噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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SIDE JOBS
13.影に潜む悪魔 / Way Down in the Hole


 

 前哨基地のコマンドセンター。指揮官室から廊下を数分の自室で、手首のソケットから端子を引き出し、卓上の端末差込口へと挿し込む。よりにもよってこの場所が、いちばん安定した回線を引けるのだから笑える。

 

(鬼の居ぬ間に……って言葉は知ってるか? こんな場所で堂々とコトに励む、そのガキみてえな度胸は認めてやるよ)

 

 どのみち、ここの奴らに俺の痕跡を追える腕があるとも思えない。

 

 無意識に上着のポケットへ手が伸び、指先が硬い金属を探り当てる。一本の鎖に通された、三人分の部隊章メダルと認識票。提げて歩けば嫌でも人目を引くということもあって、今はポケットの底に眠らせている。

 

 ジェリーが残した情報は、この世界へ流れ込んだ故郷の技術の背後に、ある組織が控えていることを示していた。その流通を遡っていけば、いずれは大本へと行き着くはずだ。

 

 パーソナルリンクを挿してから数秒もしないうちに、意識が回線の奥へと滑り落ちていく。

 

 故郷のネットが広告と瓦礫が撒き散らされた裏道だとすれば、ここのは隅々まで掃き清められた街路だ。

 

 その清潔な表層を抜け、裏側へ回り込む。

 複雑なプロトコルを踏む必要もなく、その場所へは容易く踏み入れることができた。

 

 ブラックネット──誰かしらから奪った認識チップに薬物(ドラッグ)、ラプチャーのコアといった、表では流せない品を捌く闇市。整然としたネット環境はこの場所でも例外はなく、仕切られた()個室が奥へ奥へと一直線に連なっていた。売手と買手が一対一でやり取りを行う形式ではあるが、セキュリティ自体は大して強固でもない。

 

 順に覗いて回るが──肝心のサイバーウェアはどこにも見当たらない。

 

 正確には、義手や義眼の類はあった。だが、性能的に見ても何世代も前のガラクタばかりだ。シャルや、バッドドリームの男のようなナイトシティで見られる物は一つとしてない。

 

(おいおい、二〇二〇年でもこれよりはマシなもんが転がってたぜ)

 

 ここまでで収穫はない。なら、もう一段深い層──限られた顧客に向けられた、奥の区画を漁る。

 

 そういう場所ともなれば、数段壁は分厚い。一見何もない所に隠された入口に、パスワード認証が幾つも立ち塞がる。こういう時だけはサイバーデッキがあればと思うが、ないものねだりだ。

 

 最低限の検知のみを避けながら、一枚、また一枚と認証を力ずくでこじ開けていく。その先に、目当てのものがあった。

 

 見覚えのある薬物(ドラッグ)がごく少量のみ、法外な値で並んでいる。データを開き、サンプルの分子構造を視界へ引き出す。黒い編みレースを思わせる、複雑で隙のない組成。故郷で出回っていたものと寸分違わぬ代物だ。

 

 だが、それ以外の結果は他と同じだった。薬物ばかりが並ぶ一方、サイバーウェアの類はやはり一つも流れていない。

 

(……どうやら薬と違って、クロームは非売品らしいな)

 

 取引データの残骸を拾い集め、決済情報と受け渡しの指定座標を繋いでいく。そうして辿った流れは一点に収束していった。

 

 リンクを引き抜く。意識が現実へと引き戻されたちょうどその時、手元の端末が短く震える。

 

『少し顔を貸して』

『積もる話もあるでしょ』

 

 ロザンナだ。久しぶりに連絡が来たかと思えば、挨拶も何もかもを省略してこれか。

 

────────────────

 

 指定の刻限に合わせて、前哨基地の片隅にある小さなバーへ足を運んだ。借り受けた鍵を使って、営業時間外の札が下がった扉を開き、最小限の光を灯す。

 

 カウンターの内側に回り、適当なビールを幾つか冷蔵庫に放り込んで暫く経ったところで、扉の開く音がした──ロザンナだ。

 

「ビールでいいか? 好きに飲んでいいように前払いは済んじゃいるが、グラスを拭いたり氷を削るのは面倒だ」

 

 封を切ったビール瓶を目の前に置くと、ロザンナはそれに目配せした後、店の中を見回し、それから俺へと視線を向けた。

 

「……営業時間外に前哨基地の店を貸し切ってバーテンダーごっこ? ただの居候にできることとも思えないけど」

 

 探るような声。片眉を上げて余裕を見せつける。

 

「これぐらいは朝飯前だ。なんてったって、俺もカウンターズの一員だからな──臨時の、だが」

 

 ロザンナの視線が再び、ほんの一瞬だけ俺から逸れた。しかし、今度は店内を見回しているわけではなかった。

 

「……はぁ?」

 

 抑え切れなかった驚きを、一息で吐き出す。指揮官が俺を拾うことまでは織り込み済みだったのだろうが、ここまでの展開は完全に想定外だったと窺える。

 

「まあ、成り行きでな……大した話じゃない。それで、何の用だ。直接顔を合わせるからには、相応の目的があるんだろう」

 

 俺はグラスも使わず瓶に口をつけた。

 

「あんたならそれぐらい察してそうなものだけど、言わせる気? ……まあいいわ」

 

 ロザンナはビール瓶の首を指で弄びながら、軽く息を吐いた。

 

「例の薬、覚えてるでしょ。あの機械まみれの裏切り者……その死体が持ってた奴」

 

 忘れるはずもない。『ブラック・レース』──この世界に流れ込んだ、故郷の品だ。

 

「あの時を境に、あの薬の流れが根こそぎ消えたの。まるで、誰かが蛇口を締めたみたいにね」

 

 それは即ち、流通元がより深い場所へと潜ったことを意味した。ロザンナが深い溜息の後、一口だけビールを飲み込む。

 

「あんた……あの時は惚けてたけど、ずっと隠してることがあるでしょ。それを聞きにきたのよ」

 

 見透かされている、というよりは泳がせておいた魚を獲りにきたか。それはむしろ好都合だ。

 

「……口で説明するより早い。こいつを受け取れ」

 

 先刻吸い上げたデータの一部をロザンナの端末へ送信する。現実の闇市から消えた薬が、ネットの底の底──鍵付き個室で、今もなお法外な値で捌かれている。その取引の記録だ。

 

 ロザンナの目が、画面の上を滑っていく。やがて、その眉が小さく跳ねた。

 

「……よくもまあ、こんなに深く潜り込めたものね。中央政府情報局(プロトコール)の手でも借りたの?」

 

「はっ……企業秘密(Trade Secret)だ」

 

 わずかな悔しさを滲ませつつも、ロザンナは俺の手土産をお気に召したらしい。

 

 ロザンナはビールをもう一口含んでから、瓶をテーブルに置いた。

 

「それで? まさか、タダでくれるんじゃないでしょう。慈善家には見えないし」

 

「察しが早くて助かる」

 

 要求内容は、連絡を受けた時から決まっていた。

 

「データを辿って掴んだものを、俺にも共有してくれ。あのドラッグの流れと、首を刈られた死体の一件──元を辿れば、同じ流れに行き着くはずだ」

 

「データ一つでずいぶんと欲張りね。実質二つ以上要求してるじゃない」

 

 ロザンナは何か言いたげに口を開きかけ──結局、軽く首を振っただけだった。

 

「……いいわ。元々、あたしも追ってた筋だし」

 

 シンプルな利害の一致。それで取引は成った。

 

 ロザンナは立ち上がった。来た時と同じく、ほとんど足音のない身のこなしで扉へ向かう。その手が把手にかかったところで、ふと振り返った。

 

「じゃあね。──異世界からの、傭兵さん」

 

 扉が閉まる音だけが薄暗い部屋に響く。俺は溜息を一つ落として、瓶に残ったビールを呷った。

 

 端末を取り出し、BlaBlaの画面を開く。

 

『軽く一杯付き合ってくれ』

()りの件以外に』

『話もある』

 

 マメなのか、丁度休憩中だったのかはしらないが、多忙という割にはアイツからの返事はすぐに来た。

 

────────────────

 

 自室に通すなり、指揮官は物珍しげに室内を見回した。貸し出してそう時間は経ってないというのに、そこら中が武器まみれになっていればそうなるのも無理はない。

 

「言っとくが、武器類は申請済みだぞ。前哨基地の武器庫へと送る前に一時的に保管しているだけだ」

 

「ああ、わかっている……問題ない」

 

 俺はすでに卓へ用意していたボトルの栓を抜く。澄んだ酒が、二つのグラスへ静かに満ちていく。

 

「……まるで水のようだ。ウォッカか?」

 

「テキーラだ。まあ、まずは飲んでみろ」

 

 指揮官は半信半疑の体でグラスをわずかに傾け、目を見張った。

 

「ん──テキーラというと、もっと荒っぽいものかと思っていたが……これは、ずいぶん飲みやすい」

 

「だろうな。『黄金の箱舟(Arca de Oro)』のアネホ・クリスタリーノ。アークでは珍しい、実際に樽で寝かせたものだ」

 

 そして、クリスタリーノ──樽の成分で染まるはずの熟成酒を、わざわざ手間をかけて無色に戻している。作られた透明さが、グラスの中で涼しく透き通っている。

 

「『黄金』なんかどこにもない、なら『箱舟』だって──狙ってやってるなら、製造者はとんでもない皮肉屋だと思わないか?」

 

 俺の言葉に対し、指揮官は得心がいったような、いかないような顔でグラスを置いた。

 

「それで、話というのは」

 

「そう焦るな。まずはゆっくり楽しめよ。バーで頼んだら一杯十万クレジットはくだらない酒だぞ」

 

 俺はグラスを軽く掲げてみせる。

 

「じ……っ、十……!?」

 

 指揮官の手が宙で固まった。今しがた口をつけた一杯の価値を、改めて舌の上で計算し直しているらしい。

 

「気にするな。──まあ、カウンターズの連中が聞いたら値段の格差に文句をつけられるかもな」

 

「……これは、秘密にしておいた方が良さそうだな」

 

「ああ、お互いにな」

 

 息を吐くように表情を緩めた指揮官が、グラスを持ち直した。俺もそれに応じて、軽く触れ合わせる。

 

「……この会に」

 

 澄んだ音が、武器の積まれた部屋に短く響いて消えた。一口含み、互いに間を置く。ささやかな儀式のようなものだ。

 

「そういえば、この前はカウンターズと食事に行ったのだったな。親睦は深まったか? ……特に、ラピとは」

 

「そうだな……悪くない会だった。食文化の違いやら、色々ギャップもあったがな」

 

 指揮官へと言葉を返す傍ら、頭の中では別の思考が結ばれていくのを感じていた。雑談に興じつつも、心は別の場所に沈み込んでいく。

 

(ブラックネット──あの深層ですら、サイバーウェアは一つも流れてなかった。つまり外には出回らせたくないってことだ)

 

 そしてもう一つ。深層で見つけたドラッグの受け渡しは全て、アウターリム東部でのみ行われていた。

 

(……何もかも偶然か? 異世界のドラッグをたまたま見つけて、適当に売り捌いてる奴らの動き方じゃねえ)

 

 その時、頭の中で組み立てていたものが描き上がった。全てが、ジェリーが追っていた影に繋がる。

 

「──結局、火力ヌードルはネオンが一人で食べ切った。あの根性については、正直驚嘆に値する」

 

「……どうりで、あの日のネオンが静かだったわけだ」

 

 頃合いを見て、俺はグラスを卓に戻した。

 

「──ところで、異世界人の噂が一部で出回ってるようなんだが、何か心当たりはないか? そう、たとえば……マフィアの女王様あたりにな」

 

 指揮官の眉が、ほんのわずかに動いた。

 

「……彼女とは、仕事で関わることが幾度かあってな。貴方の話が出たのも、その流れだ」

 

 悪びれもせず、グラスを軽く回して表面の揺らぎに目を落とす。

 

「別にアンタを責める気はないが、結構な機密情報だろ。そんなもの流して大丈夫なのか? 危機管理が足りてないんじゃないか」

 

 言葉とは裏腹に、苛立ちの乗った声色を奏でて指揮官に問う。

 

「いや、待ってくれ。彼女たちはU.W.Q.(アンダーワールドクイーン)と言って──」

 

「──テトラライン社長の暴力装置、秩序側の存在だろ。それは知ってる。俺が言ってるのは、そうやって相手を信用しすぎるところだ」

 

「アンタの目の前にいるのは、誰だ? ……金を貰って動く傭兵だ。無警戒に秘密を共有できる相手だとでも思っていたのか?」

 

 指揮官は口をつぐんだ。反論の糸口を探すように、視線がわずかに泳ぐ。

 

「たった一度任務を共にして、一杯奢ってやれば、それでもう仲間か?」

 

 声から温度を抜き、休む間も与えずに次の言葉を投げつけた。

 

「──アンタの暗殺依頼だがな。流石は期待の星だけあって、ブラックネットで法外な額が付いてたぞ。それに比べりゃ、一杯十万なんざ端金だ」

 

 “暗殺”と聞いて思い当たる節があったようで、指揮官の表情が静かに硬直する。

 

「その男が、こうも無防備に傭兵(おれ)の前へ出てくる。俺がその気なら、アンタはもう生きてこのドアの外には出られない」

 

 卓に置いた右手を、ゆっくりと持ち上げてみせる。拳を握り込むと、義腕(ゴリラアーム)の暴力的な駆動音が、静かな部屋でよく響く。

 

 空気が、密度を増して張り詰めた。

 

「……V」

 

 指揮官は少しも動かなかった。いや、動けなかったのだろう。背筋は強張り、喉が一度上下する。それでも、その目は俺を見据えていた。そこに写っているのは怯えでも、命乞いでもない。

 

 ……肝が据わっている。

 

「──はぁ……やめだ、やめ。お前の暗殺依頼なんざ俺は受けちゃいない。少しはビビるかと思ったが……やっぱり、その肩書きは伊達じゃないらしいな」

 

 とはいえ、『金枝亭』の時はもう少し焦っていた。それが今は、殺意を向けられてなお眉一つ動かさない。この差はなんだ。──そういえば、あの時は周りに人がいた。ラピ、見ず知らずの民間人。守るものがある時だけ必死になって、自分の身は勘定の外に置く──そういう人種なのだろう。

 

(絶滅危惧種の、お人よし……か)

 

 カウンターズの連中がこの男を慕う理由も、今なら少しは理解できる。

 

「V、貴方は先程『一度任務を共にすればもう仲間か』と聞いたな」

 

 いつの間にか、指揮官の声は落ち着きを取り戻していた。

 

「──そうだ。理由はそれだけではないが……私はもう、貴方を仲間だと認めている。他のカウンターズの面々も、徐々に受け入れ始めているはずだ」

 

 臆面もなく、まっすぐにそう言ってのける。

 

「……はは。指揮官、ニケを口説く時もそうやってるのか? 道理で、浮ついた話に事欠かないわけだ」

 

 指揮官は苦笑を浮かべたが、否定の言葉は一つも出てこなかった。当然だが、火のない所に煙は立たない。

 

「まあいい。アンタの勝手だ。せいぜいニケたちに撃たれないようにだけしてくれ」

 

 鼻で笑って、俺はグラスに口をつけた。最後の一押しに、降参したように指揮官が天を仰ぐ。軽口の応酬とアルコールによって場の温度はいくらか緩んだようだ。

 

「──指揮官、そろそろ本題に入るか。D-WAVE、引いてはゲートキーパー探索に関する話だ」

 

 笑いの余韻を断ち切るように、俺はグラスを卓へ戻した。硝子が卓と擦れて鳴った音を合図として、指揮官の表情から緩みが引いていく。この切り替えの早さは頼もしい。

 

 ──ここから先、生半可なやつは一緒にいるだけで邪魔になる。先程指揮官を試したのもそれが理由だ。

 

「知っての通り、アウターリム東部方面には原因不明の広域検知妨害が張られている」

 

「ああ。存在自体が発覚したのは直近だが、妨害自体はかなり前から張られていた可能性が高いとのことだ」

 

「……その妨害が、意図的に引き起こされたものだとしたら?」

 

 指揮官の手が、グラスの手前で止まった。驚きではない。むしろ、胸の内で燻っていた疑いにノックされた──そういう表情だ。手はグラスに触れぬまま、静かに卓へ戻される。

 

「……その根拠は?」

 

「俺の世界の品が、妨害地区にぴったり収まる範囲でのみ取引されている。断定はできないが、怪しすぎる」

 

 アウターリム東部──D-WAVE検知が届かない唯一の場所を選び、見つからないように暗躍するものどもが、ほぼ確実に存在している。

 

 ついでに、薬物の件についてはロザンナに裏取りを頼んでいると付け加える。指揮官は驚いた風もなく、納得したように頷いた。

 

「……ふむ。彼女なら適任だろう」

 

 その表情と語り口からは、ロザンナの腕への信頼が滲んでいた。

 

「ゲートキーパー探索の手がかりに乏しい今、その線から当たって見るのは悪くない手だと思わないか?」

 

 指揮官はしばらく黙考し、残っていた酒をひと息に干した。空のグラスを卓へ置く音が決断の意を纏って響く。

 

「……わかった。私にも少し心当たりがある。貴方が踏み込めない場所は、私の側で引き受けよう。──もっとも、こういう仕事は、貴方の方がよほど手慣れていそうだがな」

 

「ああ、任せろ。……こっちからも何か分かれば共有する。だが、手段については聞くなよ」

 

 グラスの中で、透明な酒がわずかに揺れた。かつて脅し上げて入り込んだ相手と、今はこうして同じ卓で手を組んでいるとは、妙な話だ。

 

 話が一段落したところで、指揮官がふと、思い出したように口を開いた。

 

「そういえば──以前、貴方にはまだやるべきことがある、と言っていたな。そっちの方は……大丈夫なのか」

 

 一瞬、喉が詰まる感触が言葉を押しとどめた。

 

「……順調だ。気にしなくていい……」

 

 俺はグラスに残った酒を呷り、それきり何も言わなかった。指揮官も、それ以上は重ねて訊いてはこなかった。

 

 話の本筋は済んだ。あとは無粋な余韻が残るばかりだ。それを払うように、俺は空のグラスを指で弾いた。

 

「最後に、もう一つ頼みがある。──まともなテキーラを一本、手に入れてくれ」

 

 指揮官が怪訝な顔をする。今しがた二人で空けたボトルへ、ちらりと目をやった。

 

「まともな、というと……この『黄金の箱舟』では、不足だと?」

 

「これも悪かないさ。だが、所詮は混ぜ物入り(ミクスト)だ。混じりけのない、ブルーアガヴェだけで造った正真正銘の一本はもう、どこの市場にも出回っちゃいない」

 

 荒々しくも純粋で無垢、余計な手を加えられていないテキーラには、俺のツテでは逆立ちしても届きそうにない。だが、この男の権限と伝手があれば話は別だろう。

 

「……それは、私の職務の範疇なのか」

 

「嗜好品の手配はしてくれるって話だったよな。──それとも、政府お得意の出まかせだったって?」

 

 指揮官はしばらく俺を見つめた後、ため息と共に小さく笑った。

 

「……善処しよう。期待は、しないでくれ」

 

 景気付けにもう一杯、空になった二人分のグラスに『黄金の箱舟』を注ぎながら、ふと笑みが溢れた。

 

「はっ……数々の不可能を可能にしたアンタなら、これぐらいどうにかできるだろ」

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