噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
その会場は、金と硝子で過剰に飾り立てられていた。
高い天井から吊られたシャンデリアが、磨き上げられた床に光の網を落とす。その下で、スーツとドレス姿の男女が影を作って歓談している。そいつらが語る言葉の一つ一つにまで値札がついていそうだ。
ミシリス・インダストリー主催、新技術発表を兼ねた披露の席──招待状にはそう綴られている。俺がこの場にいるのは、中央政府の口利きによるものだ。指揮官は今さら何をする気だ、と訝しんでいたが、ようは異邦人の社会見学だ。
すれ違う奴らの視線が、俺の横顔、手元へ向けられる。仕立てのいいスーツに袖を通したところで、ゴリラアームの指は太すぎて手袋も嵌まらず、こめかみのクロームは隠しようがない。
俺はシャンパンを手に、壁際から会場を見回す。
肩を並べて談笑する二人組は、よく見れば片方が常に相手の出方を窺っている。その隣で笑顔を浮かべて杯を合わせた連中は、次の瞬間には互いに付け入る隙を探っている。
そうした振る舞いは、言葉なんかよりも正直に力関係を示す。どこの組織も骨格は同じだ。この場所なら、ミシリスの雰囲気を肌で感じられる。
その時、壇上で誰かがマイクを持った。
ミシリスのCEO──シュエンだ。自社の技術がどれほど素晴らしいか、そしていかにしてアークを導くかを滔々と語っている。そばに控える者だけが深く頷き、壇上から遠く離れるほど関心が失せていく。別に嘲りの声が聞こえたわけではない。だが、何人が本当の意味で彼女の言葉に耳を傾けているのだろう。
(……誰も聞いちゃいねえ。無意味だ。お前のその、薄っぺらい同情と同じくらいにな)
違いない。
手にしたシャンパンを飲み干し、テーブルに並んだ料理から適当に見繕って口に運ぶ。通りがかった給仕を無言で呼び止め、おかわりの一杯を受け取る。料理も酒も質は良い。
少なくとも、ミシリスが雇った料理人の腕は確かだ。
このまま飯だけ食って引き上げるのも据わりが悪い。一応、新技術とやらも見ておくか。会場の一角に設けられた展示の方へ足を向けた。
新技術発表と銘打つだけあって、台座の上には携帯端末の新機種やら、新兵装の数々が並べられている。来場者がまばらに足を止め、解説のプレートを薄く眺めては去っていく。
「わあ〜、中央政府の方ですか? その義手……珍しいものをお持ちですね?」
声に振り向くと、見覚えのあるニケが一人立っていた。肩を露わにした黒のロングドレス、筋肉質でしなやかな腕、この華やかな会場でも人目を引く装い──彼女は、ミシリスの広告塔と最大戦力を兼ねる部隊『メティス』のマクスウェルだ。
(ドレスに見惚れてんなよ。女版アダム・スマッシャーみてえなヤツらだ)
営業用に整えた笑みと、よそ行きの言葉遣い。その視線は剝き出しになった義手へと注がれていた。
「こいつはただの義手だ。ロケットパンチでも撃てれば自慢したんだがな。それより……」
俺は銃が展示されている手近な台座に視線を移す。洗練された、未来的な銃身。そして構造の端々には見覚えのない処理が施されている。
「どういう経緯かともかく、前モデルから数世代分の進歩を一足飛びに実用化してるんだな。見た目だけ変えて誤魔化したマイナーチェンジじゃない」
張り付いた彼女の笑みが、ほんの少しだけ固まった。
「……ふーん、お詳しいんですね。てっきり、ただの来賓の方かと。技術者の方ですか?」
「専門の技術者ってわけじゃない。……ふむ、重量を増やして弾数を削ってでも、一撃の威力を底上げする割り切り方──明言こそされてないが、コイツはとりわけタイラント級に主眼を置いている武器だろう。……当たりか?」
かなり大型で取り回しも悪いが、技術に胡座をかいた色物銃じゃない。同じ厚みの鋼板よりもさらに頑丈な怪物を貫くための合理的な設計だ。この設計方針には、不思議と妙な馴染みがある。
「……普通、そこまで読みませんよ。展示を眺めて去る人ばかりなのに。指揮官職ではありませんよね? ……技術者でないなら、軍人……ですか?」
わずかに熱を帯びて笑う姿が、そこにあった。
「実は、正式な政府の人間ってわけじゃないんだ。カウンターズの指揮官──知ってるだろう? アイツの紹介で来た」
そう言い終えた瞬間、マクスウェルの目の色が変わった。
「ベビーの紹介?!」
ベビー。唐突に差し込まれた言葉に一瞬、誰のことかわからなくなった。だが、まあ、流れで言えばそれを指す人物は一人しかいない。
「いやだ、それを先に言ってくださいよ。あの人のご友人なら──」
「……気楽にしてくれ。俺は上層の人間じゃない。機嫌を損ねたところで会社に影響が出ることもないだろう」
そのひと押しで、辛うじて残っていたよそ行きの殻はあっさり剝がれ落ちた。
「……なら、遠慮なく。あー、緊張して損した。ご存知だと思うけど、あたしはマクスウェル」
「Vだ。……会社勤めは大変だな」
アラサカに飼われていた頃、上から降ってくる無理難題には事欠かなかった。理由も告げられぬまま放り込まれる仕事の数々を、歯を食いしばって捌いていた時代だ。どこの世界だとしても、辛さに大した違いはない。
「V、ね。覚えやすくて助かるわ。……まあ、上の人間に振り回されるのはどこも同じよ。特にうちは個性が強いから」
マクスウェルの視線が一瞬だけ宙を泳いだ。それから、何でもないことのように付け加える。
「ベビーは元気にしてる? ……あの人、放っておくと一人で抱え込むから。また研究データも取らせて貰いたいし……」
声の温度が、武器を語っていた時の熱とは違う意味で上がっている。また指揮官の“知り合い”か。
(もう驚かねえぞ。どうせあと三十人はいる)
あの女たらしは、日夜せっせと罪を重ねているらしい。
「……元気すぎるくらいだ」
そう返すと、マクスウェルはほっとした顔をした。それきり、話題はまた自然と武器の方へ戻っていく。
「ん、なんだ? ……ショーでも始まったのか?」
話が乗ってきたところで、会場の反対側が急に騒がしくなった。武器以外を展示しているスペースの方だ。
「ふっ……どうした、ヒーロー! この新型ヴィランバリアガラスを前に、お得意の登場も鳴りを潜めたか? 貴様では、この一枚すら砕けはしまい!」
よく通る声が、芝居がかった悪役の口上を高らかに上げる。それに応じる声は、輪をかけて大仰だった。
「言ったな……ッ! ヒーローの登場を阻める壁など、存在しない──ッ!」
直後、硝子の砕ける派手な音が会場を貫いた。
展示区画を仕切っていた新型防弾ガラス──大型ライフルすら耐えうるスペックのソレが、こなごなに突き破られて宙に散っている。そして、散らばる破片の雨の中心には、誇らしげに金髪の少女が着地していた。
先程まで煽っていたヴィランと、ガラスを砕いたヒーロー、どちらも
「……あんの、お馬鹿たち……!」
砕けた笑みも、よそ行きの笑みもまとめてどこかへ吹き飛んだ。残ったのは、身内の不始末を前にした現場責任者の無表情だけだ。
心中察する部分がないでもない。
「ごめんV、続きはまた今度。──あ、その時は義手についてもゆっくり見させてよ。もちろん、謝礼は弾むから」
「……気が向いたらな」
異世界の技術はブラックボックス化されていて、詳細は見えないようになっている。──俺がニケの構造を少しも理解できないように、彼女も何も読み取れはしないだろう。
とはいえ、それは一口で説明できることではない。軽く返す。するとマクスウェルは満更でもなさそうに頷き、破片の散らばる方へずんずんと歩いていった。
残されたのは、手の中のシャンパンだけだ。元から期待は薄かったが、結局、料理と酒の質以外に具体的な収穫はなかった。
俺は最後の一杯を呷り、空のグラスを近くのテーブルに置いた。
社会見学は、これで仕舞いだ。
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アークの公共交通は、無料の割によく出来ている。ドラッグ中毒のギャングや浮浪者が寝ていることもない。そもそも、この街で浮浪者を見たことがない。
(そう呼ばれる連中は、一人残らず
俺は列車の中で揺られながら、酒以外に収穫と呼べるものたちを頭の中で並べ直していた。
一番は、ミシリスという組織の手触りだ。
壇上のシュエンには、人を従わせるほどの重さがなかった。継いだ椅子の大きさに格が追いついていない。メティスを生み出した技術的手腕は認めるが──そのメティスにしても、騒がしすぎた。だが、新型防弾ガラスを素手で軽々と粉砕してみせる実力は本物だ。看板に偽りなし、ぐらついてはいても、流石は三大企業の筆頭といったところか。
車両を降り、前哨基地へ向かう。アークと俺の根城を繋ぐエレベーター乗り場へと続く通路を、俺は一人で歩いていく。
一歩進むたび、通路からアークの賑わいが剥がれていく。
代わりに無機質なコンクリートと、規則正しい足音の反響が響く。この時間にエレベーター連絡口を行き交う人間は、そう多くない。その足音すら孤独に落ちた頃。ふと、視界の端でキロシが違和感を捉えた。
アークには天井や壁など、幾つもの監視カメラが設置されている。だが、この付近のカメラは一つも動作していない。一台や二台なら故障だろうが、この規模で偶然はありえない。
弛緩していた神経が加速し、身体を巡る血液が冷えていく。ゴリラアームを一度、強く握り込んだ。
数歩先に、搬入待ちの小型の資材コンテナが積み上げられている。身を寄せれば、遮蔽にはなるだろうが──その時、さらに奥側のコンテナの陰からこちらを狙う銃口の光が見えた。
考えるより早く、身を低くして弾けるように、距離を詰めるために床を蹴る。
直後、鋭く空気を裂く音が、つい先程まで俺の胸があった空間を貫いた。
光学迷彩を起動し、衣服ごと俺の輪郭が空気に紛れる。同じタイミングで腰の得物を抜き、迷い一つなく頭部目掛けて投げ放つ。
狙撃のために物陰から身を乗り出し、今まさに隠れようとする影へと一直線。加速した視界の中で、短刀が回転しながら緩やかに飛ぶ。
──鈍い音。
苦痛の呻き声一つなく、眠るように狙撃手の身体が崩れ落ちる。その男の頭に突き立てられていたのはサブロウ・アラサカの短刀『涅槃《ニルヴァーナ》』だ。
崩れた一人目の位置まで駆け抜け、頭部から涅槃を引き抜く。この地形を最大限活かすなら、もう一人いるはずだ。
一人目は進路の正面、物陰から撃ってきた。もう少し待てば遮蔽のない場所へと引き込めたにも関わらず、
一人目の狙撃手の位置から見た前方上部──通路を跨ぐキャットウォーク。あそこなら遮蔽の裏を綺麗に見下ろせる。間違いない、あれが二人目の居場所だ。
なんにせよ、止まっている時間が惜しい。
俺が姿を眩ませられるのは、あと数秒だけだ。
キャットウォークに向かって再び駆け、姿は見えずとも怪物が床を踏み抜く音が通路に響く。そのままチャージジャンプによって一息に跳躍し、手摺りを越えて着地した。
果たして、そこには二人目がいた。伏射の姿勢で銃を構えたまま、姿を消した標的を探して視線だけを忙しなく走らせている。直前に通路を貫いた大きな音の出所も掴めず、明らかに浮き足立っていた。
俺の着地音で、ようやく異変を悟ったらしいが、もう手遅れだ。光学迷彩の効果が切れ、狙撃手が銃口をこちらへ振り向けようとした動作の半ばも終らないうちに──ゴリラアームの甲が、側頭部を浅く薙いだ。
男の身体は糸の切れた人形のように揺れ、キャットウォークの鉄板へ崩れ落ちる。
加減はした。まだ死んではいない。
そして周囲に三人目の気配はない。
俺は二人目の傍らに片膝をつき、気を失った身体を検め始めた。何の目的で俺を狙ったのか。その理由が眠っているかもしれない。
まずは装備を検める。アークでは珍しい
(はッ……いくら何でも、手を汚すのに自社製品を使うほど馬鹿じゃないだろ)
あからさま過ぎる偽旗作戦だ。
次に、男の首にかけられたドッグタグを引き出して確認する。本物だ。退役軍人で間違いない。だが、辿れるのはこの男個人の過去までだった。
最後に端末を漁る。受信していた命令は匿名で、内容も“この時間にここを通る男を殺せ”と曖昧なものだ。そして他の履歴は何一つ残っていない。こいつらは組織から完全に切り離され、独立して動く小さな実行単位《セル》──使い捨ての駒の一つだったというわけだ。
それは即ち、連携や練度が落ちるのを覚悟の上で、背後にいる組織は隠蔽を何より優先しているということを意味する。
そうなると、やはり考えられる黒幕はプロメテック──
(スパイごっこか? 昔取った杵柄で遊ぶのも大概にしとけよ、V)
分析を終え、ふと手元に目を落とす。気を失った男が、浅く呼吸を繰り返していた。
こいつを問い質したところで、得るものはないだろう。むしろ見逃せば、次は俺の寝首を掻きに来るだけだ。光学迷彩や、他にも俺についての情報が漏れる可能性だってある。正しい答えは、一つしかない。
刃を構えたその瞬間。脳裏を別の光景が掠める。
ドッグタウンの隠れ家で床に転がされた、気絶していた二人。リードとアレックスの銃が彼らに向かい、無感情に火を噴いた、あの瞬間だ。歯車が一回転するような正確さで、
そして今はあの時とは違って、刃を握っているのは俺だ。
俺は涅槃を握り直し、屈み込んだ。せめて苦しまないように──そう考えていた自分に反吐が出た。人殺しが、白々しい。
(……ああ、そうだ。お前の同情はいつだって無価値なもんだ)
──静かに、為すべきことを終えた俺は立ち上がり、涅槃に深々とこびりついた二人分の血を拭う。
これまでは、一方的に追っているつもりだった。だが、こうして刺客を送ってくるほどには向こうも俺を捕捉している。ここからは互いが狩人で、互いが獲物だ。
俺は涅槃を鞘に納め、死んだカメラの下を抜けて歩き出した。何事もなかったように、エレベーターの方へ。
自室に帰ったら少し眠って、また今日のように仕事をこなして──生きる限りはそれが続くだけだ。変わりはしない。
────────────────
卓上灯以外の光が落ちた暗い部屋に、紙をめくる音だけが続いていた。
壁も天井も闇に沈んでいる。卓に積まれた資料の束を、シージペリラスのKは一枚ずつ繰っていた。
その指が、あるページで止まった。
「……」
眉のあたりが、わずかに動く。苦虫を噛み潰したような表情でKの動きが固まった。
「順調か?」
声はKの背後から聞こえてきた。いつのまにか気配もなく現れたDに、Kは振り向きもしない。
「……なあ、D。とっくに気づいてたけどさ、もう少し気の利いた話しかけ方はできないのかよ。……それで、ホテルの方は? 」
「問題ない……顧客たちのチェックアウトを確認して、営業を一時止めた」
Dが卓の傍らに立つ。Kは資料を一枚、闇の中へ軽く掲げた。手元の灯りが、紙の縁だけを白く浮かび上がらせる。中身までは、光が届かない。
「対象は何人かいるが、こいつが一番の標的だな。……明確な証拠こそ出ちゃいないが、やってることはかなり派手だ。非合法の調査に、殺人。他の余罪も考えれば、流石に怪しいってレベルじゃ収まらない」
「……そんで、またジャッジスの身内だろ。番号持ちがある一線を越えて、内輪で始末をつける……」
Kは深いため息と共に資料を卓に放り、椅子の背に体重を預けた。
「
あからさまに気落ちした様子のKの言葉にDは答えない。卓上の一枚を拾い上げ、Kの目の前へ差し出した。灯りの輪の中に、対象の名が浮かび上がる。
「違う」
「はあ? 何がだよ……!?」
「よく見ろ、K。今回の