噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
日常 / Eat It
端末の電源を落として、席を立つ。
プロメテック、サイバーウェア、D-WAVE検知阻害区域──それらの名前だけが宙に浮いて、繋げる糸がどこにも見当たらない。こういう時は、とにかく一度その場を離れるに限る。情報屋を当たるか、いっそアウターリムまで足を伸ばすか。まるで迷宮に入ってから“アリアドネー”を探す気分だ。
拠点の通路を抜け、エレベーターホールへと。
(どうせ、今回
昇降盤の前に立って、ボタンに指を伸ばす。
「
間延びした声が、すぐ横から降ってきた。
「指揮官様にも内緒で、またこそこそとお出かけ?」
アニス──いつの間に距離を詰めていたのか、肩越しに昇降盤を覗き込む格好で、にやついた顔をこちらに向けている。雑談を装ってはいるが、逃がす気はないようだ。
「散歩だよ。健康的だろ」
「ふーん。じゃあ、腰の武器は散歩のお供?」
腰のあたりに視線を走らせたアニスに、俺は肩をすくめる。臨時の肩書きのおかげで、この
「ああ、主婦だって買い物するのに四十五口径を持ち歩くんだ……ナイトシティじゃあな」
そのとき、横合いから伸びた手が昇降盤に触れた。ネオンがエレベーターのボタンを、ご丁寧に押し込んでくれている。
「V、押し忘れですか? 代わりに押しておきましたよ!」
一片の悪意もない満面の笑顔。だが、これで引き返して部屋で寝るという選択肢もなくなった。
通路の奥から、もう一つの足音。
歩調に乱れはなく、まっすぐこちらへ来る。アニスの軽口ともネオンのじゃれつきとも違う、用事を運んでくる人間の歩き方。
「ちょうどいいところに居たわね」
俺の退路──というほど大層なものでもないが、残っていた半歩ぶんの逃げ道を、ラピは立ち位置ひとつで塞いでくる。
「全員に奢るって話、まだ済んでないでしょう」
「……あー、指揮官は? どうせなら一回で片付けたいんだが」
わざわざ聞いたのは、半分は話を逸らすためだった。
「指揮官は来られないわ。ゲートキーパー絡みで、片付けないといけない仕事があるって」
諦めて軽く息を吐く。こうなってしまえば、当て所なく動き回るよりはマシな気もする。
「……お前らと飯に行くと、どうにも俺の財布だけがダイエットに成功するんだよな」
「そう言って、すぐリバウンドするじゃない」
アニスが、これ以上ないほど軽い調子で言い切った。
(流石はカウンターズ、タカリの腕もお見事だ)
────────────────
連れてこられたのは、拠点から数区画離れた一角にある小さなダイナーだった。
色褪せた看板も、油で曇った窓もない。磨かれたガラス越しに、白い照明と整然と並んだ席が見える。アークではこれが当たり前なのだろうが、安価な飯を出す店までこうも綺麗に整っていると、かえって落ち着かない。俺の知っている「ダイナー」は、もっと油と煙草と諦めの匂いがするものだった。
(おい、ここも禁煙じゃねえか! どうなってんだこの街は!)
扉をくぐると、焼けたピザ生地の匂いが出迎えてくれる。この匂いだけは、世界が変わっても裏切ることはない。
そのまま、四人がけの席に通された。
卓も床もひび割れておらず、安食堂のくせに病院めいた清潔さだった。
アニスは早々に椅子の背に体重を預け、ネオンはキョロキョロ店内を見回し、ラピは姿勢を正したまま品書きに目を落としている。俺はといえば、メニューのある一点に視線が吸い寄せられていた。
ピザ。
生地の種類が三つ、焼きの指定が二通り、トッピングは別添でいくつか組み合わせて選べる。注文方式は無難だが、こういうダイナーにしてはなかなか悪くない。
「……この場合は薄焼き一択だな。具を盛るなら生地は厚すぎない方がいい。厚いと満足感自体は増すが、粉の味で口がふさがって、肝心のトッピングが死ぬ。焼きは外側だけ焦がす強火短時間、中はあくまでふっくら柔らかく──」
「……ねえ」
アニスが片手を上げて、俺の言葉を遮った。
「……そんなに喋ったところ、初めて見たかも」
言われて初めて、自分が喋りすぎていたことに気がついた。仕事の指示でもここまで言葉を継がないというのに、ピザとなると勝手が違う。
「……俺にも譲れない領分があるってだけだ」
「ふぅん。で、その譲れないVは何を頼むの?」
俺はメニューを置いた。この手の質問に、考える時間は要らない。
「決まってる。オーソドックスに、イナゴペパロニだ」
アニスの片眉が、ゆっくりと持ち上がる。周囲を見回していたネオンの視線は俺の顔に定まり、ラピは品書きから顔を上げて、三人揃って俺を見ていた。
「……V。今、なんて? イ……?」
「イナゴペパロニ。歯ごたえと、香ばしさがいい。定番だろ?」
「……イナゴ? 虫を……乗せるの? ピザに?」
「そうだが──まさか、ないのか? ここにも……?! トーフツナは?
メニューを上から下まで見直す。だが、何度たどっても馴染みのあるトッピングは影も形もない。アウターリムで見つからないのは物資不足のせいだと思っていたが──ここまでの断層的文化差異を感じたのは、この世界に来てこれが初めてだ。
「……スノーホワイト」
ラピは視線を外し、どこでもない一点を見ている。
「彼女なら、あなたと食の好みが合うと思うわ。多分ね……」
先程までこちらを覗いていたネオンが、顎に手を当てて考えている。
「ん〜、食べたら意外と美味しいんじゃないですか? ペパロニならピリ辛で、カリカリでしょうし」
「ああ、キューバリブレとよく合うんだ」
ネオンが共感したように笑い、アニスは俺たちの正気を疑いながら額を押さえている。そのまま、場の空気を仕切り直すように、アニスがメニューを指差した。
「Vの好みはわかったけど、ここには置いてないから……こっちのやつから選びなさいよ。ほら、このスモーク
「……いや、これは無理だ」
「は? なんで? ……チキンアレルギーだったり?」
取り繕おうとしても、表情を殺しきれない。三人とも、俺の何がそこまで引っかかるのか見当もつかないらしい。
「鶏は食わない。これは……食い物じゃない」
「えっ……ただの鶏肉ですよ?」
「ナイトシティじゃ、鳥獣類は全部駆除されてるんだ。おかげで空には
空飛ぶネズミの仲間に対し、食欲がそそられる訳もない。たとえパーフェクトによる代替品だろうと、それは変わらない。
「今さら皿に乗ったところで、口に運ぶ気にはならないな……」
イナゴペパロニは駄目で、鶏は平気。ましてやわざわざチキンを再現して食うなんて、アークの連中はどこかおかしい。
「ふーん、もったいないわね。す〜っごく美味しいのに」
くすくすとアニスが悪戯っぽく笑っている。イナゴでおどかされた仕返しのつもりだろう。
「V、本当に美味しいんですよ。ひと口だけでも試しに──」
「遠慮しておく。命が惜しい」
大げさだ、と更に大きくアニスが笑った。
ひとしきり笑いが収まったあと、俺はもう一度、品書きのトッピング欄に目を落とす。
「……とはいえ、AAがないのはさすがに惜しいな」
「それ、さっきも言ってましたよね?」
「アーティチョーク&アボカド。どうせ本物の野菜なんざ使っちゃいないが──」
また口が回り始めそうになったのを、口をつぐんで抑え込む。
「……まあ、ここにはないんだから、関係ない話だな」
肩をすくめてみせると、アニスが呆れ半分に笑った。
「あなた、今日だけで一週間分ぐらい話したんじゃない?」
「お陰で喉が渇いた……俺は酒も頼むからな」
────────────────
それぞれが、思い思いに注文を済ませた。
俺はビールに加え、ピザの方はチーズを限界まで重ねることにした。具で攻められないなら、チーズの厚みで攻めるしかない。ふざけた迷惑客だと思われたのか、店員に微妙な顔をされてしまったが。
アニスはパティを何重にも挟んだバーガーにフライドポテトの盛り合わせを添え、ラピは栄養を計算し尽くした定食を黙々と選ぶ。どっちが元アイドルなのかわかりゃしないが、そんなことより問題はネオンだった。
「これにします!
品書きで一際赤く記された一品を、迷いもなく指差している。爆弾と火に包まれたイラスト、警告文。どう考えたって素面で頼む代物じゃない。
「せっかく奢ってやるんだから、名前でじゃなくて、美味そうなやつを頼めよ……」
「平気ですよ。私、辛いの得意ですから!」
根拠のない自信だけが、やけに眩しい。そして料理が来て、ネオンが意気揚々と一口すすった数秒後。
「…………ふぁ」
フォークを握ったまま、顔が真っ赤に染まり、目尻に涙が盛り上がっていく。それでも手を止めないあたりが質が悪い。
「はぁ……ネオン〜、無理しないの。水、水」
アニスがグラスを押しやる。ネオンは首を振り、潤んだ目で宙を見据えたまま譲らない。
「これ……すごく、かりょく、て……!」
「はいはい、火力火力……もうわかったから」
「ちがう……んれす。かりょく、じゃ、なくて……から、く、て……かりょく……から……」
火力と、辛さ。舌の上で溶け合って聞き分けがつかなくなっている。
「……誰かこいつから麺を取り上げろよ」
アニスが堪えきれずに噴き出し、ラピまで口元を隠した。
水を呷って、ネオンがどうにか人心地ついた頃。赤い目のまま、思い出したように口を開いた。
「そういえばV。借りてたリボルバーですが、すっかり手に馴染んできました」
先の任務で、半ば押しつける形で預けたきりになっていたオーバーチュアのことだ。
「反動は暴れ馬みたいですけど、撃ったときの手応えがたまらなくて。毎晩磨いてるんですよ?」
火力ヌードルの一件のあとでは、いまいち信用ならない。
「……でも、そろそろ返した方がいいですよね?」
俯き、声が小さくなる。
「いや、いい」
「えっ」
「毎晩磨いてくれる物好きが持ってた方が、銃も本望だろ」
そもそも、コンテナにあっただけで正確には俺のものでもない。だがネオンには、ずいぶんと馴染んだようだった。
「ありがとうございます、V! 大事にしますね!」
何度も礼を言ったかと思えば、ネオンは懲りずに火力ヌードルを啜り──案の定、ひと口で再び悶絶している。学習しないやつだ。
────────────────
気づけば、皿は綺麗に空になっていた。
チーズの一片も、焦げた縁の最後のひとかけらも残さず皿を平らげる。賑やかな卓の上で、俺の前だけが、やけにさっぱりと片付いた。
やはりピザと酒に関しては故郷の味が懐かしく思える。食えるだけマシだとは思うが。
「Vって、食べ方きれいよね……こう、イメージと違って、っていうか」
アニスが、フライドポテトを一本くわえたまま言った。揚げ物の油で指先が光っている。
「……育ちがいいもんでな。アラサカ──アークでいう三大企業に勤めてたこともある」
へえ、と意外そうな声を上げたのはアニスだった。
「え〜、会社員だったってこと?」
箸を止めたラピが、こちらの手元から顔へと視線を移す。頭の中で何かと照らし合わせて考えているようだった。
「……それこそ、想像がつかないわ。警備課にでもいたの?」
俺はビールを呷って、半分だけ頷いてみせる。
「まあ、似たような所だ」
実際に籍を置いていたのは防諜部──他社の秘密を嗅ぎ回り、社内の裏切り者を消すのが仕事だった。コーポにおける
「V……? どうかした?」
アニスが笑うのをやめてこちらを覗いている。
気づくのが遅れた。昔を思い出す瞬間だけは、周囲の笑い声が遠くなる。
「ああいや、……なんでもない。ピザの味に驚いただけだ。思ったよりイける」
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会計を済ませて店を出ると、外の空気は相変わらず人工的な清潔さで均されていた。背後で扉が閉まり、店内の喧騒が遠ざかる。
チーズの味も、生地の質感も、ナイトシティのものよりずっと上等だったが、やはりどこか物足りない。故郷の味はここにはない。
「また今度、指揮官にも奢ってやらないとな」
口をついて出てから、自分でも少し意外だった。来られなかった人間のことを、わざわざ勘定に入れている。
数歩先では、アニスがまだ水を欲しがるネオンをからかいながら歩いている。その賑やかさを背に、隣のラピが、前を向いたまま言った。
「毒気が抜けたようね。初対面で私たちを脅して、そのまま入隊してきた時とは大違いよ」
「……はっ、結局そん時も俺が奢っただろ」
ラピは答えなかったが、その横顔が、わずかに緩んだのはわかった。
別に俺は何も変わっちゃいない。
とはいえ、気分転換にはなった。
サイドジョブは本編に入れるほどではないもの、時系列や状況を無視したもの、書きたいものをねじ込むための章です。