噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
アークの繁華街は、相変わらず平和じみて明るく、騒音が耳を突き刺すこともなく、行き交う人間の顔には飢えの色がない。
今日、街に降りてきたのは最近頭角を表してきた腕の立つ情報屋を探すためだ。噂では端末越しでのやりとりを嫌う珍しいタイプらしい。仕方なく半日ほど足を棒にして探していた。成果は薄い。
すれ違う何人かが俺を二度見していく。一度目は俺の服へ、二度目はこめかみで光る金属へ。
──繁華街へ出るにあたって、格好はネオキッチュ寄りの一式でまとめてあった。ロングコートは光の角度によって、深いワインレッドから落ち着いたオレンジまで色合いを移ろわせ、襟元と袖口には細いホログラムが走っている。そして、踏み込みの利く頑丈なブーツ。
派手な街には派手な装いの方が背景に溶けるというのもあるが、結局は『中身よりもスタイル』。それがナイトシティの流儀だった。
そこでようやく思い出す。ここはナイトシティじゃない。アークでは、色を変える生地もクロームの照り返しも、嫌でも視線を集める。前提から組み違えたが、着替えに戻るのも面倒だ。
更に進んだ雑踏の先、人だかりの中心で、やけに通る声が聞こえてきた。
「──はーい、本日のショッピング紹介はここまで! ルパンのみんな、買い物は計画的にね? ……なんて、私が言えることじゃないか〜」
軽い笑いが起こる。声の主は、学生じみた派手な装いのニケだった。おそらくアイドルか何かだろうが、特に興味は沸かない。
「さーて、お次は街頭ファッションチェックのコーナー! 今日も今日とて、このアークでいちばんイケてる一着を探しちゃうよ。道行くオシャレさんをルパンのみんなに紹介──」
関わると長くなる手合いだ。俺は人だかりの縁を回り込み、そのまま通り過ぎようとした。
「──あっ。ちょっと、そこのお兄さん!」
声が跳ね上がった。逃げ際の一瞬を、目ざとく捕まえられたらしい。
(走って逃げんなよ。逆に目立つぞ)
「ちょちょ、ちょっと待って! その色の変わるコートってどこのブランド!? コーデの合わせ方も見たことない──すっごい独創性……あなた、一体どこのどなた!?」
矢継ぎ早に言葉が続く。軽いノリで入ったはずの声が、やけに本気の熱を帯びはじめている。
「……クローゼットから適当に引っ張り出して着ているだけだ。気にしないでくれ」
こういう手合いは、まともに相手をするほど食いついてくる。突き放しもせず、話題に乗りもせず、軽く受け流すに限る。
(よくもまあ、お前みたいな不審者に声をかける気になったもんだな)
全くだ。危機感に欠けている。
「ねえねえ、よかったらでいいんだけど、あと少しだけ質問……あっ、ごめん。今ちょうど配信中なんだけど、お顔とか──」
配信。その一語を引き金に俺は曖昧に手を振り、人だかりの縁から雑踏へ身を引いた。
足は止めず、振り返りもしない。
「あっ、ちょっ……あー……行っちゃった」
背中越しに、声がしぼんでいくのが分かった。行儀良くその場で立ち尽くし、追ってくる気配もない。こちらとしても、撒く手間が省けて何よりだ。
「……ごめんなさーい! ほんとは先に許可取ってからじゃないとダメなのに、つい焦っちゃって……はぁ、反省……んぇ? コメント欄のみんな、どうかした?」
わざわざ律儀なことだ。俺ならこんなことで謝ったりしない。
今日はもう帰ろう。
人探しの成果は薄く、おまけに無駄に目立ちすぎた。体力以外の面で疲労感がどっと両肩にのしかかってきた。
未だにざわめきの残る通りを抜け、俺は足早に帰路につく。
────────────────
前哨基地の外れにある自然公園は、下にあるアークの喧騒が嘘のように静かだった。
人の背丈を超える
俺はベンチの一つに腰を落とした。葉擦れの音と、湿った土の匂い。街で両肩にのしかかってきた疲労感が、わずかに溶けていく。
手持ち無沙汰に、ポケットから古いジッポを取り出す。表面は使い込まれて、あちこちボコボコに凹んでいる。蓋を弾いて開け、また閉じる。手の中で転がす。意味のない手遊びだ。
ふと、街での一件が頭をよぎる。正直言って気は進まないが、どうなったのかを確認しておく必要がある。
俺は視界の隅にネット画面を呼び出した。
検索するまでもない。画面のトップに街頭ファッション速報めいたネットニュースが上がってきていた。
先程の配信者ニケの名はルピー。テトラのタレント部隊所属、登録者数を見るに相当な人気配信者で、おまけに自前のファッションブランドまで構えているらしい。道理で、服の話になった途端あの食いつき方だったわけだ。
ただし、その顔──正確に言えば首から上には強力なモザイクがかけられていた。キロシの機能により、リアルタイムで顔の領域だけが律儀に潰され、表情のひとつもうかがえない。
キロシの信頼性を思えば、顔が割れる心配は微塵もない。問題は──
『ぽち袋:待って!? コートの色変わってるんだけど!!』
『赤字マン:これどこの新作? 全然知らないんだけど』
『匿名ルパン:てかなんで顔だけモザイク? 配信側の処理じゃないよねこれ』
『深夜の衝動買い:オシャレ不審者で草 いや待ってマジで誰』
(大人気だな。いつぞやの玩具の仮面をつけた時と甲乙つけ難い……もちろん、間抜け度合いの話だ)
──問題は、こうして騒がれること自体だ。
顔は割れていない。素性も漏れていない。だが、勘のいいやつほど、こういう綻びから糸口を見つけ出す。そういう意味でも、俺は目立つべきじゃない。
とはいえ、一度起きてしまったことはもうどうすることもできない。あらぬ噂として忘れ去られるのをただ待つだけだ。
俺は視界からディスプレイを閉じた。
とりあえず、この服はもう二度と着ない。
指揮官あたりにでもくれてやる。
手の中のジッポを一度高く放り投げる。回転しながら落ちてくるそれを、見もせずに掌で受け止めた。もう一方の手で胸元のタバコケースを開く。一本を抜き、唇の端に挟んだ。
そのタイミングで一つ思い出したことがある。この公園には妙な噂があった。前哨基地という場所柄、この手の心霊じみた与太は掃いて捨てるほど転がっていて、いちいち出所をたどる気にもならない。
確かこんな噂だ──曰く、夜の公園には服を着ていない女幽霊が出る。深い緑の奥で、誰へともなく歌っているのだという。歌を聞いた者がどうなるかは、語る人間によってまちまちだ。そのまま死ぬという話もあれば、木や花に変えられてしまうという話まである。
くだらない。
こんな時代に幽霊などと。
もっとも、その手の存在に心当たりがないでもない。
ジッポの蓋を開き──カチンと聞き慣れた金属音が響く。こういう空気の綺麗な場所でする一服ほど、贅沢なものは無いだろう。ゆっくりとジッポの火を、煙草の先へ近づける。
「──そこの方〜! 火はいけませんよ〜!」
緑の奥から、間延びした声が飛んできた。穏やかで、よく通る。叱責というより、迷子に呼びかけるような響きだった。
まあ、どうしても吸いたいわけでもない。
ジッポを閉じて火を消してから、声の方へ振り向く。
遠くから注意を促していたニケが、こちらへ向かって歩いてくる。白く長い髪、おっとりとした微笑、伸ばされた手──そして、ただの一糸も纏わぬままに。
「ぶッ……!?」
浅く咥えていた煙草が、噴き出す勢いにのって発射された。まだ火がつく前だった煙草はきれいな弧を描いて宙を飛び、緑の通路の先、下生えの中へと音もなく落ちた。七メートルは飛んだんじゃないだろうか。
露出の多い装いなら、ナイトシティで嫌というほど見てきた。晒された肌自体に、いちいち動じる柄でもない。
だが、これは違う。
深い森を背負った全裸の女が、菩薩めいた笑みで火を諫めに歩いてくる──意味がわからない。俺が言えた義理じゃないが、ここには法律がないのか。
(ああ、──『幽霊の正体見たり、
そんなことより、宙へ消えた一本の行方だ。貴重な煙草を無駄にするわけにもいかない。俺は下生えの方へ歩き出した。
この裸の女は、ルピーと違って俺を放っておいてはくれないようで、のんびりと後をついてくる。
「申し遅れました。この公園の樹木を管理しているトリナです。……この子たちは見た目によらず繊細なので、こうして自然に近づいた状態で毎日話しかけてあげているのです」
この子、というのは公園の植物たちのことだろうが、それ以降の話は何を言ってるのかよく理解できなかった。自己紹介も、わざわざ振り返って答えるのは憚られる。煙草の落ちたあたりへ目を向けたまま、足を止めずに短く返すことにした。
「……Vだ」
「Vさん。よいお名前ですね」
何がいいのか俺にもさっぱり分からないが、一つだけ訂正しておく。この名に敬称は似合わない。
「Vだけでいい」
「そうですか? ……では、はい、わかりました〜」
「それで、V。煙草のことなのですけれど──火も煙も、あの子たちには少々こたえるのです。できれば、ここではご遠慮いただけますか?」
やんわりと、しかし話の芯は譲らない口ぶりでトリナは語った。
俺は下生えに屈み、土の上に転がった一本を拾い上げた。フィルターについた泥を指で払いながら、純粋な疑問を口にした。
「まあ、それはわかったが……
煙草の葉も植物なら、目の前の緑も植物だ。線引きがどこにあるのか、単純に興味が湧いた。
トリナは柔らかく笑った。
「ふふ……あの煙には、芽吹いたばかりの子たちの成長を妨げる成分が含まれていますので。元々は自身を守るためのものですから、それが他の子の迷惑になってしまうのは煙草としても不本意かと……」
まるで子供に言って聞かせるような口ぶりだった。多少童話じみた言い草だが、理屈は通って聞こえる。
「……ふむ」
拾った一本を、タバコケースの隙間へ戻して蓋を閉じる。結局、今日も吸えずじまいだった。俺は腰を上げ、トリナに手を挙げて軽く振った。
「邪魔したな。アンタが管理しているこの公園だが……まあ、いい場所だ。久しぶりに肩の力が抜けたよ」
「ふふ、それは何より。樹木たちも喜びます。是非またいつでもいらしてくださいね〜」
裸のまま手を振る女に見送られ、俺は緑の通路を引き返す。もしもまた会うことがあるなら、できれば次は服を着ている時にしたいところだ。
さて、この口寂しさをどうしたものか。考えながら歩くうち、ひとつ妙案が浮かんだ。指揮官室で吸ってやろう。なぜだか、それくらいの理不尽をアイツにくれてやっても今日は許される気がする。
足取りが、来た時より少しだけ軽くなった。