噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
視界の隅に、緑色の文字列が走った。
システム自動診断開始。
神経系、循環器、外皮系、骨格、上肢、下肢——項目が次々にチェックされ、全てが正常を示す。
特殊な二項が遅れて表示された。サンデヴィスタン、ケレズニコフの使用制限無し。
全項目問題なし。
診断終了。
またこれか。
目を開ける前から、それが分かった。
背中の感触が硬い。我が家のベッドは、こんなに安物じゃなかったはずだ。
もう、何度繰り返しただろうか。最初の頃はショックを受けすぎてそのまま飛び起きた。あの時の、“もう一度全てを失った”ような気分は忘れられない。
今ではもう、診断ログが最後まで流れてから瞼を上げる程度の余裕がある。今回に至っては結果詳細まで脳に入ってきた。慣れというものは厄介で、こういう事にすら順応してしまう。そうなった自分に、無性に腹が立つ。
「夢での俺は、いつも装備が万全だ。羨ましいことに」
誰に聞かせるでもなく、呟きながら俺は身を起こした。胸の奥、内ポケットに感触がある。手をやって、その二つを取り出した。
一つは古びた金属製のタバコケース。打ち出された表面に、面取りされた動物の意匠が嵌め込まれている。ウサギか、リスか。その辺りだろう。下部にリボン状の帯と、三つの黒い五角錐。縁取りは丸く擦れていて、角の塗装は薄くなっている。
もう一つは、ジッポー。こちらは露骨にボロボロだ。角が一つ潰れ、表面には掠れた線が無数に走っている。蓋の開閉部だけが、何度も親指が当たってきたせいで、妙に滑らかに磨かれていた。
親指で蓋を擦り起こす。
乾いた音。そのまま閉じる。
今は使う気分じゃない。
「……こんなものまで再現したのか」
ジッポーは無造作に内ポケットに戻した。タバコケースの方は、指の腹で表面の埃を払い、それからゆっくりと収めた。エヴリンとは、付き合い自体短かった上に、ろくに親しくもなかった。
ただ、夢に手を伸ばして、届かずに堕ちていった。その一点で、忘れがたい女だ。
──いや、ナイトシティじゃ、珍しくもない話か。
診断は全て緑を吐いたが、念の為に動作確認しよう。どうせなら、この“夢の続き”を楽しんだ方が良い。遊ぶ前には準備運動が必要だろう?
手のひらを開く。閉じる。ゴリラアームの指先から拳にかけて──剥き出しの暗色の金属が鈍く光る。握り込めば内蔵された油圧が唸りをあげ、開かれたプレートの隙間から覗く筋肉質な機構には恐ろしさすら覚える。肘を曲げ、軽く肩を回す。違和感はない。
次に脚。チャージジャンプの溜め込み機構が小さく反応する。地面を軽く蹴ってみる。これも問題なしだ。
最後にケレズニコフを試す。先程しまったジッポーを取り出すと共に、真上に放り投げる。視界の流れを一瞬だけ遅らせ、腰の位置で指先キャッチ。神経の高速処理。人より選択の時間を多く持てる感覚だ。
「これで起きたら全部消えるんだから、たちが悪い」
立ち上がって、周囲を見渡した。廃墟だった。
崩れたコンクリート、剥き出しの鉄筋、割れたガラスが地面を覆っている。どれも半壊か、それ以下だ。窓の先に光はない。
ネオンの瞬きも、AVの駆動音も、クラッカーのように響く遠くの銃声もない。スモッグもない。空気は、奇妙なほど澄んでいる。更に広告板はただの板切れ──これは元からそうだったな。
空を見上げる。早朝の、薄い光。雲の流れが速い。ここは、ナイトシティではない。見れば分かる。だが、口の中で言葉にしてみないと、どこか落ち着かなかった。
「……今回は珍しく、ナイトシティじゃないんだな」
誰も答えない。
これまでの夢は、失ったはずの友人たちが変わらず隣にいて、普通に話し、酒を飲んで——目を覚ますと全部消えている。それに比べれば、今回は随分と趣向が変わっている。
「空気が澄みすぎてて、逆に不健康なんじゃないか」
言ってから、自分で少し笑った。ナイトシティの空気を恋しがる日が来るとは、思いもしなかった。
俺はもう一度、廃墟を見渡した。さて。
「今回は何と戦わされる?マックスタックか、州境警備隊か」
誰にともなく呟く。当然、返事はない。
「──ただ、その前にシナリオライターに文句を言いたい。せめてピザ屋くらい用意してくれ……ライターは俺か」
夢だってのに、毎回融通が効かない。
歩き出して、いくつ目かの路地。そこにも誰もいなかった。崩れた壁の影、半壊した建物の中、廃車のシートの上。視界に映るものは瓦礫と鉄筋と、空に流れる雲だけだった。
これは初めてだ。
これまでの経験だと、少なくとも何人かと接触していないとおかしい時間だ。話しかけてくるやつ、銃を向けてくるやつ、ただそこにいるだけのやつ。今回はその誰もが、欠けていた。
そういった静寂の中、崩れたビルの隙間に、それは置かれていた。軍用の輸送コンテナ。鋼鉄の外装、塗装は剥げかかり、側面のシリアルナンバーは潰れている。形だけ見れば、ナイトシティの埠頭でいくらでも見かけた代物だ。
それが、廃墟の路地裏に、誰の手も借りずにそこにある。
──夢ってやつはこれだから、笑えてくる。
「……こんな綺麗な場所を用意したにしちゃ、雑な設定だよな」
扉を軽く引いてみたが、鍵がかかってるようだ。
──だが、ゴリラアームの力があれば、鍵の有無は大差ない。観音開きの扉に手をかける。蝶番が、低く鳴った。
メキッ。メキメキ……。バキィッ!
少し丈夫な型紙を引き裂く程度の感覚で扉はこじ開けられた。一歩進んだ途端、何か小さなものを踏んづけた。
拾い上げる。これは──鍵だ。
コンテナの錠前と見比べてみる。
(……)
──振り返らず、ポイと背後に投げ捨てた。
もう不要なものだ。
コンテナの中へと一歩歩き出した瞬間、息が止まりかけた。コンテナの中にはもう一つ扉があった。タッチパネル式の電子錠。透明な強化アクリル越しに見える中の景色。
武器棚の並び。作業台の高さ。壁に掛かったツールラックの配置。床の合成樹脂タイルの目地まで——全部、見覚えがある。
H10メガビルディングのあの部屋。何度も友人たちを招いた部屋。何度もパーティをやった部屋。
もう、ない部屋。
俺の、旧自室についていたあの武器庫だ。
前言撤回だ。
「……手が込んでるじゃないか」
思ったよりも低い声が漏れる。
しかし、電子錠のパスワードなどもうとっくに忘れてしまっている。入るためには壊すしかないか、と透明な扉へと手を伸ばした。
不意に、液晶に指を近づける。
指は驚く程慣れた手付きで、リズムでも刻むようにパスワードを打ち込む。
──解錠音と共に『OPEN』の文字が表示された。
(……身体の方はまだ、覚えてたか)
感傷を、ひとつ呑み込む。今、思い出すべき類の話ではない。俺は中に踏み込んだ。
適当に3つ程持っていこう。
まず一丁目。M221サラトガ。「
マガジンを抜く。装填済み。スペアを四本、腰のホルスターに収める。
二丁目。「G-58ディアン」。スマートSMG。
短く息を吐いた。スマート武器は趣味じゃない。大雑把に照準を構えてトリガーを引くだけ。狙う必要のない射撃なんて、撃っている気がしない。
それに──
前腕の内側を眺める。タイガークロウズの皮膚インプラントだ。スマートリンク用の回路がこれだけで通る。刺青の技術を活用する発想自体は、感心する。問題なのは、そのデザインだ。
正面を向いた虎の頭。その上にサムライヘルメットを被った髑髏。「
だが、スマート武器の撹乱性能は悪くない。遮蔽戦でも効果を発揮するだろう。便利なものは便利だ。肩のスリングに通す。
最後だ。
眉を顰めながら手に取って、そのまま固まってしまった。
スマート
これは間違いなく、ズオだ。シルエットから銃身の太さ、弾倉構造まで。ズオは、スマート武器の追尾性と散弾の火力で効率的に面で制圧する
マガジンを落とし、装填弾を一発引き抜く。
──重い。これは散弾じゃない。炸裂弾だ。
射出機構も同時にすべてを放つ機構に組み直されている。散弾を炸裂弾に置き換えた、全弾同時発射の化け物火力。見た目はズオそっくりだが、これはズオじゃない。別物だ。
……これは、過剰火力だ。
こんなものいつ使う?巨大怪獣か、異星人の侵略か、墓場から這い出した死人の群れを相手にする時か。市街地でこんなものをぶっ放したら、
だが——“夢の中”なら、話は別だ。
「……いい玩具を手に入れたな」
これもベルトに通して、ふと、奥の棚に目をやった。その一角は、空いていた。
マロリアン・アームズ3516が置かれていた場所だ。ジョニーの──銀腕の男が、最後まで握っていた銃。
俺の武器庫から、あの一丁だけが、抜け落ちている。息を吸って、吐いた。
ほっとした。それから、寂しさが遅れてやってきた。二つの感情は同じ場所に住み着いて、しばらく出ていかない。
「……いないなら、いないでいい」
声に出ていたかも定かじゃないが、そう呟いた。
装備の最終確認に入る。
サラトガのセレクターレバーを倒す。
トリガーが通らない。
こんな場所でまで整備不良と戦わされるのか——と思いきや、セーフティとフルオートの位置が記憶と真逆だった。
「……暴発したらどうすんだ」
まあいい、覚え直せばいい話だ。
記憶との相違という違和感を棚に上げて、俺は装備を締めた。ベルトを締め直し、ホルスターの位置を確認する。
準備は整った。
完全に閉じなくなってしまったコンテナの観音扉に手をかけ、もう一度だけ、中を見渡した。
考えても答えは出ない。夢の中に答えはない。
扉を閉めた。
ひしゃげた鋼鉄の擦れる音が低く鳴った。
そこに別の音が混じる。
遠く、何かが崩れる音。建材か、車か。判別はつかない。続けて低く長い獣の鳴き声のようなもの。いや、獣ではない。サイレンでもない。聞いたことのない種類の音だった。
俺は顔を上げた。
「……どうやら今回の相手は、巨大怪獣か異星人らしい」
音の方角は、はっきりしていた。瓦礫の山を一つ越え、剥がれて盛り上がったアスファルトの上を踏み、崩壊したビルの角を曲がる。
視界が開けた先──見つけた。
通りの中央、五十メートルほど先。
シルエットの印象は、ただの機械だった。
ミリテクの大型ドローン——郊外哨戒用の長距離型、あるいは軍用の
そう見えたが、ズームした今の意見は全く違う。
全体は黒灰色の装甲で覆われている。だが、その装甲の継ぎ目から、別の質感のものが覗いている。骨のような突起、筋肉にも見える赤い繊維状のような何か。
頭部らしき位置には、単眼が一つ。
赤く発光している、ギョロついた目玉。
生物的な見た目の脚を大量に蠢かせている。
──関節の数が多い。一本の脚に四つ以上。歩行用にしては節が過剰だ。動く時、関節が同時に折れたり伸びたりするのではなく、一本の脚の中で順送りに連動する。芋虫の蠕動を、装甲で覆ったような動き。
キロシの機能で製造元を絞り込もうとした。
こんなグロテスクな機械、何処が創り出した──アラサカか、ミリテクか。俺の深層心理がどれだけ歪んでいれば、こんな姿で生まれるのか。好奇心には抗えない。
オプティクスが、ターゲットの輪郭をなぞる。生体反応の有無を分析する。
生体反応──条件付き検出。詳細分析、エラー。
再挑戦。
同じ結果。
「……全く、造り込みが浅いな」
期待したものが見られず、気分が冷める。
返ってきた情報は、要するに「分からない」だ。完全な機械ではない。だが、生物ともはっきり言えない。この場所ならではの曖昧な存在と言えばそれまでだが、──つまらない。
俺はその場で動かず、もう少し観察した。
両脇にあるのは、短い砲身か噴射口か。位置と角度から、前方への射撃が可能と判断する。実弾か、エネルギー系か不明。射程も不明。
(……あの筒先には立たない方が良いな)
大きさは——ミリテク製ドローンの中型と大型の中間。乗用車ほどではないが、人間の倍くらいはある。
単眼の赤い光が、ゆっくりとこちらに向いた。
此方に気づいている。
先程遠方から聞こえた、サイレンと獣の咆哮が混ざった音が響く。
銃のグリップを握り込む。
「……やっぱ、デザインがキモいな」
ミリテクの工業デザイナーなら、もっとまともな仕事をする。よほど美的感覚が壊れている人格破綻者でなければ、こんな怪物、生み出されもしない筈だ。
「どうなってんだ、俺の想像力……」
アイツが、こちらに向けてゆっくりと動き出した。芋虫の蠕動に似た挙動で地面を蹴り付ける。徐々に加速し、砂利が散らばる。
俺は短く息を吸って、吐いた。
「——まあいい。夢の中でぐらい、鬱憤晴らすか」
あんな物に
──何より、俺には「
キロシがターゲットの中央——単眼の赤い光を捕捉する。推測通りあれが弱点か。
深呼吸。
引き金を絞った──途端に腕へと訪れる、秒間約二十五発の反動。
弾はターゲットへと一直線に向かう。
単眼の発光体に弾がぶつかり、呆気なく弾かれる。
──が、気色の悪い目玉が瞬く間もなく、次の弾丸がぶつかる。弾かれ、痕が刻まれる。それが終わればまた次の弾丸が、そして次の弾丸が。
やがてVの目前で赤い発光体が破裂し、光が消える。装甲の継ぎ目からは、粘つくタール状の黒い液体が噴き出された。
時間にして1.3秒。目玉をギョロつかせる間もないほど一瞬で終わった。
手応えは、“いつも”よりも軽い。
崩れた個体の脇に、黒い液体が広がっていく。
血にも見える。だが、色が黒すぎる。粘性も重すぎる。悪夢の化け物が、人間と同じ血を流す必要はない。ただ、それだけの話だ。
銃声に寄ってきたのか、崩れたビルの奥から別の影が近づいてくる。それも一体二体では済みそうにない気配だ。
淀みない動きでマガジンを新しいものに取り替えた。ボルトを引き、サラトガのチャンバーを開けて、動作確認を行う。
問題ない、思った通りに動く。
「——いいぞ。来い、来い」
「何匹でも撃ち抜いてやる」
五つ、六つ──そこで数を数えるのはやめた。減らしてからの方が数え易い。
形は、先程の個体に似ている。ただ、二回りほど小型で装甲の色が薄い。白に近い灰色だ。そして、短い四肢で地面を擦るように移動する。前のが芋虫なら、こっちは団子虫か。
「——ウジャウジャ湧いて出たな」
だが、数だけだ。それに動きも鈍い。
一番先頭の『団子虫』を狙い、引き金を絞る。約0.4秒後に赤い眼が爆ぜる。『芋虫』よりも柔らかい。あとに続く奴らも、同じ動きで芸がない。
……目覚めたら、何か飲むか。センツォンの一本くらい、夢の中で出してくれてもいいだろうに。
出てこないだろうな。与えられるのは武器ばかりで、肝心なものはいつも寄越さない。
コイツらも学習してきたのか、今度は錐形ではなく、五体が横に並んで突撃してきた。
「はっ、今からがステージLEVEL2ってことか……」
ケレズニコフを叩き起こす。瞬くより早く目が冴え渡り、頭の奥が、痺れるように満たされていく。世界が粘つき、五体の突撃が止まった──だが、そう感じるのは俺だけだ。
左から順に撃ち抜く。
戦闘が始まってから、もう何体片付けただろうか。それでも俺は、一歩たりとも動いていない。
「おーい、なあ!頼むからせめて近づいてくれないか!」
「……これじゃあ、射撃ゲームと変わらないだろうが」
次を撃とうとしたその時、「
弾数なんて、数える気にもならなかった。だが、これはちょうどいいハンデだ。
「どうした?今がチャンスだぞ、近づいてこい」
煽られて怒ったわけじゃないだろうが、残りの個体が同時に詰めてきた。だが今なら数えるのもそこまで苦じゃない。
前方に5、左右に3ずつ。さっきからキロシが警告を出していた後方からも5。
完全に囲まれた訳だ。
あっという間に『団子虫』の爪が、目前にまで、迫って、来ると、いう、所、で、──
──時が再び、引き伸ばされる。
ケレズニコフではない。それよりも遥かに長く、薄く。舞い上がった砂塵がフィルム送りの様に形を変え、宙に静止する。
ゆっくりと迫る灰色の装甲に、薄らと俺の顔が映る。
(マシな表情になってきたじゃねえか、V……)
止まった世界で、動けるのは俺だけだ。
いつもそうだった。──置いていかれる時も、置いていく時も。
不公平で、一方的な関係。
——甘い夢ってのは、そういうもんだろ。
先ほどから余熱を入れておいたチャージジャンプが弾ける。
地を蹴る。ビル二階分を一息に駆け上がり、空中で半回転。その合間に、サラトガのマガジンを叩き込む。装填と同時、マイクロ発電機が初弾へ電流を注ぎ込んだ。
動きは何一つ鈍らない。鈍るのは、周りだけだ。静止した砂塵の粒が、緩慢に流れていく。
狙うのは群れの中央。俺が先ほどまで立っていた場所へ向け、引き金を引いた。
銃口を離れた弾丸は、緩慢な時の中、歩くように飛んでいく。後に続く青白い尾だけが、じれったそうに跳ね回る。
──そこで、世界を解き放つ。
止まっていた全てが、堰を切って本来の速度を取り戻す。緩慢に漂っていた砂塵が弾け飛び、見送ったばかりの弾丸が、群れの只中へ叩き込まれる。
閃光と爆発。
蒼い電撃が周辺の個体に連鎖する。装甲の継ぎ目から蒼白色の光が走り、複数体が同時に崩れ落ちる。
長く感じた浮遊感が覚め、重力が俺を引きずり下ろそうとしてくる。
ゴリラアームの拳を振りかぶり──落下の勢いそのままに、残った一体の
崩れた個体から、甲高い音が漏れる。
悲鳴のように聞こえなくもない。
心拍数が上がる。シナプスが灼ける高揚感が、身体を巡っていく。
先ほどまでの退屈は、もう何処にもなかった。
その時、地面が震えた。
深く、低く、まだ見えもしない何かが、これほどの圧を放っている。
キロシの望遠が、遠方のビル群が粉々に砕けるのを捉えた。
轟音。
だが、それは崩落の音なんかじゃない。
——あの音だ。
コンテナを出た時に聞いた、あの音。今度は、空気を此方に
崩れたビルから舞い上がった粉塵が、薄らと影を映す。
──巨大な影。
生き残ったビルではない。
八メートルはある、歪なシルエット。
その輪郭は粉塵に遮られて、はっきりとは見えない。ただ、『芋虫』や『団子虫』風情とは格が違うことは明らかだった。ぞくり、と背筋が粟立つ。久しく忘れていた感覚だ。
「——異星人のボスがお出ましか。どうせお前もブサイクなんだろ!」
言った瞬間、腹の底から何かがせり上がってきた。
笑いだ。
堪える理由もない。肩が揺れ、喉が鳴り、やがて声になって溢れ出す。これだ。これを待っていた。撃ち応えのある、怪物を。
心拍が跳ね、全身の神経が、ギリギリと張り詰めていく。ああ、気分がいい。
俺は笑った。止めようとしても、止まらなかった。
──笑い終えた後も、口角は上がったままだった。