噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE] 作:Narrenschiff
空気を震わせた奴の叫びが、耳の奥にまだ残っている。
肩は震え、口角は下がらず、心拍は血流をさらに加速させる。
粉塵の向こうで、八メートルの影が動いた。
歪なシルエットが、徐々に解像される。
甲殻に覆われた躯体。
左右に張り出した装甲板。
複数の触手。
そして、胸郭の中央に脈打つ、赤い眼。
頭頂部には同種の眼が、もう一つ。加えて、ポットのようなものがいくつか突き刺さっていた。
仰々しい意匠だ。誰の趣味かは知らないが、品がない。
「随分とめかし込んできたな。ひん剥いてやるのが楽しみだ!」
軽口を吐き捨てながら、俺はチャージジャンプで地面を蹴った。ただし、力の向かう先は上じゃない。
デカブツ目掛けて矢のように飛びかかる。
奴の触手の一本が迫り来る。
これは読み通り。地面をもう一度足先で叩き、半回転。
最小限の動きで躱す──そう思った瞬間。
二本目、三本目が間を開けずに迫る。
二本同時は、躱しきれない。
(だったら──)
体を丸め、両腕を盾に頭と胸を抱え込む。
二本目が腕を、三本目が脇腹を打ち抜き、俺の身体は枯れ葉みたいに吹き飛ばされた。
(この速度はまずい……!)
背後に、廃ビルの外壁。
タイミングを合わせて、ゴリラアームを後ろへ突き出す。拳がコンクリートに食い込み、壁がビスケットのように砕けた。これで衝撃の大部分を逃すことができた。
残った勢いで、瓦礫の中に転がり込む。
背中。脇腹。腕。打たれた順に、痛覚が追いついてくる。心臓は動いている。予備心臓の出番はまだ先だ。
生体モニター──よし、骨に異常なし。
皮下アーマーと細胞アダプターの組み合わせが、衝撃の大半を喰い止めたらしい。
生命活動に異常なし。
だが、痛い。
死を予感させる、本物の痛み。
本物──?
必要な事以外、考えるな。
俺はベルトポーチに手を回し、吸入器を抜き取った。今必要なのは、『マックスドク』の一吸いだ。口に咥え、肺の中いっぱいに吸い込む。
すぐに痛覚が遠のいた。
代わりに、別の何かがせり上がってくる。
アドレナリン。高揚。火花の如く、焦げ付く何か。
立ち上がる。
俺はまだ頂点まで行っていない。
俺は瓦礫から這い出て、奴を見上げた。
あの赤眼が弱点なのは分かっている。
撃ち抜けばそれで終わる。
だがそれは、出来ればの話だ。
装甲は均質で、継ぎ目には防衛機構が走り、関節は二重三重の冗長構造で守られている。
奴の触手は、コアを囲むように常に旋回している。装甲板も、コアを遮るように張り出している。
正面からは、届かない。
無闇に突っ込んでも、また打ち落とされるだけだ。
まずは弱点を見極める必要がある。
俺は目を細めた。視神経への信号で、視覚系インプラントの出力を切り替える。
製造元の分析には役立たずだったキロシ"
(あの目玉以外の弱点はどこだ……!)
視界に捉えられた奴の構造が解析されていく。
甲殻の継ぎ目、装甲板の重なり、関節の可動域、触手の付け根、装甲下を走る神経束らしき構造、そして
膨大な情報の中から、急所が浮かび上がる。
──死をもたらすコカトリスの眼差し。
詩か何かの一節を、前に読んだことがある。
だが。
浮かび上がった急所は、たった一つ。
奴の胸郭の中央。脈打つ、赤い眼。
他には何もない。
「上等だ、無いなら新しくプレゼントしてやる」
眼差しは死をもたらす、か。
悪くない口上だ。
もっとも、こちらが先に見えたところで、相手に届かなければ意味はない。
俺は息を吐いた。
なら、まず装甲を割る。
眼前のコアではなく、その周囲。守りを構築している装甲板そのものを破壊する。
守りが崩れれば──それでお終いだ。
出来る訳がない。
お前には無理だ。
まるでそう言い返すかのように、奴が再度の咆哮を上げた。
空気を震わせ、より低く、重く。
「ムカつくんだよ。たった一発入れただけで、勝ち誇ったみたいに吼えやがって……!」
地響きと叫びがこの場所へ近づいてくる。
遠方から、瓦礫の街並みを縫い、生き物でも機械でもない半端者の群が押し寄せて来た。
さっきの『団子虫』、『芋虫』、見分けもつかないような顔した連中が大小取り混ぜて、約二十数体。
その中に、空気を裂く羽音。
頭上を、細長い胴に四枚羽の個体が幾つか旋回している。腹部に針のような銃口を備えた、機銃掃射型の飛行ドローンだ。
「今度はハチかよ。どうせなら白鯨でも飛ばしてみろよ!」
そしたら顎が外れるほど笑ってやる。
毒づきながら、俺はディアンを抜いた。
スマートロックが、群れのほぼ全てを捉える。
狙うのは、一匹。
その一匹
引き金を引いた。弾丸が空中で軌道を変え、群れに降り注ぐ。目眩しには十分だ。
無傷の一匹が、何も知らずに突っ込んでくる。
──来い。
俺は動かない。
懐へ飛び込んできたソレの正面へ、ゴリラアームの拳を叩き込む。
鈍く、低い音。
拳と装甲、砕けたのは──盾の方だ。
厚い殻が軋みを上げて陥没し、拳がその奥へめり込んでいく。駆動機構を巻き込みながら、こじ開けるように突き抜ける。
突き抜けた指を、内側で握り込む。骨格だか芯材だか、掴めるものを丸ごと。両の指跡を、芯に深く刻みつける。
「この……程度なら……!」
めり込んだ拳を支点に、引き起こす。重い。ずしりと来る質量を、油圧の唸りでねじ伏せ、頭上まで持ち上げる。
両腕で振り上げたソレを──あの間抜け面目掛けて、ぶん投げた。
鈍い音と共に、装甲に叩きつけられ、小さな爆発が生じる。だが、煙が晴れた後には僅かな痕すら残らない。
硬い。
だが、やっと一発入れられた。
デカブツが身じろぐ。痛みに震えている──訳ではなかった。
キロシが拾った視覚データが示したもの。
奴の胸郭中央、蓮の
爆弾だ。それも二度に分けて十、二十。
射出された爆弾の一発一発が、攻撃対象を感知した途端、近接信管で爆裂する。空中の蜂、地上の蟲たち、見境はない。弾け飛んだ奴等の体液に燃え移り、辺りが途端に火の海になっていく。
瓦礫や爆ぜた装甲の欠片が周囲に飛び散り、榴弾の役割を果たす。呼び寄せた仲間などなんとも思っていない、虫ケラに相応しい戦術。
火の
引き延ばされた刹那、僅かに残った視界から活路を探す。
飛んでくる散弾の群れ、その隙間──視界の右下部。
見つけた。
──その一点へ、サンデヴィスタンを叩き込む。
目の前の破片たちが、粘ついた空気に絡め取られる。向こう側から来る爆風が俺をゆっくりと、強く圧していき、次いで引き伸ばされた低い轟音が耳に届く。
姿勢を低くしたまま前へ駆け出す。
ギリギリで右脚を突き出し滑走。
火球の群れを、紙一重で擦り抜ける。
それでも休む間もなく、爆発は連鎖する。
サンデヴィスタンに頼り続ければ凌げる。だが、強力な
無闇に使い続けた先に待つのは死よりも重い結末だ。俺は切札の使用時間を見極め、瓦礫と装甲の破片を避け続ける。
最後の爆風を背中に受け、瓦礫の影に転がり込んだ。
──時の刻みが完全に元に戻る。
肺の中を、空っぽにするまで息を吐く。
遅れて、全身が痛みを思い出す。
皮膚の表層に多数の
手で幾つか叩き落とす。
飛礫は皮膚の表面で止まっていたようだ。
これぐらいなら問題ない。
ほとんどを払い落とし、立ち上がる。
地上にいた連中は、全滅していた。
部下の扱いの悪さについては、
「……虫ケラのお前らにはピッタリだ」
その時。
煙の向こうから、奴の腕状の砲口が動いた。長く太い銃身。対物ライフル並の口径。こちらへと
このままでは、回避不可能。
幾度目かの
ニューロンに、警告信号が走った。
〈警告/連続使用負荷、許容域を突破。直ちに使用を中止し、適切な休息を。推奨クールタイム180min──〉
「知った事か!」
──サンデヴィスタン、再起動。
流れが一気に澱む中、巨大な銃口から白い線が伸びる。
空気を割き、俺を貫く軌道。
どこかへ飛び避けるのは間に合わない。チャージジャンプは溜まっていない。即座に
光の線が、頬を擦過した。
──世界の澱みが晴れた。
対物徹甲弾は、俺の遥か後ろの瓦礫を粉砕していた。頬の皮膚が裂け、薄く熱が走る。
血が、滴る。
周囲は依然火の海。
身体の内側から、燃えるように熱い感覚が沸き立つ。最初の
強烈な痛みの信号が全身に駆け巡る。
(だが、今まで以上に!これまでよりずっと、気分がいい……!)
ここまでの極限状況を切り抜けたのは、
そこで漸く、頭上で羽音がすることに気が付いた。
生き残った蜂が二匹、機銃掃射の構えを取っている。此奴らにはもう興味もない。
邪魔だな──という思いなどお構いなしに、腹部の砲口が火を噴く。
近くに落ちていた手頃な円盤──砕け残った『芋虫』の外殻をぶん投げた。
円盤は一匹分の機銃掃射を弾きながら、高速で縦回転を繰り返す。
その隙に、もう一匹へ。
──此奴の機銃は固定式で、"下"しか狙えない。
頭上を取られた時点で、此奴に残る手はない。
飛びつきざま、翅の付け根を二枚、まとめて握り潰す。
羽音が、悲鳴のように跳ねた。
その瞬間。
視界の隅で、デカブツが動いた。ギョロついた|赤い眼が、此方を見据える。
──来る。
考えるより早く、身体が答えを出していた。
潰し残した翅が、辛うじて俺と蜂を空中に繋ぎ止めている。
その揚力を、足場に変える。
残る翅も引きちぎり、蜂もろとも、自分から落下に身を投げた。
落ちる勢いを殺さず、肩を支点に胴を捻り、腕を絞る。
落下の全てが、回転に乗って先端へ──掴んだ蜂へと集約していく。
──今だ。
腕から、蜂を解き放った。
投げ出された蜂が、宙を切り裂いて飛ぶ。
千切れかけた翅が、最後に空気を掻いた。
行き先は、奴の胸郭中央。
吐き出されたばかりの──開ききった花托。
その、コアの真上。
花托から爆弾が解き放たれた、その瞬間。
射出口の真上で、ちょうど蜂の残骸と接触した。
──眩い光が其処で膨らむ。
爆音が空気を裂く。一発が爆ぜれば、後は連鎖だ。射出途中、未射出だった爆弾が花托の内部を巻き込んで誘爆していく。火球が、奴の胸郭の中心で膨れ上がった。
これまでよりも大きな
だが、先程までの圧は最早感じられない。
短く、鋭く、震えた音。
──奴の悲鳴だ。
俺はその間に、降下中の身体を立て直していた。地面に着地し、まずは横目で蜂を探す。
(……円盤が突き刺さって、死んでるな)
『芋虫』の外殻で二つに分かたれた蜂がそこにあった。
片膝をついたままの姿勢で、奴を見据える。
煙が晴れていく。
花托の周囲、奴の胸郭中央の装甲が──大きく裂けていた。衝撃のせいか、足元から地面へと崩れ落ちている。
彼奴は、それでもしぶとく稼働し続けている。
だが、これで守りはもうない。
奴が、もう一度悲鳴を上げた。
空気を引き絞るような、長い、震えた音。
助けを呼んでいる。
仲間を、誰か、誰でもいい──そう聞こえた。
「もう誰も来やしない」
倒れ伏すデカブツの側へ、一歩ずつ近づく。
「俺とお前で……全部壊しただろ」
奴の悲鳴が、ふっと止んだ。
俺の言葉を理解した訳じゃない。機能が壊れただけだ。
ベルトの後ろに手を回した。
ズオ。中でも此奴は、スマートさの欠片もない怪物だ。
赤い眼は、装甲の崩落した穴の奥で、まだ脈打っている。奴の最期を、間近で拝む。
数メートル先。装甲が剥き出しになっている。
奴の中心、無防備な赤。
この眼は俺ではなく、空を見つめている。
俺は息を吐いた。
姿勢を整え、ズオの銃口を剥き出しの目玉に向ける。
そうだ。コカトリスには、こういう伝説もある。
──もし
「──今回は、俺が先だったな!」
引き金を絞り切った。
八発の炸裂弾が、銃口から吐き出される。
同時に、俺は
ニューロンの警告は、とっくに振り切れていた。
アラートのテキストが、今度は鮮やかな
それでも、世界が止まる。
いや、止まったのは世界じゃない。
俺以外の、全てだ。
粘つく空気の中、八本の線が数メートル先の空中で展開していく。
俺は地を後ろ向きに踏みつけた。チャージジャンプの残量全てを、退避のために絞り出す。
反動で、俺の身体が後ろへ流れる。
空気の粒が、周りで圧縮されていく。
ズオの弾はまだ爆ぜていない。
全弾が奴のコアに躙り寄る。
俺の視界の中、八発の炸裂弾が、ほぼ同時にコアへ衝突する。
そこで俺は頂点から転げ落ち、また世界の時間が、戻った。
奴の胸郭の赤い光が、跡形もなく弾ける。
爆音が、空気を裂く。
爆風が、背後へ飛び退いていた俺の身体を更に吹き飛ばした。
あの獣声とサイレンの混じったような音は、もう上がらなかった。
はじめに地響きが喪われた。
次に破片の落ちる音が消え、戦場には火と煙だけが残った。
──その時の俺は、笑っていなかった。
瓦礫の上から動けないまま、俺だけが残った戦場跡を見ていた。
自分の呼吸音。心拍。視界の隅で点滅し続ける赤いアラート。
それ以外は、何もない──筈だった。
(なあ、V)
その声は、鼓膜を介す事なく頭の奥から聞こえた。
(お前、とっくに
息が止まる。
「……あり得ない」
「夢の中じゃ……お前は出てこない筈じゃ……」
自分だとは到底思えない声が、喉から絞り出される。
(馬鹿か?今朝からずっと、お前の頭ン中にいるだろうが)
頬の傷から滴る血の、冷えていく感覚がした。
(随分楽しそうにしてたじゃねえか、V)
(お前、今の自分がどんな面か分かってんのか?)
これまで握りつぶしてきた違和感が、堰を切って溢れ出す。頭の中で響く声は止まらない。
(で、満足したか?)
俺は、答えなかった。
(それとも、まだこんなんじゃ殺し足りねえか?)
「黙れ」
絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「俺は殺してない。アイツらはただの機械だ!」
(いいや、お前は殺したんだ)
(そして、アイツらが人間だったとしても、お前は容赦なく殺した)
「……ふざけるな!」
俺だって、人間が相手なら、あんな真似は──
(──お前、これが夢じゃないことに、とっくに気づいてたろ?)
その一言が、俺を海溝の底へ突き落とした。
もがく気力もなく、ただ沈んでいく。
(自分自身に嘘を吐くような奴の言葉だぜ?そんなもん信じろってか……)
反論しようとした口が、半開きのまま固まる。
予備心臓も起動せず、生体モニターも正常値を返す。だが、俺の心臓は動いている気がしなかった。
(俺が、お前について教えてやる。街中で目覚めたお前が、如何にして人間以下になるかまでの話だ)
(まずお前は最初にギャングを撃ち殺す。──これは、人助けのためかもな)
──やめろ。
(復讐に来たギャングの仲間。殺す)
(どうせクズ共だ。罪悪感なんてないだろ?)
違う。そんな事は思っていない。
(で、そしたら次はなんだ?)
…………
(大犯罪者V様を捕えに来た、正義の警察官だ)
(そん時のお前はもう、タガが外れてる)
(殺して、殺して──街が跡形もなくなるまで暴れなきゃ、今みたいに腑抜けには戻らねえ)
(──そうやって、最初に助けようとしてた人間ごと殺すんだ)
言葉が脳内で絶えず反響する。
全てが、俺へ向かって剣を向ける。
頭の中で、ナイトシティの街並みが組み上がり、俺の知っている顔、知らない顔、悲鳴、銃声、笑い声、血の匂い──全てが、俺の手で壊されていく光景。
全ての幻視映像を見終えて漸く、俺は息を吐き出すことが出来た。
「……かッッ、はァ!……は、……、はあ……!」
誰に聞かせる訳でもないのに、呼吸が整うよりも先に喉から声が漏れる。
「違う!……」
声が、戦場跡に反響した。
「ちがう……、俺は……」
二度目の声が生んだのは、静寂だけだった。
────────────────
声が消えた後も、最後の言葉だけは反響を止められなかった。
──最初に助けようとしてた人間ごと殺すんだ。
瓦礫の上で座ったままだった。
瓦礫が崩れ、火の弾ける音、自分の呼吸、心拍。
全身の感覚が、津波のように押し寄せた。
頬の血は乾いて冷たくなり、全身の骨が軋む。
皮膚の表層には細かい飛礫が刺さったままで、辺りからは焦げた匂いがする。
あの赤い眼が、最期に見上げていた空に目を向ける。太陽はまだ昇る途中で、中天にすら届いていなかった。
全部、本物だ。
目を開けたまま動けない時間が、どれくらい続いたか分からない。
身を刺し続ける痛みに対処するため、鞄に手を回し、指で挟んで新品の
掌で、軽く握り──そのまま元の場所に戻した。
あんな巨大な残骸のそばに居たんじゃ、益々おかしくなる。目的もないまま、その場から歩くことにした。
立ち上がろうとして、一度よろめく。
怪我じゃない。座り過ぎて立ち眩んだだけだ。
──最初に助けようとしてた人間ごと殺すんだ。
黙れ。黙れ。黙れ。
気を確かに保つために、自分の言葉を繰り返す。
結局、止められたのは足だけだった。
歩き出してから、まだ十分も経っていない。
その時、視界の隅で何かが光った。
いや、光った訳じゃない。
キロシの自動分析に気づいただけだ。あの辺りの地面に、点々と何かが落ちている。
好奇心に惹かれ、点の始まりの方へと近づく。
何かの液体を大量に吸った砂がそこにあった。
──おそらく、血だ。
キロシの成分分析結果は──もういい、諦めた。
だが、コレは俺の知っている血の色と同じだった。
周囲をさらに分析する。
見つかったのは、人体規格を大幅に超えた未使用の
左腕だ。
いつもなら浮かぶジョークも、今の気分では何も言いたくならない。
一見すると人間の腕と見分けがつかなかったが、近づくとその質感から、皮膚は金属製だと分かった。そして、断面からはぎっしりと機械が詰まって見えた。
見た目も大きさも違うが、ただそれだけの共通点で、俺はジョニーの
引き続き、導かれるように、俺は痕跡を追う。どうやら幾つか溢れていた止血帯はあの腕の持ち主が使ったらしい。
最初は二つ続いていた細い線が一つだけになり、砂地で一度止まる。
(ここで死んだ……いや、気を失ったのか)
すぐ近くの廃ビルの入り口。半壊してはいるが、雨風を防ぐ程度には建物が残っているように見える。
雫の点は、そこへ続いていた。