噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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11.初任務 / The Devil You Don't Know

 

 アークの外殻を抜け、地上との間に張り出した箱型の基地。地下都市として建設しようとして、諦めた名残が中途半端に転がっている。何処かで聞いた話(パシフィカみたい)だが、今はカウンターズ指揮官の城でもあり──それに俺の“住所”だ。

 

 前哨基地、というらしい。

 

 ここに来てすぐに気づいたことだが、ここはアークよりもずっとニケが多い。皮肉にも、設備の整ったあちらよりもこの基地の方が過ごしやすいのだろう。それ以外に、彼女たちにとっての大きな理由といえば──指揮官、アイツだな。

 

 もしもニケの攻撃抑止力(リミッター)が解除されることがあったら、真っ先に死ぬのはきっと指揮官(アイツ)だろう。

 

 いずれにしても、大した不便はなかった。最低限のインフラは整っていて、(ニケ)の数も少なくない。一晩明けた次の日の朝、俺は指揮官室──俺の寝床から徒歩数分の場所に呼ばれていた。

 

「なあ。思うに、……俺たち、同棲するにはまだ早すぎないか?」

 

 執務机の向こうで、指揮官が端末から視線を上げた。俺の軽口を聞いて怪訝な表情だ。

 

「気持ちの悪い言い方をするな……これは最初の命令だ。当面は基地に留まれ」

 

 よりにもよって、最初の命令がそれか。

 

 しかもホテルが基地の片隅に建っていて、設備やサービスも悪くないというのに、『そっちは()()使うな』だと。判然としないが、異邦人を目の届くところに置いておきたい。そういうことだろう。

 

 もっとも、現状は想定の範囲内だ。自分の意思で虎穴に潜り込んだ以上、代償はあって然るべきだ。取り乱す話じゃない。

 

「正式任命に当たる手続きとしてアンダーソン副司令への面通しが必要になるが、そちらはまだ時間がかかりそうだ」

 

「まあ、向こうも忙しいんだろう」

 

 素性の知れない異邦人が一人、特殊別動隊の末席に滑り込んだ。このことが政府上層では軽い波紋が立っているらしいが、俺の素性を本気で洗おうとする奴はまだ現れていない。

 

(どこの局も、どのニュースサイトも取り上げてねえしな。新進気鋭の英雄部隊に新メンバー加入! 盛り上がるとこだぜ? 普通ならな)

 

 指揮官は端末を伏せ、立ち上がって此方へ向き直る。折った肘の内側で軍帽と手袋を持って──なんのポーズだ?

 

「早速だが、任務だ。──事前に渡した資料は読んでいるな?」

 

 誰かの真似をしているのか、威厳を出そうと表情を作っているようだが、素が隠せていない。この指揮官は、これまで人間の部下を持ったことがないようだ。

 

()な」

 

 俺は渡された分厚い資料を()めて開き、最初から最後まで、流れを止める事なくパラパラと捲っていく。数秒ほどの出来事だ。

 

 目の前の上官殿へと、読み終わった事を手信号で伝える。勿論、中央政府公式の手信号で。

 

 手袋を嵌め直しながら、指揮官が口を開いた。あんなパフォーマンスで細部まで読めたはずがない、そう疑う声色だった。

 

「では聞こうか。今回、我々が地上で探すものは?」

 

「妨害電波の原因だ。D-WAVEで掴めるはずのゲートキーパーの在処が分からないってのが、今一番の問題だからな」

 

 指揮官の目線が急に泳ぎ出す。振り上げた手の落とし所を失って、思わず自分の頬を叩いてしまった──そんな顔だ。

 

「……いいだろう。では、次だ。今回の捜索範囲と、そこで予想される障害は?」

 

「アウターリム東部方面の地上、半径数百キロ圏。場所によってはD-WAVE探知機だけじゃなく、通信自体が死ぬ。──ラプチャー遭遇の方は省略してもいいよな?」

 

 軍帽を被ろうとした指揮官の手が、宙で止まった。そのまましばらく、俺を見ていた。カンニングを確信していた試験官が、肝心の証拠を掴めず焦っているという目だ。

 

「……問題ないようだな。こちらから言うことは、特にない」

 

 暫しの沈黙の後、ようやく指揮官が軍帽を被った。だが、頑張って出そうとしていた威厳の方は、どこかへ行ってしまった。指揮官が小さく息を吐く。

 

「……集合時刻まで休んでいてくれ。出発前にまた呼ぶ」

 

 厄介な部下を持ったこの男が、気の毒だと感じた。少しだけだが。

 

 俺は立ち上がり、指揮官室を後にした。

 扉の外に出た時、廊下にいたのは俺一人だけだ。

 

 あの資料に書かれていたことは、貴重な情報ばかりだった。全てが開示されたとは思わないが、カウンターズに潜り込めていなければ、入手は難しかっただろう。

 

 特にあの一行──ゲートキーパーの目覚めは、自発的に生じることがある。

 

 それは明日かもしれないし、数ヶ月後かもしれない。それはナイトシティへの帰還を意味する──つまり、時間切れだ。ジェリーの無念も、シャルの死も全て無に帰す。誰も引き継いでくれるものはいない。

 

(ゆっくりしてる暇はねえぞ)

 

 誰に言われるまでもない。

 

────────────────

 

 アウターリム東部方面の奥地。

 私たちが辿り着いた第一目的地はかなり見通しの悪い場所だった。

 

 崩落した構造物の残骸が地表のあちこちに積み上がり、瓦礫の起伏が死角を作っている。加えて、戦域の全体に薄い霧が漂っていた。中でも崩落の進んだ中央は、白く濃い霧にすっぽりと包まれ、その奥は何ひとつ見通せない。

 

 退路はどこか。想定し得る伏撃の方角とその可能性。地上に昇ったその時から、癖のように常に思考が回り続けている。

 

 私たちはフォーメーションを整え、前進する。右側先頭に私、中央に指揮官を据えてアニスとネオンが後方と左をカバー。基本に忠実な陣形だ。けれど、今日は一つだけ余計なものが混じっていた。

 

 その余計な来訪者は、私のすぐ右後方にいる。

 

 先日、Vに向かって面と向かって言った言葉を撤回した覚えはない。今日この男が隣にいるのは、Vではなく指揮官を信頼しているからだ。とは言え、背中の右後方に始終警戒の一部を割かれるのは、決して快いものではなかった。

 

「──指揮官」

 

 私は一度足を止め、声を落として後方へ告げた。

 

「エブラ粒子が更に濃くなってきています。シフティーとの回線も、そろそろ限界かと」

 

 エブラ粒子の濃度が濃いほど、通信は阻害される。更に高濃度になれば、私たちニケの身体は麻痺し、酷い場合は意識を喪失しかねない。耐性に個体差はあれど、進むほどに脅威は高まる。

 

 それを承知の上で私たちは進む。通信が最も効かない場所にD-WAVE妨害の原因があるという仮定、その検証が今回の作戦目的だった。

 

「この地域に浄化装置はない。当初の予定通り、このまま進もう」

 

 指揮官の声が、わずかに硬くなる。

 

「各員、体調に異常を感じたら即座に申告してくれ」

 

 指示を受けた私たちは、瘴気──高濃度エブラ粒子が滞留する地域へと歩を進めた。数十歩も行かないうちに、歩調を保ったまま、Vが指揮官の方へ顔を向けた。

 

「一つ、訊いていいか。資料には書かれていなかったが──D-WAVEってのは、俺からも出てるのか?」

 

 妙な問いだ。危険区域侵入時の、緊張感のあるタイミングで聞く必要がある内容には思えなかった。

 

「ああ……来訪者は皆、D-WAVEを発している。お前も例外ではない」

 

 発言内容に特別なところは何もない。来訪者を迎えるたびに、幾度も口にしてきた説明だ。

 

 だというのに。

 

 指揮官の声には、滑らかさを欠く瞬間があった。ほんのわずかな淀みだ。一体何を考え、何を隠しているのだろう。そう感じはしたけれど、それが何かを問い質せるほどではなかった。

 

 答えを聞き終えたVは、前方に視線を戻していた。

 

「そうか。なら──迷子にはならなさそうだな」

 

 張り詰めかけた何かが拍子抜けして、私は小さく息を吐く。くだらない軽口は切り捨てて、私も前方へと意識を戻した。

 

 その背中に、アニスの声がかかる。

 

「ねえV。前から訊いてみたかったんだけど──あなた、どんなところから来たの?」

 

 唐突な問いだったけれど、考えてみれば不思議でもない。先日の歓迎会では、結局ほとんど誰も口を開かなかった。あの白けた席を思えば、こうして誰かが踏み込むのは、むしろ遅すぎたくらいだ。

 

「隠す訳じゃないが、ナイトシティは一口で語れるような場所でもなくてな。……そのうち話すさ」

 

 Vの答えは煙に巻くでも、突き放すものでもない。語るには相応の場と時間が要ると、言葉の重みが告げていた。アニスは軽く頷き、それ以上は突かなかった。

 

 歓迎会で唯一口数がマシだったネオンは、その横で別のものに食いつきを見せた。

 

「V、背中に担いでる銃も気になりますが──その腰のリボルバー。それ、歓迎会の時にテーブルに置いてあったのと同じですよね?」

 

 Vが腰のリボルバーを手に取り、無意味にトリガーガードに指をかけてぶら下げる。

 

「ああ、よく気づいたな。マロリアンの『オーバーチュア』だ。ストッピングパワーは強力だが、跳弾には気をつけないと痛い目見るぞ」

 

「跳弾……! 良いですね、跳弾を駆使して物陰の敵をバシューンと撃ち抜いたり?」

 

「……そんなに便利じゃないぞ」

 

 ネオンの目が、わかりやすく輝いた。火力の匂いに惹かれるのは今に始まったことではない。

 

 私は、その一部始終を黙って見ていた。

 

 アニスの好奇心も、ネオンの無邪気さも、私には少しばかり遠く感じられる。指揮官の信頼に応える為にも、私だけはこの男との距離を縮めるわけにはいかなかった。

 

 その均衡を断ち切ったのは、指揮官の端末だった。ノイズに食い荒らされた通信が、断片だけを吐き出す。

 

 座標。部隊符号。

 

「……救難信号だ」

 

 指揮官が、端末から顔を上げた。とある部隊がラプチャーを避けた結果この区域に迷い込み、通信が断たれて動けずにいるようだ。

 

「この先で孤立している部隊がある。位置は──東の鉄塔付近だ」

 

 D-WAVEに関する偵察任務は、ここまでだ。目の前で助けを求める者を見送る理由は、私たちにはない。

 

「ここで隊を分ける」

 

 指揮官の声が切り替わる。

 

「私とアニス、ネオンで救援に向かう。ラピは、Vと共に西北の高所からの援護に回ってくれ。この戦域は見通しが悪い。上から抑える目が要る」

 

 視界の利かない崩落地帯で行動するなら、高所からの援護は有効な作戦だ。

 

 けれど、それだけではないことも私には分かる。指揮官はこの男──これまでと比べても異様なこの来訪者を、なるべく人目に晒したくないのだ。

 

「了解しました」

 

 隅へ追いやる口実として、高所援護はちょうどよかった。そして、その監視役が私だというのも、得心のいく人選。不服は声に出さない。

 

 散開する間際、Vがネオンを呼び止めた。腰のリボルバーをホルスターごと引き抜くと、放って寄越す。

 

「気になるなら使ってみろ。貸してやるよ」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「長距離狙撃じゃ使うタイミングもないだろうしな……跳弾は当てにするなよ」

 

 銃を受け取ったネオンは、目を輝かせた子供の顔だ。少女が人形でも扱うように銃を撫でている。

 

 作戦概要の共有が終わり次第、部隊が二つに分かれた。指揮官たちは鉄塔の方角へ、私たちは西北にある近くの高所──廃ビルまで。

 

 その間、私たちはたったひと言も交わさなかった。

 

 崩落を免れて残った廃ビルの上層、鉄骨がまだ生きている堅固な足場の縁に、Vが身を伏せてライフルを構える。私はその斜め後ろで、戦域全体と、Vの双方を同時に視認できる位置を取った。私は観測手(スポッター)であり、監視役でもある。

 

 沈黙が、更に二人の間に積もっていく。

 かと言って、私から崩そうとは少しも思わなかった。

 

 眼下に広がる戦域は、ここから見下ろしてもなお霧が晴れず、とりわけ中央の崩落地帯は白く塗り潰されて様子が窺えない。幸い、指揮官たちの進む鉄塔への道筋は、かろうじて視界が利いた。

 

 瓦礫の谷を進む指揮官たちからは見えない位置で、複数のラプチャーが休眠(スリープ)していた。だが、この僅かな距離で既に指揮官との通信は途絶しており、詳細な情報を伝える手段はない。

 

 Vの銃が、低く唸る。

 

 ミシリス系列に似た未来的なデザインで、スコープのない奇妙な銃身。軍事教本の標準姿勢とはかけ離れた狙撃姿勢のまま、Vは引き金を引く。

 

「……命中よ。三機撃墜、該当付近はクリア」

 

 蒼い稲妻を纏って放たれた弾は、ラプチャーのコアを正確に撃ち抜いた。だがそこで止まることなく、続けざまに生きたように跳ね飛ぶ。私が実際に目視できたのは、電撃の鎖が三体のコアを同時に砕いた瞬間だけだ。

 

 外すとは思っていなかったが、この成果には驚きを隠せなかった。

 

 自分で跳弾を当てにするなと言ったばかりだというのに、一発で三機もだなんて。そう考えていた私の心でも読んだのか、Vが改めて釘を刺す。

 

「言っとくが、俺の力じゃない。銃の性能だ。スコープがないのも──跳弾もな」

 

 武器が強力なのは、見ればわかる。奇妙な名前のハイテクな狙撃銃──確か、ツナミの『()()()』と言ったか。だが、それだけだとは思わない。

 

「次、進路方向左右に一機ずつ。今度はどちらも起きているわ」

 

 私が観測結果を告げた次の瞬間には、撃墜の結果だけが見える。指揮官たちは、自分たちの進路がいつ掃き清められたのかも気づけないだろう。

 

 腕は本物だ。

 

 認めたくはなかったが、この男が信用できるかどうかとは別の話だ。渋々ではあるが、胸の内に書き留める。

 

 Vの銃は、私の声に遅れることなく応えてくれる。だがその銃声は、ラプチャーを私たちの元へと呼び寄せていた。

 

 これ自体は事前の想定通りであり──この状況への対処が、私に任された三つ目の役割だ。

 

 数えるまでもない。せいぜい十機。この程度なら、わざわざVの手を借りるまでもなかった。

 

「下は私が抑える。あなたはここで指揮官たちの援護を続けてて」

 

「……ああ」

 

 信用しているわけではない。けれど、この男の援護の腕だけは──さっき、認めたばかりだ。この場は任せられる。ほんの少しだけ、私は歩み寄ろうとしていたのかもしれない。それが半歩にも満たない距離ではあったとしても。

 

 私は踏み出し、足場を蹴った。

 

 真っ逆さまに落下する最中、ラプチャーの群れが眼下に広がる。だが、自由落下の感覚が続いたのはその一瞬だけだ。

 

 ──セブンスドワーフゼロのジェット推進が起動し、私は()()する。

 

 宙空から地面のラプチャー目掛けて躍り込む。荒々しいジェット飛行。機銃掃射で三機の機能を断ち、ミサイルのように暴れる得物を振り回しながら次のラプチャーの懐へ回り込む。

 

 目標を一掃しながら、私の意識は半分ほどVがいる方へ向いていた。あの狙撃援護があれば、指揮官は安全だ──そう、思っていた。

 

 異変に気づいたのは、群れの最後の一体を割った、その瞬間だった。

 

 空気の焦げた匂い。

 

 顔を上げる。

 私が先ほど降りてきたばかりの場所──そこにVの気配が無い。

 

 指揮官たちの援護を任せたはずの男が、持ち場にいない。とっさにジェット推進を吹かし、私は遥か上空へと身を浮かせた。視界が一気に開ける。

 

 ──炎だ。

 

 自然に出た火ではない。

 並び立つビル群の最も北の端、屋上から火の手が上がっている。橙色の豪炎が打ち捨てられた建材を舐め、大量の黒い煙が空へ立ち昇っていく。そして、その側には人影が一つ。

 

「V……! いつの間にあんな場所に……!」

 

 私が降りてからせいぜい数分。機械で強化されているとはいえ、人間がこの距離を移動出来たこと自体、にわかには信じがたかった。

 

 そして大火を背負ったまま、Vの手中で悪鬼羅刹(ラセツ)が火を噴いた。狙う先は東の鉄塔側でも、こちらへ寄せ来るラプチャーでもない。戦域の西()側だ。まるで見当違いの方角を、Vは続けざまに撃ち始めた。

 

 Vの撒く音と熱が、戦域の西を炙り立てる。先程までこちらに気づいてもいなかった西側のラプチャーが、誘蛾灯に誘われるように蠢き出した。

 

 持ち場の放棄。意味の通らない狙撃。炎。

 たった一つでも飲み込めないのに、それが幾重にも重なる。頭が熱い。

 

「……V!」

 

「あなた、一体何を考えているの……!?」

 

 叫びはノイズに吸い込まれ、通信の応えはなかった。

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