TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──リンクスと言う少女
私がこの世界に転生したのは12年前。
前世では男子に生まれるも身体が弱く早死にで全くいいことがなかったので、次はまともな人生が送りたいと思っていた私だが、生まれた先はよりによってスラムの孤児。
最悪だった。
両親は赤ん坊のときに私をスラムに捨て、顔も覚えていない。
赤ん坊だった私を拾って育ててくれたのはスラムにある孤児院の聖職者で、私は5歳のころまでそこで面倒を見てもらった。
しかし、その孤児院にもずっといられるわけじゃない。
私は6歳になるともう大人だと外に出された。
それからは自分で生きていくために様々なことを覚えた。
人から物を盗むことを覚えた。
食べられる残飯とそうでない残飯の区別を覚えた。
暴力にさらされても挫けないことを覚えた。
そして、感情を殺して生きていくことを覚えた。
生きるのに必死だった。
生きていれば何かいいことがあるんじゃないかって思っていた。
そして、それは正しかった。
ソフィアに出会ったのだから。
ソフィアに出会ったのは、私が帝都で盗みをしながら生きていた8歳のときである。
私にとってソフィアの最初の印象は『いいカモ』だった。
右足を悪くしており、杖を突いて歩いている彼女からは楽に盗めそうだったのだ。
私は彼女の背後から近づき、持っていた高級そうな鞄をひったくろうとした。
荷物をひったくることそのものは成功し、私は足の不自由な彼女からならば簡単に逃げ切れると思った。
しかし、その目論見は大間違いだった。
『偉大なる精霊たちよ。戒めとなって我が敵を捕らえよ』
彼女がそう詠唱すると私の両足が突然引っ張られ、私は顔面から地面に転んだ。
鼻血を流しながら私が振り返ると、私の足に青白く光る縄が纏わりついていた。
それが私が初めて見た魔法。
「魔法使いから盗みを働くのはおすすめしない」
ソフィアはそう言い、私からそっと鞄を取り戻す。
「ほら」
それからソフィアはハンカチで私が鼻から流している鼻血を拭ってくれた。
彼女の纏っている紫色のローブに黒い五芒星が見えたのもそのときだ。
私は初めてこの薄汚く、生きづらい異世界でファンタジーな要素に触れて、この状況にもかかわらず興奮していた。
「魔法が珍しいか?」
ソフィアはそんな私にそう尋ねた。
私はそのとき彼女に頷いたと記憶している。
恥ずかしながら、よく覚えていないのだ。
「そうか。お前、親は?」
「……いない」
このやり取りは覚えている。
大げさに憐れむような視線ではなく、逆に憐れみを押し殺したソフィアの目。
一方的に私を憐れむのはダメだと思いながらも、その境遇には無言で同情してくれている彼女の表情。
それをよく覚えているのだ。
「名前は?」
「……リンクス」
それは赤ん坊の私に添えられていた名前。
捨てたくせに名前だけは付けた身勝手な親の付けた名前。
「……私の弟子になるか?」
ソフィアは長い沈黙の末にそう尋ねてきた。
「魔法使いの……弟子に……?」
「ああ。お前からは何かを感じる。ただの孤児と言うわけでもなさそうだ」
「なります!」
私は即答した。
これはこの暗い世界で初めて見た輝く希望だったのだ。
そのときのソフィアはまるで神様のように見えた。
「魔法使いになるのは、決して楽ではないぞ。辛いこともある。それで大丈夫か?」
「はい!」
「……分かった。なら、一緒に来るといい」
私はその日、やっと手にした希望とともにスラムを去った。
そのとき握ったソフィアの手の温かさは今でも覚えている。
そして、ソフィアとともに私は彼女の山小屋に向かったのだ。
* * * *
私から普通ではない何かを感じたソフィアの勘は間違っていなかったと私が証明したのは早かった。
『偉大なる精霊よ』
そう唱えるだけで私はソフィアの課題を次々にこなせたのだから。
ソフィアが私を連れて行った先は小さな街の城壁の外にある蔦に覆われた山小屋。
自然豊かな異世界にあって、まさに大自然の中だった。
近隣の住民なんてものはおらず、隣人はイノシシやシカなどの野生動物だけ。
そんな山小屋で私はソフィアから魔法を教わった。
「最初は飛ぶことを覚えなければな」
私にまず与えられた課題は飛行魔法で山頂まで辿り着くこと。
飛行魔法でバランスを取ることは難しく何度も浮いては落ちると繰り返した。
しかし、一度慣れればどこまででも飛べた。
グライダーのように、飛行機のように、そして鳥のように。
そんな風に自由に空を飛ぶのは素晴らしい経験だ。
「上出来だ。よくやったな」
そして私はソフィアとともに近くにある山の頂まで飛行して、無事に到着したときには頭を撫でられたのを覚えている。
「次は生き残るための魔法だ」
次に魔導書を使ったいわゆる生活魔法というものを教えてもらった。
水を出す魔法や火を焚く魔法。そんなことまで魔法は可能なのである。
前世には魔法なんてなかったので見るもの全てが私には目新しかった。
自分で生み出した水を飲み、自分で生み出した炎で温まるのは異世界に転生して初めて楽しめたことだった。
「今度は魔法で食料を調達しよう。これは危険だから真剣に学ぶんだ」
次に教わったのは狩りの方法。
魔法による狩りだ。
「魔法による攻撃の手段はいくつかある」
ソフィアは語る。
「しかし、主流なのはふたつだけだ。すなわち、魔力そのものをぶつける方法と魔法で質量のある物質を操ってぶつける方法」
ソフィアはそう言って指を2本立てる。
「魔力は凝集させることで盾にもできれば、矢にもなる。魔力そのものを使う攻撃は基本となるものだ。たとえば『偉大なる精霊たちよ。我らが力となりたまえ』」
ソフィアはそう詠唱して魔力を凝集させたものをドンッと離れた位置にある森の木にぶつけると、木は大きく揺れると鳥が羽ばたいて逃げていく。
「ただこの方法は魔力そのものをぶつけるため魔力の消費が激しい。そこで出番になるのが質量のある物質を魔力で加速させてぶつける方法だ」
そういうと次にソフィアは地面から石を拾って見せた。
「こういう石でも岩でもそういうものを魔力で加速させてぶつけるのはシンプルに威力があるし、魔力の損耗も少なく済む」
彼女はそう言って親指で石を弾く。
『偉大なる精霊たちよ。風の力でこれを運びたまえ』
空中に跳ねた石が急に空中で加速した。
まるで弾丸のように加速した小石は揺れた木々から舞い落ちていた葉っぱを貫き、木にめり込んだ。
「そして、防御の方法も基本的にこのふたつのやり方だ。魔力を凝集させた盾──魔力装甲を展開するか、物を操って盾にする。咄嗟の場合に使うことが多いから、これは魔法陣として準備しておくのが常だ」
ソフィアはそう言って私に羊皮紙に描かれた魔法陣を渡した。
魔法陣は複雑で、一発で描けそうなものではなかった。
だが、これも覚えるべきことなのだろう。
『偉大なる精霊よ。我が身を守りたまえ』
そう思いながら、呪文を唱えると青緑色の障壁が私を包んだ。
これが魔力装甲か。
昔遊んだゲームでロボットが展開するシールドみたいだと私は思った。
「よし。それを常に放さず持っておくんだ。いいな?」
「はい」
こうして私はソフィアからこのふたつを教わって、早速彼女と狩りに向かった。
獲物はイノシシだ。
イノシシと言ってもこの山には信じられない大きさのイノシシが出没する。
さらに言えば巨大なクマも出没するのだ。
いつ狩る側から狩られる側になるか分からない危険な課題だった。
「師匠。師匠はどうして町で暮らさないのですか?」
私は獲物を探す道中で疑問に感じていたことをソフィアに尋ねる。
「……魔法使いは危険だからだ。これぐらい距離があった方がいい」
ソフィアはそう言うのみ。
そのとき私はまだ彼女の言葉に意味が理解できていなかった。
「それより獲物を見つけるんだ。何も狩れなかったら夕食はない」
そう急かされて私は一度詠唱して上空に飛び上がると山を見渡した。
山は森に覆われており、上空からイノシシを狩るのは難しそうだと地面に戻る。
「獲物は見つかったか?」
「いいえ……」
「そうか。では、もう少し頑張るしかないな」
私たちは山を歩き、山に流れる小川の付近までやってきた。
私はそこで魚を取ることを考えた。
イノシシが取れれば何よりだったが、今日の夕食を確保するのが最優先だ。
そこで私は小川に向けて走る。
そして、それは完全な不意の遭遇だった。
小川に出た私の横の茂みから巨大なクマが姿を見せたのだ。
体長は3メートルほどでほぼ私の2倍。
相手も私に驚いた様子だが、それが不味い。
驚いたクマは逃げるのではなく攻撃してくる。
「────────ッッ!」
「リンクスッ!」
クマの叫びとソフィアが叫ぶ声はほぼ同時。
ソフィアは不自由な足で走ろうとし、クマの方は鋭い爪の並ぶ前足を振り上げる。
ああ。このままじゃ死ぬ……!
私は身を守らなければと必死に冷静になろうとして、その実は完全にパニックで、渡されていた魔法陣を使うことすら思いつかなかった。
だがしかし、私の身体がクマも爪によって引き裂かれ、この第2の人生が幕を閉じることはなかった。
「え……?」
私は詠唱もなく、魔力装甲が展開していた。
それもソフィアが渡したもの魔法陣のものとは異なるそれを。
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