TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──ブルガル川//前哨戦
ブルガル川の渡河はそう簡単にはいかなかった。
私たちが後方の都市の反乱で手を焼いている間に西部連合の野戦軍がブルガル川対岸に展開していたのだ。
「おのれ! またしてもここで……!」
もし後方で反乱が起きていなければ、それにいつまでも手を焼かなければ防げた事態にクイントゥス将軍は副官に当たり散らして激怒したとか。
敵の野戦軍はブルガル川の対岸に陣を広げ、そこから私たちを見てくる。
陣営には西部連合の赤い軍旗も高らかと掲げられており、帝国軍はそれと対峙することになった。
さて、対岸にいる敵に真正面から突っ込むのは良策ではないことは、あまり軍事に詳しくない私にでも分かる。
できることならば敵のいない場所を探して、迂回突破すべきだろう。
しかし、それができない理由が帝国軍にはいくつかあった。
ひとつは補給の面で余裕がないこと。
これまで本国からの細々とした補給と現地での略奪で成り立っていた帝国軍は2週間も後方の都市に足止めされたことで、物資が底を尽きかけていた。
だから、早く次の都市へ略奪に行かなければいよいよ補給切れで干上がる。
時間の猶予は、あまりない。
それからクイントゥス将軍自身の性格。
彼は忌々しい西部連合を前にして冷静に迂回が選べるような性格ではない。
迂回という選択を司令部が取る可能性はほぼゼロだ。
最後に西部連合自身が決戦を挑んでくるリスク。
数においては西部連合の方が私たち帝国軍第3軍に優っている。
傭兵を掻き集めたのだろう。
敵の数は私たちが6000名程度なのに対して、敵は1万近い規模だ。
下手をすると2倍の戦力差がある私たちを敵が見逃すかと言う問題。
以上の理由で司令部は敵野戦軍に対して渡河の上、決戦を挑むことにした。
「幸い川の流れは穏やかだ」
ソフィアが上空に飛ばしたワタリガラスから事前に地上の情報を得てそういう。
「本当に川を渡って敵と交戦を?」
「クイントゥス将軍はそのつもりだし、他に選択肢もないだろう」
無謀だと思うのだが、クイントゥス将軍でもなくともこのような状況では決戦を選ぶとソフィアは言った。
「問題は敵の魔法使いの規模だ。我々の側には私たちを含めて8名しかいない。これを上回る規模の魔法使いを敵が動員しているならば、我々は火力で押し負けるだろう。その結果は……言うまでもないな」
ソフィアはそう言い、川のこちら側で陣形を組み、対岸にいる西部連合と対峙している兵士たちの方を物憂げな瞳で見た。
これから彼らは死地に送られるのだ。
この中のどれだけの人間が生き残れるのか……。
「ソフィアさん、リンクスさん。クイントゥス将軍がお呼びですよ」
そこでガイウスがやってきて私たちにそう言う。
彼はこの状況をして笑みを浮かべており、それが不気味ですらあった。
「ああ。分かった」
ソフィアはガイウスの言葉に応じ、私を連れて司令部の天幕へ。
司令部では渋い表情のクイントゥス将軍が私たちを出迎えた。
「魔法使い。状況は分かっているな。我が軍はこれから敵野戦軍との決戦に入る」
クイントゥス将軍はそう告げる。
「我が方は数において不利だ。敵野戦軍の規模は1万を超える。だが、それでも我々は勝利しなければならん。皇帝陛下の名において!」
拳を振るってそう熱弁するクイントゥス将軍。
「さて、そこでだ。魔法使い、お前たちには攻撃前に敵に可能な限りの打撃を与えてもらいたい。例の爆発魔法でも他の魔法でもいい。我が軍の兵士たちが渡河するのを支援し、勝利に導くのだ」
「敵の魔法使いの規模は?」
「分からん。斥候を出したが確認できなかった。お前の方が空を飛べるのだから確認しやすいのではないか?」
「迂闊に飛べば撃ち落とされる」
「ふん。それは確かに困るな。傭兵とは言えど貴重な魔法使いが減るのは……」
一応私たちの価値は高いようだ。傭兵だけど。
「敵の魔法使いの規模がどうあれ我々は決戦に臨む。これはすでに決定した。魔法使い、作戦は以上だ。攻撃に取り掛かれ」
クイントゥス将軍はそう言い切り、私たちは司令部の外に追い出された。
「例の魔法、威力の制御はできるのですか?」
司令部の外に出るとガイウスが早速そう尋ねてくる。
「……難しいな。友軍との距離が近すぎる」
川幅15~20メートルほどのブルガル川を挟んで対峙する両軍の距離は短く、私が爆轟魔法の制御を間違えば友軍まで吹き飛んでしまう。
それは不味いだろう。
「では、地道に削るしかありませんな」
ガイウスは少しばかリ落胆した様子でそういうと私たちから離れ、彼が指揮する魔法使い部隊の方に向かった。
「リンクス。私たちは敵の魔法使いの動きを見てから動くぞ」
「いいんですか?」
「私たちは傭兵だ。勝ち負けより生き残ることを考えろ」
「……はい」
ソフィアの言うとおりだ。
私たちに帝国の勝敗は関係ない。
負けそうになったら逃げればいいのだから。
だから、最悪でも逃げられるように生き残る必要があった。
「ガイウスたちが攻撃を仕掛ければ、敵の魔法使いも反応するだろう。悪いが連中を囮にさせてもらうか」
戦場では魔法使いは魔法使いによって殺される。
私たちが恐れるべきは敵の魔法使いだ。
ソフィアはその敵の魔法使いの反応を見るために、ガイウスたちの攻撃を待った。
「──動くぞ」
ラッパの音が戦場に響き、それから帝国軍の兵士たちが自らを鼓舞するように雄たけびを上げる。
「うおおおおおお──────っ!」
「フラアアアアア──────ッ!」
西部連合も呼応するように咆哮し、まるで野生動物の威嚇合戦のような場面から戦いは始まった。
お互いの弓兵が射撃を開始し、歩兵たちは盾を構えて降り注ぐ矢から身を守る。
ガンガンと木製の盾に矢が突き立てられる音が響く中、帝国軍は前進を開始。
帝国軍は川の流れが緩い今のうちに渡河しきってしまおうというつもりらしいが、川底は思ったより深い。
兵士たちは膝のあたりまで水に浸かり、そのせいで上手く進めていなかった。
敵にとっては絶好の攻撃のチャンスだ。
川の向こうから矢がさらに矢が降り注ぎ、防御の姿勢が維持できない帝国軍を少しずつ削っていった。
清らかだった川の流れは今や泥と血、そして汚物で濁ってしまっている。
そんな赤黒く染まった川を帝国軍は必死に渡河しようとしている。
「敵の魔法使いが見えた」
と、ここで使い魔を飛ばしていたソフィアが報告。
「敵隊列の後方。かなり離れているな……」
「どうします?」
「言ったとおりだ。ガイウスたちが動くのを見て動く」
ソフィアはそう言い、ガイウスたち帝国軍の魔法使いの動きを待つ。
そこでガイウスたちのいる陣地の方から青白い煌めきが見えた。
「師匠」
「ああ。始まったな」
ガイウスたちは魔力の矢を形成し、それを西部連合に向けて射る。
青白い光が放物線を描いて西部連合の歩兵に降り注ごうとしたとき、西部連合の方からも同じ色のもっと強力な光が瞬く。
それはガイウスたちのそれよりずっと大きな矢であり、やはり放物線を描いて飛び、そして──。
「あっ!」
ガイウスたちの魔法使いの陣地がすぐさま魔力装甲に覆われるが、矢はそれを砕き、陣地で粉塵が上がった。
「対魔法攻撃か。相手もプロだな」
魔法使いは攻撃に専念すれば防御が疎かになり、防御に専念すれば逆になる。
だから、魔法使いが攻撃を放つ瞬間は、相手にとってもっとも攻撃に適したタイミングなのだとソフィアは言っていた。
「今の攻撃だと帝国軍の魔法使いは……」
「全滅はしていないだろう。引き続き食いつきいい囮になってくれるはずだ。だから、こちらもいよいよ動くぞ」
ソフィアは冷静にそう言い、青白い光が瞬いた西部連合隊列後方を見る。
「……リンクス。お前の力、今回も頼りにさせてもらうぞ」
「ええ」
私は嬉しかった。
ソフィアから必要とされているんだと分かってとても嬉しかった。
ソフィアのためならば──いくらでもこの手を血に染めよう思えた。
今も帝国軍が必死に渡河を試みるブルガル川は赤黒く濁っている。
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