する偵察任務は、ここまでだ。目の前で助けを求める者を見送る理由は、私たちにはない。
「ここで隊を分ける」
指揮官の声が切り替わる。
「私とアニス、ネオンで救援に向かう。ラピは、Vと共に西北の高所からの援護に回ってくれ。この戦域は見通しが悪い。上から抑える目が要る」
視界の利かない崩落地帯で行動するなら、高所からの援護は有効な作戦だ。
けれど、それだけではないことも私には分かる。指揮官はこの男──これまでと比べても異様なこの来訪者を、なるべく人目に晒したくないのだ。
「了解しました」
隅へ追いやる口実として、高所援護はちょうどよかった。そして、その監視役が私だというのも、得心のいく人選。不服は声に出さない。
散開する間際、Vがネオンを呼び止めた。腰のリボルバーをホルスターごと引き抜くと、放って寄越す。
「気になるなら使ってみろ。貸してやるよ」
「えっ、いいんですか!?」
「長距離狙撃じゃ使うタイミングもないだろうしな……跳弾は当てにするなよ」
銃を受け取ったネオンは、目を輝かせた子供の顔だ。少女が人形でも扱うように銃を撫でている。
作戦概要の共有が終わり次第、部隊が二つに分かれた。指揮官たちは鉄塔の方角へ、私たちは西北にある近くの高所──廃ビルまで。
その間、私たちはたったひと言も交わさなかった。
崩落を免れて残った廃ビルの上層、鉄骨がまだ生きている堅固な足場の縁に、Vが身を伏せてライフルを構える。私はその斜め後ろで、戦域全体と、Vの双方を同時に視認できる位置を取った。私は
沈黙が、更に二人の間に積もっていく。
かと言って、私から崩そうとは少しも思わなかった。
眼下に広がる戦域は、ここから見下ろしてもなお霧が晴れず、とりわけ中央の崩落地帯は白く塗り潰されて様子が窺えない。幸い、指揮官たちの進む鉄塔への道筋は、かろうじて視界が利いた。
瓦礫の谷を進む指揮官たちからは見えない位置で、複数のラプチャーが
Vの銃が、低く唸る。
ミシリス系列に似た未来的なデザインで、スコープのない奇妙な銃身。軍事教本の標準姿勢とはかけ離れた狙撃姿勢のまま、Vは引き金を引く。
「……命中よ。三機撃墜、該当付近はクリア」
蒼い稲妻を纏って放たれた弾は、ラプチャーのコアを正確に撃ち抜いた。だがそこで止まることなく、続けざまに生きたように跳ね飛ぶ。私が実際に目視できたのは、電撃の鎖が三体のコアを同時に砕いた瞬間だけだ。
外すとは思っていなかったが、この成果には驚きを隠せなかった。
自分で跳弾を当てにするなと言ったばかりだというのに、一発で三機もだなんて。そう考えていた私の心でも読んだのか、Vが改めて釘を刺す。
「言っとくが、俺の力じゃない。銃の性能だ。スコープがないのも──跳弾もな」
武器が強力なのは、見ればわかる。奇妙な名前のハイテクな狙撃銃──確か、ツナミの『
「次、進路方向左右に一機ずつ。今度はどちらも起きているわ」
私が観測結果を告げた次の瞬間には、撃墜の結果だけが見える。指揮官たちは、自分たちの進路がいつ掃き清められたのかも気づけないだろう。
腕は本物だ。
認めたくはなかったが、この男が信用できるかどうかとは別の話だ。渋々ではあるが、胸の内に書き留める。
Vの銃は、私の声に遅れることなく応えてくれる。だがその銃声は、ラプチャーを私たちの元へと呼び寄せていた。
これ自体は事前の想定通りであり──この状況への対処が、私に任された三つ目の役割だ。
数えるまでもない。せいぜい十機。この程度なら、わざわざVの手を借りるまでもなかった。
「下は私が抑える。あなたはここで指揮官たちの援護を続けてて」
「……ああ」
信用しているわけではない。けれど、この男の援護の腕だけは──さっき、認めたばかりだ。この場は任せられる。ほんの少しだけ、私は歩み寄ろうとしていたのかもしれない。それが半歩にも満たない距離ではあったとしても。
私は踏み出し、足場を蹴った。
真っ逆さまに落下する最中、ラプチャーの群れが眼下に広がる。だが、自由落下の感覚が続いたのはその一瞬だけだ。
──セブンスドワーフゼロのジェット推進が起動し、私は
宙空から地面のラプチャー目掛けて躍り込む。荒々しいジェット飛行。機銃掃射で三機の機能を断ち、ミサイルのように暴れる得物を振り回しながら次のラプチャーの懐へ回り込む。
目標を一掃しながら、私の意識は半分ほどVがいる方へ向いていた。あの狙撃援護があれば、指揮官は安全だ──そう、思っていた。
異変に気づいたのは、群れの最後の一体を割った、その瞬間だった。
空気の焦げた匂い。
顔を上げる。
私が先ほど降りてきたばかりの場所──そこにVの気配が無い。
指揮官たちの援護を任せたはずの男が、持ち場にいない。とっさにジェット推進を吹かし、私は遥か上空へと身を浮かせた。視界が一気に開ける。
──炎だ。
自然に出た火ではない。
並び立つビル群の最も北の端、屋上から火の手が上がっている。橙色の豪炎が打ち捨てられた建材を舐め、大量の黒い煙が空へ立ち昇っていく。そして、その側には人影が一つ。
「V……! いつの間にあんな場所に……!」
私が降りてからせいぜい数分。機械で強化されているとはいえ、人間がこの距離を移動出来たこと自体、にわかには信じがたかった。
そして大火を背負ったまま、Vの手中で
Vの撒く音と熱が、戦域の西を炙り立てる。先程までこちらに気づいてもいなかった西側のラプチャーが、誘蛾灯に誘われるように蠢き出した。
持ち場の放棄。意味の通らない狙撃。炎。
たった一つでも飲み込めないのに、それが幾重にも重なる。頭が熱い。
「……V!」
「あなた、一体何を考えているの……!?」
叫びはノイズに吸い込まれ、通信の応えはなかった。