噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE]   作:Narrenschiff

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4.救いは何処 / Balm in Gilead?

 

 開かれたままとなっていた扉を潜り、廃ビルへと足を踏み入れる。

 ──ここに、さっきの機械腕の持ち主がいる。

 中は薄暗く、入っただけで埃が舞う。

 血の痕跡は、足元の直ぐそばにまだ生々しく残っていた。

 先を目で追う。

 入り口の直ぐ横に、壁に(もた)れて座る人の姿。

 より正確に言えば、軍事作戦服のような衣装を纏った少女がいた。

 

 まず目を引くこと。左腕がない。

 次に、服を貫通して胸元に開いた大きめの穴。

 それから、全身に大小無数の傷跡。これらによって、彼女の傷が戦闘によるものだと推測できた。

 ──間違いない、外で見た腕の持ち主だ。

 左腕切断面は止血帯の効果もあり、出血は既に止まっている。

 だが、胸からは今も絶えず血が滴っていた。

 

 そばまで寄って、その場で膝を折る。

 顔は若い女に見える。長い髪。

 右目に大きな負傷があり、目を閉じているが──まだ、息はあった。

 揺り動かさないよう注意しながら、右手首を取って脈拍を取る。

 

 先ほど見つけた腕と違って、彼女の皮膚は人間そのものだった。ずっしりとした腕の重さから、此方も義手なのは間違いない。

 だとすれば、おそらくこの皮膚はエネルギーを受けて動作するタイプの人工皮膚だ。

 質感も、体温も生身と変わらない。

 だが、左腕の切断面から覗いている内部は──全てが金属だった。

 骨となる合金フレーム、神経束に似た配線。

 胸部付近の損傷部からも、同様の構造が覗いていた。

 皮の下には機械、機械。

 大人しそうな顔の割には、かなりの部分を機械(サイバネ)化しているようだ。

 (……誰だか知らないが、俺とお揃いだな)

 

 胸部に開いた隙間からは、異質な構造体が覗いている。心臓に似た装置は機械的な拍動を繰り返して見えるが、さきほど測った脈だと間隔はかなり乱れていた。

 (──機械心肺か)

 続けての推測だ。失血の量は心配ない。

 俺たちぐらい機械化が進んでいる場合は、あれぐらいなら生命に支障はないはずだ。

 

 だが、出力が安定していない。

 ──可能性として最も高いのは、血流装置の損傷。つまり、放っておけば、この心臓は間も無く止まる。

 

 極めて機械化率の高い人間。──あるいは、人間に極めて近いアンドロイド。

 どっちだって構わない。

 

 「機械は機械だ。──だったら、俺なら直せる」

 

 頭の中で、すぐに処置の段取りが組み上がる。

 まずは胸の傷を整え、胸部の失血を完全に止める。循環機能の回復、或いは循環補助によって長期間の延命を可能にする。

 最後に、皮膚の損傷部は ()()()()()()で塞ぐ。後の本格的な再建は軍医が──居ればだが、やるだろう。

 

 コンテナ内には幾つかサイバーウェアのストックがあったはずだ。俺用のメンテナンス機材と合わせれば、緊急時の処置としては成立する。

 立ち上がりながら、視線を一度だけ落とす。

 「お前、運が良かったな」

 

 足早に外へ出た。

 入ってきた時とは違い、軽やかな足取り。

 いつ彼女の心臓が止まるかわからない。

 無事に起きてくれれば、此処がどこなのかを聞くことも出来るだろう。

 

 コンテナがあった場所はマッピング済みだ。

 ここから徒歩で片道三十分。走ればその半分。

 だが、もっと手っ取り早い手段が、俺の身近には有った。

 ──サンデヴィスタンと、チャージジャンプを併用する。

 「これなら、()()五分だ!」

 

 チャージジャンプの一瞬にだけ、サンデヴィスタンを噛ませる。跳ぶ度、風景が線に変わる。

 道とも呼べない場所を掴み、飛び、最短距離で行って、帰る。

 それだけのことだ。

 

 コンテナまでの僅かな時間の間も、頭の中では処置の手順が回り続けている。

 いつもなら俺を責め立てるあの声も、その間だけは何も言わなかった。

 

────────────────

 

 コンテナにつくまでにかかった時間は約二分。無茶な道を通ったのもあって、思ってた時間通り済ませられそうだな。

 壊れたコンテナドアは腕で払い、中の電子ロックを解除し、中へと入る。

 

 内部の配置は把握済みだ。

 奥の壁面、サイバーウェア類が収まった軍用ケース。手前の作業台、その下の引き出しに工具一式。台の上には消耗品類の小型ケース。

 予備心臓を一基。緊急心肺代理装置(PCED)。リアルスキン。消毒・滅菌薬液。診断装置(メディスキャナ)。軍用バックパック。

 最後に工具を取る。リパードク御用達のサイバーウェア用の精密工具一式。手のひらに懐かしい重みが伝わった。

 全てをバックパックに収め、立ち上がる。

 

 ──視界の端に、何の変哲もない段ボールが映った。

 

 前回は気づかなかったが、コンテナの隅に一つ。中身は無造作に放り込まれた保存食と、ペットボトルが数本。量にして二日分ほどだ。

 保存食を一個手に取り、これも収めた。

 あいつが起きた時の為だ。

 水も同様に一本、引き抜く。

 手に取った瞬間、俺は喉が猛烈に渇いていた事に漸く気がついた。戦闘の余波か、駆け続けた所為か。自覚した途端、渇きは堪えようもなくなっていく。

 キャップを開け、一気に呷った。

 

 乾ききった喉に冷たい液体が落ちる。砂に水が吸われるように、半分が一息で、残りも追いかけるように喉を通りすぎた。

 飲み干してもなお、まだ残る渇きを意識した瞬間。

 一人だけの時間は、終わりを告げた。

 

 (あんだけ急いだのも──結局、自分のためだったってわけだな)

 

 返事はしない。

 左手でもう一本の水をバックパックへ収め、背負い込む。

 同時にもう片方で空となったペットボトルを背後へ放る。

 サンデヴィスタンを立ち上げた。

 世界が自分から切り離される。

 あれが落ちる音より先に。急がなくては。

 

 駆ける様に跳ぶ。あるいは、飛ぶ様に駆ける。

 サイバーウェアを活用した独特な走法は、人間のそれとは似ても似つかない。

 キロシ無しでは到底御しきれない、異様な機動。

 軍用バックパックが衝撃を吸収していなければ、荷物は一つ残らず砕けていただろう。

 

 帰路では行きにも増して、診断(はじめ)から縫合(さいご)までの処置手順をより詳細に構築していた。

 

 着地。

 ここから脚部チャージが完了するまでの動きは、人間とそう変わらない。

 この時間だけは、他の工程より速度が鈍る。

 

 (偽善者がポイント稼ぎか?これはゲームじゃねえんだぞ)

 

 返事はしない。次のチャージが脚部に溜まる。

 再びサンデヴィスタンが立ち上がる。

 跳び上がり、風景は線。

 着地。

 

 (動かしたとして、お前にゃ責任なんか取れねえだろ)

 (おれ)の中で喚くだけのお前が言えたことか──即座に切り返し、次の跳躍に入る。

 跳ぶ。

 加速。線。着地。

 

 (──ああ、起きて襲われたら、殺せばいい。得意だもんな)

 走る。

 廃ビルの入口が、目の前に来ていた。

 

 扉の前でバックパックを一度下ろす。

 処置に入る前に、まずは身を清める。

 砂一粒で機械は壊れる。どれだけ技術が進んでも、それは変わらない。

 完璧な滅菌は不可能だが、急いで服の土埃を払い、装備に付着した煤を手早く落とす。

 清潔な布に消毒薬を染み込ませて顔を拭う。乾いた血がべっとりと布に染みつく。

 ふと、違和感を覚えて頬に手を当てた。

 拭った跡には傷一つ残っていない。もう治ったのか?考える間にも動かす手は止めない。

 次だ。

 

 気を失った女性兵士の側へ寄り、脈を確認する。──前回から変化なし。

 ただちに処置を始めるため、全道具の配置を整える。最後に、診断装置を手に取った。

 手のひらに収まる小型端末。事前の動作確認を忘れていたが、問題なく起動してくれた。

 

 (自分が何やろうとしてるか、わかってんだろうな。V)

 返事は、診断装置に向けて返す。

 「分かってるからやるんだ。見てろ……」

 

 レーザースキャンのプロトコルを選択。診断装置の発光部を、胸の傷の上にかざした。

 短い駆動音が走り、青白い光が走査線として降りる。

 ディスプレイにデータが流れ始め、同時に無線でキロシに投影される。視界の端でデータの波形と数値が積み上がっていく。

 データ波形の内容は概ね予想の範囲内に収まる。

 だが、全てを診終えた瞬間、眉間に皺が寄った。

 ──生体部分が、極めて少ない。

 

 想定が甘かった。生体組織どころか、有機物すら碌に検出されない。しかも、殆どが未知の金属との合金だ。残りの全てが、金属と回路と駆動機構で構成されている。

 (ここまでだとは……、アダム・スマッシャー並じゃないか)

 

 これによって、鎮痛剤(マックスドク)に伸ばしかけた手が止まった。──ここまで極端に機械化率が高い例は、(アダム)の他に見たことがない。薬の作用が予測不能だ。効かないだけならまだマシで、最悪の場合は拒絶反応──状況のコントロールを失うことになる。

 この手は使えない。

 

 (んで、次はなんだ?御医者様(ドクター))

 手を動かせ、考えている暇はない。

 

 スキャンで見つかった出血箇所を、改めて確認する。胸の穴、骨格フレームの内側に走る太い血管──エネルギーラインに亀裂が一つ。

 安堵の息を吐く。

 この位置、この大きさなら、胸の傷跡を拡げずとも塞げる。だが油断するな。

 

 俺は工具箱からナックルダスター型の装置を取り出し、両手に装着する。軽く握ると、拳の上で装置が展開し、各指先から針状の端子が伸びた。戦場でも使われる、信頼性の高い多機能メンテナンス道具だ。

 

 急いではいるが、止血処置の前にまだやる事がある。診断装置に付属する極小の有機(オーガニック)チップを心臓部へ貼り付け、針状端子(ナックル)の先でミリ単位に押し付ける──定着した。

 

 次──最重要項目が残っている。素材の選定だ。下手なものを使えば、未知の合金が拒絶反応を起こしかねない。

 ──金属自体と反応しにくいリアルスキンは?仮説でしかないが、今は、これしかない。

 一度深呼吸し、息を整える。

 ここまで来たら、やるしかない。

 

 一か、八かだ。

 

 リアルスキンを適切な形と大きさに切除。亀裂周辺に薬液を散布して清める。それを押し付け、端子の先から微細な電気を流す。リアルスキンが収縮し、血管(エネルギーライン)へと定着していく。

 

 残ったのは、機械の血管へと不恰好に張り付く皮膚もどきの姿。

 それでも、失血は止まった。

 

 短く息を吐く。一度展開させたナックルを元の形へ引き戻し、診断装置のディスプレイに視線を落とした。──同時に、先程貼った有機チップからのデータが流れ込んでいる。

 レーザースキャンの売りが速さなら、有機チップによるモニタリングは、それより詳細で正確な情報を得られることだろう。

 

 ディスプレイを四つに分け、複数の波形が流れる。左上、血流には問題なし。

 その他二つも、止血によってかは知らないが安定したステータスを示していた。

 右下の波形。……僅かだが、これだけが振幅が小さくなり続けている。

 

 エネルギー出力を示すグラフだ。

 

 まだだ。止血したばかりで安定していないだけかもしれない。

 急いで時間軸を横にした図形へと表示を変え、エネルギー推移を確認する。

 減少は緩やかなものだった。

 だがそれは──止血の前も、後も、変わらない速度で進んでいた。

 予備心臓も、緊急心肺代理装置(PCED)も血液を循環させるための装置だ。

 止まりかけているのは、その先。

 

 (嗚呼、見事な止血の腕だ。惚れ惚れするよ。で?救いは何処だ?)

 手が、止まった。

 

 視線が向かうのは、周到に用意した、手元に並んだ道具──全てが、何の価値もないガラクタにしか見えなかった。

 右目に大きな負傷はあるが、眠っているように気絶している顔。

 長い髪が、頬の横に落ちている。

 表情はないが、安らかさすら覚えた。

 ここへ戻ってから、彼女の顔に一度も目を向けていなかったことに気づいた。

 

 この感覚は前にもある。

 目の前の彼女の顔に、別の顔が重なって浮かんで見えた。

 一度は、助けられたと思ったんだ。

 だが、全て思い違いだった。

 俺は、彼女を安全な場所に移しはしたが、俺は、彼女を助けてなんか────

 

 (おい、V(ヴィー)!)

 突如、大音量で響いてくる()()()によって、脳から全ての追憶が追い出される。

 

 (さっき自分で言ったことを、もう忘れちまったのか?)

 ……さっ、き?……一体、俺が、何を……?

 

 (……本当にこいつを助けたいってんなら、()のことを考えてる暇はないはずだ)

 

 頭の奥で声が走った。

 その言葉には返事も、無視も、出来なかった。

 代わりに視線が動いた。

 彼女の顔から、下へ。胸の傷の縁、塞いだ亀裂と、血管に張り付く皮膚もどき。次に胴体の輪郭、次に、失われた腕の切断面が目に入った。

 骨格フレームと配線の断面。激しい戦闘の結果だ。その視線が、今度は逆を辿った。

 残った右腕。両脚。

 

 その瞬間、気づいてしまった。

 

 全身に悪寒がまとわりつく。

 吐き気にも似た嫌悪が、喉の奥から這い上がってくる。腐った発想に対して反吐が出る。

 

 (……だめだ、ありえない。そんな事は旧時代の、劣悪な状況だからこその蛮行だ)

 

 一つ、道がある。

 道とも呼べない道が。

 

 その道の先に、救いはない。

 無論、成功すれば彼女は目覚めるだろう。

 だがそれは時間を稼ぐだけだ。

 稼げる時間すら長くはない。

 

 (俺に、()()する権利があるのか?)

 答えは出てこない。

 反対でも肯定でも、何でもいい。

 何か言ってくれれば楽になれた。

 だが、幻覚が選択に関わる事はない。

 

 彼女の仲間、医者、誰でもいい。

 誰か、助けが来るかもしれない。

 知っている。限られた今の時間で、来るはずがない。

 

 このまま放っておけば、彼女は眠ったまま、苦しまずに死ねるだろう。

 だが、コンマゼロ以下の確率に俺が賭ければ──眠りから引き摺り出す事になる。

 その賭けに負けた時、彼女は死ぬ。

 それは、俺が殺す事と何が違う?

 

 見殺しか、自分の手で殺すか。

 二択だ。

 

 選べ──

 

 ────────────────

 

 扉の右の壁にもたれて座る。

 診断装置のディスプレイには、波形と数値が流れ続けていた。

 視線はそこへと向かっている。

 

 微かな衣擦れの音が、左の方から聞こえた。

 その音がして初めて、ディスプレイに示された数値が変わっていたことに気づいた。

 

 視線を彼女へ向ける。

 先程までの眠り姫とはうってかわって、利発な風に見える。

 彼女は目覚めた──俺は、最初の賭けに勝ったとも言える。

 だが、この時は、それが良いことだとは思えなかった。

 

 直視できず、手の中へ視線を戻す。

 ゆっくりと持ち上げる。

 

 残った左の瞳が、こちらを見ていた。

 

 今度は、装置に視線を戻すフリをして──それから、装置を膝の上に置いた。

 

 「えっと……処置してくれたんですか?」

 「ありがとう、ございます……」

 

 思い返してみると、自分以外の声を聞いたのは、あれが久しぶりだった。

 

 ────────────────

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