噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
不安定な通信から、応答は返ってこない。
待つだけの猶予も、ない。
Vの炎に誘われた群れの一部が、その火元である北端のビルへと殺到し始めている。これ以上、あの男に戦場を引っ掻き回されては敵わない。幸いにもラプチャーの群れが居るのは、比較的開けた場所だ。機銃掃射が有効な位置目掛け、セブンスドワーフにフルスロットルをかけて私は飛んだ。
軌道が、Vのいる屋上脇を一瞬かすめる。
「指揮官の方に合流しろ!」「さっさと火を消して……!」
互い違いに言いたいことをぶつけあって、会話にならない。
冷えた声が勝手に口をついて出る。速度を緩めることもなく、すれ違いざまに叩きつけた。Vの言葉は聞き取れたが、応える義理も余裕もない。互いの言葉は背後へ流れて消えていった。
掃討位置に着くと同時に、噴射出力が一時的な限界を迎える。
私は身を据え、銃を構えた。
ジェットがチャージ中の今、先ほどまでのような機動戦は出来ない。それなら、地に足をつけて迎え撃つまでだ。トリガーを握り込むと同時、弾き出される機銃掃射が先頭の数体を薙ぐ。ドリル型榴弾が固まった一団を吹き飛ばす。破片が生き残りにぶつかって、張り詰めた音を奏でた。
北端のビルへ流れ込もうとする群れを、その手前で削り落としていく。
怒りは引き金に伝わり、熱はおさまるどころか増していく。火を放ち、勝手に敵を呼び寄せ、その尻拭いをしている。挙句、「合流しろ」と来たものだ。全くもって、あの男の頭は──どうなっているのか知りたい。
音声通信こそ届かないものの、その代わりに指揮官たちからは決まった間隔で定型信号が届いていた。短く、規則正しい、問題なしの合図。その通信ノイズだけが東の無事を伝えてくる。
ならば、今は東を捨て置いていい。私が意識を向けるべきは
そう意識を切り替えた矢先、トリガーに触れていた指先の感覚が鈍る。銃身がほんの一瞬、揺れる。手だけではない。膝が、首が、芯から軋んでいる。
これは──高濃度エブラ粒子による麻痺症状。
おかしい。この一帯の濃度は、私が麻痺するほどではなかったはず。それでも濃度計を見るまでもなく肉体が告げる。エブラ粒子が急速に濃くなっていると。
「ぐ、……! このままじゃ、意識がもたない……!」
チャージの回復を告げる微かな駆動音──同時に、麻痺で強張る指に渾身の力を込め、セブンスドワーフを取り落とさぬよう抱え込む。
その握りを支点に私は地を蹴り、ジェット推進が私を上空へ引き上げる。
高度が上がるにつれ、全身に絡みついていた重さが薄れていく。一か八かの賭けは当たった。上空のエブラ粒子は地表ほど濃くはないようだ。
息を整え、ビルを超える高度に上がって、改めて戦域を見下ろす。
「あんなに……!」
前面にいた私では捌き切れなかったというのもあるが、側面から回り込んできた群れの数が、想定よりもずっと多い。あれだけ弾丸を撃ち込んだにも関わらず、戦域中央の白霧を切り裂いて無尽蔵に沸いてくる。
だというのに、未だに北端の高みの火は消えるどころか
自らに群がる脅威の悉くを無視したせいで、Vの足元にはラプチャーが躙り寄り、じわじわと包囲され始めている。さながら、その様相は優先順位を見失った新兵の自滅のようだった。
その時だった。眼下に広がる、断層が陥没してできた深い溝。滞留していた真っ白な霧が風に裂かれ、一瞬の切れ間を作った。
──それは、最初から
見たことのない姿だが、間違いなくタイラント級。まるで巨大な花だ。鋼とも甲殻ともつかない桃色の花弁が開ききっている。その中心、雌しべにあたる器官が、ゆっくりと脈打つたびに、白霧と不可視の澱みを溢れさせていた。
これこそが、エブラ粒子の濃度が急に跳ね上がった理由──
自らが吐いた霧とエブラ粒子の澱みを幾重にも纏い、戦域の中心に鎮座している。これまで存在に気づかなかったのも道理だった。
背筋に走る戦慄を、しかし長く味わってはいられなかった。戦場での停滞は死の危険を意味するからだ。
これ以上無為にこの戦域に止まること自体がリスクだ。指揮官たちが救助対象と合流した後の退路、次の一手を今のうちに探らなければ。その刹那、
──嗚呼。そういうことか。
言葉になる前に、答えだけが胸に落ちてきた。言葉にするのは後でいい。私はセブンスドワーフを構え直し、空中で機首を東へと向ける。
吹き付ける風が頬を激しく撫でた後、ようやく思考が追いついてくる。
なぜ、黙って、
羅刹の雷撃を背に、最短距離で鉄塔へと向かう。
エブラ粒子によって音声は届かない。唯一届きうる短信号の組み合わせで、決まった符牒を断続的に叩き込む。同じ信号を繰り返し、繰り返し。
「お願い……、届いて……!」
鉄塔の影が見えてきた。
その根方には探していた光景があった。指揮官、アニス、ネオン。そして、救援を求めていた正規部隊。すでに合流を果たし、互いに身を寄せて防御の陣を固めている。
安堵しかけた気を引き締めた瞬間、符牒に応答が返る。短く、規則正しい受領の合図。
同時に陣の一角が動き始める。隊列が西へ──あの列車の方角へと向きを変える。その瞬間、無条件に託せる相手がいるというのが、どれほど心強いことかと有難みを噛みしめる。
その行く末を見届けることなく、私は機首を返す。私を遠ざけようとした男のもとへ。
廃ビルが近づくにつれ、Vを取り巻く包囲の輪がはっきりと見えてくる。私が一瞬場を開けていた隙に、ビルの前までラプチャーの一群が迫っていた。
推進を最大にして、私はその輪の中へ斬り込む。
機銃掃射で外周を薙ぎ払い、ジェットで宙を蹴り、先端に形成されたエネルギードリルが進路上のラプチャーを貫き、切り開く。仕上げに榴弾を捻じ込み、爆風ごと吹き散らす。Vの周囲にわだかまっていた群れが、見る間に薄くなっていった。一掃を終え、私はその傍らへと降り立つ。
言いたいことは山ほどあった。私は一度強く目を瞑り、それらを喉の奥へ押し込める。代わりに吐き出したのは、戦域中央にいたタイラント級ラプチャーの情報だった。
「中央の大溝、あの中に花形の大型ラプチャーがいるわ。この周辺にエブラ粒子を撒いているのは、……あれよ」
おそらくは、あれこそがD-WAVE検知妨害の元凶的存在。そう聞いたVの顔が一瞬だけ中央へ向いたが、目線はすぐに西へと戻った。
「指揮官が西へ向かったわ」
炎が穏やかに弾ける音だけが、二人の間を満たす。
「ラピ……今、俺のやるべきことはなんだ?」
その問いに即答することはできなかった。この男に何ができて、何ができないのか。私はまだ何も知らない。
「逆に訊くわ……意見が欲しいの」
私は中央の大溝を指し示した。霧が差し、真っ白く濁った景色のその先に奴はいる。
「大溝のタイラント級ラプチャー、これより
そこにセブンスドワーフゼロのドリルを最高速で叩き込めば、必ず砕ける。だが──そこで一度言葉を切る。問題はその先だ。
「あそこからエブラ粒子が放出されているだけあって、濃度が桁違いなの。良くて貫通後に相打ちでの気絶か、場合によっては辿り着く前に終わる」
ネオンのような特殊ボディでなければ、あの場所で意識を保てないだろう。何より、霧に包まれた状態では正確に弱点を狙うことすら難しい。特攻による成功確率は、良くても二割ほどか。
私の説明を聞き終えたVが自分の背の得物へ手を伸ばす。ずんぐりした箱型の銃身に、八つの銃口が並んでいる。ラセツとは別の、私の知らない銃だ。
「なら、こうしよう。一つ思いついた策がある」
炎を背にして、Vが口の端を上げる。
「──ってのは、どうだ」
「……は?」
「視認性に、エブラ粒子……これなら、さっき言ってた問題が一気に解決するだろ?」
Vが素面で語ったのは、まさしく正気を疑う戦術だった。聞き終えてなお、聞き間違いかと疑ったほどだ。だが、単独特攻よりはマシな賭けになるだろう。──ある一点を除けば、だが。
「V……いえ、言いたいことは山ほどあるけど、何よりもまず……
「どうにかするさ」
軽く言ってのける横顔に迷いはなかった。自分が発した無茶の責任を、当然のように背負おうとしている。
確かに、迷っている時間の方が惜しい。こうしている間にもラプチャーは火に誘き出されているのだ。僅かに遅れて、私も腹を括った。
「はぁ……掴まって。振り落とされても責任持てないから」
差し出した右手を、Vが迷いなく握り返す。
推進が唸りを上げ、二つの身体を引きずって垂直に跳ね上がった。元より、ニケを飛ばすほどの規格外さだ。人間一人分の重みが増えたところで、影響などないに等しい。ロケットのような推力で、私たちは天へと駆け昇る。
「二時の方向! 今だ──思い切り投げろ!」
ミアズマの上空、霧の天蓋を抜けた頂点で、Vの声が的確に投擲角度を指示する。この男には分厚い霧の先が見えているのだろう。なぜかを問う暇はない。私は繋いだ手を支点に身を捻り、握ったVの身体を、指された一点へ渾身の力で投げ放った。
弾丸のようにVが落ちていく。投げた手の感触がまだ掌に残るうちに、あの男の姿は霧に包まれて見えなくなった。
次の瞬間、霧の底で八条の閃光が同時に枝分かれした。一秒の間も空かずに更に八筋が追加され、直後に炸裂。さらに炸裂。絶え間なく連鎖する十六の爆風が澱んだ霧とエブラ粒子を内側から押し退け、ぽっかりと大きな晴れ間をこじ開ける。
──見えた。
表面装甲を力強く抉られ、剥き出しになって脈打つ中心。ミアズマの弱点が、晴れた空気の底で無防備に晒されている。
「……これなら!」
Vを投げ放った反動のまま、私は機首を真下へ捻じ込んだ。銃の推進レバーを握り潰す勢いで開き、先端のドリルが大きく咆哮を上げる。
最高速。視界が一点に収束し、風が悲鳴のように頬を裂く。瘴気の薄れた一瞬の道を、私は墜ちる星の如く駆け抜けた。一秒でも迷えば、またすぐにエブラ粒子は濃さを取り戻すだろう。その前に、この一撃に、すべてを乗せる。
「フルアクティブ──貫けッ!!」
回転するドリルの穂先が、脈打つ器官を捉えた。抉り、貫き、内側から弾けさせる。手応えが腕を通して全身を駆け上がった。
桃色の花弁が断末魔に打ち震え、歪み、崩れていく。瘴気の主が、自らの撒いた澱みを噴き上げながら、溝の底へと沈んでいった。
崩れ落ちる花を見届けると同時に、推進を逆に噴かして急制動をかける。突撃の勢いを殺し、私は崩れた溝の縁へと降り立った。
濃度計の数値がゆっくりとだが下がっていく。ミアズマが散布を止め、粒子が霧散しているのだ。
息を整え、私はようやく、あの男のことを思い出した。
毒霧の只中へ、私自身の手で投げ落とした男。
視線を巡らせると、溝の反対側の縁に、なんともない顔をしてVは立っていた。服が煤けてはいるが怪我はなく、空になった銃の薬室を検めていた。
張りつめていたものが、不覚にも少しだけ緩む。それを悟られたくなくて、私は声を尖らせた。
「……信じられない。あの高さから落ちて……結局、着地はどうしたの」
「どうにかしたんだよ」
Vが肩をすくめる。
「こっちに向かってくる爆風でちょいと勢いを殺して、あとは──まあ、気合でな」
「気合って……」
絶句する私に比べて、Vの表情は変わらない。冗談なのか、本気なのか、区別がつかなくて困惑する──そういえば、それは最近は私自身がよく言われる言葉だった。
毒気を抜かれたのも束の間、セブンスドワーフのチャージ残量がまた底をついていることに気づく。
堪らず舌打ちを溢した。
落ち窪んだこの地形では、ジェットなしにこの戦域を抜けるのは難しい。崩れた瓦礫を足場に移動するのは危険だ。
ならば、指揮官たちの無事を信じて待つしかない。チャージが戻るまでここで小休止を取る。
幸い、ミアズマが沈んだことで辺りの脅威は薄れていた。私は崩れた縁に背を預け、銃を抱え直す。Vも、少し離れた瓦礫の上に腰を下ろした。
静けさが、かえって私の口を開かせた。
「勝手な移動、無関係な場所への狙撃、炎……あなたの行動全てが不可解極まりなかった」
「……でも、再び上空に飛びあがったその時、ようやくあなたが何をしようとしていたのかが分かったわ」
Vは答えない。空を見上げたまま、煙草でも探すように胸元へ手をやっている。
「西の──列車の残骸に隠れていた
言葉にすると異常な判断に改めて肌が粟立つ。あれだけの数を、たった一人で。無断で位置を変えたのも、私や指揮官への影響を可能な限り切るためだろう。
「なぜ、黙っていたの」
問いこそしたが、答えは既に自分の中にあった。
「……あなたを信用しない。そう私が宣言したから、でしょう」
喉の奥が、苦くなる。
「だから、あなたは──あなたも私たちを信用しなかった。話したところで無駄だ、と」
西の列車にいたのは中央政府の軍人でもニケでもない。ましてや、アーク市民ですらなかった。彼らはアウターリムの住人であり、生きるために地上を探索する者たち。即ち、アークの法に照らせば大罪人だ。
だが、
Vは、この世界に来て最初の数週間をアウターリムで暮らしたという。あの場所のことであれば、私よりも良く識っているはずだ。その事実が、私の中で奇妙な形を成して絡まっていく。
「先に謝っておくわ」
自分でも意外なほど静かな声だ。
「正直に言って、まだあなたは信用できない。……でも、あの一言がこの行動を招いたというのなら、それは私の責任よ」
Vはこちらを見ない。けれど、私を無視しているわけではない。なんとなくではあるが、聞いていることだけは分かった。
「私のことは信じなくていい。その資格はないから。でも──指揮官だけは、信じてほしいの」
「指揮官は、法を理由にして理不尽を見過ごす人じゃないわ」
マリアンの一件を思えば、それで十分だった。あの人は、二度と不条理に屈することがないように、誰の手からも護りきるために、今なお地位と実績を積み上げ続けている。
「……アウターリムの人たちだろうと、迷わず救おうとしたはずよ」
Vは答えず、ただ空を見上げていた。その視線が、長い沈黙の果てに、ようやく地へと下りてくる。
「……いい上官に、恵まれてるみたいだな。お前らが羨ましいよ」
その声に皮肉の色はなかった。むしろ、素直に羨むような響きすら混じっていた気がする。
「だが、それとこれとは別だ。俺が勝手にやったことをお前が気に病む必要なんて──」
勝手にやったこと。
その一言で、胸の奥でくすぶっていたものに火が点いた。
「──そう、勝手に、ね……」
声が、跳ね上がる。
「ええ、そうよ……あなたは勝手にやった。勝手に持ち場を捨てて、勝手に火を放って、勝手に敵を呼び寄せて、連携も何もかも投げ捨ててね!」
気づけば私は立ち上がり、Vを見下ろしていた。私や指揮官に気を遣って北側ビルまで移動したことは理解している──が、ムカつきが収まらない。抑えていた声が、腹の底から噴き出す。
「不信を招いたことは謝るわ。でも、規律を破ったことは話が別よ。そのことでどれだけ私が──!」
その時、Vが軽く私の背のセブンスドワーフを指差した。視線を落とすと、チャージ完了を告げる駆動音が静かに灯っている。
続きの言葉はもう声にならず、代わりに別の何かが胸の底へと沈んでいく。頭の芯まで上っていた熱が引いていった。
私は熱の残る声をどうにか抑え込む。
「……後で覚えておきなさい。言っておくけど、捨て台詞じゃないから」
「……分かってるって。ああ、次は投げないでくれよ。今日の分の“気合い”は、もう尽きた……」
軽口が返ってきたが、取り合う気にもなれなかった。脅威がすべて去ったわけではない。ラプチャーの群れの残りがそこかしこで蠢いている。
今は指揮官たちと合流して、この戦域を抜けるのが先決だ。
銃を握り直し、熱の引いた頭で次の一手だけを見据える。
「行くわよ。今度は私から離れないで」
────────────────
その後は特筆すべき出来事もなく、私たちは戦域を抜けて帰還を果たした。
コマンドセンターの指揮官室。任務を終えたカウンターズの面々が、思い思いに身を休めている。
最初に届いたのは、救援対象の検査結果だった。
「精密検査の結果が出たそうよ。損傷はあったけれど、命に関わるものはなし。全員無事ですって」
「ほんと? ふう、よかったぁ……」
報告を聞いたアニスが、大げさに胸を撫で下ろす。その隣で、ネオンが借り物のオーバーチュアを布で拭いながら、こともなげに口を挟んだ。
「まあ、でも……あれだけ元気に暴れてたんですから、驚きは薄いですけどね」
「うーん、一見元気そうに見えたけど、頭から結構出血してたじゃない? ……あれで無事なんだから、人間ってしぶといわ」
「あの人たち、列車側のラプチャー掃討まで手伝ってくれたんですよ。カウンターズと一緒に戦えて光栄だ〜、って叫びながら」
東を任せた二人の話には、私が案じていたほどの陰りはどこにもなかった。想像していたよりずっと、うまくやってのけたらしい。
私たちで
「……西の──アウターリムの人たちは、結局見つからなかったんでしょう」
私の問いに、室内の温度が一段下がる。
「列車の残骸およびその周辺には人の姿はどこにもなかった。逃げ延びたのかは断言できない。せめてもの救いは、遺体が見つからなかったことだけだ」
指揮官が静かに応えを返した。
あれだけのものを賭けてVが守ろうとした人々の行方は、白い霧の彼方へ溶けたままになったのだ。
ふと、視界の端にVの姿が入った。
団欒の輪から少し離れた壁際で、誰もいないはずの斜め前へ視線を据え、何事か口を動かしている。それは──独り言と呼ぶには、間の取り方も声の調子も、まるで誰かと言葉を交わしているかのようだった。
明るい声が満ちる部屋で、そこだけが、ぽつりと冷えている。
「……仮に生き延びていたところで、アイツらは今日か、明日か……いつとも知れず、ありふれた理由で死んでいく」
「それを無視したままで、救えたとは思わない。そもそも、救うつもりも、資格もない……」
口に出した言葉の意図は捉えきることはできなかった。それでも声の底に沈んだ重さだけは確かに伝わってくる。
背後の笑い声が、やけに遠い。
私はVへの問いかけを口から出してしまわないよう、そのまま唇を結ぶ。
重くなった空気を払うように、指揮官が口を開いた。
「さて。V──今回の働きについて、整理しておかなければならないな」
その視線を、指揮官はまっすぐVへ向けた。
「──あなたは三度、独断で動いた」
指揮官はそこで一度言葉を切り、それから静かに続けた。
「カウンターズは特殊別動隊だ。この件が軍規に照らして咎められることはない。だが、何をしても許されるのであれば、チームワークというものは成立しないだろう」
「その上で付け加えると、救援に向かう我々の援護を見事成し遂げたこと──更に言えば、ミアズマを討ち取った功績は大きい」
そこで言葉を切り、指揮官の視線は私へと向けられた。
「そもそも、本件で最も割を食ったのはラピだ。だから──落とし前の付け方は、ラピに任せる」
私に役目が、──罰を決める権利が回ってきた。
私はVへ向き直る。あの戦場で喉まで出かかり、呑み込んだ言葉。その続きを、どう収めたものか一瞬だけ迷った。
「V、あなたの独断行動には随分と手を焼かされたわ。だから……」
Vが身構えているのが分かった。何を言われるか覚悟しているような顔だ。だから、その顔を見て──少し、溜飲が下がった。
「罰として──全員に食事を奢りなさい」
Vはしばらく無言だったが、やがて軽く肩をすくめてみせた。
「はっ……歓迎会も俺が出したのにか?」
ぼやきながらも断る気配はない。そういう男なのだと、私もいくらか飲み込めてきていた。
気づけば、私も小さく笑い返していた。
『──失礼します。情報部より、緊急の続報です』
その緩んだ雰囲気を断ち切ったのは、回線越しに響いた硬い声だった。和らぎかけていた室内が再び引き締まる。
『ミアズマ撃破後、当該区域のエブラ粒子濃度は順調に低下。短距離通信も回復を確認しました。ですが──』
言葉をためらう、わずかな間があった。
『長距離通信及びD-WAVE感知については、依然として回復していません。そもそも──エブラ粒子だけでは、あの広域妨害の説明はつかないとのことです……』
その続きは、もう聞くまでもなかった。
D-WAVE感知妨害、ミアズマは一因ですらなく、真の元凶は今もどこかで息を潜めている。
和らいでいたはずの空気は、もう誰の顔にも残っていない。