TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──戦いの間で
ガイウス──将軍の指揮の下で、帝国軍は立て直しを図った。
クイントゥス将軍と違って彼はティベリウス将軍をそこまで敵視しなかった。
彼は第2軍とともに戦力を一度後方に撤退させ、そこで再起を図っている。
その後方の名はフェロクスという。
「兵隊さんたち! パンはいらんかね! 美味しいよ!」
「可愛い女の子とお酒が揃っているよ! 寄っておいで!」
フェロクスでは急に集まった帝国軍の将兵を相手に商売をしようと、出店の店主や酒場の客引きが必死に叫んでいた。
「何というか。後方だね、ここは……」
「そうだな。まだ戦火に呑まれ切っていない」
私がまだ平時の色が残るフェロクスの街を眺めて言うのに、ソフィアもそう返した。
戦場に来てから私たちが見た街は略奪を受けていたり、焼き払われていたりと酷い惨状だったが、このフェロクスにはそういうことはなくまだ活気が残っている。
「少しのんびりするとしよう。ガイウス将軍はここで軍の立て直しに注力するつもりのようだからな」
「はい、師匠」
私たちは束の間の平穏を今のうちに楽しむことにした。
フェロクスの街を歩き、市場を見て回り、ここに暮らす市民の生活を見学する。
「思えばこうしてお前と街を歩くことはこれまでなかったな……」
ソフィアがそう呟く。
確かに私とソフィアは戦争が起きるまでは、ずっと山小屋で暮らしていたので、街での生活を体験していない。
こうしてソフィアとともに街を歩くのは初めてだ。
「何か食べるか、リンクス?」
「はい!」
それから私たちは帝国軍の将兵を相手に美味しそうな串焼きを振舞っている出店などを見て回った。
帝国軍の野営の食事よりやはり後方の食事の方が美味しい。
野営では肉は滅多に出ず、出ても塩漬けされた塩辛いものであった。
タンパク質は主にオートミールで補給するしかない。
そんな生活を送っていた私たちは香ばしいタレで焼かれた串焼きを買って頬張る。
「どうだ? 美味いか?」
「美味しいです!」
串焼きのお肉は柔らかく、タレの風味も合って絶品だ。
私は貪るように串焼きを平らげた。
「出店の食事で終わらせるのもなんだ。どこかに入って食事をしよう」
私たちは私たちと同じように休暇を楽しんでいる帝国軍の兵士で賑わっている食堂に入った。
「いらっしゃい!」
食堂の女性給仕が私たちを出迎え、席に案内する。
私たちは手ごろな席に座るとソラマメと豚肉、それから野菜の煮込み料理というものを注文した。
「師匠。あっちのお肉も美味しそうだね」
私は大きなベーコンに齧りつく兵士たちを見てそう言う。
分厚いベーコンからは肉汁が滴り、とても美味しそうに見えた。
そして、その香ばしい匂いはこちらまで漂っているほどだ。
「そうだな。次にはああいうものを注文してもいいだろう」
「……師匠は街で暮らすつもりはないの?」
私はソフィアにそう尋ねる。
魔法使いが危険だと言うことは、私はこれまでの戦いでよく知った。
だが、ソフィアは自制ができる人だ。
誰彼構わず魔法で殺すような人じゃないし、魔法の力に頼りすぎてもいない。
私たちならば街で暮らすこともできると思うのだが……。
「……私は街で暮らすつもりはない」
ソフィアは私の問いに応じる。
「街で暮らせばしがらみが生まれる。好もうと好まざると魔法使いとの接点を持とうする人間は多い。私たち魔法使いを利用したいものは大勢いるんだ。そういう連中にいいように利用されたくはない」
ソフィアの言っていることは私にも分かった気がする。
この戦争でも私とソフィアはクイントゥス将軍やガイウスに危険な仕事を押し付けられてきた。
魔法使いというのは力があるが、その力を利用したい権力者にも別種の力がある。
そういう権力の構造に組み入れられたくないからソフィアは山小屋で暮らすことを選んだということなのだろう。
「はい、お待ち!」
それから私たちの下に料理が運ばれて来た。
たくさんのソラマメとぶつ切りの豚肉、そして大きなキャベツや角切りのニンジンが入ったポトフみたいな料理だった。
「さあ、冷めないうちに食べてしまおう」
ソフィアはそう言って話を打ち切り、食事を始めた。
私もよく煮込まれたキャベツを口に運び、ほくほくした食感に満足する。
野営の食事では野菜も新鮮とは呼べなかったので、こういうのもありがたい。
「うん。美味いな」
ソフィアも満足そうに料理を口に運んでいく。
柔らかいぶつ切りの豚肉を咀嚼し、その美味しさを味わう。
また軍事作戦が始まればこういう料理はお預けだ。
今のうちに味わっておかねば。
「……リンクス。もうお前は一人前だ」
そこでソフィアが匙を置いてそう語り始める。
「お前が望むのならば独り立ちしてもいい。お前が街で暮らすことに私は異論を唱えない。もうお前はひとりで生きていけるだろう」
ソフィアはそう淡々と言う。
「この戦争での稼ぎはお前にやろう。それを元手にすれば──」
「……ソフィアはもう私が必要じゃない?」
そんなソフィアの言葉を遮って私は呟くような声でそう尋ねた。
「そんなことはない。だが、私の人生にいつまでもお前を付き合わせるわけにもいかないだろう。お前にはお前の自由な人生を送ってほしいんだ……」
ソフィアは首を横に振って静かにそう返事を返す。
「私に自由に生きていいと言うならば、私をソフィアのそばにいさせてほしい。それが自由な私の望むことだから……」
そんなソフィアに私はそう返したのだった。
「……そうか。お前がそれを望むならば、そうするといい。私は否定しない」
そんな私の言葉にソフィアは感情を見せまいと努めたようにして、そう頷く。
だけれど、そんな彼女は顔はどこか嬉しそうに見えた。
それから私たちはデザート代わりに蜂蜜で包んだ甘いナッツを食べ、食堂を出る。
それから私たちは市場を見て回った。
市場にはいろいろな商品がある。
食べ物だけでなく、小物や生活雑貨などもあった。
私とソフィアは静かにそれらを見て回り、何かいいものあるかを探した。
特にこれと言って素晴らしい品を市場は扱っているわけではなかったが、目を引く品はいくつかあった。
木彫りの動物の置物は可愛かったし、小ぶりなナイフは便利そうだ。
「今はまだ土産を買うには早い。見るだけにしておけ」
「はい」
ここで何か買ってもこれから先の戦闘で失うかもしれない。
そう思うとここで何かを買うのはやめた方がいい。
「戦争が終わったら帰りにまた寄っていこう」
「ええ」
ソフィアの言葉に私は頷き、私たちは市場を出た。
それから私たちは帝国軍が手配した宿に入り、そこで休息を取る。
最高の宿とは言えないが、部屋はなかなか上質なものだった。
風呂桶に入れた湯で私とソフィアは湯浴みを済ませる。
石鹸の香りが部屋の中に満ち、私は纏めていたポニーテイルを解いてそれを洗うソフィアの方を見つめた。
綺麗な人だ。そう改めて思う。
濡れた黒髪は烏の羽のように艶やかであり、その横顔は芸術家が設計したみたいに整っている。
「リンクス。髪を洗ってやろう。おいで」
「師匠。もう自分で洗えるよ」
「長い髪は洗うのが大変だ。私がやるからじっとしていなさい」
私は断る姿勢を見せたが、ソフィアに髪を洗ってもらうのは嫌いではなかった。
確かに腰まで伸びた長い髪というのは洗うのが大変だし、ソフィアは優しく私の髪を扱ってくれるから。
石鹸を泡立ててソフィアが私の髪を洗う。
山小屋でもこうしてソフィアに髪を洗ってもらっていた。
「師匠」
「どうした、リンクス?」
私はソフィアに告げる。
「いつもありがとう」
そう、感謝の言葉を。
……ガイウス将軍が軍の再編を済ませたのは、それから5日後のことだった。
私たちは再び西部連合と対峙することになる。
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