TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う   作:第616特別情報大隊

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ブルガル川//忠誠

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 ──ブルガル川//忠誠

 

 

 都市の反乱鎮圧には最終的に2週間以上かかった。

 そして市民はほぼ皆殺しにされた。

 ほぼというのは逃亡した市民もいたからだ。

 クイントゥス将軍は街の中の掃討戦に気を取られ、都市を完全に包囲しておくことを忘れてたのである。

 

「反乱は鎮圧された。この軍功に皇帝陛下もお喜びである」

 

 そういう失敗は報告しなかったのだろう。

 クイントゥス将軍は皇帝陛下からの書状を読み上げて満足げだ。

 

「これも私の優れた指揮あってのこと。これからも将兵諸君には、この私を全面的に信頼してもらいたい」

 

 兵士たちを相手に長々と彼は自画自賛をして見せたが、話を聞かされている兵士たちは心ここにあらずだった。

 それもそうだろう。

 彼らは結局街ひとつを壊滅させ、そこにいる住民を虐殺したのだから。

 彼らが負った心理的な傷が小さくない。

 

「我々は前進を再開する。再びブルガル川を渡河し、第2軍に追いつくのだ!」

 

 しかしながら、クイントゥス将軍の頭にあるのはライバルである第2軍のティベリウス将軍に負けないこと。

 それだけだった。

 

 私たちは都市の周りに展開していた陣地を引き払い、再び前進する。

 これまで通り、傭兵であり魔法使いの私とソフィアは馬車で移動するのだが……。

 

「やあ、果物などはどうです?」

 

 ガイウスが馬車に勝手に乗り込んできている。

 

 あの都市での戦闘からどうにも私たちは彼に目を付けられてしまったようだ。

 しつこく馬車に乗り込んできたり、追い払っても天幕に邪魔しに来たりする。

 今日も彼は私たちを監視に来たようだ。

 

「クイントゥス将軍のご機嫌取りをしなくていいのか?」

 

 ソフィアはそんなガイウスに皮肉げに言った。

 クイントゥス将軍は先の都市での戦闘の魔法使い部隊の働きに満足し、自分の副官よりもガイウスの意見を聞くことが多いのは、第3軍の将兵なら誰でも知っている。

 

「特に今は必要ないでしょう」

 

 ガイウスはソフィアの皮肉を軽く流し、馬車の中に座り込む。

 完全に居座るつもりのようだ……。

 

「前回の渡河作戦ではパルチザンに魔法使いが混じっていたとか」

 

「ああ。西部連合は魔法使いが充実しているようだ。金払いがいいのだろう」

 

「全く、そのようですね。私もいっそ西部連合に寝返ろうかと思いますよ」

 

「……本気か?」

 

「冗談ですよ。私たちは帝国の正規兵です。皇帝陛下に忠誠を誓った身です。けど、あなた方は傭兵だ。金払いのいい方に付くべきでは?」

 

「そうかもしれないな」

 

 私たちは所詮傭兵だ。

 金払いのいい方に靡くのは当然のことのように思える。

 

「だが、今は帝国の側についておくさ」

 

「その理由は?」

 

「西部連合に伝手がないし、帝国軍陣営のど真ん中にいるのに敵に寝返るのは阿呆のすることだ」

 

「ははっ。確かに」

 

 ガイウスはソフィアの言葉に笑う。

 

「……お弟子さんは優秀なようですね」

 

 そして、ガイウスが私の方を見た。

 

「ああ。優秀な弟子だ」

 

「実子ではないのでしょう? どういう経緯で弟子に?」

 

「それがお前に関係あるのか?」

 

 ガイウスはこうして私のことを探ってくる。

 私の方を見る目は好奇のそれだけではなく、疑いや探りの色もあった。

 それは私があの都市で爆轟魔法を使ってからずっとだ。

 彼は私があの魔法を使ったのではないかと疑っているかのようだった。

 

「お互いに親睦を深めようというだけですよ。私も身の上話をしましょう」

 

 ガイウスはそう言って語り始める。

 

「私の家は代々魔法使いの家系で、魔法は最初は父と母から教わりました。それから帝都の魔法学校へ。ですが、魔法学校で学んだのは魔法と言うよりも処世術でしたね。いかにして有力な派閥のメンバーと友人になるか」

 

「……想像は付く。帝国は能力ではなくコネがものを言う国だ」

 

「そうです。私の両親は魔法使いでしたが、家自体は有力とも言えず、私も有力な派閥に加わるのには苦労しました。そして、有力な派閥に入ってもそこでさらに派閥争いです。学校では魔法など学ぶ暇などない」

 

 ソフィアがため息交じりに言い、ガイウスも肩を竦めた。

 

「そして、結局は私も有力な派閥の下っ端という地位に甘んじることになりましてね。派閥のために戦場で戦果を上げてこいと前線送りです。やれやれですよ」

 

 どうやらガイウスが戦場に来たのは、彼が望んだことではなかったようだ。

 まあ、傭兵でもないのに好き込んで戦場に行きたがる人間などいないか。

 

「それで、あなた方は? どういう経緯で師弟に?」

 

「この子は孤児だ。私が拾った。それだけだ」

 

「ほう。特に名のある家の子ではなく?」

 

「分からん。貧しい家の生まれだから捨てられたのかもしれないし、名家の私生児が捨てられてしまったのかもしれない。今となっては分からない」

 

「ふむ」

 

 私の出自は不明なままだ。

 分かっているのは理由はどうあれ親に捨てられたことと、リンクスと言う名が添えられていたことだけ。

 

「だが、どうあれ私にとっては唯一の愛弟子だ。譲るつもりはないぞ」

 

「はははっ。別に取りはしませんよ」

 

「どうだか」

 

 ソフィアは警戒した視線でガイウスを見ている。

 ガイウスは口では笑っているが、やはり私を見る目は笑っていない。

 彼は私があの爆轟魔法の使い手だと知ったら、私をどう扱うつもりなのだろうか?

 ソフィアはそのとき守ってくれるだろうか?

 

「ガイウスさん! クイントゥス将軍がお呼びです!」

 

 そこで帝国軍の騎兵が伝令としてやってきて、ガイウスを呼ぶ。

 

「おや。呼び出しを受けてしまったようです。では、失礼を」

 

 ガイウスは伝令に応じてごとごと揺れる馬車を降り、伝令とともに立ち去った。

 

「……リンクス。やつには注意しろ。薄々だが気づき始めているようだ」

 

「……はい」

 

 ソフィアはガイウスが去ると私にそう警告。

 ソフィアもガイウスの様子のおかしさに気づていた。

 

「お前は自分の出自が気になるか?」

 

 それから不意にソフィアがそう尋ねてくる。

 

「いいえ。出自が分かってもいいことはなさそうですから」

 

「そうだな。理由はどうあれ自分を捨てた親のことなど知りたくはないか……」

 

 悪いことを言ったというようにソフィアが視線を伏せる。

 

「気にしないで。それに今は師匠がいてくれますから」

 

 そう、私にはソフィアがいる。

 私をスラムに捨てた親よりも愛情を注いで育ててくれたソフィアがいるのだ。

 それだけで私の人生は満たされていた。

 

「……私はお前の親ではない」

 

 ソフィアは視線を伏せたままそう言う。

 

「だが、お前がそれで十分ならば私から言うことはない」

 

 彼女は無表情に努めようとする表情でそう言った。

 その横顔にはどこか罪悪感を抱えているような、そんな影が見える。

 私の両親に成り代わったことへの罪悪感?

 そんなのは馬鹿げている。

 

「……私にとって師匠は親よりも大事な人です。だから、そんな顔しないでほしい。私は師匠には笑顔でいてほしいから……」

 

「……リンクス」

 

 そこでソフィアはややぎこちなく微笑み、私の頭をそっと撫でる。

 温かい彼女の手が私の髪を梳き、それが心地よかった。

 

「ああ。私にとってもお前は大事な存在だ。血の繋がりがなくとも」

 

 ソフィアはそう言い、その濃緑色の瞳でじっと私を見つめる。

 私も赤い瞳でソフィアを見つめ返す。

 ソフィアの瞳には憂いの色は残るが、今は優しさが優っていた。

 そうして私たちが見つめ合っていたとき、馬車がゆるゆると速度を落とし始める。

 

「敵野戦軍を捕捉! 全員、陣を組め!」

 

 帝国軍の伝令がそう叫びながら駆けていく。

 再び戦いの時間が訪れた。

 

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